目の前で、無邪気に笑う。
  そんなお前に、俺がどんな気持ちを持っているのかなんて、きっと知らないだろう。
  自分の中にこんなにも醜い感情がある事を、知られたくない。

  誰にでも笑い掛ける、その笑顔を自分だけのモノにしたいと思う独占欲。
  そして、お前が誰かに笑い掛ければ、嫉妬で狂いそうになる。
  そんな俺が、本当にお前の傍にいてもいいのだろうか?


                                       見えない想い 02


「八神!」

 突然大声で名前を呼ばれ、驚いて太一は顔を上げた。

「……キャプテン……」

 自分の名前を呼んだ人物が、目の前に立っているのを確認してから、太一はハッと我に返る。
 今が部活中で、自分はそれを見学していたと言う事を思い出して、太一は慌ててベンチから立ち上がった。

「す、すみません。俺、ボーっとしたみたいで……」

 そして慌てて、目の前の人物に頭を下げる。
 他の部員達も心配そうに自分の事を見ているのに気が付いて、太一はますます申し訳なさそうな表情を見せた。

「ああ、別にいいんだが……本当に大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です……すみません、大事な時に俺……」

 心配そうに尋ねられた事に、思わず苦笑を零しながら返せば、優しい笑顔と共にポンッと頭に手を載せられる。

「気にするな。でも、お前が抜けちまうとみんなのやる気が起きないみたいだからな。十分気を付けろよ」
「すみません・・…」

 何気に言われたその言葉に、再度頭を下げれば、ワシャワシャと頭を撫でられてしまう。

「お前がそんなにシオラシイと、張り合いねぇな」
「キャプテン!!」

 からかう様に言われたそれに、太一は思わず文句が言えない変わりに睨みつける。

「冗談だ。お前、今日は帰っていいぞ。お迎えも来ているみたいだからな」
「えっ?」

 苦笑する様に言われたその言葉に、太一は意味が分からないと言う様に首を傾げれば、自分の後ろの方を指差された。
 そして、指された方に視線を向けた瞬間、太一は漸くその言葉の意味を知る。

「……ヤマト…」

 フェンス越しに立っている人物を見つけた瞬間、太一はその名前を口に出す。

「ほら、急いだ方がいいぞ。後、医者に行って、ちゃんと診察受けてから報告しろよ」
「はい、分かりました!それじゃ、お先です」

 言われた事に大きく頷いて、太一は手を上げるとそのまま鞄を持ち、ヤマトが待っている場所へと急ぐ。

「ヤマト、来てたんなら、声掛けてくれて良かったのに……」

 そして、ずっと自分の事を見詰めているヤマトに笑い掛けた。
 しかし、自分の笑顔にも、ヤマトは何の反応も返さない。

「ヤマト?」

 心配そうにもう一度だけ問い掛ければ、漸くヤマトが動く。

「ヤマト、俺、何時も言うけど、荷物くらい自分で持てるぞ」

 何も言わずに、自分が持っていた荷物を取り上げてから、そのまま歩き出した人物に、太一は毎日言うセリフを口にする。
 この1週間、自分の荷物持ちまでしているヤマトに、太一は内心困っていたのは事実だ。
 まるで、大怪我をしているモノか、はたまた女の子扱いをされているようで、どうしても落ち着かない。

「ヤマト!」

 先に歩いていく人物を慌てて追い駆けて、隣に並ぶとその顔を覗き込む。

「……何か、あったのか?」
「…別に……」

 心配そうにその顔を覗き込みながら尋ねても、そっけない言葉が返ってくるだけである。
 それに、太一はため息をつくとゆっくりとした足取りで、歩きだす。
 自分がゆっくりと歩けば、早足で歩いているヤマは段々と遠去かって行く。
 その後姿を見詰めながら、太一は再度ため息をついた。

 自分に何も言ってくれないヤマトに、不安を感じないと言えば、嘘になる。自分が頼りないと言う事が分かるからこそ、強く問いただす事が出来ない。
 そんな自分の弱さが許せないのに、どうする事も出来ないジレンマが自分を苦しくする。
 何よりも、ヤマトの事だけを覚えて居ない今の状態が、自分にとっては一番許せない事。

「太一?」

 何時まで経っても自分の傍に来ない人物に、とうとうヤマトが振り返った。
 そして、自分よりも少し離れた場所に立って居る太一に視線を向ける。

「……俺、やっぱり、頼りないよなぁ……」
「何が・・…?」

 苦笑しながら呟かれたそれは、少し距離のある自分にもハッキリと聞こえて、ヤマトはその意味が分からずに、問い返す。

「……お前の事、忘れるような奴なんて、やっぱり信じられない…ヤマト……」
「……太一、何が言いたいんだ?」

 太一が言う事の意味が分からずに、ヤマトは数歩離れていた相手の傍まで近付くと、ポンッとその肩に手を置いた。
 その置かれた手に、太一はそっと手を重ねると、悲しそうな笑顔を見せて、そのまま真っ直ぐヤマトを見詰める。

「俺、お前の事だけは、忘れたくなんかなかった……お前が、何か悩んでるのに、今の俺じゃ何も分からないんだ……お前が、何を考えてるのか……」

 泣き笑うようなその笑顔に、ヤマトは一瞬何も言えずにただその笑顔を見詰めてしまう。
 ずっと太一が不安を感じていると言う事は、分かっていた。
 しかし、どんな状態になっても、太一が自分に対して不安を打ち明けてくれた事は一度も無い。

「太一、お前……」
「俺は、ヤマトの事、好きだから………だから……あ〜くそぅ!!何が言いたいのか、自分でも分かんねぇ!」

 自分が言い掛けた事に、太一は苛立たしげに息を吐き出す。
 その顔は、自分が言った言葉の為に、赤くなって居るのを見て、ヤマトは漸く笑いを零した。

「分かってる…俺も、太一の事が好きだから、な」

『お前が誰かに笑顔を見せる度に、その相手に嫉妬する程に……』

 苦笑を零すように呟いて、ヤマトは更に心の中で言葉を続ける。
 それは、ずっと持ち続けている醜い感情。

「……俺が、言いたいのは、そんな事じゃなくって……」
「太一、病院に行く日だろう?ほら、時間無くなるぞ」

 笑顔を見せながら言われたその言葉に、太一は納得できないものを感じながらも、渋々頷く。

「……分かった……」

 素直に頷いた太一にもう一度笑顔を見せて、ヤマトが先に歩き出す。
 その後に続いて、太一は盛大なため息をつきながら同じように歩き出した。

『……俺、ヤマトの気持ちが知りたい……それって、贅沢な事なのかなぁ……?』

 前を歩いているその背中を見詰めながら、太一はもう一度ため息をつく。
 自分の事を『好きだと』言ってくれるヤマト。
 その言葉は信じられるものなのに、どうしても不安になってしまう。
 自分を見詰める、ヤマトの瞳が何時も苦しそうに感じれるから……。

『好きって気持ちだけじゃ、駄目なのかなぁ……』

 自分の前では一度も弱さを見せてくれない相手が、悲しすぎる。
 1週間……口に出してしまえば、少ない日数。
 だけど、ヤマトは一度も自分に昔の話はしていない。
 自分が、ヤマトの事を知るのは、妹のヒカリから話してもらう事だけ……。

『俺は……お前の事、もっと知りたいんだ…ヤマト……』

 言ってしまいたいのに、それすらも口に出す事が出来ない。
 自分は、好きな人の事を忘れてしまった。
 これが、それに対する罰だとすれば、太一はもう十分過ぎる程、その苦しみを味わっている。

『……お前の事だけ、覚えていられるのなら……俺は、それだけで良かったのに……』

 そんな事を思うなど、本当は許されないと分かっていても、そう思わずにいられない。

 自分で、逃げた為に忘れてしまった記憶。
 もう一度時を戻せるとしたら、自分はきっと……。

「太一!!」
「えっ?」

 突然大声で名前を呼ばれて、太一は我に返った。
 そして、突然バランスを崩してしまう。余りにも突然だったために、対処までもが遅れてしまう。
 落ちて行く感覚を感じながら、太一は内心『またか…』と思わずにはいられなかった。
 ボンヤリと考え事をしていた自分は、階段にさしかかったのに気が付かず、そのまま足を滑らせてしまったのだと、分かると可笑しくなる。

『今度は、間違えない!』

「太一!!」

 大好きな声が遠くで聞こえるのを感じながら、太一は思わず笑ってしまった。

『これで、また……』

「太一!!!!」


  






   こ、これでいいのか、私!!
   太一、ご免ね・…また、階段から落してしまいました。そして、ヤマトさん、助けてやれよ!(笑)
   そんな訳で、漸く物語が始まります。<苦笑>
   『03』からが、この話しの本題に入るんです。って、大体の予想は、付きますよね?
   皆様の期待は裏切りません!考えていた通りの内容に、なって行く予定です。
   (って、考えてくださってる方って、居るのかなぁ?)

   それにしても、無茶苦茶無理やりな展開でございますね<苦笑>
   いや、自分が考えてる話に早くもって行きたかったもので……〔言い訳(笑)〕