初めて、見せられた涙。
泣きそうな表情は何時だって見せていたが、本当に涙を流した所など想像もしていなかったのだ。
だから、護りたいと本気で思った。
泣き方も知らない相手だから、そう思ったのだ。
今、一番に思うのは、何時だってあいつの事だけ……。
君の笑顔が見たいから 13
盛大なため息をついて、重い足取りで家路を急ぐ。
太一の後を追うようにその姿を探したが、結局見つける事は出来ないままに時間だけが過ぎてしまった。
そのお陰で、空は既に薄暗くなっている事に、ヤマトは再度ため息を付く。
「……このままじゃ、駄目だよなぁ……」
泣かせたのは、確かに自分。
だが、何故彼が泣いたのか理由が分からないのだ。
それが分かれば、今こんなに悩む必要はないと分かっていても、それを考えるしか方法はない。
勿論、理由が簡単にわかれば苦労はしないのだが……。
ヤマトは、再度ため息を付くと、エレベーターのボタンを押す。
ゆっくりとエレベーターのドアが開くのを確認してから、それに乗り込もうと一歩足を出した瞬間、後ろから声が掛けられた。
「ヤマトさん」
少しだけ高いその声に呼ばれた瞬間、ヤマトは驚いたように振り返る。
「…ヒカリ、ちゃん…だったよね?」
そして、そこに立っている人物を確認するようにその名前を呼ぶ。
自分の問い掛けに、小さく頷くのを確認して、ヤマトは、息を吐き出した。
「それで、俺に何の用事かな。また、忠告でもしてくれるのか……」
じっと自分の事を見詰めてくる相手に自嘲的な笑みを見せて、言葉を投げかける。
太一を泣かせて落ち込んでいる今の自分に、昨日と同じ事を言われたら、今の自分は立ち直れないだろう。
「……今日は、忠告じゃありません。警告に来たんです…」
自分の嫌味にも全く動じないで、ヒカリが少しだけ睨み付けるように見詰めてくるのを、ヤマトは真っ直ぐ受け止める。
「……警告?」
そして、はっきりとした口調で言われたそれを聞き返す。
「今日、貴方がお兄ちゃんを泣かせた事を責めるつもりはありません。だって、それは仕方ない事だから……だけど、だからって自分を責めても、何の解決にもならないんです」
まるでその場所を見ていたかのように言われるそれに、ヤマトは驚いたように瞳を見開いた。
太一から聞かされたのだとは分かるのだが、今言われた内容は、まるで自分の心を読まれているような錯覚に陥ってしまう。
複雑な表情を見せる自分を前に、ヒカリが小さく笑いを零す。
「……お兄ちゃんは、私には何も言いませんよ。だって、私に心配掛けるのが、嫌なんですから」
ニッコリと花のような笑みを見せながら言われた内容に、ヤマトは驚いたように瞳を見開いた。
今度は、確実に自分の心を読んだかのようなその言葉に、動揺は隠せない。
「……君は……」
「私からは、何も教えません。これは、貴方が自分で、お兄ちゃんから聞いて下さい」
問いかけようとした言葉を遮るように、可愛らしい笑顔で返される。
そして、その笑顔が真剣な表情になった時、ヤマトを真っ直ぐに捉えた。
「だけど、覚悟して置いてくださいね、次に貴方がお兄ちゃんの事を泣かしたりしたら、許さない」
真っ直ぐに自分を見詰めてくるその瞳が真剣だからこそ、ヤマトは返す言葉を見つけられない。
ただ、黙って相手を見詰めるだけ……。
「話はそれだけです。あっ!私に隠し事は通用しませんから、そのつもりで居てくださいね」
自分の事を見詰めてくるヤマトに、もう一度笑顔を見せて、ヒカリが背を向ける。
「……一つ…一つだけ、聞かせてくれないか……」
自分に背を向けて歩き出したヒカリに、ヤマトは声を掛けた。
何も分からない今のままでは、自分には何も出来ないから……。
自分の声に、ヒカリがゆっくりと振り返る。
「何を聞きたいんですか?」
冷たいとも取れる冷静な声が、自分に問い掛けてくるのに、ヤマトは息を呑んだ。
「あいつは、何で笑わないんだ……」
ぐっと手に力を込めて、真っ直ぐに相手を見詰める。
自分の質問に、ヒカリの表情が悲しみに染まるのを見逃さず、ヤマトはもう一度口を開く。
「どうして、何もかもを諦めてるんだ」
再度尋ねられたそれに、ヒカリは重いため息をついた。
そして、そっとヤマトから視線を逸らす。
「……それは、私から言う事じゃあまりません。…ただ言える事は、お兄ちゃんの望みは、自分と言う存在が、誰も悲しむ事なく、消えてしまう事なんです……」
淡々とした口調で語られたそれに、ヤマトは言葉を無くしてしまう。
そして、思い出すのは、太一が転校して来た日に、ガラスが割れる中、瞳を閉じていたと言う事。
「だから、あいつ……」
「……お兄ちゃんを救うと言う意味が、分かりましたか?」
静かな口調で問い掛けられて、相手に視線を向ければ、悲しい笑顔が自分を見詰めている事に気が付いた。
「…私じゃ、お兄ちゃんを救えない……あなただけが、お兄ちゃんを救えるんです…だから……」
「ヒ、ヒカリちゃん……」
泣き笑うような表情に、名前を呼ぶ事しか出来ない。
しかも、実の妹にも救えないと言う相手を、自分は救う事など出来ないだろう。
「…俺に、太一を救う事なんて……」
「……貴方にしか出来ない事だから、お願いしているんです!お兄ちゃんの笑顔を見たいと思っている貴方だから!」
「えっ?」
真剣に自分を見詰めながら言われたそれに、ヤマトは驚いてヒカリを見詰めた。
言われた事は、確かに自分が思っている事。
だが、それを太一に話した事など勿論ない。
信じられないと言うように、ヤマトはヒカリを見詰めた。
「言った筈です。私に隠し事は通用しないって……だけど、貴方がそれを諦めると言うのなら、もう二度とお兄ちゃんには、近付かないで下さい。それが、私から貴方に言える事です」
冷たいとも取れる瞳ではっきりと言われたそれは、自分に更なる疑問を投げかけてくる。
そして、ヒカリはもう振り返る事無く、そのまま遠去かって行った。
「……近付くな…かぁ……」
ヒカリの姿が見えなくなってから、ポツリと呟いてヤマトは盛大なため息を付く。
何度も、太一から言われた言葉。
それを今、その妹からも言われた事に、思わず苦笑を零してしまう。
「……中途半端な気持ちで、近付くなって事なんだろうなぁ……だけど、俺は、最初から、本気なんだ…」
誰に言うでもなく呟いて、ヤマトはギュッと握り締めていた拳を更に強く握り締めた。
「…本気で、あいつの笑顔を見たいって、思ってるんだよ……」
フッと体の力を抜くように息を吐き出す。
そして、ゆっくりとした動作で、天井を見上げた。
「……救うとか、そんな大そうな事なんじゃなくって、俺は、あいつに笑って欲しいだけなんだよ……」
ポツリと呟いて、ため息をつく。
太一の望みと言うものを聞かされた今、自分に一体何が出来ると言うのだろうか?
自分が望んでいる事が、太一を救う事に繋がると言う。
しかし、現実では、そんな自分の願いなど無常とも言えるほど、太一と自分の心はすれ違っているのを感じるのだ。
「……俺に、どうしろって言うんだ……」

はい、今回も短くなりましたが、如何なモンでしょうか?
急な展開で、申し訳ありません。でも、そろそろヤマトさんに渇を入れとかないといけないと思いまして……xx
それにしても、ヒカリちゃん、ますます謎になってますね。一体何処まで知ってるんでしょうか?
しかも、今回太一さんの出番ありません。
次回は、ちゃんと出てきますので、ご安心を……xx(誰も、心配してないって…xx)
では、次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。
出来るだけ早くUPできるといいなぁ……(あくまでも、希望)
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