泣き出しそうな瞳で、時々クラスの中を見ている。
そんな表情を見せられてから、更に惹かれて、眼があいつを捜すようになった。
姿が見えなくなると、気になってしまう。
こんな気持ちは、やっぱり迷惑なのだろうか?……でも、君に笑って貰いたいから……。
君の笑顔が見たいから 05
「お兄ちゃん!」
学校からノンストップで走っている中、よく知った声が聞こえてきて、太一はその足を止めた。
ずっと走っていた所為で、息が弾む。
肩で息をしながら、太一は汗を拭いているように誤魔化しながら、乱暴に目元を拭った。
「……ヒカリ…」
そして、何時もの笑顔を見せながら声のした方を見る。
そこに居るのは、自分が一番大切にしている妹。
「…何かあったの?」
「何でもないよ……」
心配そうに自分の事を見詰めてくる妹に、優しい笑顔を見せて、太一はゆっくりとした動作で、ヒカリの後ろに眼をやった。
「……お前、友達が一緒なのに、放っておいていいのか?俺の事は大丈夫だから、友達の所に戻れよ……」
自分達の事を見ている二人の少年の姿に気がついて、苦笑を零しながらも優しくその頭を撫でる。
「あっ!俺達の事なら、気にしないでいいですよ!ヒカリちゃんのお兄さんですか?」
「ああ……ええっと……」
元気に挨拶してくる少年に、太一は少しだけ困ったような表情をした。
そんな太一に気が付いて、少年が慌てて自己紹介する。
「俺は、本宮大輔って言います!んで、こいつが石田タケル」
「……石田…?」
隣に居た少年を指しながら言われた事に、太一は驚いたようにその少年に視線を向けた。
そこに居たのは、ある人物に似た少年。
「……もしかして……」
「はい、多分ボクの兄が、一緒のクラスだって言ってましたから…」
驚いて自分を見詰めてくる太一に、タケルがにっこりと笑顔を見せた。
だが、その言われた事に、太一の表情が、一気に真っ青になる。
「大丈夫ですか?!」
突然顔色の悪くなった相手に、驚いて心配そうにその顔を覗き込む。
「お兄ちゃん!」
「……大丈夫だから……」
心配そうに声を掛けてくる妹に、無理に笑顔を見せるが、どう見てもその顔色は悪い。
「俺の家が近いですから……」
慌てたように言われた大輔の言葉に、太一は小さく首を横に振る。
「本当に、大丈夫だから……いいよ、ヒカリは先に帰っていいぞ」
「お兄ちゃん!!」
突然言われた事に、納得できないというようにヒカリが声を上げた。
それに、苦笑を零して、太一は優しく微笑む。
「俺は、少しだけ休憩していくから……大輔とタケル…だったよなぁ?ヒカリを頼むな」
心配そうに自分の事を見詰めてくる3人に、無理に笑顔を見せる。
それに、納得できないというような表情を見せるものの、それ以上何も言えなくなってしまうのはどうしてなのだろうか?
「……本当に、無理はしないで下さい。ヒカリちゃんは、ボク達が責任を持って、送りますから!」
「ああ、有難う……少し休めば、本当に大丈夫だから……心配掛けて、ごめんな」
しっかりとした口調で言われたそれに、太一がほっとした表情を見せる。
そして、ポツリとヒカリの頭に手を乗せて、小さく謝罪の言葉を述べた。
「……お兄ちゃんは、悪くない……でも、本当に大丈夫なの?」
「ああ、もしも、俺が1時間経っても帰ってこなかったら、その時心配してくれればいいから……」
心配そうに自分を見詰めてくる瞳に、優しく微笑む。
それだけで、ヒカリは何もいえなくなると知っているから……。
自分の事を心配して、何度も振り返りながら遠ざかって行く3人の後姿を見送って、太一は大きく息を吐き出した。
そして、直傍にある公園の中へと入っていく。
そんなに大きな公園ではないが、自分にとって自然のある場所と言うのは落ち着く事が出来るのだ。
余計な声が聞こえてこない。そんな場所が、公園などの緑が多い場所。
「……少しだけ、休ませてくれ……」
その公園で一番大きな木に、そっと手を差し伸べた。
少し暖かく感じられるその場所から、確かに自分の中に聞こえてくる声を感じられる。
それは、優しく、まるで歌っているようにも聞こえる声。
聞こえてくる声の為に、気分が悪くなった時、こうすれば、何故か心が落ち着いて体調が良くなる事を知ってから、何時もそうやって、気分が悪い時には近くにある木に触れるようになった。
「……有難う……何時も、助けてもらってるよなぁ……」
そっと自分の頬をその幹に当てて、太一はゆっくりと瞳を閉じる。
感じられる歌声、そして、その声に合わせるように、風が音を奏でていく。
それは、自分の一番好きな音楽。
どんな音楽を聴いても、自然が奏でるこの音楽に勝るものはない。
この音楽があるからこそ、自分は自分を保っていられるのだ。
ゆっくりと深呼吸をしてから、太一は瞳を開く。
そして、左右に頭を振った。
「……大丈夫そうだ……」
すっかりと戻った体調に、ほっと胸を撫で下ろす。
「……あいつの名前聞いただけなのになぁ……」
ポツリと呟いて、苦笑を零した。
石田ヤマト
……その名前を聞いただけで、こんなにも動揺してしまった自分に、太一は正直驚いていた。
彼の心は、離れていても感じられる。
今だって、自分の事を本当に心配している気持ちが流れ込んでくるのを感じられて、太一は、ぐっと握っていた手に力を込めた。
「……お願いだから、俺を呼ばないでくれ……」
ざっと風が流れていく中、太一は小さく呟いて、下を向く。
流れてくる声は優しく、自分の事を包み込むような暖かさを持っているのに、今の太一にはただ残酷なモノにしか感じられない。
彼は、何も知らない、自分の事を……。
だから、この優しい心は、太一にとって今だけのモノ。
彼が、本当の事を知った時、この声がどうなるのかを知っているから、耳を塞いで聞こえないフリをする。
それが、この声が変わった時に、自分を護る為の最後の砦だから……。
「タケル、遅かったなぁ……」
何時も通り、母親の代わりにキッチンに立って料理をしていたヤマトは、戻ってきた弟に呆れたように声を掛けた。
「……ヒカリちゃんを家に送ってたから……ごめんね、ボクが約束したのに、遅くなっちゃって……」
困ったように誤ってくる実の弟に、ヤマトはため息をついて苦笑を零す。
「別にいいけど、そのヒカリちゃんに、何かあったのか?」
疲れた様子の弟に、冷蔵庫から出したお茶をコップに注いで手渡した。
タケルはそれに、素直に御礼を言ってから受け取ると、一気に飲み干して、小さく首を振る。
「…んっ、あったのは、お兄さんの方だよ。何か、顔色悪かったから……」
「お前、太一に会ったのか?!」
少し心配そうに言われたその言葉に、ヤマトは驚いたように声を上げた。
「…太一さんって言うの、ヒカリちゃんのお兄さんって……」
突然大声をあげた実の兄に驚きながらも、タケルが不思議そうに自分を見詰めてくる。
不思議そうに聞かれた事に、ヤマトは我に返って小さく息を吐き出した。
「…ああ、八神太一……それで、太一がどうしたんだ?」
「うん、なんだか、気分が悪そうだったよ。でも、休めば直るからって、僕と大輔くんでヒカリちゃんを送るように頼まれたから……でも、お兄ちゃんは、太一さんと仲が良いんだね」
『珍しいなぁ』と続けながら言われた事など、既に頭には入ってこない。
それよりも、調子が悪かったと言う太一の方が心配なのだ。
「タケル、これの続き頼めるか?」
「えっ?お兄ちゃん?」
突然言われた事に驚いて、タケルが思わず首を傾げた。
ヤマトはそんな事などお構いなしに、コンロの火を止めると、自分が付けていたエプロンを外す。
「それで、太一は何処で休むって?!」
「……もう帰ってると思うよ。1時間ぐらいで帰るからって、ヒカリちゃんに言ってたし……」
慌てていると分かる兄の姿など、滅多に見られるものではない。
タケルは内心の動揺を隠しながらも、冷静に兄に言葉を返す。
『……もしかして……』
「……それじゃ、その子の家を教えてくれ!」
自分の中で考え付いた事は、真剣に言われたその言葉で、確信へと変わっていく。
「……最近、お兄ちゃんがずっと考えてたのって……」
思わず、自分が考え付いた事を口に出してしまう。それしか考えられないから……
最近の兄の様子が可笑しかった事を、自分は知っている。
「………ああ、お前の考えてる通りだ……」
タケルが不思議そうに呟いた言葉に、ヤマトは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
まさか、弟までにも自分の気持ちがバレてしまうとは思っていなかっただけに、複雑な気分なのは否めない。
それでも、今は太一の事だけが心配なだけに、それ以上のんびりと話していたいとは思わないのだ。
「そんな事は、後で話す!だから、太一の家を教えてくれ!!」
「……分かった。でも、ボクも一緒に行ってもいいかなぁ。じゃないと、教えてあげないよ」
にっこりと可愛らしい笑顔を見せているのに、完全に脅迫状態な弟を前にして、ヤマトは盛大なため息をつく事しか出来なかった。
勿論、目の前の少年がその言葉を本心から言っていると分かっているだけに、『NO!』とは言えない状態に追い込まれている。
ヤマトは、諦めたように小さく頷くしか、道は残されていなかった。

また、妙な場所で終わってますね、すみません。
そんな訳で、『君の笑顔〜 05』です。(既に略してるし<苦笑>)
しかも、当然の事のように、終わってません。既に、諦めてはいたんですけどね……xx
これで、この話が何話で終わるのか、分からなくなってしまいました。(笑)
ここまでくれば、何話になっていいや! 宜しければ、お付き合いくださると嬉しいです。
では、次こそは、ヤマトと太一の会話を思う存分書いて見たいです。
脇役の大輔達もちゃんと書いて上げたいし、したい事だけは一杯あるよ、この話って…。
まだまだ、頑張らなくっては!何はともかく、太一を早く幸せにしたいですね。
今のままじゃ、本当にかわいそうだし……。ヤマトさん、頑張ってください!(笑)
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