見詰めてくる瞳。聞こえる『声』。
  逃げ出したいと思うのに瞳が合うと、逸らす事も出来ない。
  自分を見詰めてくれる人なんか、もう現れないと思っていたのに……信じたくなる。
  何度も信じて、その都度傷付いたのに、自分はまだ信じようとしているのだろうか?


 
                                        君の笑顔が見たいから 04


 普通の子供と違うと感じたのは、物心ついた頃。
 笑いながら手を引いてくれた保育園の先生から、聞こえてきた事をそのまま口にして、気味悪がられてから……。
 母親も、自分の接し方が変わってきたのがそのくらい。

 そして、妹のヒカリが生まれてくるまで、自分はずっと一人だと感じていた。
 それは、小さな子供にとって、どれだけ悲しい事だったのか、きっと誰も知らないだろう。
 自分が、ヒカリだけに笑顔を見せるのは、唯一の支えだったからなのである。

 きっと、妹が居なければ、自分は全く笑えない人間になっていたと分かるから……。

「……未来なんて見えない…俺は……」

 強く自分の体を抱き締めて、そっと呟いたその言葉は、休み時間終了のチャイムにかき消されてしまう。
 その音に気付いていながらも、太一は、その場所を動く事が出来なかった。



「……八神、結局、戻って来なかったなぁ……」

 皆が授業から開放されて、嬉しそうに帰宅する中、ポツリと言われたその言葉に、ヤマとは隣にいた智成に視線を向ける。

「……ああ…」

 そして、短く返事を返すと、そのまま勢い良く椅子から立つ。

「今日は、直に帰るのか?」
「…タケルと約束してるからな……お前は、帰らないのか?」
「……新聞部に休みは無い!俺は、これから部活だ」

 尋ねられた事に苦笑を零しながら答える智成を前に、ヤマトが笑顔を見せた。

「まぁ、頑張れよ……じゃ!」
「おう!気をつけて帰れよ!」

 笑いながら手を振る友人に、苦笑を零しながらも手を振る。
 そして、鞄を持つとそのまま教室を出ようと歩き出した。
 そのまま何人かのクラスメートに挨拶を返してから、ヤマトは教室から廊下に出る。

『……太一……』

 そして、廊下に出た瞬間、自分の方に歩いてくる人物を見付けて、その動きが止まってしまう。
 一瞬、自分を見付けた事で、太一の瞳が驚いたように見開かれるが、直にすっと眼が逸らされて、表情が無くなる。

 まるで、何事も無かったように、ゆっくりとした足取りで、太一はヤマトの方へと歩いてきた。
 もう目の前に居る人物に、ヤマトが息を飲む。
 自分の体が緊張するのを感じながら、ヤマトは真っ直ぐに太一を見詰めた。

「……悪いけど、教室に入りたいから、どいてくれ……」

 ドアの前に立っていた自分の前で足を止めた太一が、静かな口調でヤマトを促す。
 その瞳は、今までと同じように、何も映しては居ない。

「あっ、ああ……悪い……」

 言われた事に、ヤマトが誤ってその場を譲る。
 ヤマトがその場から離れた事で、太一は何も無かったかのように、その横をすっと通り過ぎて、教室の中へと入っていった。

「ヤマト!」
「智成……」

 呆然とその場に立ち尽くしていた自分に、慌てて教室から出てきた智成が声を掛けてくる。

「……お前なぁ……情けないぞ……」
「…見てたのか?」

 呆れたように呟かれたそれに、ヤマトが苦笑を零す。
 自分でも、分かっているのだ。
 だが、彼の前に立つとどうしても、緊張してしまうのを止められない。

「…見えるって……本当に、『恋する乙女』だよなぁ……」

 からかうように言われたそれを、否定できなくって盛大なため息をつく。

「ほら、そこで反省してないで、早く行けよ!八神が帰るぜ」

 バンッと背中を叩きながら言われたそれに、ヤマトは慌てて前を見る。
 確かに、鞄を持った太一が教室から出て行くのが見えた。

「一緒に帰るくらいは、してみろよ」

 背中を押しながら言われたそれに、苦笑を零してしまう。
 本当に、この友人にだけは勝てないと、思わされてしまうのだ。

「……当たって砕けてこい、ヤマト」

 ウインク付きで言われるそれに、ため息をついて、そのまま歩き出す。

「んじゃ、頑張れよな……」
「…悪い、智成……」
「お礼は、見惚れる程の笑顔一つで、許してやるよ」

 嬉しそうに笑いながら手を振る友人に、笑い返して、手を振る。
 そして、慌ててもう姿の見えなくなった人物を追いかけた。
 追いかけた人物は、直に追い着く事が出来る。
 靴箱から自分の靴を取り出して、上履きを代わりに片付けていた。

「た、…あっ、えっと、八神…その……」

 慌ててその名前を呼ぼうとして、言い直す。
 自分の中では、既に太一と呼び捨て状態なので、何となく違和感を感じて、ヤマトは思わず苦笑を零してしまう。

「……今更だ……」

 自分で考えていた事に、ポツリと漏らされたその言葉は、自分の耳には余りにも小さすぎて聞こえない。

「たい……八神?」
「……名前で呼んでいいぜ…石田ヤマト……ずっと、俺の事『太一』って呼んでいるのは、知ってるから……」

 パタンと靴箱の扉を閉めながら、顔を上げた太一が真っ直ぐに自分の事を見詰めてくるのに、ヤマトは一瞬驚いたように瞳を見開いた。
 確かに、自分は太一の事を呼び捨てにしていた事は本当の事だが、相手を目の前に呼んだ事は一度も無い。

「知ってるって……」
「……一緒に、帰りたいんだろう?だったら、その時に話してやるよ。そうすれば、お前だって俺に近付く事はないだろうからな……」

 すっとヤマトから視線を逸らして、太一が先に歩き出す。

「おい、た、八神……」

 慌ててその背中に呼び掛ければ、その足がぴあ理と止まった。

「……知りたかったんだろう、俺の事……でも、聞きたくないって言うのなら、遅らせて帰ってくれ」

 振り向かないでそのまま言われたその言葉に、ヤマトは迷うように一瞬動きを止める。

 知りたいと思う気持ちは、嘘ではない。
 好きになったのだから、相手の事を知りたいと思うのは、当然の事なのだ。

 だが、相手の事を知りたいと思うのは、自分の我侭であると知っている。
 それを証拠に、そう言っている太一の肩が小さく震えているのに、ヤマトは気が付いたから……。

「……八神…いや、太一って呼ぶな……お前の事を知りたいって思っているのが、正直な気持ち度だけど、そんなに怯えてるお前から、聞き出すような真似、俺には出来ない……」

 そっと、歩き出そうとしている太一の背中に、自分の気持ちを伝える。
 その言葉に、太一が驚いたように振り返った。

「だから、今日は、一緒に帰るの諦めるよ……」

 驚いて自分を見詰めてくる太一に、優しく微笑んで見せる。

「……なんで…何で!お前は、俺の事を混乱させるんだよ!!もう、すべてを諦めてたのに……」
「太一!」

 吐き捨てるように大きな声を上げた瞬間、そのまま踵を返して走り出す。
 そんな太一に驚いて、ヤマトはその名前を呼ぶが、相手は止まる事無く走り去ってしまった。

「……泣かせたい訳じゃない……俺は……」

 走り去る瞬間に見せられたその顔が、胸を締め付ける。

「諦めたって…なら、なんでそんなに悲しそうなんだ……?」

 知りたい事は一杯あるのに、知る事を戸惑ってしまうのは、誰よりも彼が知られる事を恐れているから……。
 彼が、傷付いている事が分かるからこそ、今は何も聞く事も出来ない。

「……俺は、どんな事を知っても、お前を傷付けたりしないのに……」

 ぎゅっと強く自分の拳を握り締めて、ヤマトはそっと小さく息を吐き出した。

 今はまだ、彼の笑顔は遠すぎる……。



                                           



      はい、今回の話は短いし、進んでませんね。<苦笑>
      そして、予想通りと言いましょうか、やっぱり5で終わりそうにないです。(笑)
      いや、分かってはいたんですけどねぇ……xx一度でいいから、ちゃんと目標通りに終わってみたいです。
      夢だと、分かっているんですけどね。<苦笑>
     
      って、全然後書きになってないし……xx
      ヤマト、早く太一から理由を聞いて、幸せにしてあげようよ!
      そうすれば、この話は終わるんだから……。
      あっ!別に、早く終わらせたいわけではないんですよ。
      この話、度壷に嵌ってますけど、書くの楽しいですからね。
      そんな訳で、次も楽しみにしていただけると嬉しいです!頑張って書きますね!