何の躊躇いもなく、差し出された右手。
  そして、笑顔を見せてくれたのに、自分は笑い返す事も出来なかった。
  無視したのに、怪我をした自分の手当てまでしてくれた人、石田ヤマト。
  不思議な暖かさを持っているその人と、話をしたいと思うのに怖くて出来ない自分。
  きっと、自分の事を知られたら、皆同じだから………。


 
                                        君の笑顔が見たいから 02 


「お兄ちゃん!」

 ぼんやりとしている中、突然名前を呼ばれてヤマトは顔を上げた。

「また考え事?」
「…ああ……」

 困ったようにため息を付きながら言われたそれに、ヤマトが短く返事を返す。
 気のない返事を返す兄に、思わず苦笑を零してしまうのは止められない。

「そう言えば、今日ボク達のクラスに転校生が来たんだけど、その子が可愛い子で、大輔君が喜んでたんだよ」
「ふ〜ん……」

 思い出した事を嬉しそうに話す弟に、興味ないながらも短く返事を返してくる実の兄に、タケルはもう一度苦笑を零した。

「…いいんだけどね、別に……」

 気のない返事しかしない兄に、ため息をつくとタケルはそのまま部屋から出て行こうと踵を返す。

「あっ!そう言えば、お母さん達遅くなるって言ってたよ、夜は好きに食べなさいって」
「ああ、知ってる……ところで、タケル。その転校生の名前何ていうんだ?」

 思い出したように呟いた自分の言葉に、興味がないと思っていた事を問い掛けられて、タケルは少しだけ驚いたように兄を見る。

「何だ?」

 驚いたように自分の事を見詰めてくる弟に、不思議そうに問い掛ければ、慌てて横に首が振られた。

「ううん、興味ないのかと思ったから……名前は、八神ヒカリちゃん。お兄ちゃんと同じ年の兄妹が居るって言ってたよ」

 楽しそうに言われたその言葉に、ヤマトはやっぱりと言うような表情を見せる。

「……ああ、俺のクラスに転校して来た……」

 弟の話から言って、同じ日の転校生と言えば、兄妹だろうと想像はついていた。
 考えていた通りの答えだとしても、そうだと言われれば、興味が湧いてくるのは止められない。

「どんな子だ?」
「どんなって、よく笑う可愛い子だよ」

 嬉しそうに言われたその言葉に、ヤマトは一瞬首をかしげる。

 良く笑う子だと言われて、違和感を感じるのだ。
 確かに、初めて彼を見た時は、その笑顔に見惚れるほどだった事は、否定できない。
 しかし、今日転校してきた彼は、笑わない所か、表情さえ変えないから…。

「お兄ちゃん?」

 自分の言葉に考え込んでしまった兄に、タケルが心配そうに声を掛ける。

「……ああ…何でもない……タケル、夕飯どうする?」

 心配そうに自分を見詰めて来る弟に安心させるように笑顔を見せて、ヤマトは問い掛けた。

「そうだね、お兄ちゃんが作るのなら、何でもいいよ」

 自分の質問に戻ってきたそれに、思わず苦笑を零して、ヤマトは立ち上がると弟と一緒に部屋を出る。

 今考える事など出来ないから……。
 彼が、笑わない理由。
 それは幾ら考えても、今の自分には分からない。

 そして、憶測など、何の意味もないから……。




「お兄ちゃん!」

 突然声を掛けられて、太一は驚いて顔を上げた。

「…ヒカリ、風邪ひくぞ……」

 ベランダでボンヤリとしていた自分に声を掛けて、部屋との境である窓を開き、心配そうに近付いてくる妹に、太一は優しく微笑んで見せる。

「お兄ちゃんだって、こんな所に居たら、風邪ひくわよ!」

 今だに制服姿で居る兄を心配するように、少しだけ強い口調で言われたそれに、太一は思わず苦笑を零す。

「……大丈夫だよ、俺は……ほら、母さん達が心配するから、部屋に入るんだ」

 ポンッと頭に手を置くと、そのまま優しく撫でて、太一はもう一度優しく微笑んだ。
 そんな風に笑う兄に、ヒカリは、少しだけ寂しそうな表情を見せる。

「…お兄ちゃんの事だって、心配すると思う……」

 少しだけ俯いて、ポツリと呟かれたその言葉に、太一は一瞬だけ悲しそうな笑顔を見せた。

「そうだな……俺も、一緒に部屋に戻る……だから、ヒカリも部屋に入るんだ」

 一瞬だけ見せたその笑顔を何時も妹に見せている笑顔に変えて、太一は中へとヒカリを促す。
 そして、その背を押すように、自分も部屋の中へと入って、その窓の鍵掛けてしまう。

「ほら、明日も学校なんだろう?もう、寝ろ」
「……まだ早いよ」

 鍵を掛けカーテンを閉めてから、自分の部屋に戻るように促す兄に、ヒカリが少しだけ反論を返す。
 確かに、寝るには少し早い時間なのは、本当の事。
 ヒカリに言われたそれに、太一は思わず苦笑を零す。

「…そうだよなぁ……でも、宿題とかあるんじゃないのか、ヒカリ」
「うん、初日から、算数の宿題出されちゃった」

 苦笑を零すように言われたその言葉に、太一も笑顔を見せる。

「だったら、早くやらないと、寝られなくなるぞ」

 少しだけからかうように言って、もう一度優しくその頭に手を乗せて、ポンポンと数回軽く叩いた。
 そんな兄の行動に、嬉しそうな笑顔を見せて、ヒカリが素直に頷く。

「うん、それじゃ、お兄ちゃんお休みなさい」
「ああ…宿題頑張れよ……」

 嬉しそうに自分に挨拶をする妹に、優しい笑顔を見せて、太一は妹の姿が自室に入っていくのを見送る。
 そして、その姿が見えなくなるのと同時に、大きく息を吐き出した。

「…ヒカリ……母さん達は、俺の心配なんてしないんだ……」

 そしてポツリと呟いた事に、自嘲的な笑みを見せる。
 小さい頃から、自分には妹のヒカリだけしか居ないのだ。
 両親が二人とも働いているというのも一つの理由だと思っている。
 だが、そんな事よりも、自分に躊躇いなく近付いてくるのは、妹のヒカリだけしか居ない。

 両親でさえ、自分の事を遠避けている。
 その原因が分かっているからこそ、自分の心配なんてしてくれないと思うのだ。

「……こんな気味の悪い息子の心配なんて、する訳ないよなぁ……」

 悲しい微笑を浮かべて、そのまま自分の部屋に入ると、太一は服を着替えようと上着を脱ぐ。
 そして目に入った白い包帯に、一瞬その動きを止めた。

『俺は、石田ヤマト…宜しくな』

 少しだけ照れたように差し出された右手。
 『宜しく』と言われて嬉しかったのに、何も返せなかった自分。

 差し出された右手を無視したのにも関わらず、彼は怪我をした自分の事を捜して、更に手当てまでしてくれた。

「……知らないから……だから…」

 ぎゅっと、包帯の巻かれている腕を強く掴む。そして、自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。

「…俺の事知ったら、あいつだって……」

 自嘲的な笑みがこぼれるのを止められず、太一は自分の体を抱きしめるようにベッドに腰を下ろす。
 更に、何も聞きたくないというように両手で耳を塞いだ。

「……俺は、一人でも大丈夫……」

 自分に言い聞かせるように何度もその言葉を口に出して、太一は震える体を小さく丸めて、まるで外からの攻撃が、自分を傷付けないように強く抱き締める。
 それが、自分の身を守る為のたった一つの方法だというように……。





「ヤマト!」

 校門前で後ろから声をかけてきた人物に、ヤマトはその足を止めて、自分の傍に来るまで待つ。

「どうしたんだ?」

 慌てていると分かる友人に、ヤマトは不思議そうな視線を向けた。
 勿論、元からそんなに落ち着いた人物だとは思っていないが、こんな風に慌てて居る時は、何かがあって自分に早く伝えたい時だと言う事を、古い付き合いで良く分かっている。

「…八神、あいつの事なんだけどさぁ……」
「八神…」

 肩で息をしながら言われたその名前に、一瞬だけドキッとしてしまうのを止められない。
 名前を聞いただけで、こんなにもドキドキさせられてしまう。

「それで……」

 逸る気持ちを抑えようと、小さく息を吐き出してから、先を促す。

「あいつ、超能力者らしいんだ!」
「はぁ?」

 真剣な顔で言われたその言葉に、ヤマトは思わず間抜けな声を出してしまう。
 だが、言われた内容が内容なだけに、それも仕方ないだろう。

「…お前、頭大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まってるだろう!!大体、俺がそんな冗談言わねぇって事、お前が一番知ってるだろうが!!」

 ムキになって返されたそれに、ヤマトは少しだけ考えて思わず納得してしまった。
 確かに、付き合いが長いこの友人が、そんな冗談を言った事は今まで一度だってない。
 将来、記者になるのだと頑張っている彼が、集めてくる情報は、確かに正確なものばかりなのだ。

「んじゃ、何か?あいつは、スプーン曲げたり出来る奴なのか?」
「……ヤマトお前、古過ぎ…超能力者が全部、それしか出来ないと思うなよ」

 驚いたように言われたヤマトの言葉に、友人が呆れたように盛大なため息をつく。
 確かに、TVとかで言われている超能力者と言うのは、スプーン曲げをしているイメージがあるが、それはあくまでも一部の事なのだ。

「…悪いか!」
「悪かないけど……ヤマト、覚えてるか?あの窓ガラスが割れた時、八神に突き飛ばされた奴が居るだろう?」

 拗ねたようにそっぽを向くヤマトに苦笑を零してから、友人が昨日の事を訪ねて来た事に、ヤマトは素直に頷いて返した。
 確かに、男子生徒が、転校生に突き飛ばされたと言っている。
 自分の問い掛けに頷くヤマトに、友人は満足そうな表情を見せた。

「なぁ、それって、あいつに予知能力があるって思わないか?」

 嬉しそうに自分を見詰めてくる友人に、一瞬ヤマトは言葉をなくす。
 行き成り真剣に話されたその内容は、素直に頷けないものがあるのだ。
 そう、例え目の前の人物がそんな冗談を言わないと分かっていても、やはり納得出来ないのだ。

「……お前の考えすぎだろう。大体、予知出来るのに、自分が怪我するなんて事ないだろうからな…」

 昨日の事を思い出して、思わずため息をつく。
 怪我の手当てをした時、その体に無数の傷跡を見てしまったから…。
 もし、友人の話を信じるとすれば、そんな怪我をする前に回避出来るだろう。

「そう言えば、あのガラス片付けてる時に聞いた話だけど、あいつガラスが割れる瞬間その方向を向いて、何かを待つみたいに目を閉じてたって言ってたぜ……確かに、予知出来る奴が、そんなガラスの割れる場所で待ち構えたりはしねぇよな」
「待ち構える?」
「ああ、一瞬だけの事だけど、見てた奴はそう感じたみたいだぜ」

 思い出した事に、自分の言葉を否定しながら笑う友人の姿を前に、ヤマトは不思議そうに首をかしげた。

 何かが自分の中で引っ掛かる。
 それは、まるで警告のように……。


 彼が転校して来て2日目。

 それは、自分の中に更なる疑問符を作っただけに過ぎなかった。
 そして、今日もあの人を惹きつけるような眩しい笑顔を見る事は出来ない。




                                           



     はい、2話目です。そして、さらに話が訳分からない方向に……xx
     自分の趣味丸出しの話ですみません(><)
     ちょっと変わった太一が書きたかっただけなのに……xx
     そして、太一母、ごめんね。あんなに子供を心配するいい母親なのに、今回の話はちょっと違います。
     それは、太一父も同じ。変わらないのは、妹のヒカリだけですね。
     更になんですが、この話では、ヤマトとタケルの両親は離婚していません。なので、石田兄弟になります。
     パラレルって事で、許してください。(笑)
     なら、ヤマトの友人の名前も出してやれよ、私!<苦笑> でも、ヤマトが名前呼ばないので、まだ出ません。

     後書きではなく、既に言い訳だよ<苦笑>
     そんな訳で、まだまだ続きます。次は、3話!少しでも話が進むように頑張りますね。