楽しそうに笑うその姿に、見惚れてしまう。
同性だと言うのに、そんな風に見惚れるなんて、思ってもいなかった。
ただ、本当に楽しそうな笑顔が、眩しすぎたから、目が離せなかったのだ。
そしてそれは、俺が、一目惚れした瞬間だったのかもしれない。
君の笑顔が見たいから
何気なく過ぎて行く時間の中で、ボンヤリと考えてしまうのは、あの時の事。
あれから何度かその少年を見掛けた公園に通っているのだが、まだ一度も出会っていない。
そしてそれは、自分にとって後悔となって心の中に残っていた。
「ヤマト!」
突然名前を呼ばれて、顔を上げる。
自分の友人でもある人物が、慌てて走り寄ってくるのをただぼんやりとした表情で見詰めてしまう。
「ニュースだぜ、俺達のクラスに転校生がくるってよ!」
「…そうなのか?」
「……お前、それだけか?」
余りにも気のない返事を返されただけに、不満そうな表情で自分を見見つめて来る。
「……確かに、少し時期はずれだけど、この学校に転校生が来るのは、珍しい事じゃないだろう?」
興味無さそうに答える自分に、その人物は盛大なため息をついて見せた。
確かに、この学校は転校生が多い。
新しい学校である事も理由の一つかもしれないが、それなりにレベルの高い学校なだけに、親が喜んで入れていると言っても過言ではないだろう。
だが、今の時期に転校してくると言うのは、確かに珍しい。
大体、転校生が来る時期と言うのは、決まっているから、その気持ちは分からないでもなかった。
「それで、その転校生って、男なのか?」
興味は無いが、一様聞いてみたその言葉に、嬉しそうな顔が向けられる。
「だろ!気になるよなぁ!!それが、残念な事に、男だって、話しだぜ」
嬉しそうに話しをする友人に返事を返した瞬間、予鈴が鳴り響く。
それに、廊下に出ていた者達が慌てた様に、教室に入っていった。
元々教室に居たヤマトは、直ぐ傍の自分の席に座ると疲れたように息を吐く。
転校生と言う言葉に、またあの少年を思い出して、苦笑を零する。
弟にまでからかわれる程、あの少年の笑顔を見てから、自分はボンヤリとしている事が多くなった。
多分、自分と同じ位か下の年齢だろうと言う事は見た目から感じられたが、その相手が何処に住んでいるのかと言う事は、全く分からないだけに、探す手段もない。
ボンヤリと考えている中、教師が入ってきて教室の中が急に静かになる。
「あーっ、今日は、転校生を紹介する……入れ!」
教師の言葉に、一瞬だけ教室の中がザワザワと賑やかになった。
そして、教師に呼ばれて入って来た少年を見た瞬間、ヤマトの回りだけ一瞬時が止まる。
「…今日から、このクラスに入る八神だ」
「……八神太一です……」
教師に紹介されて、ぺこりと頭を下げる少年の姿に、ヤマトはそのまま見詰めてしまう。
ずっと自分が考えていた少年が、今目の前に居る事が信じられない。
こんな形で、少年に会えるとは思っていなかっただけに、ヤマトはただ少年を見詰めつづけた。
「席は、石田の後ろが空いてるな…そこで、いいか?」
「…はい……」
窓際の一番後ろの席を勧められて素直に頷くと、そのまま少年がヤマトの方に歩いてくる。
近付いてくる相手に、ヤマトは自分の胸が高鳴っているのを感じて、ぎゅっと手を握り締めた。
「俺は、石田ヤマト…宜しくな」
自分の前に来た人物に、ドキドキした気持ちを隠すように挨拶をする。
そして、すっと差し出した右手に、一瞬だけ太一の表情が困ったような顔になるのを、ヤマトは見逃さなかった。
だが次の瞬間、自分の差し出した右手を完全に無視して、そのまま自分の席に座ってしまう。
「……感じ悪い奴…」
自分の隣に居た友人が、ボソッと呟いたそれ。
しかし、ヤマトは、自分が差し出した右手を見た瞬間、困った表情を見せた相手に、思わず差し出していた手を見つめてしまう。
泣き出してしまいそうなその表情が、忘れられない。
始まった授業にも身が入らずに、ヤマトはそっと転校生へと視線を向けた。
あの時の笑顔は見れないが、彼こそが自分が捜していた人だだと分かる。
探していた人物が、自分の目の前に現れた事に、ヤマトは少なくとも自分の運の良さという物を感じずには居られなかった。
「何なんだよ、あいつは!!」
自分の所に来るなり文句を言う友人を前に、ヤマトは小さく息を吐き出す。
休み時間ともなると、やはり転校生の周りには人だかりが出来る。
だがそれも、何も返事を返さない相手に、一人また一人と居なくなって、昼休みになった今の段階では、誰もその転校生の周りには行かなくなった。
それは、目の前に居る友人もその内の一人である。
一番最後まで頑張って話し掛けていたが、何も反応を返さない相手に、とうとう我慢出来なくなったようだ。
「……俺に言われても、困る……」
転校生の事を気にしながらも、話し掛けるという行為が出来なかったヤマトは、困ったようにもう一度ため息をつく。
話し掛けても、何も返事を返さない転校生。
表情も変えないし、顔を上げる事もない。
ただ、自分が持って来ていた本に目を通すだけ。
そんな姿を見ていると、あの公園で見た少年とは別人のようで、ヤマトも同じように戸惑っていた。
あの時の少年は、犬や猫だけでなく鳥にまで囲まれて、本当に楽しそうに笑っていたのだ。
そして、そんな笑顔が眩しくって、自分は見惚れてしまったのに、今の少年は笑う所か一言も話をしない。
「お前だって、無視されただろう!もっと怒れよな!!」
「……ああ…」
自分が差し出した右手を完全に無視したように、友人には見えたのだろう。
だが、ヤマトはその右手を見て、困ったような表情をしたのを見逃さなかった。
その表情が何を意味するのか、それは分からないが、好きで彼が無視したとはどうしても思えないのである。
これも、惚れた弱みかもしれないが、どうしてもそう思わずに入られないのだ。
「って、あいつは?」
そしてもう一度視線を向けた時、そこに彼の姿がないのに、ヤマトは不思議そうに首をかしげた。
「知る訳ねぇだろう!!」
不機嫌そうに返されたそれに、思わず苦笑をこぼす。
そして、確かめようと席を立った瞬間、廊下からガラスの割れる音と女子の悲鳴が聞こえてきた。
「何だ?!」
教室の中に居た者達も、何が起こったのかと慌てたように廊下へと出て行く。
それは、ヤマトと話をしていた友人も同じで、急いで廊下へと飛び出した。
「何があったんだ?!」
飛び出した瞬間見たモノは、廊下に座り込んでいる一人の学生と、割れたガラスの破片の中に立ち尽くしている転校生の姿。
「おい!何があったんだ!」
皆が呆然としている中、ヤマトが問い掛けた事に、ガラスの破片の中に立っていた人物が、一瞬だけ視線を向けてくる。
だが、すぐにその視線は逸らされて、その人物はそのまま何事もなかったかのように行ってしまう。
「おい、大丈夫か?」
その姿を見送っていたヤマトは、突然聞こえたその声に、はっとしたように我に返った。
「ああ……俺は、あいつに突き飛ばされたから、怪我はねぇよ……」
座り込んでいた男子生徒に手を貸して、立ち上がらせる。
「突き飛ばされた?」
立ち上がりながら言われたそれに、不思議そうに聞き返す。
「……ああ、突然来たかと思うと、人の事思いっきり突き飛ばすから、文句言おうと思った瞬間、あのボールが飛び込んできてガラスを割ったって訳だ……」
指差された方を見れば、確かにボールが転がっている。
「あのままあの場所に居たら、俺は、間違いなく大怪我してたと思うぜ……」
言われたその言葉に、視線を割れてしまった窓へと向けた。
確かに、窓の前に居れば、怪我をしていたのは間違いないだろう。
「おい!大丈夫か?誰も怪我してないな?お前たち、見てないで片付けるんだ!」
誰かが呼んできたのだろう、数人の教師が慌てたようにその場所に現れたのは、直ぐの事。
その場に居る者に怪我をした者が居ないことを確認すると、指示を出す。
それに、その場に居た者達がしぶしぶと言った感じで片付けを始める。
そして、ヤマトも割れたガラスを片付けようとその場に座り込んだ。
だが、目に入って来た血の後に慌てて少年が去って行った方を見る。
幾つか残っている血の後、それは座り込んでいた人物ではなく、間違いなくこの場所に立っていた者が怪我をしたという事。
「おい、ヤマト!」
「悪いけど、そこ頼む!」
自分に声を掛けてくる友人に返事を返して、少年が去って行った方へ急ぐ。
後ろから、教師が何か言っているのが聞こえたが、ヤマトはそれを無視して、その人物を探す。
校庭にもその姿を見つける事が出来ずに、ヤマトは盛大なため息をついた。
後数分もすれば、昼休みは終わってしまう。
何としても、その間に彼を見つけなくっては、いけない。
探していない場所を考えて、ヤマトは屋上への階段を駆け上がった。
後探していないのは、そこだけである。
「…居た!」
そして、その場所に漸く捜し人を見つけて、ヤマトは肩で息をしながらも、ゆっくりとした足取りでその少年に歩み寄った。
「……俺に、近付くな…」
後数歩と言った所に来た瞬間、ポツリともらされたその言葉に、一瞬足が止まる。
「…お前、怪我してるんじゃないのか?」
「……大した怪我なんてしてない……」
自分の問い掛けに、返されたそれを無視するように、そのままヤマトはその人物に歩み寄った。
「大した怪我かどうかは、俺が決める!」
ぐっと腕を掴んで自分の方に無理やり体を向けさせた瞬間、その腕から流れている血に、ヤマトは盛大なため息をつく。
「俺に、近付くなって、言っただろう!!」
バッと掴まれた腕を振り払った瞬間、少年の顔が苦痛に歪む。
どう見ても、大した怪我とは言えないそれに、ヤマトはそのままもう一度腕を掴んだ。
「近付かないと、手当て出来ないだろう!保健室に、行くぞ」
「おい!」
腕を掴んで、そのまま強引に歩き出す。
そんなヤマトの行動に、少年が非難の声を出すが、完全に無視。
「離せ!聞こえないのか!!」
「煩い…そんな怪我をしてるくせに、暴れるなよ」
自分の手を払い除けようとしている少年にため息をつきながら、保健室へと急ぐ。
そして、たどり着いたその場所のドアを開いた。
「……誰も居ないのか……」
だが、その中に保健医の姿がない事に、ヤマトは困ったような表情を見せて後ろを振り返る。
諦めたように大人しくなっているその人物に視線を向けた。
「…俺が手当てしてやるから、そこに座れよ」
「……余計なお世話だ!」
向けられた視線から逃れるようにそっぽを向く相手に、ヤマトが思わず苦笑をこぼす。
人に話し掛けられても無表情だった時とは違って、今の彼の姿は幼く見える。
多分、今見せている姿こそが、彼の本当の姿だのだろうと、何故かそう感じられてしまう自分に、ヤマトは苦笑をこぼした。
「……これでも、俺はお前の事を、心配してるんだ……」
「……知ってる……でも、俺は……」
「分かってるのなら、大人しく手当てさせてくれ…」
呟いた言葉に、困ったような表情を見せる相手に、ヤマトは小さく息を吐き出す。
そして、大人しくなった相手を椅子に座らせて、治療に必要なモノをガラス戸棚から取りだして、机の上に並べた。
ヤマトが準備をしている間、少年はずっと下を向いたまま大人しく座っている。
「……ほら、手を出せよ…」
怪我をしている手を出すように言えば、大人しくそのままそっと手が差し出された。
素直な相手の反応に驚きながらも、ヤマトは怪我をしている場所を見ながら、手当てをしていく。
怪我の場所は、数箇所。
その中で、一番酷い怪我は、一箇所。
その場所は、今も血が出ている。
「……これの、何処が大した事ないんだ?」
「……俺には、大した怪我じゃない……何時もの、事だから……」
「何時も?」
言われた事に問い掛けるが、その事に対しての返事はない。
それに再度ため息をつくと、ヤマトは急いで手当てを続けた。
そして、気が付いた事。確かに、その少年の体には幾つモノ傷跡がある。
それは、小さいものから大きな傷まで無数の傷跡。
「だから、言っただろう……何時もの事だって……」
その傷跡を見詰めていた自分に、呟かれたそれに、ヤマトははっとして顔を上げた。
そして、自分を見詰めてくる少しだけ困ったような瞳と目が合う。
「……もう、俺に近付かない方がいい……手当てしてくれて、有難う……」
「えっ!おい!!」
乱れた服を直して、そのまま椅子から立ち上げって教室を出て行く少年を引きとめようと声を掛けたが、その声に少年が振り返る事はなかった。
そして、その場に取り残されたヤマトの耳に、昼休み終了を告げるチャイムの音が鳴り響く。
「……近付くなって言われて、大人しく引き下がれる訳ないだろう!俺は、ずっとお前の事を探してたんだからな」
ぐっと手を強く握り締めて、ヤマトはそのまま大きく息を吐き出す。
謎が多すぎるその少年に、惹かれているのは本当の事。
そしてそれは、後戻りなど出来ない自分の正直な気持ちなのである。
捜していた相手に出会えたと言うのに、その相手から拒絶された事は、少なからずショックだ。
だが、寂しそうなその瞳を見た瞬間、そんな気持ちは無くなってしまった。
何が、彼にそんな瞳をさせているのか、それを確かめたいと思う。
そして、もう一度あの笑顔を見たいのだ。
あの誰をも引き付けるような、眩しい笑顔。
それが、彼の本当の姿だと分かるから……。
初めて会った時から、自分は確かに彼に引かれていた。
それを否定するつもりはない。
今だって、その気持ちは変わらないから……。
いや、寧ろ、もう一度会えた彼の事しか考えられない自分に、ヤマトは苦笑をこぼすのだった。

はい、漸く新シリーズ(?)スタートです。
ヤマトが中心のお話は、難しいですねぇ。<苦笑>(私、太一FANだから…(笑))
しかも、ヤマトさんってば、少女漫画の主人公のようで……xx
ヤマトが太一に一目惚れって事が書きたかったこの話、さてさてどうなるんでしょうね。(笑)
また、長くなりそうな予感はするんですが、『見えない想い』よりは、短いと思います。
そして、太一が笑わない理由は、一体!
これから少しずつ書いて行くつもりなので、宜しくお願いしますね。
目標は、5話までには、無事に終わらせたいです。
勿論、HAPPY ENDを目標にしておりますので、ご安心を……(笑)
では、また暫くお付き合い下さると嬉しいです。
宜しく願いしますねvv
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