もう、ここに来る事は無いと思っていた。
  逃げ出したくないと思ったのは、ヤマトに出会えたから……。
  だけど、やっぱり、俺は強くなる事なんて出来ないのだろうか?
            
  この場所は、俺にとって、一番安らげる唯一の隠れ場所だから……。


 
                                         君が笑顔を見せる時 10 


 何時だって感じている、自分の無力さ。
 何も出来ずに、立ち尽くしていたあの時。
 本当だったら、護れたはずなのに、自分にはそれが出来なかった。

「……子供だったからなんて、何の言い訳にもならない……」

 見上げる月は、あの時と同じその光で辺りを照らし出す。
 何も出来なかった自分を慰めるように、優しい光で地上を照らす月から、視線を逸らした。

 今は、慰められたいなんて思わない。

「……どうして……」

 思い出されるのは、自分の手を赤く染めていった血の色だけ……。
 あの事で、誰も自分を責めなかった。
 それどころか、みんなが優しく慰めてくれたのを覚えている。

 だけど、自分は慰められたくなんて、無かった。
 未来を知っていたのに、どうして止めなかったのかと、叱って貰いたかったのだ。

 優しくされる度に、自分の無力さをただ呪う事しか出来なかった。

 広がる花畑は、一面の赤い花。
 まるで、あの時流れた血の色のような、花。
 それが、更に自分の心を追い詰めていく。

 空に浮かぶ月とは反対に、地上の世界は、まるで自分を責めるような景色。

「…誰か、俺を……」

 ポツリと呟いた瞬間、思い出す。
 この場所には、誰も来ないと言う事を……。

 自分が作り上げたこの世界に入って来れる人は、居ない。

 あの時のように、偶然入って来れたヤマト以外は……。

「…バカだ……俺、約束したのに、ヤマトと、もうここには来ないって……」

 自嘲的な、笑みが浮かぶ。
 自分が作った世界なのに、ここは何時だって寂しくって悲しい場所。

 誰も居ないこの場所は、自分にとってのたった一つだけの安息の場所なのだ。
 例え、寂しく悲しい場所であっても、ここに居れば、誰の声も聞こえる事はない。
 そして、誰の未来も見えないから……。

 誰も入ってこられない、ここは自分だけの世界。
 だから、何も聞こえないし、何も見えないのだ。
 そう、自分以外の誰かが居なければ、普通の人間と何も変わらない。

「……太一……」

 ぐっと握り締めた手が、突然の呼びかけに力を無くす。
 誰も居ないこの場所に、入ってこられるのは、たった一人の人物だけ。

 突然の呼びかけに、反応出来ない。

 怖くて、振り返れない……。
 だって、ここは俺にとっての逃げ場所だから……。

「…ごめん……」

 振り返らずに、ずっと俯いていた俺の耳に、謝罪の言葉が聞こえる。
 それに、驚いて俺は振り返った。

「…どうして、ヤマトが謝るんだ?」

 ヤマトが謝る事なんて、一つもない。
 ここに逃げて来たのは、俺が弱いから…。
 もう、ここには来ないと約束したのに、自分はその約束すら守れなかった。

「…太一を、傷付けたから……」

 俺以上に傷付いた顔をして、ヤマトが俯く。
 どうして?俺が、傷付いたのは、俺自身の責任なのに、何でヤマトが謝るんだ。

 俺は、それに対して、何も言葉を返す事が出来ずに、ただ頭を振る。
 ヤマトが謝る事なんて、一つもない。
 これは、全て自分の心の弱さが引き起こした事。

 傷付いたのだって、全て俺自身が弱いから……。
 あの人を守れなかった、自分が……。

「…太一は、弱くなんてない」
「えっ?」

 まるで、自分の心の中を読んだかのようなヤマトのその言葉に、驚いて顔を上げる。

 俺が、弱くない…?どうして、そんな事が言えるのだろうか??

「太一、逃げる事は、弱い事じゃない」
「…ヤマト??」

 きっぱりと言われた言葉の意味が理解できずに、ただヤマトを見詰める。

「太一、弱い奴は、自分の事を『弱い』なんて認めないんだ」

 必死なヤマトのその顔を、俺はただ呆然とした表情で見詰めてしまう。

 『弱くない』確かに、ヤマトは俺の事をそう言った。
 ずっと、自分の弱さを見てきた俺に、その言葉は信じられない響きを持つ。

「……嘘だ、俺は……」

 守れなかった。大好きなあの人を…。
 それは、俺が弱かったから……。
 自分が、強ければ守れたはずなのに、あの人を守る事の出来なかった俺は、やっぱり弱い人間だと思う。

「違う!嘘なんかじゃない!!太一は、誰よりも強い。お前は、自分の弱さを認めてるじゃないか!それは、どんな強い人間にだって、難しい事なんだぞ」

 自分の弱さを、認める?だって、それは……。
 あの人を助けられなかったから……。
 自分の目の前で倒れたあの人を、助ける事が出来なかった。

「それに、太一は、沢山の人を助けてるじゃないか」

 ふっと優しい笑顔を見せるヤマトのその言葉に、首を傾げる。

「……俺が?人を、助けてる??」

 分からないその言葉の意味を尋ねるように、口に出せば、ヤマトが小さく頷いた。

「転校してきた日、窓ガラスが割れて怪我しそうになった奴を助けたのは、太一だ。それに、初めて会った時、俺と弟を助けたのも、太一。他の誰でもない、お前だ」

 真っ直ぐに、俺を見詰めてくるその瞳。
 ずっと、俺の事を見詰めてくれるその瞳は、何処かあの人に似ている。

「太一!?」

 ただぼんやりとヤマトを見詰めていた俺は、驚いたように名前を呼ばれた。
 そして、困ったような瞳が、自分を見詰めて居るのに気が付く。

「……自覚無しに泣くのは、反則だ……」

 苦笑を零しながらも、そっと差し出された手が俺の頬に触れてきた。
 泣く?一瞬言われた事の意味が分からずに、ただその理由を尋ねるようにヤマトを見る。

「……俺は、太一の事、泣かしてばっかりだな……」
「俺、泣いてなんて……」

 苦笑交じりに言われたそれに、俺はそのまま反論の言葉を返した。

「……それじゃ、お前の目から流れてるのは、雨の雫って事だな……」
「えっ?」

 すっと目許を優しく拭われて、漸く気が付く。
 俺の目から、流れているそれに……。

 どうして、ヤマトは俺の心を読めるのだろうか?
 ずっと、誰かに言ってもらいたかったそれを、何の躊躇いも見せずに、俺に伝えてくる。

 きっと、知らないだろう。
 俺が、どれだけヤマトと言う人物に救われたかと言う事を……。

 あの人を目の前で失った悲しみから、逃げてきたこの世界に現れた一人の少年。
 ヤマトを見た瞬間、笑顔を向けられた。
 もう笑えないと思っていた自分が、ヤマトを見た瞬間、笑顔を見せられたのは、今となんては理由も分からない。

 ただ、自分を見詰めているその瞳が、懐かしかったから……。

「……俺が、ヤマトを助けたって言うのなら、それはきっと、俺自身の為だったのかも知れない……」
「えっ?」

 ポツリと呟いたその言葉に、ヤマトが少しだけ驚いたような表情を見せた。
 きっと、俺は知っていたんだと思う、ヤマトが俺にとってきっと無くてはならない存在になる事を……。

「太一?」
「……ヤマト、俺の事、好きになってくれて、有難う……」

 俺の事を好きだと言ってくれた、初めての人。
 そして、あの人のように、何の躊躇いもなく、自分を抱き締めてくれる腕を持つ。

「……俺も、ヤマトの事、好きだ……」
「た、太一??」

 突然の俺の告白に、ヤマトの顔が真っ赤になる。

 そう言えば、これが初めてかもしれない。
 ヤマトに俺の気持ちを伝えるのは……。

 人を『好き』になるなんて、無いと思っていた自分に、ヤマトはずっと気持ちを伝えてくれた。
 俺の名前を優しく読んでくれるその声が、初めは煩しくって、何度も耳を塞いだ自分。
 本当は、この世界にヤマトが来た時から、俺はヤマトに惹かれていたんだと思う。
 なのに、それを自分で気付かない不利をして、心に鍵を掛けた。
 だって、俺には、人を好きになる事なんて、出来ないと思っていたから……。
 あの人以外は、きっと俺の事なんて、好きになってくれる人は居ないって……。

「……ずっと、好きだった……」

 だから、これが俺の本当の気持ち。

 ずっと言えないと思っていた。
 だって、それを言う事は、ヤマトに迷惑を掛けると思っていたから……。
 普通じゃない自分が、誰かを好きになるなんて、そんな事許されないと……。



  





  はい、漸く10話になります。
  それにしても、初めのギャグは何処へ??
  どんどんシリアスになっているように思うのは、私の気の所為でしょうか??
  『君の〜』は、シリアスからギャグへ、この『君が〜』は、その反対にギャグからシリアスへって、世の中上手くいかないです。
  さてさて、全く話が変わってきましたが、漸くこの番外編の要でありました、太一さんからの告白にたどり着く事が出来ました。
  長かったです、本当に……。(でも、まだ終わってない T-T)
  漸く、ラストの兆しも見えて来ましたので(本当か??)、後少しお付き合いくださると嬉しいです。
  結局、10話で終わらなかったって、ところが、私ですね、本当……xx