目の前で苦しんでいるのに、助けられない悔しさ。
  その原因が、自分がここに連れてきたからと言う事に、追い詰められていく。
  自分が、好きな相手を苦しめたと言う事実。
  誰よりも、護りたいと思った相手なのに……。


 
                                         君が笑顔を見せる時 09 


 目の前で眠っているその顔を見ながら、何も出来ない自分に嫌気がする。
 ここに連れてきた事を後悔しても、遅いとは分かっていも悔やまずには居られない。

 知らなかったからなんて、そんなの理由にはならないだろう。
 そう言えば、もう一人この場所を苦手としている人物の事が頭を過ぎった。

「……智成!」
「ああ?」

 その瞬間、俺は智成へと視線を向ける。
 突然の呼び掛けに、智成が少し驚いたように視線を返してきた。

「…昔、この場所で事故があったって言ってたよな?」
「ああ、誰か亡くなったって……まさか!」

 俺の質問に漸く何が言いたいのかを理解した智成が、太一へと視線を向ける。
 そんな俺たちに、ヒカリちゃんが同意の言葉を口にした。

「はい…その事故で、亡くなったのが、私達の祖父です」

 躊躇いながらもはっきりとした口調で言われたそれに、俺は小さく息を吐く。
 その事故は、小さかった自分でも今だに、ぼんやりと覚えている。
 子供の頃から、この場所に良く来ていた。
 それは自分だけではなく、同学年の間では普通の遊び場になっていたから……。

 そして、そんな同級生の中で、この場所に来て車に惹かれそうになった所を助けられた子供が居た。
 同級生で、友達だった相手。
 だけど、その事故以来、塞ぎこんでしまった人物。
 それから、その子は引越して行ったけれど、今でも忘れられないのは、ずっと苦しんでいたというその姿を見ていたから……。

 自分の不注意からそんな事になってしまったのだから、それも当然だろう。
 だから、その苦しみから開放されるために、その子供はこの町から離れていったのだ。

 思い出して苦しくならないように、この町から逃げるように去っていったのを覚えている。

 それだけ、人の心に傷は残る。
 それは、きっとずっと深く。
 逃げ出したくなるのが、当たり前なくらい。

「……これが、太一にとっての逃げ道なんだな……」

 拒絶反応。
 それは、意識を無くすくらいの、悲しい傷跡。

「……だから、太一は……」

 夢の中で言われた事、『未来が見えても、すごくなんてないよ……』そして、あの時の悲しそうな表情を、今でもはっきりと覚えている。
 それは、きっと太一が未来を見る事で、自分の大切な誰かが傷付く姿を見るという事に悲しんでいたという事。
 そして、何よりも何も出来なかったというその後悔は、きっと自分が考えているよりも太一の事を苦しめているのだろう。

「……俺じゃ、太一を救えないのか?」
「ヤマト……」
「何で、こいつばっかりが苦しまなきゃいけないんだ!」

 苛立ちを感じる。

 太一を苦しめている、全ての事に……。
 そして、何も出来ない自分自身に……。

「…ヤマトさん、間違わないで下さい。お兄ちゃんは、救われたい訳じゃないんです……」
「ヒカリ、ちゃん?」

 冷たいとも取れるヒカリちゃんのその言葉に、俺はただその言葉を発した相手を見詰める。

「……それ以上は、教えません。自分で考えてください!」

 俺が見詰める中、ヒカリちゃんは怒ったような表情を見せて、顔を逸らす。
 言われた言葉の意味が、俺には分からなかったが、それが分からなければ、俺に太一を救う権利は無いって事なのだろうか?

「……ヒカリちゃん、ちょっと良いかなぁ?」
「えっ?」

 黙って俺とヒカリちゃんを見ていた智成が、そっと声を出す。
 突然名前を呼ばれたヒカリちゃんが驚いて智成を見た。

「大丈夫、ちょっと、ヒカリちゃんと話がしたいだけだよ」

 ニッコリと笑顔を見せる智成を前に、俺は何も言えずにただその成り行きを見守る。
 智成の性格を知っているからこそ、口を出す事は出来ないから……。

「…はい……」

 そして、ヒカリちゃんが小さくだがはっきりと返事を返して、ゆっくりと立ち上がる。
 それと同時に、智成も立ち上がって部屋から出て行く。
 そして、ドアの所で立ち止まると、俺を振り返ってウインク一つ。
 そんな智成に、思わず苦笑を零してしまう。

 どうして、あいつは俺のしたいと思っている事を分かってくれるのだろうか?

「……太一、今、お前は何処に居る?」

 あの夢の中で出会った姿が、今の太一の姿と重なって見える。
 きっと、あの夢で出会った時には、太一の心には深い傷を作っていたのだろう。

「……もう一度、お前の夢の中へ……」

 そっと手に触れて、瞳を閉じる。

 今、太一が居るであろう、あの場所へ行く為に……。




 部屋から出て、小さくため息をつく。
 目の前の少女は、ぎゅっと唇を噛み締めているから……。
 きっと、誰よりも八神の事を心配しているのだろう。

「ヒカリちゃん、ごめんな」
「……智成さんが誤る事じゃありませんから……それに、ヤマトさんが何を考えているのか分かったからこそ、任せたんです」

 きっぱりとした口調。
 それだけで、俺が何のために連れ出したか、気が付いていたと言う事が分かる。

「だったら、そのヤマトを信じようぜ」

 強い意志を秘めたその瞳に、俺は笑顔を見せた。
 きっと、この少女には、未来が見えていると分かるから……。

「……本当に、お兄ちゃんにそっくり……」

 俺の笑顔と同時に、ヒカリちゃんが笑う。
 嬉しそうに、何処か寂しそうな笑顔で……。

「俺と八神が、似てる?」

 しかし、言われた内容が、信じられなくって、思わず聞き返してしまう。
 どこをどうすれば、俺と八神が似ていると言う発想が出てくるのだろうか?
 ヤマトあたりが聞いたら、怒りそうだな。

「似てます。その人の為に自分を犠牲にするところとか……だって、智成さんは、ヤマトさんの事が特別なんでしょう?」

 ずばりと言われて、言葉を無くす。
 誰も知らない俺の本当の気持ち。

 好きだと言う恋愛感情ではなく、俺がヤマトの事を本当に特別だと思っていると言う気持ち。
 だから、少しだけ八神に対して嫉妬していた。
 あいつは、本当の意味で、ヤマトにとっての特別な存在だから……。

「……気付いてたのか……」
「はい…でも、智成さんの特別は、恋愛感情じゃ無いって事も知ってます。それは、ヤマトさんを本当の親友だと思っているんだって事も……」

 はっきりと言われるそれは、ずっと俺の心の中だけで仕舞い込んでいた想い。
 誰にも言う事など無いと思っていたそれを、この少女は簡単に口にした。

「……だけど、俺も八神の事を気に入ってるのは、本当の事だからな」

 だけど、これだけは自分の口で言わなければいけない事。
 そう、だからと言って、俺は八神の事を嫌ってなんていない。
 そして、ヤマトの事を応援すると言った事だって、嘘偽りの無い俺の本当の気持ちなのだと言う事を……。

「知ってます。だからこそ、似てるんです。お兄ちゃんと……」

 ニッコリと笑顔を見せながら言われたそれに、俺は言葉も無くただその少女を見詰めた。

 きっと、この子には、俺の気持ちの全てを知られていると分かるから……。
 確かに、これじゃ嘘なんて、一つも付けないよなぁ……。
 心の中で思った事に、思わず盛大なため息をつく。

 怖いとは思わない。
 だけど、やはり全てを知られると言うのは、複雑な気分だよな、本当に……。



  





  はい、『君が笑顔を見せる時 09』です!!
  途中から、智成くん視点へと切り替わっていますので、ご注意ください。
  そして、今回、智成くんの想いと言うのを書いてみました。
  皆様、心配してくださっていたので……太一さんへの恋愛感情はありませんよ!(笑)
  勿論、ヤマトに対しても恋愛感情はありません。
  文中にもありますが、智成の感情は『友情』です。
  だって、智成は、ちゃんと好きな子が居るので……。作品に関係ないので、出来てませんけどね。(笑)
  さてさて、次で終わると良いですね。
  キリも良いし…無理かなぁ??