あの事件から、太一はますます笑顔を見せるようになった。
そして、気が付けば、誰にでも笑顔を見せる姿。
これは、俺の我侭かもしれない。
だけど、どうしても思ってしまうのだ。
太一の笑顔は、俺だけに向けて欲しいと……。
君の笑顔、ボクの憂鬱
「ヤマトの家??」
突然の言葉に、太一は不思議そうに首を傾げた。
「その、テスト勉強を、一緒に……」
ずっと考えていた言葉を口にすれば、納得したのだろう、太一が小さく頷いてみせる。
「そう言えば、橘さんが言ってたもんな。ヤマトって、頭がいいんだろう?」
ニッコリと笑顔を見せながらの質問に、思わずてれてしまうのは、どうしてだろう。
「えっ?いや、そんな事無いけど……」
他の誰から言われても嬉しくないだろう言葉を、愛しい人から言われると、幸せを実感できる。
ヤマトは、その幸せを感じてしまう。
「俺が一緒で、邪魔にならないか?」
「絶対にそれは無い!!」
しかし続いて言われた言葉に、ヤマトはキッパリと言葉を返した。
それに、一瞬驚いたような表情を見せるが、太一の顔が直ぐに笑顔に変わる。
「なら、頼むな。俺、英語とか苦手だから、教えてくれるか?」
「勿論!俺で、良ければ!!」
思わず握り拳まで作ってしまいそうな勢いに、太一は驚きながらも、何とか頷いて次の言葉を続けた。
「そ、それじゃ、今日、一度帰ってから、ヤマトの家に行けばいいのか?」
「そうだな。な、なんなら、夕飯もご馳走するぞ……」
照れたように言われるそれに、太一は一瞬だけ申し訳なさそうな表情を見せる。
「それは、迷惑になるだろう?」
「どうせ、タケルと二人だからな。その、太一さえ良ければ、なんだけど……」
躊躇いがちに言われるそれに、太一は少しだけ考えてから、小さく頷く。
「だったら、お願いしてもいいか?今日は、母さんが休みだから、家の方は問題ないんだ」
ニッコリと笑顔を見せての言葉に、ヤマトも思わず笑顔を見せて大きく頷く。
そして、半日授業が終わってから、ヤマトと太一は時間の約束などをして、家路についた。
?
太一が、自分の家に来る事が決まってから、急いで家に戻り、ざっと部屋を片付ける。
そして、簡単に夕飯の準備を済ませてから、時計へと目を向けた。
後数分もすれば、自分の待ち人が訪れる時間である。
「……太一、道に迷わないか、心配だよな……」
しかしそこで、太一が自分の家に一度も来たことが無い事に不安を覚えて、小さくため息をついてしまう。
「……迎えに行った方が……」
「ただいま!」
どうしようかと考えを巡らしている中、元気な声が響く。
「どうぞ、太一さん」
そして、続けて言われたその言葉に、ヤマトは慌てて玄関へと移動した。
そこには、自分の待ちわびていた人物が立っている、しかも、自分の弟と笑顔を交わしながら……。
「太一??」
「あっ!お兄ちゃん、ただいまvv 偶然太一さんに会ったんだけど、家に来るって言うから、案内してきたんだよ」
「タケルに会わなかったら、迷う所だったから、助かった」
ニコニコと満面の笑顔を見せているタケルに続いて、太一もニッコリと笑顔を見せた。
仲良く談話している二人の姿に、ヤマトは声を掛けられない。
「こんな所で立ち話もなんだから、上がってよ。ねぇ、お兄ちゃん」
呆然状態で二人を見ていたヤマトは、突然声を掛けられて、はっとする。
確かに、今だ玄関から移動していない事を確認して、慌ててしまう。
「あっ、ああ……上がってくれ」
慌てて部屋に入るように言えば、太一が少し躊躇いながらも、靴を脱いで上がってくる。
「お邪魔します…」
小さく挨拶をする太一に、ヤマトとタケルは同時に苦笑を零して、それぞれがリビングへと移動した。
「それじゃ、俺の部屋で構わないか?」
リビングに案内しながら、さり気に太一と二人きりになれるように誘導しようと問い掛けたそれに、タケルが返事を返す。
「ボク、邪魔しないから、ここでやっていいよ。ボク、太一さんともっとお話したいからvv」
ニッコリ笑顔で可愛らしく言われたそれに、太一が一瞬考えてから、口を開く。
「俺も、ここでいいよ。タケルも、宿題あるなら、一緒にやらないか?」
「勿論vv お兄ちゃん、いい?」
太一の申し出に、これ異常ないほど嬉しそうに頷いてから、タケルが自分に問い掛けたそれに、ヤマトはただ盛大なため息をついて頷くしかない。
自分の大切に思っている相手の申し出を断れる訳が無いだろう。
「それじゃ、荷物部屋に置いてくるねvv」
ヤマトが頷いた事で、タケルが楽しそうにそう言うと、自分の部屋へと入っていく。それを見送ってから、ヤマトは再度盛大なため息をついた。
「ヤマト??」
疲れたようにため息をつくヤマトに、太一が心配そうに声を掛ける。
「…何でもない……飲み物、ウーロン茶でいいか?」
「えっ?うん……その、ごめん……タケルと一緒に勉強するの、いやだったのか?」
不安そうに尋ねてくるそれに、ヤマトは思わず苦笑を零す。
相手の心を分かってしまう太一だからこそ、嘘は付かないと自分自身に約束してる。
「……それが嫌な訳じゃないさ……俺は、太一と二人だけで、勉強したかったんだよ」
苦笑を零すようにそう言えば、太一が一瞬だけ不思議そうな表情を見せてから、その後、見事なまでに真っ赤になってしまう。
そんな、姿を見ながら、ヤマトはもう一度苦笑を零した。
誰にでも笑顔を見せるようになった、太一。
それは、いい事だと思う。
だが、それに自分は嫉妬している。
あの笑顔を、自分だけに向けて欲しいと思う独占欲と共に……。
それから数時間、3人で仲良くお勉強会。
いや、正確には、タケルと太一が和気藹々と楽しんでいたと言っていい。
仲良く話をしている二人を見ながら、ヤマトが何度ため息をついたのか、数えていたらそれはすごい事になっていたであろう。
「…そろそろ、夕飯の準備するか……」
時計を確認して、ヤマトがソファから立ち上がる。それに気が付いて、太一も慌ててソファから立ち上がった。
「あっ!俺も、手伝おうか?」
「太一さんはお客様なんだから、ゆっくりしてて大丈夫だよ。ねぇ、お兄ちゃん」
手伝いの申し出を、その腕を引っ張りながらタケルが笑顔で太一を引き止めている。
自分が言おうとしたその言葉を取られて、ヤマトはただ頷く事しか出来なかった。
一体何の為に、自分は太一を家に招待したのか分からない。
いや、勿論、勉強する為なのだが……。
「お兄ちゃん、すごく料理上手なんだよvv」
複雑な気分のまま、キッチンへと移動していた自分の耳に、嬉しそうな声が聞こえてくる。
「そうなんだ……そう言えば、タケル達のご両親って??」
「共働き。殆ど家には戻って来ないんだ」
太一の質問に、タケルがはっきりとした口調で答えた。
確かに、自分達の両親は、殆ど家に戻ってくる事は無い。
母親は、雑誌の取材とかで、出張が多いし、父親はTV局の人間だから編集作業で泊まりの仕事がほとんどだ。
「……そっか…でも、タケルは、ヤマトが居たから、寂しいなんて思ったこと無いんだろう?」
だから、自分達子供は、何時だって放って置かれた。
そんな家の事情を知る近所の人達は、『可愛そう』だとか、『寂しいわね』と言うのが口癖のようになっている。
自分達は、そんな事一度だって思ったことないのに……。
確かに、仕事が忙しい二人を知っているから、他の子供達のように遊びに連れて行ってもらう事はない。
だが、家に戻ってきた両親が、ちゃんと自分達を大切に思っていることを知っているから、寂しくなど無いのだ。
「そうだね。お兄ちゃんが居たし、お父さんもお母さんも大好きだから」
そして、返されたタケルの言葉に、太一はただ優しい笑顔を見せた。
聞こえてくる会話に、ヤマトも思わず笑みを零す。
自分も同じだと思っているからこそ、その言葉が、自分にとっても嬉しかったのだ。
「夕飯、美味しかった。それじゃ、遅くまで、ごめんな・……」
送って行くと言う自分の言葉を笑顔で断った太一を玄関まで見送って、言われたその言葉。
「……試験勉強、頑張ろうなvv」
そして最後とばかりに言われた言葉に、思わず苦笑を零してしまう。
「気を付けて、帰れよ……本当に、送っていかなくっていいのか?」
「大丈夫だって!俺は、男なんだからな」
再度、申し出たそれに、少しだけ頬を膨らませて言われた言葉に小さくため息。
男でも可愛いものは可愛いのだと、主張したい気持ちは止められない。
「なんだよ、そのため息……」
自分のため息に、不機嫌そうに上目使いで睨んでくる相手に、ヤマトはもう一度苦笑を零した。
思わず、心を見透かされなくって良かったと思ってしまう。
「何でもない……それじゃ、太一、お休み」
「あっ、ああ……お休み……あっ!タケルにも、今日はサンキューって、伝えてくれよ」
最後の挨拶を交わしたところで、自分の弟の名前。
それに、ヤマトは少しだけ複雑な気分を感じながらも素直に頷く。
今日と言う日は、弟に太一を取られただけのような気がするのだ。
「じゃあな!」
手を振って歩き出した大切な相手を見送って、その姿が見えなくなるのを確認してから、ヤマトは家の中へと入る。
「太一さん、帰っちゃったんだ……」
リビングに入った瞬間、残念そうな声が聞こえてくる。
「お前、見送らなくって良かったのか?」
「ボク、そこまで無粋な真似はしないよ。」
太一が帰るといった時、絶対に玄関まで見送るだろうと思っていた相手は、あっさりとその場だけで別れを済ませたのである。
それが余りにも意外だった為に、ヤマトが問い掛ければ、苦笑交じりの言葉が返された。
「お別れのキスくらいは、してるんだよね?」
そして、今度は逆に問い掛けられたそれに、一瞬意味が分からなかったヤマトの顔が瞬時に赤くなる。
そんな目の前の兄の態度に、タケルは意外そうな表情を見せた。
「……お兄ちゃん、もしかして、まだキスもしてないの?」
「キ、キスはした!……一度だけだけど……」
呆れたような弟の言葉に、赤い顔のままヤマトがしどろもどろに、説明する。
「ふ〜ん……なぁんだ。それくらいなんだ……お兄ちゃん、ぐずぐずしてると、誰かに取られちゃうよ」
「タケル?」
「ボクね、太一さんの事、すごく気に入っちゃったんだvv」
ニッコリと可愛らしい笑顔と共に言われたそれ。
天使のような笑顔なのに、ヤマトにとっては、悪夢のような言葉をさらりと口にする。
それで無くとも、最近の太一は人気があるのだ。
誰にでも笑顔を見せるようになった彼は、誰をも魅了してしまうのである。
「タ、タケル……お前……」
「今日、太一さんと話をしていて思ったんだ。すごく素敵な人だよねvv ヒカリちゃんが言ってた意味が、ボクにも漸く分かったよ」
ニコニコと笑顔を見せながら、意味の分からない事を言う弟に、ヤマトはただ頭を抱え込みたくなってしまう。
確か、自分と太一のことを応援してくれるといっていた筈の弟なのに、何が悲しくってライバルにならなければいけないのだろうか?
「……タケル、協力してくれるんじゃ……」
「それは、過去の事。お兄ちゃん、覚悟してよねvv」
ウインク付きのその言葉に、ヤマトはもはや何も言えずに盛大なため息をつく。
どんなに大切な弟でも、譲れないモノがある。
だが、だからと言って、相手の気持ちを遮る事など誰にも出来ないだろう。
どうやら、彼が笑う度に、自分にとって憂鬱が増えていく。
さて、これから、どれだけの憂鬱を感じれば、彼が自分のものであると思えるのだろうか??
それは、今は誰にも分からない事であろう。

て、手直しが殆どされてません。
本当は、これに付け足しいようと考えていたのですが、流れが可笑しくなる為、こちらのみ再UPしました。
付け足し部分は、また改めて一つの小説にしてUPしたいと思います。
嘘吐きな管理人で、本当にすみません。(T-T)
考えているのは、タケルくんサイドの話になると思います。
近い内に、必ずUPしますね。約束いたします。