あの人を見付けたのは、本当に偶然。
  だけど、一瞬だけ声を返られなかった。

  苦手だと、そう思っていたから………。




「…太一さん?」

 きょろきょろと辺りを見回しているその人に、そっと呼び掛けた。
 ボクを見た瞬間、一瞬首を傾げる仕草。
 そして、考えるような表情。

「……タケル、だったよな??」

 少しだけ不安そうな表情で、ボクの名前を呼ぶ太一さんに、頷いて返す。
 その瞬間、ほっとしたような顔。

「こんな所で、何をしてるんですか?」

 クルクル変わる表情を見詰めながら、質問を投げ掛ける。
 だって、太一さんの家は、ここから離れてるのだ、用事もないのに、来る事などないだろう。

「……実は、ヤマトの家に勉強しに行く約束してるんだけど、俺、方向音痴らしくって、道に迷ったみたいなんだよなぁ……」

 困ったような表情で返された言葉に、ボクは思わず苦笑を零してしまった。
 だって、ここら辺の建物は、みんな同じ造りをしているから、初めてきた人はたいてい迷うのだ。
 だから、特別太一さんが方向音痴だと言う訳ではない。

「ボクん家ですか?それじゃ、ボクはちょうど家に戻るところですから、案内しますよ」
「本当か?!スゲー助かるvv」

 笑顔を見せてそう言えば、嬉しそうな笑顔が向けられる。
 その笑顔を見せられた瞬間、ボクはどうして、この人の事が苦手だ何て思っていたのか、自分でも分からなくなってしまった。

「そうだ!タケル」
「えっ?」

 ボンヤリとそんな事を考えていたボクは、突然名前を呼ばれて驚いて太一さんを見る。

「…前の事だけど、心配掛けちまって、悪かったな……その、家まで様子見に来てくれただろう…サンキュー」

 不思議そうに見詰めた先で、申し訳なさそうに謝罪する太一さんが、最後には自分に照れたような笑みを見せた。
 笑顔付きの言葉に、ボクは慌てて首を振る。

「そ、そんなの大した事、してませんから……それに、あれはお兄ちゃんが……」

 慌てて言い訳するように言葉を返せば、太一さんが苦笑を零す。
 そう、あの時は、お兄ちゃんが太一さんに会いたいと言ったから付き合ったのだ。
 だから、本当の事を言うと、太一さんを心配していた訳じゃない。

「……それでも、一緒に来てくれたから……」

 少しだけ困ったような表情を浮かべて、太一さんの口から紡がれた言葉。
 それは、きっとボクの心が分かってるんだと思う。
 ボクが、本当は、太一さんの事を苦手だと思っていた事だって、知っている……。
 そう思ったら、急に恥ずかしくなってきた。
 だって、太一さんの事を知りもしないのに、ボクは勝手なイメージを作っていたのだ。
 そして、苦手だと思った。

「…それなら、ボクだって、貴方に謝らなきゃ」
「どうして、謝る必要があるんだ?」

 考えた事に慌ててボクが言おうとした言葉を、不思議そうな表情を浮かべて太一さんが聞き返す。
 本当に分からないと、言うような表情を見せる太一さん。

「だって……」
「人を苦手だって思うのは、悪い事じゃない。それが、俺みたいなヤツだったら、当然だよ。だから、謝る事じゃないんだ」

 ボクが説明しようとした言葉を、太一さんの言葉が遮る。
 とっても優しい声で言われたそれは、何処か悲しそうにも聞こえた。

 『俺みたいな』って言葉が、太一さんやヒカリちゃんの力の事を指してるんだと分かるから、複雑な気持ち。
 だって、ボクは本当にその力を怖いって思ったから……。
 あの時、ボクでさえ認めていなかったその気持ちをヒカリちゃんに言い当てられた瞬間に……。

 だけど今、同じように太一さんがボクの心を読んでいるのに、怖いなんて思わない。
 むしろ、今ボクが思っている事で、太一さんを傷付けたらどうしようなんて、考えている自分が居る。

「…太一さん、聞いてもいいですか?」
「勿論、いいぜ」

 躊躇いがちに問い掛けたその言葉に、笑顔で即答。

「……太一さんは、人の心って、全部分かるの?」

 本当は、そんな事聞かれたくないかもしれない。
 それが分かっていても、聞きたかったから……。
 そして、太一さんを見れば、一瞬困ったような表情を見せた。
 だけどそれが直ぐに、苦笑へと変わる。

「……全部、分かる訳じゃないよ……分からない事の方が多いから、俺も怖いと思う……」

 そう言った太一さんは、すごく儚げで、護って上げなくてはいけないような気さえした。
 どうして、お兄ちゃんが、この人に惹かれたのか、ボクにも漸く分かる。

 この人は、人の痛みを理解している。
 それは、自分と言うモノを顧みないほどに……。

 あの言葉の意味も、漸く理解できた。

 『心がどんなに傷付いていても、優しい笑顔を見せてくれる人』それは、正に目の前に居る人の事だと、今なら分かる。

「太一さん……」
「んっ?」

 ボクは、どうしてこの人の事を苦手だなんて思ったんだろう。
 こんなに、悲しいくらいに優しい人なのに……。

「でも、ボクは、やっぱり謝りたいんだ……太一さんだから…だから、苦手だと思った事、どうしても謝りたい」
「タケル……」

 真剣に見詰めるボクに、太一さんが困ったように見詰め返す。
 だって、本当に嫌だったから、ボクはこの人を傷付けたくないと、心から思ったのだ。

「……それじゃ、俺は、許すよ。だって、今は、苦手だと思ってないって事なんだろう?」

 そして、困ったようにボクを見詰めていた太一さんが、ニッコリと微笑む。
 そして、問い掛けるように言われたその言葉に、ボクはただ驚いて太一さんを見詰めた。

「だから、気にすんなって!」

 満面の笑顔を見せる太一さんに、ボクも思わず笑顔を返してしまう。
 優しい人。本当に、きっとボクの知っている中で、一番優しくって、そして強い人……。

「あっ!家、直ぐそこですよ」

 そして、自分の家が見えてきた。
 そちらを指差せば、太一さんが少しだけ今までと違う表情を見せる。
 それは、今までの中で一番嬉しそうな笑顔。

「……お兄ちゃんの事、好きですか?」
「えっ?」

 そんな笑顔を見せられたら、心が読めなくたって分かってしまう。
 今、お兄ちゃんに会える事、喜んでるんだって……。
 そして、ボクの質問に、太一さんの顔が微かに赤くなった。

 それが、答え。

 確かに、ボクなんかよりも、お兄ちゃんが先に気が付いていた。

 この人の優しさや強さに……。
 だけど、ボクだって、遅いけど知る事が出来たのだ。
 だったら、まだチャンスは残されているはず。

「タケル?」
「お兄ちゃんの事、よろしくお願いしますねvv」

 困ったようにボクを見詰める太一さんに、笑顔を見せてそう言えば、もっと顔が赤くなる。

 気付くのが遅かった、ボクが悪い。
 それに、貴方の事を苦手だと思っていた僕にそんな資格があるなんて思わない。
 だけど、今、ボクは貴方の事、好きだって思ったのは、本当の気持ち。
 だから、もしも、お兄ちゃんが貴方を傷つけた時は、ボクもお兄ちゃんを許さない。


 宣戦布告。

 勝負になんて、ならないって事分かってるけど、だけどこれは、もう譲れない。
 だから、覚悟しててよね、お兄ちゃん。




                  





    はい、タケル編です。
    如何だったでしょうか??
    隠す必要もない内容で、本当に申し訳ないんですが、こんなモノになってしまいました。<苦笑>
    そして、これが、本当なら本編に入るはずだったのですよ。
    そりゃ、無理ですよねぇ・…xx
    話し繋がらなくなる訳です。<苦笑>

    そんな訳で、タケルくんの宣戦布告、それは、本編の方に入ってますので省きました。
    これから、どうなる『君笑顔シリーズ』!更に大輔までライバルになったら、笑えませんね。
    ヤマトさんには、強く生きてもらいましょう!(合唱)