「太一!」 

 名前を呼ばれて、ハッとする。
 顔を上げれば、呆れたような表情を浮かべて自分を見ている懐かしい彼の顔。

「お前、何ボンヤリしてるんだよ。皆待ってんだぞ」

 そして差し伸べられる、手。
 それに、太一は複雑な表情を見せた。
 この手を取れば、この幻は、消えてしまうのだろうか?

「何やってんだよ!ほら、早く行くぞ!!」

 中々その手を取らない自分に、少し怒ったような声が促してくる。
 それに慌てて、手を取った。


 消えない。


 手を取ったと同時に消えてしまうだろうと思ったその幻は、しっかりと繋いだ手からも暖かな温もりさえも感じる事が出来る。
 そんな手をギュッと強く握り締めた。

「お前なぁ、そんなに強く握ると痛いだろうが!」

 消えてしまわないように強く握り締めた事によって、その相手からの苦情の言葉に、太一はその手の力を慌てて緩める。

「ご、ごめん……ヤマト……」
「いいさ、ほら、みんな待ってんだぞ!」

 言われた言葉に慌てて謝罪すれば、笑顔を見せられて今度は逆に手を握られた。
 暖かな、確かな温もり。
 絶対に有り得ない、これは残酷な夢。

「遅いわよ、太一!!」

 少し離れた場所で、自分達を待っていてくれる懐かしい仲間達の姿。
 そして、怒ったように言われたその言葉に、泣きそうになる。

「それじゃ、リーダーが疲れた様子だから、この辺で休憩にしようか」
「賛成!!」

 最年長の言葉に、元気良く返された言葉、皆が当然のように自分の前に居てくれる、そんな当たり前だったあの頃の懐かしい思いに自然と頬を流れる涙。

「って、何だ??」

 そんな太一に気が付いたのは、一番近くに居たヤマト。
 突然涙を流した太一に驚いたように声を上げた。

「何?どうしたのよ、太一?!」

 ヤマトの声に他の仲間達も驚いて、心配そうに自分に問い掛けてくる。

「な、何でもない……ただ、みんなが居てくれる事が嬉しくって……」
「何を当たり前な事言ってんだよ!」

 心配してくれる仲間達に、太一は泣きながらも笑顔を見せた。
 その笑顔とともに言われた言葉に、呆れたようなヤマトの言葉が返される。

「ヤマトさんの言う通りですよ、太一さん。本当に疲れていらっしゃるんですか?」

 ヤマトに続いて、光子郎までもが心配そうに自分を見つめてくる。
 言われた言葉に、太一はただ複雑な表情を見せた。

 自分は、現実を知っているからこそ、言われた言葉は何よりも嬉しいものだった。

 例えそれが、事実ではない事を誰よりも知っていても……。
 やがてくる未来は、自分達を遠く引き離してしまうのだから……。

「太一さん、疲れてるんなら、休める場所を探そうよ!」
「そうね、野宿できる場所を探さなくっちゃ」

 何も言わない自分に、疲れているだろうと判断した仲間達がそれぞれに行動を起こして行く。
 そこで、漸く太一は違和感を感じた。

「なぁ、アグモン達は?」
「アグモン?何だよそれ」

 自分達の大切なパートナーの姿が見当たらない。
 その事に気付いて問い掛ければ、不思議そうに問い返された。
 それはこの世界が、幻なのだと知らされた事実。


 ここは、自分の弱さが作り出した世界。
 昔に戻れたのなら、どんなにいいだろうかと望んだそんな夢の世界。