何もかもが気に入らない。
 どうしてそんな風に思うのかさえも分からないのに、いらいらした気分は拭えない。

 そんなに知っている訳ではない、一つしたの後輩。
 名前を知っているのは、学年トップの成績と、何処か人を拒絶しているその態度の為に、自分達のクラスでも名前が何度かあげられていたから……。

「なぁ、もうちょっと、穏やかに出来ないのか?」

 自分の考えに浸っていた俺の耳に、苦笑交じりに呟かれた声が聞えて顔を上げる。

「穏やかにですか?僕は、いつも以上に穏やかですよ」

 その瞬間、目の前の相手がニッコリと笑みを浮かべて、その声を発した相手に視線を向けた。

「俺も、同じだ」

 目の前で交わされたそれに、ますます不機嫌になるのは止められない。
 不機嫌そのままの声で、俺も返事を返した。

 俺の返したその言葉に、小さくため息が聞えたのは、気の所為ではないだろう。
 勿論、自分達の今の態度が穏やか出ない事は、ちゃんと分かっているのだが……。

「分かった。んじゃ、兎に角、早く帰ろうぜ。空、待たせ過ぎてるからなぁ」

 そんな俺達に呆れたのだろうもう一度ため息をついて、付け足すように言葉が加えられる。
 呆れられても、こればっかりは、自分でもどうしようも出来ない感情なのだ。

「……先ほどから仰っている、空さんと言う方は、一体誰なんですか?」

 しかし、俺の考えとは違って、泉は、違う事に気が付いたのだろう。
 ずっと、目の前の相手が口にしている名前に、既に興味が移っているようだ。
 そして、尋ねられた言葉に、俺も漸くその名前に疑問を浮かべた。

 何処かで聞いた事ある名前なのだが、思い出せない。

「……悪い。知らねぇんだよなぁ……えっと、空って言うのは、武之内空って言って……」
「武之内……」

 泉の質問に答えて言われた言葉に、俺は複雑な表情をしてしまう。
 今日の、告白の相手。

「えっ、ヤマトは知ってるのか??」

 ポツリと呟いた俺の声に、相手が確認するように問い掛けてくる。
 それに、俺は小さく息を吐き出した。 

「………一緒のクラスだからな……」

 一緒のクラスなのは、本当の事。
 勿論、そんなのは、不本意以外の何者でもない。
 人の事を勝手に好きになって、そして、断れば、傷付く女に、興味は無いのだ。

「武之内先輩でしたら、僕も知っていますよ。小学校の時、同じクラブでしたから」

 俺の言葉に続いて、泉も言葉を返す。

 そう言えば、泉は小学校の頃、サッカークラブに所属していたらしい。
 これは、本当に意外な事なのだが……。 

「……そっか、なら、話は早いな。そいつも、デジモンのパートナーが居るんだ。だから、光子郎の家に行ってもらった。あそこなら、あいつらも居るから……」 

 そんな泉の言葉に、何処か寂しそうな瞳を見せながら、説明するように言われた言葉に、俺は、複雑な気持ちを隠せないでいた。

 何も知らない相手の事。
 それが、こんなにも、自分の気持ちを苛立たせる。

 そして、鍵になる言葉は、あいつが口にする、デジモンと言うパートナー?

「……デジモンのパートナー……話からすると、俺に会わせたいヤツも、そいつなのか?」

 そう、あいつが俺に会わせたいと言った相手も、きっとこのデジモンと言うパートナーに関係しているのだろう。

 きっと、目の前に居る泉にも、そのデジモンのパートナーは存在する。
 それが、今、こいつと自分達との繋がりを意味する筈。

「そう言えば、ヤマトには、何にも言ってなかったな。もっとも、光子郎にだって、そんなに説明してる訳じゃねぇけど……」

 俺の問い掛けるような質問に、苦笑を零す。
 そして、その視線が、泉へと向けられた。
 それに、泉が頷いて、口を開く。

「確かにそうですね。詳しい事は、何も聞いていません。ただ、ボクにデジモンというパートナーが居る事。そして、僕達が何者かに、狙われている事。そして、すべての答えは、僕の中に存在するのだと、貴方は教えてくれました」

 結局は、泉自身、何も知らないと言う言葉を聞いて、何処か安堵している自分がいるのを感じる。
 自分だって、泉と同じように、こいつの事を知りたいと思っているのだから……。
 そして、俺は、ずっと聞きたかった事を、意を決して口に出した。

「なら、教えてくれ。お前は『誰』、なんだ……」
「い、石田先輩、そんな事……」

 ずっと聞きたかったこと。
 こいつの名前。

 名前を呼びたいのに、今だに名前は分からないままなのだ。
 だが、俺の質問に、慌てて泉が遮るように口を開く。
 その慌てている態度に何かを感じて、相手へと視線を向けた。
 そこには、困ったような笑みを浮かべる少年の姿。
 その笑みに、俺も泉も、言葉を続ける事が出来ずに、ただ見詰めてしまう。

 しかし、一瞬だけ迷った表情を見せて、それから意を決したように顔を上げ、俺の視線を真っ直ぐに見詰めてくる少年に、俺は、ただ身動きも出来ずにそのまま相手の視線を受け止めた。

「……自己紹介したいのは山々なんだけど、出来ねぇんだ」
「えっ?」

 そして、そっと呟かれた言葉は、自分が想像していたものはと全く違って、一瞬何を言われたのか分からずに、間抜けな越えで返してしまう。

「俺の名前、お前等には、聞えないから……」

 寂しそうな声で説明された事に、一瞬言葉をなくしてしまう。
 泣き出してしまいそうなその声は、聞いているものに衝撃を与える。

「すまない…」

 そんな相手に、一言だけの謝罪。
 それが、自分が口に出せるたった一つの言葉。

 俺は、聞いてはいけない事を、相手に聞いてしまったのだと、そう思ったから……。

「いいよ、普通は、名前を聞くのが、当たり前なんだよ。でも、俺の名前も、そして、お前等のパートナーの事も、全部お前達の中に存在してるんだって、信じてる。だから、思い出した時は、名前、呼んでくれよ」

 しかし、それに返されたのは、明るい声。
 今までの声が、まるで幻聴だったかのように……。
 そして、言われたのは、願い。
 多分こいつの心からの願いだと分かるそれ。

 思い出したいと、本気で思った。

 目の前の相手が喜んでくれるのなら、相手の名前を呼びたいと……。
 自分の中に、こいつのことが存在するのなら、どんな事をしても、思い出したいと……、

「お前等が、俺の名前をまた呼んでくれるのを楽しみにしてるな」

 本当に楽しそうに言われた言葉は、目の前の少年が心から望んでいる事だろう。

 心に決めた事に、もう一度だけ自分にも言い聞かせるように、大きく頷く。
 泉も、同じで、視界の端に頷いている姿が見えた。

「―――!」

 そんな中、聞えない声が聞えて、それを発したモノに視線を向ける。
 言葉になっていないそれは、先程の説明を考えれば、多分こいつの名前。

「――――」

 そして、相手も、聞えない言葉を発する。
 それは、多分パートナーの名前だろう。
 その瞬間、緊迫した空気が流れた。

「―――は、二人を連れて早く逃げて!!」

 オレンジ色の恐竜が、少年を背に庇うように立ち、『逃げろ』と言う。
 突然の言葉に、意味が分からず思わずそのまま呆然と二人を見守ってしまうのは、今考えると情けない話かもしれない。

「出来ない!相手が、完全体だったら……」
「駄目だよ、ここで、ヤマトやコウシロウが、危ない目にあってもいいの?」

 自分を庇うように立ちながら、少しだけキツイ口調で言われた言葉に、大きく頭を振るその姿は、困惑を表している。

「だからって、――――を残しては………――――――――……」
「えっ?」

 次の瞬間、目の前に現れたのは、彼等のように透明な生き物。
 大きな牙を持ち、ライオンのような鬣。そして、体の模様は、トラのような、不思議な生き物。

「……――――まで……」

 その生き物を見た瞬間、あいつの瞳が悲しみに揺れたのが分かった。
 呟かれた言葉からも、この生き物の事を、知っていると言う事が分かる。

「―――!来る」

 緊迫した空気の中、あいつのパートナーの声が響く。
 それに、俺も身構えてしまう。
 何も出来なくっても、体が覚えているかのように、それはスムーズに、当たり前だと言うように……。

「――――、ここで戦う訳にはいかない。場所を移そう……ヤマトと光子郎は、先に戻っててくれ。ここは、俺たちが……」
「一体、どう言う事なんですか?あのデジモンは一体……」

 状況は、何もわからない。そんな状態に、泉が相手へと問い掛けるのが、聞えてくる。
 だが、分からないからと言って、何も出来ないのは、絶対に嫌だと、俺は分からないながらも、必死で状況を理解しようと、努力した。

「……お前達を狙っている、敵ってヤツに操られている……俺の友達だ……」

 しかし、泉の問い掛けに、あいつの瞳が悲しみに揺らぐ。
 そう、返された言葉は、衝撃を受けるには十分過ぎるものだった。

「操られているだけなんだ……体のどこかに糸が……」

 説明と言うよりも、まるで自分自身に言い聞かせるように呟かれたその言葉に、俺は不思議な生き物へと視線を向ける。
 出来れば、この相手を傷付ける事はしたくないと思ったからこそ、自分に出来る精一杯の事が出来るように……。

 そして、生き物を見た瞬間、一箇所だけ光っているように見える場所に気が付いて、思わず首を傾げてしまう。
 あいつが言った言葉を思い出せば、今目の前に居る生き物は、体のどこかにある糸に操られていると言う事。
 だが、自分が気が付いたその場所には、あいつが言う糸は見えない。
 その代わり、まるで自己主張しているかのように、昼間のこの明るい中でも、光っている事が分かった。
 それが、糸と言われるモノなのか分からないが、おかしいと感じられるのは、その部分だけ。

「あの、尻尾についているやつか?」
「えっ?」

 俺の確認するように呟いたその言葉に、三人が一斉に視線をその生き物の尻尾へと向けた。
 確認するように真剣に見詰めるその姿に、不思議に思いながらも、そのまま事態を見守る。
 そして、次の瞬間、あいつが口を開いた。

「――――、尻尾だ!」
「分かった、―――」

 少年が言葉を継げた瞬間、オレンジ色の生き物の口から炎が飛び出す。
 そして、尻尾の何かに火を付けた。
 その瞬間、その光っていた場所からその光が消えていくのが分かる。 
 そして、再度思い出す。
 糸、確かそんな事を言っていた事を……。
 だからこそ、燃えたものの正体が、糸である事を理解した。

「やった!」

 嬉しそうな声があがるのに、はっとする。
 自分が見守る中、尻尾から光が消えた瞬間、今度はその生き物の体全体が光に包まれていく。

「……私は、一体……」
「――――!!」

 光が収まった中、目の前に居たのは、先程の不思議な生き物ではなく、今度は逞しい体をもったライオンが一匹。
 そんなライオンに、あいつが慌てて走り寄っていく。

「…―――……何故、お前がここに……いや、違う、私が、どうしてここに居るのだ」
「それは……」

 説明を求めるように呟かれた言葉に、説明できずに言葉を濁すのは、相手を傷つけたくないと思っているからだろう。
 操られていたとは言え、自分達を傷付ける為に、その生き物は、この場所に来たのだろうから……。

「操られて、いたのだな……」

 しかし、相手には、それだけでも全てが分かったようで、確認するように問われたそれに、あいつが小さく頷いて返すのが見えた。

「でも、――――はボクたちを襲ったりはしなかったよ」
「そうか……」

 あいつのパートナーが慌ててフォローする言葉が聞えてくるが、それは効力などもたないもの。
 確かに、結果的には、俺達を襲う事はしなかったが、それは単なる気休めしかならないのだ。
 操られていたにしても、この生き物が、自分達を狙って来たと言うことは、消えない事実。
 だが、次の瞬間、その生き物が俺達の存在に気が付いて、少しだけ驚いたような表情を見せたのを、見逃さない。

「あそこに居るのは、選ばれし子供達か?」

 どうなるかと、そのまま黙って事の成り行きを見守っていた俺達に、突然視線が向けられて驚いてしまうのは止められない。
 今までの空気を覆すようなその言葉に、あいつが顔を上げて、俺達を見た。

「そう、ヤマトと光子郎。でっかくなってんだろう」

 そして、今までの表情がまるで幻だったかのように、明るい笑顔を浮かべながら言われた言葉に、思わず首を傾げてしまう。
 それは、多分泉も同じだろう。
 隣で、同じような行動をするのが見えた。
 そう、この生き物の言葉を考えると、俺達は、この不思議な生き物に会ったことがあると言う事。
 そして、その時、俺達は、『選ばれし子供』と呼ばれていたのだろうか?

「……確かに、そうだな……」

 笑顔で言われた言葉に、その生き物が複雑な表情で苦笑を零す。
 だが、その表情は、ほんの一瞬の事で、次の瞬間には、真剣な表情へと変わってしまった。

「実は、私は、お前を探していたのだ……」

 真剣な視線を真っ直ぐにあいつに向けながら言われた言葉。それに、相手が、不思議そうに首を傾げる。

「俺を?」
「ああ、こんなに早く会えるとは思っていなかったから、操られた事に感謝しよう」

 冗談交じりに言われたそれに、あいつが苦笑を零す。
 しかし、その言葉は、相手を安心させるものだと分かって、俺は、このデジモンも、こいつの事を大切に思っているのだと分かった。
 俺がそう思った瞬間、隣で空気が動く。

「――――、―――を探してったって?」
「ここで話さずに、直ぐ近くにある僕の家に行きませんか?」

 隣に居た泉が、話をしている彼等の傍へと歩いて行き、その会話を途切れさせる。
 それに、目の前の相手が、驚いて顔を上げた。
 きっと、俺達の存在を忘れていたのだろう。
 泉の言葉に、罰悪そうな表情を見せて、頷く。
 そして、俺達は、予定通り、泉の家へと歩き出した。
 そう、運命と言う歯車にその身をゆだねる為に……。


                                                 



   はい、『裏・GATE』ヤマトさん視点になります。
   長いよ……。
   今回の『裏・GATE』は、実は表『GATE』よりも長いです。(それは、光子郎さん視点も同じ)
   とんとん拍子に、話が進んでいるので、どう書くか正直悩みました。
   一時、光子郎さんと同じになってて、慌てましたし……。
  
   そ、そんな訳で、次こそ、レオモンが何しに来たのかも、話に載せて、急展開を頑張りたいと思います。
   その前に、ホワイトデー企画頑張らないとなぁ。