「本当に、いいんですか?」

 心配そうに尋ねられたそれに、大きく頷く。

「一晩だけなんだろう?だったら、大丈夫だよ。子供の面倒は、親類とかのを見ていたから、心配しなくっても大丈夫だぜ」

 荷物を預かりながら、そう言っても、やっぱり申し訳なさそうな表情は変わらない。

「本当に、気にしなくって大丈夫だって!友達の結婚式なんだろう?楽しんでおいで」
「……賢くんも、仕事の都合で家に居ないし、お母さん達も、揃って出払ってるから、預かってもらえるのは、スッゴク嬉しいんですけど、本当にいいんですか?」

 念を押すような質問に、俺は思わず苦笑を零した。

「大丈夫だって、それとも、俺じゃやっぱり心配?」

 心配そうな表情で見詰めてくる京ちゃんに、今度は逆に聞き返す。
 だって、これでは、話が終らなくって、大変そうだ。
 県外での結婚式だって言っていたから、飛行機にしても、列車にしても、逆に時間の方が心配になってくる。

「いいえ!!全然心配ないです!!!むしろ、私なんかよりも、子育て大丈夫だと思うし……」

 俺の質問に、京ちゃんは音が聞えそうなほど大きく手と頭を振りながら、そう返してくれた。

 いや、信頼があるのは嬉しいけど、そんなに首振って、大丈夫なんだろうか?

「だったら、心配しないで楽しんでおいで、京ちゃん」
「はい!それじゃ、太一さん宜しくお願いします」

 ぺこりと大きく頭を下げる姿に、もう一度笑みを零す。

「時間、大丈夫か?なんなら送っていくけど……」
「そこまでは、面倒見てもらえませんよ!!大丈夫です。タクシーで行きますから…」
「そうか、気にしなくっても、いいんだけどなぁ……」
「気にします!!!」

 自分の言葉に、力一杯の返事を返されて、太一は思わず苦笑を零した。

「う〜ん、そうかなぁ??でも、そこまで言われると、無理にとは言えないし……んじゃ、気を付けていっておいでって、事で……」

 複雑な表情で、そう言えば、ほっとしたような表情で、自分の鞄を手荷持つ。

「はい、本当に、有難うございますね」

 ニッコリと嬉しそうな笑顔を見せてから、大きく頭を下げる京に、太一は笑顔で手を振った。
 腕の中には、賢と京の一人息子がすやすやと気持ち良さそうに眠っている。
 今、こう言う状態になったのには、ちゃんと経緯があるのだが、賢や京に関しても、遠慮深いと言うか、もう少しだけ頼ってもらいたいものだと、太一はこっそりと小さくため息をついた。

「さて、治が起きるまでに、用事済ませちまうか」

 京を見送ってから、部屋に戻り、取り合えず寝室の自分達のベッドに治を寝かせて、キッチンへと戻る。

「3歳だから、もう結構なモノ食えるって言ってたけど……まずは、おやつだなぁ」

 流石に、子育ての勉強をした訳ではないので、少し考えてから、パソコンを立ち上げて、ネットを繋ぐ。
 そして、1歳頃の子供の食べるものや注意する事などを調べる。

「…ネットって、便利だよなぁ……」

 機械類が苦手な自分でも、こうしてパソコンが使えるのは、光子郎や賢のお陰だろう。
 教えてもらった事を心から感謝しながら、大事な事はプリントアウトしていく。

「よし、おやつはほうれん草とトマト&にんじんと紫いものクッキーだな。飲み物は、ホットミルクで大丈夫か?」

 メニューを考えて、材料を確認する。ほうれん草とにんじんは、ちゃんと買い置きがあったのだが、紫いもとトマトが、無い。
 作る事を考えれば、やっぱり材料が無い事は、非常に困る。
 しかし、今、自分が子供一人を残して出掛けてもいいものかを考えて、俺は、小さくため息をついた。
 そして、カレンダーへと視線を向けて、意を決する。

「……ヒカリに協力してもらうか……」

 小さく呟いてから、電話の子機を手に取に持つ。
 そして、もう何度も押したことのあるその番号を押した。
 数回コールの後、良く知った声が受話器から聞えてくるので、そのまま用件を口にすれば、楽しそうに笑いながらも、すんなりと引き受けてくれる。

「それじゃ、悪いけど頼むな」

 『分かった』と言う声を聞いてから、受話器を戻す。
 そして、掛け時計へと視線を向けた。

「京ちゃんが乗る飛行機って、確か2時だったよなぁ……治は、放って置いたらおやつの時間までは寝てるって言ってたし……プロも来てくれるから、楽だな」

 そう思って、ホッと息をついた瞬間、子供の泣き声が、響き渡った。

「な、何だぁ???」

 子供の泣き声と言えば、思い当たるのは、一つしかない訳で、慌てて治を寝かしていた寝室へと走り込んだ。

「……アグ………お前なぁ…」

 そして、扉を開いた瞬間、目の前で起こったそれを見て、俺は盛大なため息をつく。

 どうやら、アグが眠っていた治の上に圧し掛かったらしい。
 昔は小さかった子猫も、今では結構な大きさになっているので、そんなモノに乗られては、子供は一発で目が覚めると言うものだろう。

「…悪かったな、治。ほら、もう泣くな……寝たりないんなら、もう少し寝てもいいんだぞ」

 ベッドの上で火が付いたように泣いている治を、そっと抱き上げて、あやすようにその背を叩く。
 暫くその行動を繰り返して居れば、落ち着いてきたのか、少しづつ泣き声が小さくなっていった。

「びっくりしちまったよなぁ……賢の家には、動物いねぇから……アグも悪気があった訳じゃないから、許してやってくれよ」

 少し困ったようにそう言えば、小さくしゃくりあげながらも、治がコクリと頷くのが、確認出来る。
 前に、話だけは聞いていたけど、本当に人見知りしない子だよなぁ、なんて、感心してしまう。

「ほら、もう少し寝てな。アグも、邪魔しないって……」
「…あ、ぐ??」
「そう、アグ。こいつの名前な。ほら、アグも一緒に寝ようって…」

 言う訳ないけど、思わずそう言えば、治が、まだ涙で濡れたまま、ニッコリと笑顔を見せた。

「ねゆ!」

 片言しか、しゃべられない治が、元気に言ったそれに、俺は思わず笑みを零す。
 子供って、小さいから、何にでも一生懸命で、本当に可愛い。

「そっか、寝るのな。んじゃ、俺は、治がちゃんと寝るまで、傍に居てやるからな」

 ポンポンと背中を叩きながらそう言えば、コクンと小さく頷く。
 それに、ホッとしながらも、治をベッドに寝かして、そのまま優しくリズム持ってポンポンと軽く叩きながら、子守り歌代わりに、小さく歌を口にする。

 家には、ミュージシャンが居るので、滅多な事では歌わなくなってしまったが、どうやら耳障りではないらしく、治はそのまま眠りに落ちていった。
 もっとも、不本意な眠りの妨害を受けただけで、本人は、起きるつもりなど無かったのだろうから、半分は寝ていたのかも知れないが……。

「アグ、ここに居たらまた、治の事起こすか可能性があるから、お前はリビングな」

 ベッドに丸まっている猫を抱き上げて、寝室を静かに出る。
 多分、ガブもリビングに居る筈だから、寝室に入れないように、しっかりとドアは閉めておく。

「あれ?」
「お邪魔してるね、お兄ちゃん」

 そして、リビングの扉を開いた瞬間、そこにいた人物が、ニッコリと笑顔で手を振っているのを見て、苦笑を零す。

「来てたのか?」
「うん、多分治くんが寝てるだろうと思って、勝手に入ってきちゃったの。そしたら、泣き声が聞えてきたから、ちょっと覗いてみたら、珍しいものが聞えてきちゃって、声が掛けられなくって……」

 ニッコリと可愛い笑顔で言われた言葉に、俺は、先ほどの事を思い出して、少しだけ恥かしくなってしまった。

「……聞いてたのか……」
「お兄ちゃんの歌、久し振りに聞いたから、嬉しかったなぁ」

 本当に嬉しそうに言われたそれに、俺は複雑な表情を見せる。

 歌う事は嫌いじゃない。
 だが、家には歌う事を本職としている人物が居るので、どうも恥かしくって、歌う事が少なくなっていた。
 それだけに、誰かに歌を聞かせたのは、本当に久し振りの事なのである。

「あっ、そうだった。お母さんが、治くん来てるんなら、これ持って行きなさいって、野菜ゼリー持たせてくれたの。だから、おやつはこれで大丈夫だと思うんだけど……紫いもとトマト、やっぱり必要?」

 思い出したとばかりに言われて、俺は思わず苦笑を零す。

「いや、それがあればいいよ。流石、母さんだな……」
「うん、まだ綺麗に固まってないから、冷蔵庫で冷やしてねって、言われてたから、勝手に冷蔵庫に入れてあるね」
「何から何まで、サンキュー。助かったよ」
「どういたしましてvでも、お兄ちゃんなら、大丈夫よね。慰めるのも、プロ顔負け状態だし」

 楽しそうに笑いながら言われた言葉に、ただ苦笑を零す。

「けどなぁ、やっぱり泣かれると、一瞬困っちまうんだよなぁ……」
「それは、私も同じよ。それをなだめるのが上手な人って、本当に少ないんだから!」

 ムキになって言われた言葉に、俺は、もう一度苦笑を零した。

「夕飯は、どうするの?」
「取り合えず、ネットで調べて、1歳児が食べられるようなもんを作る。今日はヤマトも、戻ってくるし、大丈夫だろう」
「……子供の教育に悪くなるような事はしないようにって、ヤマトさんに釘ささなきゃだわ」

 小さくため息を付きながら言われたそれは、どう解釈をすればいいのか理解に苦しみながらも、それでも何か飲み物でも出そうとキッチンへ向う。

「紅茶でいいか?」
「うんvv」

 自分の問い掛けに、元気に返された返事通り、紅茶を入れる準備をする。
 ティーパックもあるけど、今日は気分的にも、本格的なものが飲みたかったので、葉の紅茶。

「お待たせ」

 少し時間がかかったそれを、ヒカリへと渡す。

「いい香りvv頂きます」
「おう!クッキーもあるぞ」
「えっ?クッキーあるのに、クッキー作るつもりだったの、お兄ちゃん??」

 嬉しそうに紅茶の香りを楽しんでいるヒカリに、確かまだ残っているであろうお菓子を差し出す。
 そんな自分に、驚いたように質問されて、俺は思わず首を傾げた。

「駄目なのか?」

 思わず聞き返したそれに、ヒカリが呆れたように小さくため息をつく。

「駄目じゃないけど、どうしてこれを食べさせようとは思わなかったの?」
「いや、子供って、あんまり甘いモノとかは、控えた方がいいんだろう?」

 ネットで探した時に、そんな事を書いていたのを覚えているので、そのままを聞き返せば、ヒカリが再度ため息をつく。

「控えた方がいいけど、そんなに気にしてたら、何にも食べさせられないよ」

 言われた言葉に、思わず納得。確かに、そうだよなぁ…。
 俺は、一日だけど、365日一緒に居る母親は、そんなに細かい事は、気に出来ないだろう。
 いや、気にしてたら、先に神経の方が参りそうだ。

「そう言うもんか……で、ヒカリも夕飯食っていくだろう?」
「お兄ちゃんらしいね……夕飯は、お邪魔していいの?」
「おう!居てくれた方が、助かるな」
「それじゃ、お言葉に甘えるね。母さんと父さん、また仲良いく食事に行くみたいだから」

 素直なヒカリの言葉に、俺は苦笑を零す。

 いや、本当に俺の両親は、何時までたっても仲がいいよなぁ…。
 昔っから、子供の事を信用してか、二人でよく出掛けてたし……。
 でもなぁ、年頃の娘残して出掛けるのも問題だぞ。

「んじゃ、まずは、3時のおやつまでは、のんびりしよう。それから、夕飯準備だ!」

 意気揚揚と、宣言して、俺も紅茶を楽しむ事にした。


 

 

                                                           


  そ、そんな訳で、前後と言うか、太一さん編とヤマトさん編に別れてしまいました。<苦笑>
  ヤマトさん編は、明日またUPいたします。(断言していいのか?!)
  
  本当に、お待たせしてすみません、桔梗様。
  私は、迷惑しか掛けていないように思います。<苦笑>
  お約束しておいて、2話に話が分別れてるって、どう言うことなんでしょうね。
  明日こそ、完結します。
  リクエストに答えてませんが、本当にすみません。
  明日、改めて謝罪しますね。<苦笑>