「いてぇ!」

 痛みと共に、意識が覚醒する。

「ここ、何処だ?」

 そして、自分の状況を確認する為に、辺りを見回した。

「……デジモンワールド、だよなぁ????」

 目の前に広がっているのは、最近見慣れてきた景色。

「と、そんな場合じゃない!ゼロとガー坊は、何処だよ!!」

 自分の意識がなくなる前、確かに一緒に居た自分のパートナーと、一緒に旅をしているデジモンの事を思い出して、慌てて立ち上がる。
 しかし、目の前には、自分の捜し求めているその姿を見つける事が出来ずに、タイチは、小さくため息をついた。

「一体、何が起きたんだ?」

 考えるように、地面に視線を向ける。
 考える事数秒、可笑しな事が起きた理由が、全てあの落雷であると考え付いて、タイチは盛大なため息をついた。

「……また、変な事に巻き込まれちまったって訳か……」

 それ以外には、答えが出てこない。
 だが、この状況から前進するには、まだ情報が少な過ぎるのだ。

「太一!!!」

 これからまずどうするべきなのかを考えようとした瞬間、自分の名前を呼ばれて顔を上げる。
 しかし、呼ばれた名前は、確かに自分のモノのはずなのに、その声には聞き覚えがないのは、どうしてだろう。

「誰だ?」

 自分を呼ぶその声に疑問を感じながら、声のする方へと一歩を踏み出そうと足を出す。だがそれは、向こうから走ってきた何者かの勢いに負けて、あえなく尻餅をつくと言う事で、叶える事は出来なかった。

「てぇ!」

 突然起きた衝撃に、訳が分からない。思わず上げた声に、ぶつかって来た何かが反応を返す。

「太一?!」
「ああ?お前、誰だ?」

 驚いて自分の名前を呼ぶデジモンの姿に、首を傾げる。
 目の前に居るのは、アグモン。デジモンワールドに居る以上、居ても可笑しくはないデジモンだ。

「た、太一?」
「お前は、俺を知っているみたいだけど……」

 信じられないと言うように問い掛けてくるアグモンに、タイチは、苦笑を零す。
 どう考えても、目の前のアグモンを知っているとは思えないのだ。

「太一が、退化した?!」
「はぁ?」

 だが、続けて言われたその言葉に、思わず間抜けな声を上げてしまう。

「た、退化?退化って、なんだよ」

 言われた言葉の意味がわからない。いや、言葉の意味は分かるが、自分が何故そんな事を言われてしまうのか、それが理解できないのだ。

「アグモン、太一は、見付かったのか?」

 しかし、自分の疑問に答えが返される前に、新たな声が聞えてくる。それも、自分は聞いた事のない声。

「ヤマト、タイチが退化した!!」
「だから、退化って、なんだよ!!」

 その新たな声に、目の前のアグモンが焦った声で、相手の名前を呼ぶ。言われた言葉に、タイチは、大声で言葉を返した。

「なんだ、退化って………………」

 ヤマトと呼ばれた人物が、姿を現した瞬間、言葉を無くす。
 自分をじっと凝視してくるその視線を前に、タイチは、思わず首を傾げてしまう。

「へぇ、ネオ以外にも、人間が居るのか」

 明らかに自分よりも年上の少年に、感心したように頷けば、相手が漸く反応を返した。

「た、太一?だよな??」
「おう、なんでお前が俺の名前知っているのか知らねぇけど、八神太一。なぁ、お前の名前は?」
「と、兎に角、みんなと合流するぞ、アグモン!」
「うん!」
「って、俺の質問を無視するな!!」

 自分の質問を完全に無視して、そのまま腕を引かれて強引に引っ張っていかれる。
 それに対して文句を言っても、同じように無視されるだけだった。



「ヤマトさん、太一さんは、見付かった……た、太一さん???」

 何時もの冷静なように見えるその姿を完全に乱して、自分達の方に走り寄ってくる人物に気が付いて声を掛けた瞬間、その後ろに引きずられるようにする姿を見て、驚きの声を上げる。

「光子郎、太一が!」
「と、兎に角、落ち着いてください。状況は、見ただけで十分に理解できますから」

 自分の方へ、少年を差し出されて、光子郎は、息を吐く。
 目の前に突き出された少年は、自分達が知っている八神太一ではなく、3年前のあの姿なのだ、状況は聞かなくても、理解できると言うものであろう。

「なぁ、お前は、誰だ?」

 だがそれだけではなく、少年の口から出たその問い掛けに、光子郎は、瞳を見開いた。
 しかし、それは本当に一瞬で、それから、考えてから口を開く。

「……えっと、ボクは、泉光子郎と言います」
「そっか、漸く俺の話聞いてもらえたぜ。俺は、八神太一、11歳だ。宜しくな!」

 ニッコリと笑顔で言われた言葉に、複雑な気持ちは隠せない。

「でさぁ、あの金髪の兄ちゃんは、一体なんだよ。人の話は聞かない、おまけに、人をこんな所まで連れてくるなんて……」

 ブツブツと文句を言う目の前の少年に、自分の名前を教えても、何も反応が返ってこないことに、光子郎は、素直に疑問を感じた。
 もし、本当にこの少年が、八神太一だと言うのであれば、3年前の自分を知っている筈なのだ。

「あの、ボクの名前に、聞き覚えはないんですか?」
「ああ?知らないぜ。初めて、会うんだから、当然だろう?」

 だが、自分の疑問に返されたのは、あっさりとした言葉。本当に、自分の名前に対しても、何も記憶にないという態度。

「たく、考えなきゃいけない事があるって言うのに、こんな所に連れてこられてもなぁ…………あっ!大輔!!」

 頭に手を当てて、ブツブツと文句を言っていた少年が、ある人物を見つけて、驚きの声を上げる。

「た、太一、さん??」

 そして、その名前を呼ばれた人物は、驚いたように自分の方に走り寄ってくるその相手の名前を呼ぶ。

「……お前が居るって事は、パラレルワールドに迷い込んじまったって事か……厄介だな」
「って、も、もしかして、タイチさん?!」
「おう、久し振りだな、大輔」

 ニッコリと自分の前で笑顔を見せる少年が、自分の知っている大好きな先輩ではなく、何時か出会ったことのあるあのタイチだと気がついて、大輔が、驚きの声を上げる。

「ど、どうして、タイチさんが……えっ?それじゃ、太一さんは……」
「ああぁ?……ああ、そう言う事か。納得した。おれは、こっちの世界の太一と間違えられてたんだな。どうりで、あいつ等の反応が可笑しいと思ったぜ」

 苦笑交じりに言われる言葉に、そん場に居た全員が、その動きを止める。

「ど、どう言うことなんですか?!」

 大輔との会話に、光子郎が驚きの声を上げた。
 確かに、可笑しいとは思ったのだが、まさか本当に、そんな事があるとは思っていなかったのである。

「おう、説明すると簡単だ。要するに、俺は、この世界の八神太一じゃないって事」
「そ、それって、太一が、太一じゃないって事?」

 光子郎の叫び声に、タイチがサラリと言葉を返す。
 そのタイチに、アグモンが不安そうに問い返した。

「ああ、俺は、タイチであって、太一じゃないって事だな。一番の違いは、こっちの世界の太一って、中学2年なんだろう?」
「はい、そうです……だから、タイチさんとは、生年月日一緒でも、年齢は違うって言うか……」

 タイチの質問に、躊躇いながらも大輔が言葉を返す。

「弱ったな・・……ゼロとガー坊とも逸れちまったし、多分、俺だけがこっちの世界に来ちまったって考えるのが妥当なんだろうなぁ……」

 本当に、困ったと言わんばかりに、乱暴に頭を掻く。

「あ、あの、本当に、貴方は、僕達が知っている八神太一さんでは、ないんですか?」
「さっきからそう言っているだろう。光子郎、お前頭悪いのか?」

 再度質問された内容に、タイチが呆れたように盛大なため息をつく。

「い、いえ、そう言う訳ではないんですが・……どうしても、信じられませんので……」
「デジモンワールドではよくある事だぜ。俺はこれで4回目だし」

 慌てて言い訳をする光子郎に、タイチがサラリと言葉を続けた。

「タイチさん、4回目なんですか?」

 サラリと続けられたタイチの言葉に、大輔が驚きの声を上げる。

「おう、もういい加減慣れた。もっとも、今回はゼロが一緒じゃないから、不安だけどな」

 苦笑交じりに言われる事に、その場に居た者は、複雑な気持ちを隠せない。
 自分達も、彼と同じようにデジモンの世界に関わり、他の人よりも、現実では考えられない経験をしている。それでも、突然こんな風にパラレルワールドに迷い込んで、彼のように落ち着いては居られないだろう。
 勿論、慣れてしまったと、サラリと言えるとも思えない。

「と、とりあえず、太一さんを探しているタケルくん達に連絡をとりましょう」
「それって、前に大輔が話していた仲間達か?」
「はい、そう言えば、あの時会ったのって、俺だけでしたね」

 パソコンに何かを打ち込んでいる光子郎を横目に、タイチが質問を投げ掛ける。それに、大輔が、素直に頷いて返した。

「そっか、仲間が、居るんだったな……」

 自分の質問に返された言葉に、何処か寂しそうな笑みを浮かべて、タイチは空へと視線を向ける。

「タイチさん?」

 明るい表情から一変して、寂しそうな表情を見せたタイチに、大輔が心配そうにその名前を呼ぶ。

「連絡は、つきました、皆さんこちらに向っています。まだ、到着には時間が掛かると思いますので、その間に話を聞かせてもらっても構いませんか」

 パタンとパソコンの蓋を閉じて、口を開いた光子郎に、タイチが視線を向ける。

「分かる、範囲でいいなら、な」
「勿論、十分です」



 説明された内容に、驚きの声を上げる。

「では、原因は、落雷だと……」

 話を聞いていて思った事は、何て頭の回転が速いんだろうと、感心させられてしまった。
 突然こうなってしまった事を素直に受け入れる事にしてもそうだが、状況を的確に判断する能力が、ずば抜けているのだ。

「ああ、それ以外には思いつかない。なぁ、こっちの太一が居なくなった時の事、教えてもらえないか?」
「あっ、はい、それは一番近くに居たアグモンが……」
「うん、太一が居なくなった時も、落雷が鳴り響いていた。それで、どんどん太一の体が消えていって……」

 不安そうな瞳から、どんどん涙が溢れてくる。
 どうやら、太一が居なくなった時のことを鮮明に思い出してしまったのだろう。

「悪かった。もういいぜ、アグモン」

 そんなアグモンに気が付いて、慌ててタイチが抱き締める。
 そんな姿を見ていると、3年前をそのまま見ているようで、全く違和感など、感じられない。
 本当に、目の前の相手が、自分達のよく知っている八神太一、その人ではないと言う事の方が、信じられないのだ。

「遅くなってすみません。太一さんが見付かった………た、太一さん?????」

 突然の第三者の声に、誰もが驚いて振り返る。
 気配に気がつかないほど、自分達が動揺していたと悟るのに、そう時間はかからなかった。
 タケルの驚きの声に、タイチが苦笑を零す。

「悪い、お前の探していた、太一じゃねぇんだよなぁ……」

 自分を見て驚いているタケル達に、苦笑交じりに謝罪する。
 そして、次々と戻ってきた小学生組みが、タイチの姿を見るなり、驚きの声を上げるのに、タイチはただ苦笑を零した。

「お、お兄ちゃん!」
「えっ?えっ?太一さんじゃないの??」

 驚きの声を上げるヒカリと京に、複雑な気持ちは隠せない。
 ここで、太一と言う存在が、どれだけ皆に慕われているのかが、理解できる。

「おう、ちょっとパラレルワールドで、迷子って奴だ」

 だが、自分の気持ちを隠して、タイチはニッコリと笑顔で言葉を返す。その表情は、本当に『迷子』だと思っているのか分からないほど、明るいものでる。

「……本当に、太一じゃないのね…」
「一応、俺もタイチだ。ただ、この世界の太一じゃねぇけどな」

 テイルモンに質問された言葉に、少しだけ困ったような表情で返事を返すのは、自分達に対して、申し訳ない気持ちがあるのかもしれない。
 今、この場所に居るのは、皆が探している太一ではないという事に……。

「んでだ、多分、この中でデーターを管理してるのは、光子郎だと思うから尋ねるけど、いいか?」
「は、はい!?」

 複雑な気持ちで、彼等の遣り取りを見守っていた光子郎は、突然自分の名前を呼ばれて、返事を返す。

「今までの俺の経験から考えると、今回、俺と太一が入れ替わったのには、何か理由があるはずだ。それを解決しねぇと、俺たちは帰ることが出来ない。だから、ここ数日でいいこっちで変わった事はなかったか?」

 真剣に見詰めてくる瞳を真っ直ぐに受け止めて、光子郎は、言われた内容を考える。

「変わった事、ですか?」
「光子郎、お前昨日、可笑しなデーターを感じたって言ってなかったか?」

 考えをめぐらしている光子郎に、ヤマトが記憶していた事を質問した。言われた内容に、光子郎は思い出したと言わんばかりに、パソコンを開く。

「はい、確かに、昨日、今僕達が居るこの場所から数メートル離れた場所に高エネルギーのバグを感知しました。その場所は………」

 パソコンのキーボードを素早く打ち込んでいく光子郎を、周りの子供達が静かに見守る。

「……太一さんが、消えた場所です………」

 そして、導き出された言葉に、誰もが息を呑む。

「………やっぱり、か…」

 だが、その中で、一人だけ納得出来たというように呟かれた言葉に、全員がその人物へと視線を向けた。

「『やっぱり』って言うのは、どう言うことだ?!」

 ヤマトが、少しイライラしたように、タイチの服を掴む。突然の事に、驚きはしたもののタイチは、小さく息を吐き出し、その手を乱暴に払いのけた。

「そのままの意味だ、熱くなるなよ。今ここで、俺に突っ掛かっても、問題は、何も解決されないぜ」

 冷静な瞳が、真っ直ぐにヤマトを捉える。本当に小学生かと疑いたくなるほどの、鋭い眼差しは、何の迷いも感じられない。

「確かに、ここで言い争っても何も始まりません。タイチさん、すみませんが、僕達にも分かるように話していただけませんか?」



 


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