アース強化の謎

最近、巷では「アーシング」と称してアース線を強化すると言う商品が出回っていてる。ちなみに正しくは「ボンディング」であって、「アーシング」は造語だ。

で、能書きを見ると、大体同じような事が書いてる。

純正ではコストや重量の関係で貧弱なアース線が採用されている為、十分な電流を流す事が出来ずにボディやエンジン各部に電位差が生じる。アーシングワイヤを取り付ける事でこの電位差を無くし電流が流れ易くなる為にトルクアップ、燃費向上、云々...

と、もっともらしい事が書いてあり、自動車や電気に詳しくない一般の人の心を掴むようになっている(笑)。雑誌のテストなどでも効果が有るような事を書いている。雑誌なんざ広告主とのタイアップでテキトーな事しか書けないんだから雑誌の記事やインプレなんざ信用出来ないのは当然だ。私的にはこんなモンどう考えてもオカルトだ。

自動車のスタータモータは起動時に数百アンペアの電流を流す。少なくともコレを流せるだけのアース線は最初から備わっている。スタータが回ってない時には数アンペア〜数十アンペアしか流れないので、通常のエンジン回転状態ではアース線なんざ有り余るほどの容量を持っているのだ。したがって、アース線を追加したからと言って何の効果も無いだろう。スタータモータの回り具合は良くなる可能性が大だが、アース強化に興味を抱いているヒトは別にスタータの回りが悪くて困ってアース線を追加しようと考えているわけではないだろう。燃費だのトルクアップだのの能書きに吸い寄せられてると思われる。

ではアース線強化でエンジン性能に違いが現れるのだろうか? その可能性を考えてみる。

クランク核センサや水温センサ、エアフロなどのECUに入力される信号は、大抵の場合5V定電圧駆動されている。バッテリ電圧で駆動されるセンサは有り得ない。定電圧で駆動されている以上、バッテリ電圧の変動や電位差の影響を受ける事は絶対に無い。つーか、バッテリ電圧変動ごときで制御系に変化が出るようでは困る。バッテリ電圧なんざエンジン回転や電気負荷の大小によって12V〜15V程度の間で変動しているのだから。

インジェクタ駆動はバッテリ電圧なのだが、通電時間制御はECUにて電圧補正されている。電圧の大小によって変動する無効噴射時間を補正しているのだ。したがって、これもバッテリ電圧や電位差の影響を受ける事は有り得ない。つーか影響を受けるようでは困る。

そして唯一可能性として残されるのが点火コイルの駆動だ。点火コイルはバッテリ電圧が直接加えられている。そしてコイルの駆動は交流波形であり、高周波電流は導体の断面積ではなく、表面積に比例して流れ易くなる。一方、直流電流は導体の断面積に比例して流れ易くなる。スタータモータの直流大電流に耐えるアース線も、高周波交流電流にとっては十分ではないカモしれない。これにボンディングワイヤを追加する事で、直流伝流とは違う高周波電流が流れ易くなるカモしれない。

というわけで、ボンディングワイヤの追加でエンジン性能に影響が有るかどうかは点火波形を観察すれば良いのだ。他のセンサ波形などは調べるだけムダ(笑)。

実験の献体はインプレッサバンだ。インプレッサバンは純正で太いアース線がスタータモータまで引かれている。あんまし追加の効果は無さそうだ。


複数のブースタをあちこちに繋いだり外したりしながら点火1次波形の変化を調べた。


純正アース線はエンジンブロックとスタータモータを共締めにしているステーに接続されている。この純正アースはボディではなくバッテリまで直接繋がれている。そのアース線に追加する形でブースターケーブルを繋ぐ。ブースタの反対側はバッテリマイナスに接続。


メインハーネスから枝別れしているハーネスからハミ出したアース線がストラットタワーに接続されている。こことバッテリ間をブースタで接続。


高周波電流の大元である発電機とバッテリマイナスを接続。


イグナイタ付近に有ったアース線とバッテリマイナスを接続。


点火コイルの付近のインマニとバッテリマイナスを接続。

点火波形を私の手持ちのウェイブメータで測定すると以下のように見える。


画面からハミ出すので+12.5Vのオフセットを付けている。画面左側の低く平らになってる部分が0Vで、これがアースに落ちている状態。画面中心が放電開始で画面右でカクっと落ちるところが放電終了。横軸は1msecなので放電時間は1.25msecほどだろうか。

これを拡大すると...


こうなる。横軸は1目盛りが500μsecだ。やはり放電時間は1.25msecくらいと読める。この画面左側だけを更に拡大すると...


横軸の1目盛りは200μsecだ。この画面では放電時間は1.2msecくらいか。

私の手持ちのテスタで点火波形はここまで明確に読み取れる。このテスタではナノセカンドの単位まで見れるので、マイクロセカンドの単位は余裕いっぱいなのだ。

このように波形を観察しながらいろんな所にアースを繋いだり外したりしたのだが、通常のバラ付き以上の差は現れなかった。発電機の整流波形に残ったリップル波形も観察してみたが何の変化も無かった。バッテリ端子電圧は0.01V単位での測定において明確な差は認められない。

アイドル点火波形ですら変化が現れないのだから、通常走行でアース追加による点火波形変化は無いと考えられる。

よって、スタータモータの回り具合が良くなる以上の効果は無いでしょう。ちなみにインプレッサバンではアース線を追加しても暖機状態におけるスタータの回り具合に変化は見られなかった。

要するに何の違いも発見出来なかった。ま、私の予想通りなんだけど(笑)。

# この実験の後にやったイリジウムプラグの実験ではちゃんと波形の違いを観測できました。

02.10.30追記
このページへのアクセスがいつまでもダラダラと続いている。突発的に数百単位のアクセスが集中する事も多々有り、どこかのサイトやBBSなどで度々紹介されているのでないかと。そこでちょいと追記を...

「インプレッサで効果が無くてもオレの車では効果が体感できた、インプレッサはアースの効果が出難いクルマだ」

はい、嫌になるほど聞かされたセリフです。みんな自分のクルマでは効果が出ると信じてるだけです。効果が出ないのはあなたのクルマのせいと言わんばかり。そもそもこのコンテンツは、インプレッサ関連のメーリングリストで「インプレッサはアースの効果が出やすい」と大真面目に言われたので、それをあざ笑って実験したモノです。それぞれの車種でそれぞれが「自分のクルマは効果が有る」と勝手に思ってるだけでしょ?(笑)。 実験対象がロドスタだろうがアルトだろうがインプレッサだろうが、結果は同じだと思うよ。

アース線追加作業においてバッテリ端子を外した結果、ECUやATコントロールユニットが学習していた情報がリセットされる。この結果、アイドリングが変化し、ATのシフトポイントやロックアップなどに変化が現れ、点火時期や基本噴射係数の学習がリセットされればエンジンの調子も変わる。この変化を感じ取っているのではなかろうか?

また、高い金を出して買った商品を付けた場合はプラシーボ効果がかなり出る。自作の場合、自分であれこれ考えて厳選した電線を用意し、どこにアースポイントを取るか自分なりにいろいろ考えて一生懸命配線し、苦労して完成させたアース線、これは自己満足度は300%アップとなり、期待が大で満足感も大だ。プラシーボ効果満点と言える(笑)。

「いやいや、プラシーボなんかじゃない、確かに体感出来るんだ、外したり付けたりして何度も試した」

なーんて話は腐るほど聞いた。このページを読んで反論して来るヒトはほとんど同じく上記のセリフを吐く。が、本人は確かに体感してるのカモしれない。そんなあなたは、ゼヒF&Fでやっているこちらの実験を読んでみて欲しい。自作も簡単なこのシステム、アース強化で効果を体感出来るクルマなら試す価値が有るようだ。あなたもF&Fを参考に自作して試してみては如何だろうか?

03.10.31追記
定期的に繰り返されるアース論議に嫌気がさしてきた。いい加減にこのページを削除してしまおうかと思うくらい(笑)。 いちいち繰り返されるので追記しておこう。

「アース線の抵抗値が減るとアースでロスされていた分が減るので消費電力が減る。その結果、発電機の負荷が減るのでエンジンパワーに変化が無いとしても発電機に食われるパワーが減るので結果的に出力が増え、燃費も良くなる」

ふむふむ、もっともらしく聞こえますね(笑)。が、これは大きな勘違い。中学物理のレベルで証明出来ます。オームの法則が理解できればOK。例えば...

バッテリ電圧 14.2V
アース線抵抗値 0.2Ω
デバイスの定格消費電力 12V60W

としてちょっと計算してみましょう。ちなみに12V60Wはヘッドライト1個分、14.2Vは実際にエンジンが回転している時のバッテリ電圧を意識している。簡単に書けば 電源電圧14.2V で 回路全体の合成抵抗が大きい場合と小さい場合でどちらが消費電力が大きくなるのか って話である。実に単純だ。悩む必要はまったく無いのである。アース線だろうがプラス線だろうが、抵抗値が減れば消費電流が増加するのは当然の結果なのである。では計算開始。

P=IE

により、定格で12V60Wのデバイスだと5Aの電流が流れる。するとこのデバイスの抵抗値は、

R=E/I

により、抵抗値は2.4Ωとなる。

これで回路の合成抵抗は 2.4Ω+0.2Ωで2.6Ωとなる。では電源電圧14.2Vで回路の合成抵抗2.6Ωだと実際に電流はどれくらい流れるか?

I=E/R

により、電流は 14.2 / 2.6 = 5.46A となる。すると回路全体で消費される電力は

P=IE

により、14.2 X 5.46 = 77.6W となる。ちなみにアース線とデバイスそれぞれに分圧される電圧は、

E=IR

により、デバイスに13.10V アース線に1.09V である。ほほう、配線抵抗で14.2Vの電圧はデバイスに達すると13.1Vまでドロップするわけですな。すると、

P=IE

により、デバイスの消費電力は71.54W 、アース線で消費される電力が5.95W である。四捨五入なので小数点第二位以下の計算は逆算すると合わないカモ(笑)。

以上の計算により、アース線で5.95Wが消費されている事になる。これは確かにロスである。では、アース線に液体窒素と超伝導ワイヤを使用して抵抗値をゼロにしたとしよう。すると回路全体の抵抗はデバイスの抵抗値のみとなる。計算は簡単だ。デバイスの抵抗値は2.4Ω、電源電圧は14.2V、回路に流れる電流は

I=E/R

により、14.2V / 2.4Ω = 5.92A となり、アース抵抗値有りの5.46Aを大きく超える。するとデバイスで消費される電力は

P=IE

により、5.92 X 14.2 = 84W が消費される。

というわけで、アース線抵抗有りで77.6W、超伝導ワイヤで抵抗値ゼロだと84Wが消費される事になる。アース線の抵抗値をゼロにしてしまった結果、消費電力は実に6.4Wも増えてしまったっ! 馬力に換算すると0.0085馬力だっ、トルクに換算すると0.003Kg.mだっ、こりゃ大変。燃費悪化、加速悪化、フィール悪化、レスポンス悪化間違い無しである(笑)。

配線に抵抗が有れば確かに配線でロスされる電力が有る。だが、配線に抵抗が無いと、より大きな電流が流れるのでデバイスで消費される電流もより大きくなってしまうのだ。こんな事はわざわざ計算するまでもなく、抵抗を直列に繋げば消費電流が減るのは解りきった事だと思うのだが?(笑) 同じ仕事量を得る為にデバイスの定格消費電力を小さくすればこのような事は起こらない。例えば電球だとするなら、配線のロスが減れば明るくなる。その分だけ定格消費電力を小さくしても抵抗有りと同じ明るさを得る事が出来る。こうすれば同じ明るさをより小さな消費電力で得られるわけで、これなら配線のロスを無く意味が有る。が、同じ電球を使って配線のロスを無くせば電球は明るくなり、消費電力も増えてしまうのだ。したがって、アース線の抵抗が減ると発電機の負荷は増加するのでる。

で、更に重要な事を1つ。実際にエンジン回転中にデバイスが消費した電流はバッテリアース線には流れていない。バッテリアース線に流れている電流は充電電流であり、通常と逆向きに流れている。各デバイスで消費された電流はバッテリアース線には流れない。オルタネータに戻るのである。各デバイスに電源を供給しているのはバッテリではなく、オルタネータB端子だ。オルタネータの発電量を上回るほどの大電流が消費された時はバッテリから供給されるが、通常はオルタネータから供給されている。バッテリアース線に流れている電流はアース信者が期待している方向とは逆向きに流れる充電電流だけなのだ(笑)。

私なりの理論と実験で私はアース追加の効果は無いと考えている。もし異論が有るなら自分で実験して自分で証明してもらいたい。理論も実験も無く、「オレのクルマでは効果が有った」なんて話は受け付けません。「どこそこの雑誌で実証してた」なんて話も受け付けません。理論的にアース線の効果を説明できるのなら、その理論を実証する実験を自分でやってみてほしい。私は理論を組み立てて、更に実験で実証したわけです。

05.11.27 追記
ホットイナズマも実験してみました。

05.12.17 追記

2005年5月13日のつぶやきにジョークで書いたのがマフラーアース。が、そんな商品が最近は本当に売ってるらしい。アホか...。

で、コレが純正で採用されている事を理由に「効果が有る筈」と言われているようだ。いやいや、ちょっと待て。純正で付いてるアースは燃費だのトルクアップだのオカルトな理由で付いているのではない。マフラはガスケットと吊りゴムでフローティングマウント(電気的にも浮いている)されている。この為、ボディと電位差が発生してしまう。これが原因でラジオやコンピュータにノイズが入ってしまうのだ。これを防ぐ為にマフラにアース線が付いているのである。同じようにフローティングマウントされているパーツにアースが付いているのは珍しい話でない。すべてラジオやコンピュータへのノイズ対策である。

ロドスタのECUが大袈裟な鉄板で隠されているのも外部からのノイズ対策だ。自動車メーカが採用する全てのパーツには意味が有る。意味の無い部品は一つも無い。マフラやラジエタに付いてるアース線は、ラバーマウントなどで電気的にフローティングしているパーツをアースに落とす事で電位差を無くしてノイズを減らす為なのである。それを真似しても燃費もトルクも変化しませんよ(笑)





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