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7月23日(月)
続いてR373を北へと進む。途中、宮本武蔵生誕地を過ぎ、岡山県大原町に入る。大原の宿も整備され伝えるべきものは、保存し説明書も掲げられている。相当、歴史の学習ができた。
街道は、吉野川と智頭急行とからんだり、離れたりして続いていく。

うーん、これならよくわかる(左)
はじめて聞いた言葉(右)
 
とても親切な説明書きだ。家の前を流れる川には、沢ガニが遊んでいた。
7月22日(日)
暑い暑い毎日。この週末も気温は最高。思い立って、宿場町を訪ねた。中国自動車道の佐用インターすぐにR373が走っている。千種川に沿って南へ下れば赤穂市でR2につながっている。北へ行けば佐用川に沿って走り、途中から吉野川とともに流れ、智頭街道になり智頭町でR53になって鳥取で終点となる。
平福宿は、因幡街道の宿場町である。町おこしの一環で郷土資料館を作り、本陣も残し、街道筋の建物もそれなりに残り、昔の面影も息づいている宿場町である。何と素晴らしいことか・・・
雪の頃に再び訪れ佐用川から、雪の積もった宿場町を眺めてみたいものだ。

道の駅・とろろ定食は売り切れでした。(左)
窓は昔の面影が・・・きれいな水に魚の影が・・・(右)
 
この平福宿を過ぎると、次の宿場町大原宿(岡山県)へと続いていく。
7月19日(木)
大輪の花、有名な花もいいが、マイナーで知られていない野の花のステキな庭に旅をしました。
名前のわからない花、教えてもらったのに、すぐに忘れてしまった花・・見れば見るほど味わいのある素晴らしい花たちです。

自分を主張しない花たち、手作り桶もまた花をよく引き立てているね。心が和みます。
何とステキなお花・名前はわかりません。色も姿も最高です。
 
お隣の庭には名前を知らない、ステキでかわいい花が咲いていました。ちょっと失礼して、私のページに載せました。暑い夏には花の旅が一番です。暑さを吹っ飛ばしてくれたかな?ななみさん、いつもありがとう!
7月12日(木)
隣に咲いた花々の紹介
両隣のお友達が丹誠込めて作られたかわいいお花をちょっと画面に取り込んでみました。花の命は短いもの、でも、この画面で、私は年中楽しめます。

目の覚めるような赤い色は、暑い暑い夏にピッタリの花。どこのお庭にも、ステキなアクセントになってます。かわいいかわいい小さな小さなブルーの花、清楚な清楚な姿に、心ひかれます。
 
ピンク・薄紫・白・・いろんな色が部分・部分を彩って咲く花・クレオメは、ほっと心和む花です。
花壇の彩りになくてはならないこの花は、どこにも見られる。なくてはならない・存在感を主張している。お隣への旅は、心休まる花の旅!
7月8日(日)
暑い日には雪景色
21世紀のはじめ、(1月14日)兵庫県、篠山から京都府へ通じる道・県道R97だったか(?)のドライブ中の心静まる雪景色・・・道路には雪は積もってないが周りの景色は白い薄化粧。

静かな静かな・・村の家。道路には車も人も通っていない。小正月の寒い日。

神戸の景色はあきないところが多い。やはり海が似合うかな。
5月14日(月)
土山宿を訪ねて
国道一号線、田村神社前に道の駅『あいの土山』がある。そこから足をのばして散策していくと土山の宿場町が、今風の街並みとなって残っている。
街道に沿って立ち並ぶ家々は、もちろん江戸の頃とはずいぶんと風景は違っているだろう。しかし、このように残して、昔を今と重ねてそして、今を生きている人々・・こんな歴史が大好きだ。
自分の住む街を、こんな心で愛しているのが何と素晴らしいことか・・・・

松並木のこの道を、ある時は御駕籠がエイホ、エイホと進んだかも・・・ある時は、「したにー・したにー」とお侍の行列が、平和な行進をしていたのかも・・・この松は何代目になるのだろう?

房州屋・さど屋さん、どんなお宿だったのだろう? 二階の窓から街道筋を眺め、旅の人は、やれやれとくつろいだのだろう!!
5月6日(日)
田園風景にもいろいろあるが、これは水路だろうか?川から水を引いて田に水を入れるのだろう。
川の名前は忘れてしまったが・・・こんなに立派な水路を引いて水を引き、米を作っていた、当時の農業は主に米作りだったのだろうか。水路の下の田圃には、すでに稲が植わっていた。
のどかな田園風景を車窓より眺め、緑のさわやかな風を肌に感じながら車を走らせた。
のんびり、ゆったり、日本の広さ、大きさを感じる旅である。
敦賀までの地道を走る車の旅・・・高速道路は渋滞・・渋滞・・異様な世界・・・
夕方近くに気比の松原に立ち寄る。人気のない松原と、遠くに小樽へ向かうフェリーが停泊している
だけで海はもうすぐ夜を迎えようと、残り夕日にキラキラと輝いていた。静か・しずか・シズカ・
途中、丹生が丘の道の駅・その隣の植物園にはハンカチの木を見、海辺の道の駅・河野は人・ヒト・ひとばかり・・・

さわやかな風・おいしい空気・山や田の新芽の様々な緑・・を体いっぱいに感じて・・・・

5月4日(金)
余呉の湖は新緑の中に静かに存在していた。山々は様々な色違いの緑織りなすやわらかな新緑の景色。
眼にはもちろん心にも良い。ゴールデンウイークなのに人がほとんどいないのが良い。
1583年の賤ヶ岳の戦いで、羽柴秀吉は柴田勝家を破り全国制覇への基礎を築いた。この静かな山里が戦場であったとは想像し難い。秀吉の家来の加藤清正も槍で活躍したそうだ。賤ヶ岳は海抜422m
で、余呉湖の後に拡がり、新緑に萌えていた。
琵琶湖の北・北国街道沿いの柳ケ瀬に行ってみた。北国の風情いっぱいの静かな・小さな村。
道路横の小さな川には、やかましいほどの音で水が流れている。
明治天皇が昼食を摂られたという昔風の屋敷では、今も生活が営まれているようである。

余呉湖のほとりにある大きな柳の木・衣掛の柳・・だったかな??
田植えが終わったばかり。土手には鮮やかな色の花々。名前をど忘れしてしまった。この場所には似合わないと思う。
街道沿いの家々は春が来てるのに、静かだ。車もほとんど通らない。
しかし、春の花々が、どのお宅の庭先にもこぼれている。北国のせいか、まだチュウリップが花びらを落とさずに咲いている。我が家のチュウリップは、もうとっくに咲いて散ってしまった。
近くの高速道路では、何十キロという渋滞のニュースが流れているが、だれもいない静かな街道には、ただただ水の音・・・

4月1日(日)
昨日は寒い日だったのに月が変わるとまるで季節が180度も違うようだ。
今日こそ「春」と言える天候である。桜も再び開きだすのか?
現在、七部咲きってとこか。
「そめいよしの」はさすがに華やかに咲く。大島桜はなんと地味なことか?
11年前にここに越してきた時には、この桜(そめいよしの)は、こんなに大きくなかった。むしろ、洋室の私の書斎から見えたのは、大島桜の方であった。
同じ年月を経たはずなのに、その存在感は今やそめいよしのの桜にある。

3月28日(水)
越前勝山を訪ねた日は、あいにくの雨
まず、駅を訪れてみた。何気ない民家と間違いそうな駅舎。いろんな所に怪獣のアニメが描いてある。
怪獣の街・勝山でもある。
九頭竜川を渡ると駅・勝山。駅前は狭いが、線路の反対側には広い駐車場。
再び、川を渡って勝山の街へ。特色のない田舎の町。しかし相当に古い町である。家並みが、家の造りが昔風である。
あまり昔の面影は残っていない。その中でも澤田呉服店の店構えは昔のまんま。

3月27日(火)
越前大野は、もう春。雪は日陰にほんの少し残っているものの小京都の日差しは柔らかい。
城下町大野は昔の姿をとどめ、家並みは昔のまま、石畳の道路にも風情が残っている。

大野は水のきれいな街である。
御清水・おしょうずといわれ今も地下よりこんこんとわき出ている。
町の人々は清掃当番を決めて大事に使っている。洗濯をしながら、楽しく談笑する白い割烹着の主婦の光景が浮かび声も聞こえてくるようだ。

2月24日(土)
遠く、淡路島がかすんでいる。
神戸も見える。雨模様なのに視界はオーケー。

2月末とはいえまだまだ寒いはずなのに
今日は雨模様であったかい。
梅はすでに満開状態に。知らぬ間に咲いちゃった。

2月12日(月)
3日続きの休みもあっという間に終わりだよ。
なすべきことは山ほどあるのに、なんか雑用ばかりで
時間がつぶれちゃう。当分は更新の練習・練習・・

2月1日(木)
午前は雨・雨・・よく降る。雨が上がると冷えてきた。
1月27日(土)午前10時20分現在
最近、雨が多い。今朝もしとしととよく降っている。更新の仕方もまだまだのつこつの状態である
我ながら、情けない限り。淡路島方面も大阪湾方面も灰色の世界で何も見えない。

雨の日は、行動が制約されるので、あきらめがつき
家で過ごす決心ができる。窓から写真でも撮ってhpへ載せる。
彼は、山陰の温泉へ親睦旅行。雨でお気のどくさま。
1月20日
スタッドレスタイヤにかえて1週間、雪は降らないけどいつ降っても安心かな。
右の写真は関係無いが上海の小学校である。射的で有名な小学校である。

上海の学校は、どこも運動場がりっぱである。
この学校も、アンツウカーの200メートルの
トラックと芝生の運動場である。

1月9日(火)
中国の杭州は、昔高校時代に習った漢詩の世界そのものでした。
12月29、30日の杭州は、雨が今にも落ちてきそうで寒い冬空でした。
遊覧船には、中国人がほとんどであったが、香港から観光に来たと言う人、
中国のいろいろなところからの観光客で、話している中国語も同じ中国人でもわからない言葉もある というほどだそうである。
中国の広さは、私の想像以上のすごさであるのだろう・・・
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