澤子の旅日記:旅日記2

旅日記2

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葉っぱの絵 旅日記1 98/08〜01/07
葉っぱの絵 トップページへ戻る 葉っぱの絵 作者のプロフィール
2006年6月20日(火)

関空を午前7:30発で昆明へ到着(10:00)。この予定は全くはずれ。中国での飛行機事故で空港で延々と何時間待ったことか?昆明へ着いたのは夜遅くだった。雲南のハム・雲南チーズ等の名物料理にはお目にかかれず。疲れてぐったり。ホテルへ入ったのは、たしか夜中の12時だったと記憶している。こんな事が旅のはじめから起こったのでは先が思いやられる。中国・・・来たくはない・・・と我が頭の中に嫌な感情が満ちた。


崇聖寺 麗江古城

次の日朝の早い便で大理に到着。ロマンティック伝説の残る蝶々泉を見て蒼山の標高2550bまでリフトで登る。中和寺を見学し雄大な耳海と大理の街並みを一望。大理のシンボル崇聖寺三塔を見学。白族の村・周城と喜州を見学。大理郷土料理の砂鍋魚をいただく。大理から麗江200qを3時間かけて麗江古城へ到着。ここは世界遺産になっていて水路(村の入り口にある水車)と石畳の街である。ナシ族の東巴(とんぱ文字)の文化が今もつたえられている。
 


玉龍雪山(3000b) 単騎千里を走るの撮影場所

ナシ族の聖地玉龍雪山の勇壮な姿は残念ながら雨にて断念。遠くからの眺めとなる。古い町束河村は高倉 建の映画”単騎千里を走る”のロケーション場所である。麗江のホテルは素晴らしかった。連泊は特に嬉しい。
 


果物売り 虎跳峡

アメリカ人ジェームス・ヒルトン著「失われた地平線」で描かれた桃源郷・シャングリラ へは麗江から約200q4時間かかる。長江に沿ってバスは走る。すごい深い深い谷底を眺めながら、行けども行けども山と谷ばかりの風景。4時間以上のバスの旅だったように思う。虎が飛び越えたという伝説のある虎跳峡を近くで見学したがあまりにも勇壮すぎて、自然の恐ろしさを感じる。波しぶきの轟音は人々が話す事すらできない。シャングリラのホテルも素晴らしかったが、チベットでの治安はあまり良くなくて、松賛林寺(17世紀にダライ・ラム5世による建築)は中国政府の許可が下りず断念。  



2005年9月19日(月)


日本と交易の多いのは、アジア約40ケ国の中、中国・韓国・インドネシア・シンガポール等とタイ王国がある。世界遺産も多く、一度訪れてみたいと常々思っていた。大河、水上生活、寺院、ゾウ等・・・王国というかたちにも興味が湧く。Thailandの王朝もスコータイ王朝〜アユタヤ王朝〜トンブリ王朝そしてチャクリ王朝を経て現在に至っている。チャクリ王朝ーすなわちバンコク王朝の王はラマ4世・ラマ5世は特に有名である。メナム川(今はチャオプラヤ川)の下流に開けたタイのバンコクを訪ねる機会に恵まれたことに感謝している。英語、朝鮮語は通じない。タイ語は全く理解出来ない。サワデイーカのみ。タイ南部のプ−ケット・ピピ・サムイなどの島々もリゾート地として一度は訪れたいが、バンコク周辺には人々の生きてるたくましさを感じる。それにしてもこの国は太陽に止めどなく近い。もう一度行きタイ国だ。
 

2005年9月19日(月)

関空を午後1時30分発のシンガポール航空でバンコクへ飛び立つ。夕方5時半にバンコク(ドンムアン国際空港)着。ホテルまでバスで約40q・ロイヤル・オーキッド・シェラトンホテルへ ホテルはチャオプラヤー川岸にある。眺めはゆったりと流れる大河を遠くまで見渡すことが出来、最高である。有名な寺院は、この川の両岸にある。


ホテルからの眺め ホテルからの

9月とは言え、ここは常夏、しかし今日は思ったよりは暑いと思わない。ホテルの室内は最適。ゆったりと流れるチャオプラヤー川がずいぶん遠くまで見渡せる。すぐした・ホテルの隣には渡船場があり、あちこちから、人を乗せた船はここに寄ってきては、とまりまた、別の人たちを乗せて川を上り、下りしている。一日中見ていてもあきない景色だ。
 


暁の寺 水上市場

暁の寺は、アユタヤ時代に建立され、その後再建されて王家の寺院となる。高さは66,7メートル。チャオプラヤー川から眺める仏塔は、特に朝日を受けて輝く景観は、その名の通り「暁の寺」(三島由紀夫の小説)である。 バンコクからバスで移動してダムヌアンサドウ水上マーケットを見学する。整備されたコンクリートの水路を6人乗り(?)の細長いモーター付きの船で巡ること1時間。水上マーケットに到着する。全て観光客用に整備されたもののように思う。何でも売っているが、ほとんどが観光客へのみやげものである。中に、肉を売っている舟をみつける。これは当地の村人のための日常品を売る店なのかな?
 


観光客を乗せて アユタヤ遺跡

タイ国と切っても切れないもの・ゾウである。観光にはいろいろな貢献をしている。また、ゾウ使いや、そこで働く人たち・・・国の産業(観光業)には大事なのだろう。 バンコクから列車で行くと約2時間(約80q)ほどの所・タイ国中央部にアユタヤ世界遺産がある。水の都と言われていたこの町は東西約7q、南北約4qある。訪れた日はとても暑く、つくづくと太陽に近い国にいることを感じる一日であった。1350年に開かれて以来、400年あまりの間、王都として繁栄したアユタヤは1767年に壊滅。17世紀に朱印船貿易に携わった日本人が築きあげた日本人町の跡も残っている。この遺跡には、水道管工事の跡も残っている。人間の業・素晴らしきかな!!  



2005年7月17日(木)

ちりめん街道には、江戸から明治・大正・昭和初期にかけてちりめん産業により、町を近代化した建物が集まっている。織田信長の命により、安原城を構えた時に街道として整備されたと見られる。京都西陣から伝わった『ちりめん』の技術が丹後ちりめんとして大いに発展する事になる。


ちりめん街道・入り口 街道遠景・一部

街道の入り口00000には、その起点を大きく掲げてあるので、大変わかりやすい。明治・大正の頃は、多くの着物姿の町衆が往来盛んであったに違いない。道路幅は結構広くて走りやすい。もっと先へ行くと少し狭くなり、車も一方通行となる。
 


尾藤家住宅全景 街灯にも尾藤家の家紋がつく

武士出身の尾藤氏は江戸後期には、生糸ちりめん商として活躍。明治初期には北前船を所有して、商売繁盛となった。11代尾藤氏は加悦鉄道の社長も務めまた加悦町長をも務めた。洋館建築にも関心を持ち、昭和3年に洋館を建築。今の姿になったのは、昭和16年である。見事な洋館である。現代ならいくらでも見られる建築だと思うが・・・
 


保存されているかまど 街道にある某寺

京都府指定有形文化財・尾藤家の台所のかまど、流し、井戸、トイレ、風呂等きれいに保存されている。街道筋には寺が多い。どの寺も割合に大きい寺と思える。また、近代短歌の祖・与謝野鉄幹の父親は加悦町出身である。街道の小さな町だが丹後ちりめんを支えてきたこと、商家はもちろん、工場、洋館の医院、銀行、郵便局、酒蔵、旅館、役場、鉄道の駅などが残っている。明治時代末に但馬から加悦へ修学旅行に来た小学生が『ここは日本か』と言ったとか・・・それほどのにぎわいをしていたそうである。活気にあふれた街道のざわめきが聞こえてきそう・・・   



2005年6月26日(木)

2005年6月22日から25日までの韓国旅行
前回に韓国を訪れた際、韓国の寺・尼寺にはずいぶんとお世話になった。泊めて頂いたり、食事をごちそうになったり以外に寺の方の運転にて韓国の南の寺を観光した。時には朝早くから僧侶の方の仲間入りをして修行もさせて頂いた。日本の僧侶とは全くちがっていて、人として尊敬出来ると思えるのが韓国の僧侶・尼僧である。今回機会を得て3度目の訪問となった。 豊臣秀吉は韓国では、建物等をずいぶんと焼き払ったようである。


慶州の古墳公園 石窟庵

慶州は日本の京都・奈良に似た都市である。全ての屋根は瓦であり、ガソリンスタンドの屋根までも瓦がのっている。ここは新羅の王都だった地で、広い土地に大きな23基の古墳が集まっている。石窟庵には、高さ3.4メートルの釈迦如来像が祀られている。
 


世界遺産 仏国寺

吐含山(トハムサン)に抱かれた石窟庵(ソックラム)からは近いところに仏国寺(プルグクサ)がある。1995年に世界遺産に登録。新羅時代751年創建の名刹。国宝の塔からは世界最古の木版印刷物が発見された。安養門と紫霞門(写真)が有り階段の上は仏の世界。
 


海印寺の教典倉庫 定林寺址

海印寺には八万大蔵経が収められている。釜山近郊の通度寺、光州近郊の松広寺そして、この海印寺(ヘインサ)は、韓国三大名刹である。建立は802年。木版8万有余枚の版木は今でも印刷のために使われているそうである。収められている版木の倉そのものも世界遺産である。倉の周辺には風の周り方のせいか、鳥が飛ばない(飛べない)そうである。室町時代にはこの版木で印刷されたお経が日本に渡ってきている。
百済の都であった‘扶余`の定林寺址には5層石塔は七世紀(百済時代)建てられた。お堂には石仏座像(大日如来)高麗時代作。扶余は百済の都があったところ。   



2005年5月26日(木)

沙羅の咲く季節を迎えた。純白の楚々とした可憐な花の蕾が、我が家の小さな庭にも膨らみ始めている。まだ沙羅の花の頃ではないと思いつつ、ゴールデンウイーク中に寺を訪ねた。この寺の沙羅の木はまだ若木であった。たくさんの沙羅を育てていた。10〜20年先には見事に沙羅の寺となるだろう。


雨の応聖寺 いつ刻まれたのか頃

。後ろに緑の山(中国山地)を控えて、ひっそりと佇むこの寺は、今日の雨がよく似合っている。観光客の行列がないのも良い。山門を潜る前に古そうなありがたそうな岩に掘られた仏が出迎えてくれる。ついつい掌を合わせてしまう。寺の敷地は広くない、むしろ狭いくらいに感じる。裏山も敷地ならば、裏の方が広そうだ。
 


鯉の泳ぐ池 さつきの布団でお休みのお釈迦様

入り口には池があり、橋を渡って寺の山門へと近づく。この池には睡蓮が植わっていて、その季節には見事な景観が広がるのだろうか? 橋を渡ればすぐひだり手に、デッカイお釈迦さんが寝ておられる。何と体はさつきの植え込みで出来ている。さつきの咲く頃には、これまたお花見が出来るのかナ? 仏の前では自然に掌を合わせてしまう。
 


風情ある山門 みごとな石楠花

山門は人ひとりがゆったりと通れるぐらいの幅である。 境内の端っこには今を盛りと咲き誇っている石楠花が異様である。紅の色が仏に繋がる・・・と、勝手に思いこんでしまう。 山門脇の寺の看板に、関西・花の寺・第八番、応聖寺とある。寺も特徴を打ち出して仲間を募って売り出すのかな・・と不思議な気分!!  しかし手入れの行き届いたこの境内は何かしら、落ち着いた心に成らせてくれる。




2005年4月17日(日)

2月28日より3月7日まで、韓国の南部、全くの農村地帯、特に百済王朝の都の在った”プヨ” や、もっと南の地域を訪ねた。韓国のお坊さん(スニン)は、位が高く人々から尊敬されていると言う。おかげで訪れるところでは、食事やお茶など歓迎していただいた。泊めてていただいた寺では、進んで修行もしたのだが、これが半端な修行でなく勉強になったことはたしかだった。案内してくれたスニンはまだ修行中の身だと聞く。


阿弥陀如来 日本で言えば仁王さん

。韓国の仏はみんなでっかい。そして金ピカ。作られた時代はそう古くない。しかし建物はみんな歴史的に古いものが多い。門番をしている仁王は、これまたでっかい。安っぽい色で塗られた者ばかり。日本の仁王とは趣がずいぶんとちがう。
 


美しい橋 岩山の観音様

この橋は美しさでは有名だそうである。季節がまだ寒いせいか人々もほとんど居ない。この観音様は高くて遠い山を登り、ずいぶんと歩いて行った。でっかい寺がいくつも建ち並び、今にも転げ落ちそうな大きな岩石が何とも奇妙である。歴史始まって以来あのままの状態か。訪ねた日は韓国の祝日に当たっていたらしく、たくさんの家族連れで、車も途中までで、あとは足でお参りとなった。
 


金ピカの仏 青瓦台・大統領の住まい

韓国の人々の信心深さは並大抵ではない。韓国僧侶の朝のお勤めには敬服するばかりだった。青瓦台は簡単には見学出来ないそうである。知り合いが数ヶ月まえに予約してくれたおかげかな。小学生の参観が多いのに驚く。しかも親達が連れてきているのにはビックリ。国のトップを尊敬させる精神をバッチリと教育しているところが見えている。しかし警備のすごさには驚く。




2005年3月16日(水)

1月22日から5日間台湾を訪れることとなった。 さすが南の国、日本より暖かい。空気の温度がちがう。


チョウフンの街並み チョウフン遠景

チョウフンは金鉱の町から、今や映画”悲情城市”からは映画の町として観光客を集めている街である。山腹を上に上にと細い細い路地が続き両側には土産物店や飲食店が建ち並び独特の風情を醸し出している。
   


台湾総統府 基隆駅

政治の中心台湾総統府は落ち着いたルネッサンス様式の建物(1919年)説明人の日本語は素晴らしい!日本びいきの人だった。
 


中正記念堂 旧正月まぢか

蒋介石の銅像のある記念堂・青い瓦と白壁の大理石。台湾最大の公共建築物  旧正月まぢかの瑞芳駅・ここからの列車の旅も普通には出来ない旅だった。





2005年1月3日(月)

 昨年暮れの27日、世間は大掃除、新年の準備と忙しい時、用事で香川県に旅をした。四国には、弘法大師開祖と言われる88カ所の札所があり、それらを巡る遍路道が開けている。阿波の鳴門から高松へ向かって讃岐街道、志度街道、坂出・丸亀・善通寺を経て伊予街道、そして愛媛県へと至る。  今、若者の遍路が多いと聞く。


醤油醸造の老舗・かめびし屋 日下邸


 香川県引田の『かめびし屋』は1753年創業二百数十年も続く醤油屋である。今もこの重厚な建物内で、醤油が作られている。すぐ近くには庄屋の日下邸がどっしりと佇んでいる。外観はきれいに整備され厚い塀も漆喰が塗られている。建物内部は間取りや、建具も昔のままに保存している。  


風の港館 猪熊邸


 庄屋として栄えていた日下邸も時代の流れにより、当主は田圃を手放してから郵便事業に従事したと聞いた。今、ここは郷土資料館『風の港館』として街づくりの一端をになっている。 猪熊邸は水戸黄門が立ち寄ったことで有名であるらしい。なかなかりっぱな建物である。武士が住んでいそうな佇まいの家である。この邸宅の歴史は、前にそびえる楠の大きさ・古さが物語っている。


善通寺五重塔 満濃池

 第75番善通寺は弘法大師三大霊跡(高野山金剛峰寺・京都東寺)の一つとされる。広い敷地にビックリである。五重塔もサイズが大きい。境内には1500年ほどの大楠がありこの寺の歴史の真実を語っている。満濃池もまた弘法大師の伝説がありる。でっかい池である。(日本一)





2004年10月10日(日)

最近、旅をしていない。毎日予定を入れすぎて身動きがとれない日々をすごしている。私にとってはこの様な日々の方が充実はしているのだが・・・  町内会のリクレーション:有馬温泉日帰りの旅:に参加した。日本最古の名湯・有馬には何度か訪れたことがあるが隣近所の方々と行くのもまた楽しい旅と言える。


湾岸線からみた臨海工業地帯 ビール瓶


湾岸線を走ってまずは神戸方面へ。キリンビール工場の見学。最近は缶ビールがほとんどであるが瓶について特にリサイクルの説明が主だったように思う。 この瓶は外側の厚みを2o薄くして軽くしてあるらしい。


糖化釜 瓶のリサイクル


これは糖化釜と言われビールの原料をこの中で温めてこす。出来た麦汁をホップを加えて煮沸して発酵し貯蔵、そして濾過・・・ビールとなるらしい。 ところで瓶は完全にリサイクルをしていると言う。使えなくなったら粉々にしてもう一度瓶になる。


神戸総合運動公園 10万本のコスモスの咲く丘

結構、のんびり・ゆっくり出来るのが良いかな?しかし10万本はたいした数だと思ったが、コスモスにしてみると、物足りない。100万本以上はほしいところ!!!






2004年8月12日(木)

一度訪れてみたい所は清流四万十川である。ちょうど予定を決行出来る時間の余裕が出来たので実行した。心配なことは局地的大雨が日本の各地に降り被害をもたらしていること。しかし出発の日は台風10号も去り、何とか天気の回復が見えた。テレビのニュースでは徳島県の木沢村、上那賀村が相当の被害が出ている・・・と伝えている。瀬戸内海のクルージング、四国カルスト、滑床渓谷、四万十川、足摺岬・・・と四国の秘境を訪ねる旅である。


オレンジフェリーの操舵室 明石海峡大橋


台風は去ったと言うものの、瀬戸内海は台風の名残りの白波が立っている。約1万トンのオレンジエイトは快適に海上を滑る。操舵室では機械の前で乗組員が緊張して仕事をしている。 狭い瀬戸内海にはたくさんの船が行き交っている。明石大橋は車で渡るのとはまたちがった見え方である。


四国カルスト 足摺岬の灯台


九州の平尾台・四国カルスト・山口秋吉台と日本の三大カルスト地形はそれぞれ趣を異にしている。四国カルストは日本で一番高いカルスト台地である。標高1355bにある。風景は同じく石灰岩がむき出しになった様が見える。この裾野近くには坂本龍馬が脱藩して京へ向かった道もあると聞く。また四万十川の源流・いらず山も近くにあるとか。 足摺岬灯台はロケット型であった。無人灯台である。近くに四国88番札所・第38番金剛福寺がある。岬にはジョン万次郎の銅像も建ち整備されて40年前に訪れた時とはずいぶんと変わっていた。


竜串海底館 四万十川・投網漁

竜串海底館では視界があまり良くなくて十分とは言えないが、雨の中だったが良しとしよう! 四万十川も雨・雨・・水かさも増えて清流のイメージとは言い難いが船も出たことに感謝かな? 滑床は残念ながら安全を考えてパス・・・ 天候に恵まれなかった四国の秘境訪問となってしまった。






2004年6月21日(月)

我が家の小さな庭園に泉水を造った。中に藻を入れて眺めているが2〜3日前に水中に花が咲いた。ふと、梅花藻についての記事を思い出したので、滋賀県・湖国十景・醒井、地蔵川を訪ねてみた。中山道・醒ヶ井宿の地蔵川には、有名なのは5カ所の湧水がある。居醒の清水・十王水・西行水・天神水・いぼとり水である。湧水のおかげでここには養鱒場が出来、それは東洋一だという。


居醒の清水 十王水





日本武尊の伊吹山での大蛇退治の話のある居醒の清水は加茂神社の隣の岩の下から湧いている。ここは地蔵川の原点なのだろうか?この地蔵川には『ハリヨ』という魚が住んでいるという。今では絶滅危惧種となっている。





中山道・本陣跡・今は料亭として営業中 地蔵川沿いは中山道


江戸からの旅人は、京都を目前にこの地域の湧水で旅の疲れもとり、しかもおいしい豆腐や、湧水を使ったお料理に舌鼓をうち、次の宿場、西の『番場宿』へと向かったのかな?





フランス・ボーリズ建築の郵便局・今は醒井宿資料館 天神水・湧水

天神水の湧水地は枝折川(しおりがわ)の源流となるのかな?菅原道真を祀ってあることから知恵の水と呼ばれている。こんこんと山裾からわき出る水には、大きな鱒がゆったりと泳いでいる。 醒ヶ井の湧水は7湧水が有る。今回の旅で、ハリヨを見ることができなかったのが、残念である。






2004年6月18日(木)


東洋のハワイと言われる済州島を訪ねる機会を得た。海の幸の豊富さにも魅力を感じる。季節も4月に訪れたので過ごしやすい時期であった。この島の特産物は、デコポンと言われる甘くて香りの良いみかんである。島の周辺にはたくさんの小さな島がある。牛島もその一つ。珊瑚で出来た海岸は表現のしようがないほど美しい。


牛島の海岸 柱状節理の岸壁





建物に興味のある私は韓国の建造物も楽しみの一つだった。歴史的な建築、民家・・・


観徳亭・鎮海楼 韓国の民家

韓国のサッカーは強い。何年か前のワールドカップが行われたサッカー場は昨年の台風で屋根が飛んだ・・とか。今修理中である。


修理中の競技場 今もそのまま、戦争残骸の姿

島と言っても淡路島の2倍の面積を持つ済州島は、結構広さを感じる。ポイントによってはそれぞれが全くちがった表情のある島である。戦争を思い起こすこの景色は他の観光地とは異なった心を呼び覚ませる景色であった。






2004年3月30日(火)


桜の蕾も膨らみ気温もずいぶんと高くなってきた。桜満開のニュースも聞こえてくる今日この頃。今年は出来るだけたくさんの桜見物がしてみたくなった。我が家の周りは桜だらけであるにもかかわらずよその桜が見てみたい衝動に駆られる。湯郷温泉に宿が取れたので、早速訪ねることに・・・


津山城跡 津山藩別邸庭園

湯郷へ行く前に津山へ寄ってみたくなり高速を一つ向こうまで行き、津山の街を探索した。日頃の行いが悪いのかして相当の雨にたたられた。足下ぐっしょり・・このひどい雨の中、桜は満開。見事である。人出はなし。素晴らしいかな!!津山城趾!!昔は相当の勢力を持っていた城に違いない。今、天守閣の復元工事中である。 津山藩別邸の庭園・衆楽園・これも見事な庭園である。鶴山城は1603年に森忠政公が18万6500石の大名として入封され、13年の年月をかけて築いた城である。 衆楽園は京都仙洞御所を模して造営した近世池泉回遊式の名園である。後楽園と同じ様式だが岡山県名勝の指定は衆楽園が先である。広々として自然をたっぷりと感じることができる庭園。


藩医、箕作げん甫旧宅 梶村家旧宅、出雲街道

出雲街道筋は、今も昔そのままの姿で人々の生活が営まれている。造り酒屋の店内を見せてもらったが明治か江戸へタイムスリップの感である。井戸、海鼠壁、大木戸、格子窓、うだつ・などなど。 藩医、箕作げん甫の父親は幕府の御殿医であったとか。NHKのドラマ「あぐり」の舞台となった梶村家も古い姿で残されている。


犬挟・いぬばさり 倉の街・倉吉

倉吉目指して走行。雨もすっかり上がりいい天気になって高速を順調に中国自動車道から米子自動車道へ。地道を走行して倉吉へ。途中、犬挟り(いぬばさり)道の駅で休憩。 倉吉は名前のごとく倉の街。倉構えの店で蕎麦をいただく。美味!!






2004年2月25日(水)


先輩方に誘われて梅見会に参加した。総勢20数名の参加でにぎやかに、元気よくコミュニテイバスでの出発。駅から3qの金熊寺梅園が今日の目的地。新聞紙上での梅だよりでは(つぼみふくらむ)だ。咲き具合は問題ではないが・・・


梅園 つぼみかたし

梅園までは相当急な斜面を登るのだが、これが距離が長ければ困るが、短いので助かる。一本の木に咲きかけの花が2〜3個のみ。


お弁当タイム デッサン

着いてすぐお弁当タイム。ビール、お酒・・と、弁当を広げておかずは酒の当て。雑談に花が咲き、咲いた一輪を画帳におさめたり・・・


満開 満開

木の種類がちがうと咲き具合がこんなにちがう。これらは美しい満開状態だ。俳句を作る課題が先輩から出されたので生まれて初めてだが、一句ひねってみることにした。
○梅林のあちらこちらに笑顔満ち

○笑いあり話し声あり梅見会

○梅見会つぼみ膨らみ笑顔満つ   おそまつ!!








2004年1月11日(日)
年が明け、昨年からあったかい日が続いている。このぐらいの気候なら寒い冬もとても過ごしやすい。かにを食べに越前方面への旅行を計画。北陸方面はのおいしい蕎麦を求めての旅を思い出す。ここは越前蟹の本場である。高速道路の発達に感謝・感謝・・・でいつもの旅へ出発。正月明けての連休で車の混み具合が少し気になるが・・・


雪の伊吹山 土蔵づくりの雑貨屋

高速から伊吹山の見事な雪化粧。何とかカメラにおさめてみた。しっかり・どっしりの山って感じがする。12〜13年前にはここに週末スキーをしに来たことを思い出す。 旅の途中に武生市に寄って新発見。例のごとくここでも街づくりに力を入れている。街の一角に蔵の街を出現させていた。


瓦と白壁 日曜日でお休み

武生には昔の街並み。うだつの並ぶ商店街等古き良き建物もずいぶんと残っている。今、造った蔵造りより趣もあってそちらの方が価値があるかも・・・しかし、この真っ新の蔵の家々はおしゃれで目を引かれる。日曜日に休むというのが、商魂のたくましさに欠ける。観光客にとっては困る。


白壁がまぶしい 公園?!

蔵造りの喫茶店で、コーヒーをいただきたかったが定休日でした。普段ならもっと雪が積もっているのだろう?蔵の街の隣にわりと大きな神社(名前は忘れた)があったので初詣をする事にした。





2003年11月6日(木)
30年前、ずっとずっと若い頃12月の末また3月末には必ずスキーに訪れた妙高高原を訪ねてみた。雪の解けた頃に是非いらしてください・・と宿の女将さんに言われていたのを思い出し時間の余裕の出来た今日、紅葉につられて訪ねてみた。妙高高原、戸隠高原の秋景色を堪能できた。 お天気にも恵まれたことに感謝。その前日はすごい雨であった。雨の日は金沢巡り。 この時期はリンゴの取り入れ時期・・リンゴが木になってる姿も見たいと思って訪れてみた。リンゴは実も葉もなくなって幹と枝になる時もステキなものだ。


錦織りなす山々 妙高高原を遠望

1000bを越えるとこの季節でもすでに紅葉が始まっている。所々には近在の農家が大根、ほうれん草、白菜等近畿のものよりキングサイズの野菜を道ばたで売っている。


秋の展望閣 ブナの森の一軒宿

展望閣は昔のままで今も営業中だった。大きなコリー犬は3代目らしい。宿の周りの木々がぐっと大きく育ち、展望閣からの展望が出来なくなったと、女将さんが言っていた。いえ、いえ、まだまだ展望は十分だと思うのだが・・・今度は山菜の頃に再び訪れてみたいものだ。


おいしそうなりんご たわわに実ったりんご

品種は何なのか、陽光なのか・・・国光とはちがう・・・西日本で生まれ育った私には、りんごは食べるよりも眺めていたい果物である。木になった赤い大きな果実はあこがれのごとくに思う。不思議なものの一つと言える。

2003年10月6日(月)
琵琶湖が生まれたのは、400万年前。湖としては世界で3番目に古いと言われている。滋賀県の6分の1を占めている。670平方q、周囲235q、流れ込む姉川には、カルガモ・カモ・オオヨシキリ・カイツブリなど自然がいっぱい。湖北には、国宝級のお宝、自然、歴史が有り、温泉もわく。 訪ねた日は朝からしとしとと雨の日。(9月24日)


北国街道の石標 船のリサイクル?

北国街道を一歩横道へ入ると長い塀のある屋敷が現れる。塀をよく見ると張ってある板は船のリサイクルと思われる。若狭の国から鯖も運ばれたのか・・・現在は整備が行き届き、素敵な街並みとなっている。


竹生島に到着の高速船 宝厳寺は階段の上

竹生島の宝厳寺は西国33番札所の一つである。これまた海から続く階段の先。高速船で長浜港より25分、往復2980円。本堂は勿論国宝。寺の隣は、都久夫須麻神社。花崗岩で出来ているこの島の周囲は断崖絶壁で、湖の深さは100b。


旧長浜駅舎 伊藤博文書

旧長浜駅舎は現存最古の駅舎である。1882年日本では7番目に敷設されたのが長浜ー敦賀間の鉄道であった。柳ケ瀬トンネルの工事は相当の難所であったらしい。トンネル入り口には伊藤博文が書かれた看板を残している。昔の旅は風情があったようだ。当時の線路は今はない。柳ケ瀬トンネルは今は道路となっているが、幅が狭く、一方通行となり地域の役に立っている。





2003年10月4日(金)
朝夕、涼しくなりずいぶんと過ごしやすくなった。そのうち紅葉のたよりも聞こえてくるだろう! 湖北地方・長浜に萩の咲く寺があるという。訪ねてみることにした。寺の名は神照寺。せっかくいくのだから、西国33番札所をも巡ってくることとする。長命寺・宝厳寺をお参りし、萩を見て高月の十一面観音様にも会ってくるという旅程を組む。何度も訪ねるが、回ることが出来ずにいた近江八幡にも寄りたい・・・といつもの欲張り虫が騒ぎ出す。ふつかもあれば何とか充実するだろう・・?


琵琶湖へつづく八幡堀 商人の街巡りの船旅

近江八幡は今、街づくりに力を入れている。昔の家並みが再現されていて散策するのに楽しい街となっている。八幡堀には船が運航していて趣のちがった角度から街を楽しむことが出来る。またこの堀に沿って遊歩道も整備されている。スケッチにも最適のポイントがいっぱい・・・・小さな船旅は所要時間が35分。瓦ミュウジアムの喫茶店の下から発着する。


808の階段 苦労してこその御利益か・・・

西国33番札所の一つが近江八幡にある長命寺。琵琶湖を見下ろす山の上に建立された寺である。 808階段はちょっときつい。寺参り人口は熟年高年齢の人が多いと思うのだが、どの寺も相当の体力を必要とするところが多い。・・・何でだろう・・・おお・・何でだろう・・・足腰鍛えてこそ健康になるからなのか。700段を抜かして、真剣にお参り・・・とする。


神照寺の萩の花 寺の凹型の庭園

長浜にある神照寺には国宝級のお宝がいっぱいある。仏像、掛軸等々・・・萩はすでに盛りをすぎていたが、寺の敷地内は全て萩の花、所々に俳句が詠まれている。





2003年9月4日(木)
月日は9月に入り本来なら残暑が厳しくなり、あと何日か我慢すれば涼しくなる・・・との思いで日々を過ごす。10日頃にもなれば今年も秋が来そうだ・・・と嬉しくなるものだが。今年は、今が真夏のごとくに暑い。暑い日々。地球は8月と勘違いしてるようだ。つい昨日も気温35.5C(大阪)まで上がったそうである。そして今日は火事の現場で消火活動中の消防士が熱中症にかかったとかのニュースが流れていた。こんなに暑い日にも太陽に向かって咲く夏の花、水さえあれば葉もみずみずしくしゃんと花を咲かしている。隣のお庭を覗いてみた。


赤いしっぽのごとく 色とりどりに・・ランタナの花

動物のしっぽのような花、葉の濃い緑と花の色がはっきりしている。
しかし、『かわいい花』とは言えないが形がやはり夏の花か。アジサイに似ているこの花も小さな・小さな花粒が集合して一つの花となっている。どこでも見られる夏の花だ。


花火のごとく・・・ 原色の花

この花も小さな筒状の花が集まって、一つの花を構成している。まるで打ち上げられた花火の様な花である。・・・かと思うと、目を見張る様な鮮やかな色(紅の赤・はっきりしたピンク)の大胆で大ぶりの花も夏の花である。【ここに咲いてるよ!】色で主張する花、たくさん集まって複雑な色・形で別の顔を作る花々。一つが枯れても、他にいくつもの花が咲いて虫を誘っているように思える。


メロンの直径約4p 親指と人差し指で○をつくったぐらいの大きさ

食べたメロンの種を土に埋めて置いたら芽が出て葉が出て蔓が伸び、そして花が咲いた。受粉をしてやると、実が出来ちゃった・・・というお話です。(お隣の奥様より) 今、このメロンは注目の的。それは、勿論メロンとして食べられるか否か・・漬け物ぐらいで食べられるのか・・暑さを忘れてメロンの成長を見守っている今日この頃。





2003年8月4日(月)
7月は雨が多く涼しい日々だったので、ついつい夏の暑い日を忘れそうになっていた。8月に入り暑い夏がやってきた。いや、これで当たり前なんだ。かーっと照りつける太陽・・・暑くてイヤだけども夏はこれでなくちゃー。太陽の恵みを一杯いただけることも大事なこと・暑さに文句はいけないねー!!京都美山町かやぶきの里を訪ねた。この地区は《重要伝統的建造物群保存地区》に指定されている。人の心の中に懐かしい郷愁を感じさせる。私の生まれ育った家もかやぶきで、築300年(今は瓦屋根にそっくり建て替えて昔の面影はない)。戸外がどんなに暑くても、家の中はひんやりとしていたのを思い出す。


京都・美山町郷土資料館 美山町遠景

8月、夏休み中なのか結構人が多い。何年か以前に工事中だったかやぶき屋根の家はレストランになっていた。


美山町遠景 町内を散策してみると・・・

やはり、ここも日本の原風景と言えるのかな?小さな集落だが民宿も何軒かある。 町の中をあるいてみて気がつくのが、防火対策である。そこここに放水銃が備えてある。 家家の間を流れる小川(溝川)の水は澄んでいてとても冷たい。スイカ等よく冷えるだろうな?? カエルもメダカも泳いでいた。


心は確かに落ち着くかやぶき屋根 郷土資料館







2003年7月26日(土)
時間の流れがとても速く感じられるこの頃・・・夏休みの声が聞こえ、何となく日々を過ごしているうちに早7月も終わろうとしている。高い山々には、かわいい高山植物が咲く頃・・・こま草、ちんぐるま、こばいけ草、ニッコウキスゲ等々・・・今回は奥飛騨温泉郷から乗鞍、上高地、軽井沢、万座温泉の旅の記録です。


奥飛騨温泉郷・新平湯温泉 雨・雨・雨に霞む乗鞍、みやげもの店

新平湯温泉は奥飛騨温泉郷(中心街)より離れているせいか静かそのもの。ドライブの自家用車が時折過ぎ去っていくものの、ひっそりと緑の山々の中に佇む、空気がおいしいと感じる。 乗鞍スカイラインは本格的な雨。景色は何も見えず、ただただ雨、ガス、霧・・・乗鞍の雪渓がボーッツと霞んで見えただけ。


大正池から河童橋まで 日本の原風景

梓川は澄んだきれいな水を集めて音もなく流れる。今日は水量が多いのか? 大正池は思っていたより水量が多かった。富山の中学生が宿泊訓練中だった。若い《こんにちわ》の あいさつがさわやかで気持ちがいい。 大王わさび農場の水車の風景・傍を流れる梓川はゆったりと流れているようだが、流れの速さは結構あるのかな。水は透明そのもの。川底の藻で水のきれいさがわかる。


志賀・草津ルート 万座プリンスホテルにて

山・山、ここは日本有数の山岳スカイライン。熊笹が風になびき、所々に立ち枯れた木々、長野から 群馬へと抜けてきた。最高の景観だ。両県境に建つホテル。壁の色を変えて県境にあることを主張している。(渋峠) 2075bの笠ヶ岳を眺めることが出来る。もっと天気が良ければ、浅間山なども遠望できたのかな? 高山植物の女王《こま草》は今が見ごろ。(プリンスホテルの方が栽培中。) 次の日、浅間山噴火で噴出した溶岩も少し見ることが出来た。(鬼押し出し)今、そこは観光地。 (人間の強さはすごい!) この後、軽井沢・白樺湖・・・と今回はものすごい広範囲の旅となった。 





2003年6月30日(月)
自宅近くの田圃にも稲の苗が植わり、風に揺らいでいる様は何とも涼しげで、肌にも爽やか、眼からも涼やかさが広がる。明日から7月・・・夏真っ盛りの季節。山田錦(米)のふるさと北播磨にもホタルの季節から水の季節へと変わっていく日々・・・播磨方面へとドライブ旅行。

東条湖畔のステキ・スポット つくばねの滝


東条湖周辺の低い山々の緑の中に点在するカラフルな別荘を目の保養にしながら走っていると、こんなステキな喫茶店に出会った。店先のガーデニングが心地よい。センスのいい、おしゃれな家具調度品、たくさんのコーヒーカップがデイスプレイされて目を楽しませてくれる。ガーデンでも憩いのひとときを味わうことが出来る。(お薦めのスポット。) 鬱蒼とした山の中に土の道があって下草が刈られ、道に沿って湿地帯かと思いきや、きれいな水が流れている川がひらけ、少し行くと目の前に短いが幅の広い滝が開ける。“つくばねの滝”である。そしてこの川は〈鹿野川〉。この地に自生しているつくばね(ビャクダン科の植物ー果実が羽子板でつく羽に似ている・社町の天然記念物)からこの名前がつけられたとか。





朝光寺・本堂(国宝) 鐘楼


おもちゃ王国から山の方面へ向かって走ると、国宝・朝光寺。緑の木立に覆われて道路からは全く見えない。国宝の主張もしていない、ひっそりと佇んでいる。いざ境内に入ってみると、驚くほど圧倒される貫禄をもった寺である。室町時代初期の建造だそうであり、密教寺院の典型的な様式の建造物を現代に見ることができる寺院である。広い境内のこの寺は、一応は手入れも行き届いているものの、もっともっと人々に宣伝してほしいと願う。境内に奉られている道祖神の首が落ちていたりして、ちょっとさびしい気持ちになる。 鐘楼も見事なものである。歴史的にはもちろんだが、すごく品の良さを感じる。(重要文化財指定) 5月5日には「鬼追踊」が盛大に行われると聞く。


播州・清水寺 おかげの井戸・こん浄水


西国25番霊場・清水寺に入るのに、まるで有料道路に入るようにゲートを通って、何キロ走っただろうか?山門にたどり着くまでがドライブウエイそのものであるのにビックリ。1名300円で通行料ではなく拝観料と言うそうな。境内はうしろに山を抱えてその広さに圧倒される。 清水寺と称される由緒の井戸・こん浄水。きれいな水をたたえた井戸。





2003年5月7日(水)
桜見物をと旅に出た。薄墨桜を目的地に国道・県道を走っていくうち、記憶の中にある景色と出会う。 来たことがあるような・・・・何年か前に訪れた越前和紙の里・・・・すぐ近くを走っていることに気づく。再び訪れてみることに・・・・・


和紙の里・街並 整備された里の風景


越前和紙を街づくりに取り入れて、観光客にたっぷりと見せてくれる。体験も有り。周辺も整備され街は、裏の道までも神経を使って、行き届いた様相を見せてくれる。街並み・瓦・木の塀・黒、茶と真白 の漆喰・・・心が落ち着く景色である。ここでは『和紙』というテーマと街並みとがピッタリ合う。 心地よい安らぎを実感する風景だ。自身の思いこみで眼に写った実像には相当の脚色がなされて、満足・満足・・





万葉園の水芭蕉 かたくりの花


どこをどう走ったか・・・万葉園の看板を見て訪ねてみた。【昼食出来ます】の案内がうれしかった。 整備された庭園。あの万葉集に出てくる全ての植物が育てられているから万葉園というらしい。 水芭蕉が見頃、赤松の木陰には、そこここに、かたくりの花が二株寄り添って咲いている。大都会の公園とちがって柵がない。どこでも入れる。しかし見物客の方がたしなんでいて、自然を守っている・いえ、それが当たり前の行動なのかも。


この地方の農家・移築された中村家 華厳寺・境内の灯籠


万葉園の敷地の端っこにこの地方の大農の中村家が移築されていた。農家の間取り、農業に使っていた機械類や農具、自分の小さい頃にはこれらの農具は身近なものであった。どこも日本は同じ様式だったのか・・・。しかし屋根はめずらしい!こんなのは初めてお目にかかる。民族学について造詣が浅いので説明が難しい。 華厳寺の灯籠をここに載せる。スペースが空いたので・・・・万葉園とは無関係。



2003年4月10日(木)
桜の季節。関西地方ではすでに満開は過ぎている。岐阜県根尾は今まさに満開を迎えようとしている。 高速阪和道から名神関ヶ原まで行き、国道・県道を走り谷汲村へ到着。平日とあって道路はスイスイと走ることが 出来、快適なドライブ。


華厳寺門前の桜道 門前の屋台


西国33番札所、33番目の満願の寺・華厳寺のこの門前の桜はそめいよしの。約1q以上は続く桜のトンネルは見事と言える。道々には土地の名産品の店や食堂、菊花石の店、田楽・おでんの屋台が並びにぎわっている。





門前の店 華厳寺


この根尾村は根尾の断層でも有名である。そこから出る菊花石は、石の中に菊の花の模様が入っている珍しい岩石である。桜のトンネルを抜けると33番札所、華厳寺の山門が姿を現す。ウイークデイなのに人の多いこと。さすが桜の季節!


淡墨桜遠景 淡墨桜


華厳寺より北へ国道157号線を走って約20q。宇野千代さんが愛した『根尾の淡墨桜』へ到着。樹齢は1500年以上だといわれている。一度は枯れはじめた時もあったと言われているが今、見事に蘇った桜の木である。樹木医さんの努力のたまものか?素晴らしい姿の桜である。さすが三大桜の一つであることを認めざるをえないほど美しい桜の木である。遠くから眺めて美しいのは、やはり山桜である。



2002年12月14日(土)
冬晴れの一日、若狭の国へバス旅行に参加した。13人、気の置けない同窓会の小旅行。 高速阪和道から名神高速を走り、北陸道を北へ北へ・・・敦賀インターで一般道へ。小浜をめざす。車内ではクイズで大いに楽しむ。 小浜の明通寺へ。坂上田村麻呂の開山、806年の創建だといわれている。


明通寺 国宝・三重塔


雪の積もった日であったが為か、静かな冷たい空気の中に凛として天空に向かっている塔は奈良の室生寺を思い出させる。本尊は薬師如来である。日光・月光菩薩ではなく両脇には降三世明王と深沙大将が立つ。薬師如来の目は806年創建の像なので水晶ではない。





本堂 塔説明


うっすらと雪化粧をした本堂は1258年創建、鎌倉時代・国宝である。鎌倉時代の荘重で力感あふれる名建築と評されている。 福井県の国宝建造物は二つ。この明通寺の本堂と三重塔が二つの国宝である。


ユズリハの木 かやの巨木


本尊の薬師如来を刻んだと言われている。ユズリハは若葉が育つと古い葉が落ちて譲る。譲葉、または交譲木と書く。 かやの巨木は500年以上を記録しているとか。かやの実は大きくて立派などんぐりとなっていた。



2002年10月19日(土)
10月になり新聞・テレビから紅葉のニュースが多くなってきた。紅葉を見る旅は経験がない。近場で紅葉を楽しむことばかりだった。 全山真っ赤になるという紅葉を見るのもいい・・・白山スーパー林道か、来年からは車をシャットアウトするという乗鞍か・・・混雑はイヤだ。白山スーパー林道を目的地とする。名神から東海北陸自動車道へと大野市・九頭竜湖・勝山市・R157(勝山街道)から石川県・ 白峰村へ。


山の一軒宿 真っ赤に染まる白山スーパー林道


切り立った崖を左に車1台分の道幅を慎重に進む。1里野温泉から約8キロ?ここは11月2日から閉鎖となり次の年5月連休が終わってから、営業だとか。この山崎旅館の梅子さんが岩間音頭を歌ってくれた。素晴らしいいい声で。この温泉は噴泉だったらしい。つい最近吹き上げなくなったと言うことを知る。お湯は素晴らしい。露天風呂は最高。真っ暗な露天風呂に満天の星。秘湯中の秘湯。





飛騨の古川 ろうそくの老舗・三嶋屋


白山スーパー林道(高度、最高・1500メートル)を抜けて少し寄り道をする。白川郷へ・・人でいっぱい・・車で通り抜けて見物。 古川の和ろうそく屋・三嶋は観光客でいっぱい。造り酒屋(蓬莱)、NHKのテレビ小説さくらのロケ地でもある。


きれいな水の瀬戸川の鯉 牛さん、こんにちは


大規模林道にも紅葉前線が降りていた。山吹峠(1200メートル)を過ぎると牧場が開けのんびりと牛が草を 食べている。夕顔駅には観光客が訪れている。冬はスキーのロッジとなるのかな?有峰湖・高度(1200メートル)の周りは走れど、走れど右手の湖は続いている。飛越トンネル・高度1500メートルを越えると富山県。



2002年9月17日(火)
敬老の日・3連休はラッキー。長野の旅を決行。中央高速は久しぶり。 まずは塩尻宿。塩尻は長野のど真ん中。岡谷ジャンクションから東京方面にも行ける。


堀内家住宅 水車のある風景


塩尻宿にある堀内家住宅。江戸時代の名主を勤めた豪農。18世紀後半(約200年前)の建築と言われている。 大王わさび農園は素晴らしい風景である。川の水は、湧水であるからか、透き通っている。流れは以外と速い。


日本の原風景 水の流れるわさび田


澄みきった水は滑るように流れる。ここの景色は日本人の心の中にある風景である。わさび田の中にも美しい湧水が 流れている・いえ、水が滑っているようである。家族がカヌーで下っていく。上っていく。


昔の野麦峠 秘湯・奈川温泉


白馬・唐松・五龍・鹿島槍・爺・針ノ木・烏帽子・三俣蓮華・槍・穂高・焼・乗鞍岳そして野麦峠、この飛騨山脈が 岐阜県と長野県の県境となっている。有名な小説『野麦峠』の舞台である。



2002年8月30日(金)
大分・飯田高原へと向かう。 8月最後の日曜日で多くの人が出てるだろう。覚悟をして高速へ。しかし、大阪とちがい、道路は以外と すいている。飯田高原で乗馬を楽しんだ。クッキー、おとなしく乗せてくれてありがとう。 26日、熊本へ向かう。阿蘇・火の山目指して!


阿蘇の猫岳 米塚


猫岳は遠くからでもすぐわかる。米塚はこじんまりとして美しい!


阿蘇山の火口 滝・温泉源


火口はエメラルドグリーンそのもの。 垂玉温泉の源泉はこの滝の後ろの岩にあるそうだ。滝を眺めての露天風呂は素晴らしい!!


垂玉温泉・山口旅館 白川水源


垂玉温泉は秘湯である。旅館はこの山口旅館のみかな?7〜8分歩けば国民宿舎もある。 そこは地獄温泉であるらしい。



8月29日(木)
ダイヤモンドフェリーで船の旅に出た。 特等はホテルなみの部屋、瀬戸内の海は静かで揺れは殆ど無し。部屋の風呂より大浴場に入りたくて・・・ ウーン!大浴場は、やはり気持ちいい。食堂はセルフサービスだがまあまあかな? 翌日の昼前に大分港に入港。今回の旅の目的は1に乗馬2に乗馬3に乗馬・・・・と乗馬が目的。飯田高原を トロットするのは最高だ!!!臼杵は是非立ち寄ってみたいところ。素敵な通りや路地がそこここにあるのが 臼杵。もったいない・・・こんな心休まる景色を独り占めしていいのかな?観光客は臼杵の石仏方面へ・・ この街並みを散歩してほしいなあ・・


臼杵の街並み 洗練された街並み


臼杵の街は落ち着いて心も落ち着く。どこを通ってどう行ったか、全く覚えていない。だけど、迷子になることも ない。春日の局の生誕地もこの近くだそう・・・


臼杵の路地 石畳の道


路地の両側に立ち並ぶ家々、家々の垣根までもが道と併せて作ったのかと思うほどマッチしている臼杵市の 佇まい・・市の中心は石畳で、落ち着いた家々との調和も言うこと無し。


寺 国宝の仏達


臼杵の魔涯仏は一度訪ねてみたかった。 臼杵の街は迷子になりそうな迷路の街並みだった。二王座歴史の路はどこをどう行ったのか・迷子そのもの。

8月22日(木)
北海道・道南のツアーに参加した。 阪急トラピクス・よくばり北海道の旅。札幌・小樽・ニセコ・函館・洞爺湖 昭和新山・支笏湖、有名な道南の名所をバスで駆けめぐる旅。 自分で運転するのとは気分がちがう。


バスの窓から大通り公園を 小樽 定番の位置からのショット


大通り公園は夏祭りの真っ最中。夜店が祭りを盛り上げる。氷やさんも大繁盛!浴衣の彼女もきょうは、 いつもとちがうのかな?見知らぬ人々に思いを馳せる。冬の小樽は好きでよく訪れる。夏の小樽は今回が 初めて。街は年々整備されて観光地化し、私にはちょっぴり寂しい!!


観光客一杯の街 北一ガラス


小樽の街はまるでヨーロッパの街の風景・・道路にはカフェテラスが・・おしゃれが街にいっぱい 溢れてる。個性をアピールしてのお店づくり。オルゴールの音色は街に響いている。


水蒸気を吹き上げる昭和新山 トラピスチヌス修道院


昭和18年に火山活動で生まれた新山は19年に昭和新山となった。今個人のものであると聞く。間近に 見ると以外と丸い山だ。もっと尖っているように思っていたが・・・山裾には雑草や低木が育ち、ますます 丸く見えるのかな! 函館の女子修道院にも観光客が絶えない。ここのソフトクリームはこくがあっておいしい!



7月10日(水)
北陸街道へ旅立った。 あいにくの雨、旅は今日で二日目だ。高速道路を走れば・・・とも思うが・・やはり、街道には風情がいっぱい。 おいしい蕎麦・おいしい蕎麦・・おなかがすいたーよ!


風情ある藁屋根 雨の石畳


石畳のこの街道は昔の名残が十分に残っている。保存した藁屋根の民家には人が生活をしている。狭い庭には最新型のワゴン車が止めてある。また、お隣の家には人の気配がない。ちょうどトラックで帰ってこられたので聞いてみると、これからミツバチを連れて花のある地へ旅立つという。その間、この家は物置と化すそうである。


板取関所跡 板取の宿


板取の宿は、今は静かに時代の流れを伝えているのみ・・・・雨に濡れた石畳の路が別世界へと誘う。


山口玄蕃の首塚 玄蕃のお堂


山中温泉の帰り道、全くどの道をどう走ったのか覚えていないが・・・確か大聖寺町という名の町だったような気がする。歌手・南春夫 の歌に合ったような覚えがある。その人の首塚に出会った。



6月21日(金)
加賀・温泉郷、山中温泉へ向かう。 午後1時、高速入り口(泉南インター)・阪和道から近畿道を経て、名神高速を快走する。さすがウイークデーは、車が少なくて・・・北陸道をひたすら走り続けて加賀インターへ。午後5時少し過ぎに山中温泉郷へ到着。休日ならたっぷり5時間はかかるところ。


雨の蟋蟀(こおろぎ)橋 橋のたもとに由来の説明が・・・


山中温泉は大聖寺川の川沿いに温泉旅館が立ち並ぶ。温泉は、52度の熱さの湯が出るそうである。深い渓谷には、橋がいくつも架かっており、旅館の入り口は5階で、浴場は1階という作りになっている。谷が深いということは、架かる橋は川面から相当の高さに架かっている。そして、川といっても両岸には大木が茂り、素晴らしい渓谷美を作っている。 こおろぎ橋は岩の多いこの地は行路が危険であるという意味もあっての行路危(こおろぎ)橋であるという説があるとか。


あやとり橋・・緑と紅の色が何とも・・ 無限庵の佇まい


あやとり橋は、曲がりくねっていて、高さもちがっていて、その構造がまるで、あやとりを連想させてくれるところから名前が付いたのかも??? 渓谷の上、こうろぎ橋の近くに、無限庵がある。書院造りの粋を極めた建築は今もそのままの姿を見せてくれる。


山中温泉の街並み オルゴールの音色は素晴らしい


ここの温泉はいろいろと工夫ある街づくりがされていると思う。山中町の特色を出すため、漆器、和紙、地酒、陶器、民謡・・と各店をギャラリーにして、そこを回るには、バス・お散歩号が運行されている。その中のオルゴールの館を訪ねてみた。1800年代ドイツのオルゴールの音色は素敵だった。コーヒーを頂く間、ピアノの生演奏も聴けた。曲は乙女の祈り・ある愛の歌・愛の賛歌・もう1曲??、1800年代ドイツ・ベルリン社の当時の弦のままのピアノでの演奏は心に響いた。 年に6回ほど調律をするそうだ。



5月6日(月)
テレビのニュースは連休の混雑を頻繁に報道している。高速での渋滞は体にも心にも悪い。・・・・とはいうもののせっかくの連休、リフレッシュすべきかな。さあ、出かけよう。あとは野となれ山となれ。能登半島はどうだろう?


なぎさロードで波と戯れる 干物・貝・・あつあつでおいしいな!!


北陸道から能登道路を走って、千里浜のなぎさドライブウエイへ。雨をものともせずに到着。18qにわたる砂浜のドライブウエイ。 話の種にと走ってみた。雄大な日本海を眺めながら、砂浜を走る。雨にも負けず・風にも負けず。気分は爽快。晴れてたら言うこと無いのに!!ちょっと残念。雨の能登はあきらめて方向転換だ。思っていたより能登はデッカイ!半日では周りきれそうにない。


重要文化財・岩瀬家 写真と同じだったけど、本物だよ。


小矢部インターから東海北陸自動車道を通って富山県の上平村へ、目指すは五箇山・世界遺産、合掌の里へ。昨日とはちがって最高の天気木と水と雪の路。庄川水系ミュージアム街道。ここには原点があり、そこには永遠がある。


菅沼集落 七福神・井波町


雪深い山里の昔の生活は金沢の殿様に渡す塩硝づくり。原料は塩・土・尿だそうだ。いわゆる戦いに使う火薬である。そばの郷・利賀村へも足を運ぶ。夕方近くに井波町へ。欄間で有名な木彫りの郷。そして井波の散村。学生時代に地理巡検で訪ねた町。七福神がお出迎えだよ



4月28日(日)
愛知県東加茂郡足助町についての話を耳にしてから、すでに15年以上が経っているような氣がする。いや、もうすでにすっかりと忘れていた。今や、女の子が”高山”と同じくらいに行きたがる所・・となっている場所であるらしい。少しだが期待も膨らむ。 西名阪・東名阪、名古屋を抜けて愛知県の東北部へと向かう。猿投(さなげ)グリーンロードは、新緑の風と空気を肌いっぱいに浴びながらのドライブ。うーーん・・最高・最高・。


巴川には季節のこいのぼり 足助屋敷の入り口


名古屋・岡崎方面から足助を通って信州へ通じる道は“塩の道”とも呼ばれ、海岸部で作られた塩を信州へと運んだ道でした。これらの中継地として栄えたのが‘足助’の町である。巴川とその支流・足助川に挟まれた足助の里は‘香嵐渓’と呼ばれ、素晴らしい紅葉の美しい里山である。早春にはかたくりの紅紫色の可憐な花が咲き、若鮎が泳ぐ初夏の巴川、夏にはこの紅葉の木陰をふく風は肌に心地よいだろう・・・秋には絢爛豪華な紅葉に衣替えをするだろう・・冬枯れの木立の中にも佇んでみたい・・。


足助・今の街並み 旅籠・助さん、格さんもお泊まりだよ


足助の街は、ただ観光客のために蘇らせた街並みのみならず、この街並みの中に人々が日々暮らしている。 玉田屋から、助さん・格さんの姿が浮かんでくる。風情のある旅籠は、この街にピッタリ!!


足助屋敷の母屋 井戸・・癒されるなあ


いろいろな昔懐かしい仕事が体験出来る足助屋敷は、単なる体験場所ではなく、したたかな山の生活が蘇ったと言える。蚕を飼い 絹糸を作り、紺屋で染めて機で紡ぎ、布を作り生活用品を作り出す。鍛冶屋では、包丁や道具を作る。民芸・伝統工芸ではなく、生活に必要なものは自分で作る・したたかな山の生活そのものである。現代の生活の貧しさを感じる自分を発見出来る旅となった。



3月28日(金)
山陰の丹後へ行ってみたい・・・いいお天気だし・・それより、高速道路のETECカードを試してみたくて・・高速へ乗って・・どこへと考えた結果、丹後へとハンドルを向けることとする。 さすが専用通路は最高だ!スーット牛蒡抜きは痛快この上なし!!


ねこが・・おいしそうな干物 橋立の知恵の文殊さん


天の橋立は海が近い・ひものが名産・・おいしそうに干されたひものが旅情と食欲をかき立てる。 知恵のの文殊さんはたいへん参拝客が多い。しっかりとけむりを頭にかけて、十分に賢くなりますよう にと願掛けをする。


伊根の舟屋イカ釣り船と舟屋


伊根は、舟屋で有名だ。『ええにょぼ』で朝のテレビを通して全国的に知られている。風の強い日なのにスケッチ旅行なのだろうか熟年のご夫婦が何組かスケッチを楽しんでいる。



2月10日(日)
3連休・風来坊の病気が騒ぐ。雪国のドライブもステキじゃなかろうか?・・・が・・が・が、やはり スリップは怖い??  エーイ、何とかなるだろう・・出発しちゃいマース。 目指すは山陰。天気予報は大雪・・今、その実感は無い。


出石の街道筋 山陰線・香住駅


城下町の何気ない景色だが、昔・昔のなごりはありますか?出石城の裏。すごい雪・雪・雪・・


銀世界・早朝の漁火ライン何気ない橋も雪・雪・雪


障子を開ければまさに一面の銀世界。道も田圃もありゃしない!!白一色の素晴らしい朝。向こうに見えるは”漁火ライン”



1月26日(土)
2002年が明けて、新しい気分になった。家で寝正月をするのはもったいない。・・・いつものごとく思い立ってドライブ旅行へ。寒い日には暖かい土地へ行きたいものだ。牛窓方面へとハンドルをきる。 帰路に赤穂線の伊部に立ち寄った。備前焼きのふるさとである。


煉瓦造りの煙突 道の両側に建ち並ぶ窯元の店


焼き物の里・象徴は煙突だ。干支の馬も備前焼。


窯元の店が続く街煉瓦の煙突が並ぶ伊部駅前


正月早々大変な寒波の日となった。観光客が備前焼の通りを寒そうに散策している。煙突・白壁・海鼠壁は日本のふるさとの風景・・・



12月24日(月)
クリスマスにお伊勢参りの旅行を決行。伊勢の川崎が行き先。遠い昔、ここは伊勢の台所と呼ばれ伊勢へ届く物品はすべて、ここ・川崎へ集まったという。勢田川沿いに古い妻入りの民家が多く残っている 江戸時代に水運業で栄えた川崎の街は、今古い街並み保存をするため川沿いの道や蔵づくりの家を修復しつつある。


勢田川沿いの妻入りの民家 堂々と貫禄十分の蔵


この川崎の街並みを残そうと街づくりが進んでいる。特に川の周辺が美しく整備されているところ。


修復の進む酒屋の蔵古い街並みに息づく人々の生活


妻入りの蔵は、喫茶店になっていたり、おしゃれな居酒屋だったり、資料館川崎街並み館になったり、 街は今、昔を残しながら生まれ変わりつつある。



10月20日(土)
日本で一番古いお城は、福井県の丸岡にある丸岡城である。さすが最古の城と言われるだけあって木組みの木材には歴史を感じる。石垣はその当時のものであるのか?しっかりと組まれている。


重厚なる丸岡城の姿 説明板


小高い丘の上に立つ城の姿は、気品と歴史を漂わせている。貫禄十分である。


豪雪に耐えてきた住宅福井県池田町


おいしい蕎麦を探して今立町から池田町を訪ねた。森六は定休日・残念(6・16・17・26)池田町・そば処一福・のおろしそばにありついた。塩味のそばは人生初体験の味であった。



9月20日(木)
夏の終わりに咲く花が、花のない9月にはありがたい。秋の花なら菊やコスモス、しかしまだすこし早すぎかな?今は名前の知らない花が家庭の庭を飾っている。昔はこんな花無かったよ・・と


せんにちこう? ひかえめなブルーの花


アプローチを飾る丸いかわいい花(左)  真夏の頃よりも咲き方に元気が無くなったかな(右)


名前はなあに?蘭の仲間?


まとまって咲き、一日でしぼむ。真っ白がいい。(左)  葉や茎は生姜を思わせる。でもこんなにステキな花が咲く。(右)

8月21日(火)
国道303は若狭街道と呼ばれ、1589年には交通・軍事の重要な場所として宿場町とされた。18世紀後半には、若狭で捕れた鯖を京都方面へ運ぶ街道となり、鯖街道と称されるようになった。たくさんの人馬が往来する街道として栄えていった。


整備された街道筋 風情ある葛まんじゅうの店


道の端には水のきれいな川が流れ、屋根の高さが揃って景観が素晴らしい。葛はこの地の特産品。


澄んだ水が流れる街道筋広い道幅


妻入、平入、土蔵等の多様な形式の建物が建ち並んでいるのが熊川の特徴である。しかし、この町屋は 屋根の高さが同じであるせいか街道としての美しさを感じる。

8月21日(火)
湖のほとりにある海津は、古代より重要な道筋になっていた。平安時代頃から湖上輸送が栄んになり、港町、宿場町としても栄え、江戸時代には幕府直轄地・天領とされた。


海津の街並み 造り酒屋


風情ある街並みは、訪れた旅人を落ち着かせる。


海津浜の石積み湖岸波除石垣


湖の岸辺と言えば、小石にうち寄せるさざ波を思う。そのすぐ後ろにはこの石積み・・・ちょっと不思議な光景である。このおかげで、水害がなくなったそうな!現在でも、当時の代官の法会を3月15日に営まれている。

8月20日(月)
奥琵琶湖の水は美しく、濃い藍色に見えた。岸辺には湖底の石が水面に浮かんで見える。竹生島の眼前、管浦の部落はある。後ろに山、前に琵琶湖、この部落に入るには車で大丈夫だが、通り抜けはできない。西からは通れるが東は車が走れる道の幅がない。道の行きづまりに管浦の村がある。
後ろの山に奥琵琶湖パークウェイが走っている。昔は陸の孤島。部落へ入るには四足門で人の出入りをチェックしたらしい。惣という村落共同体で自治の秩序が保たれていたという。淳仁天皇は道鏡に追われてここに漂着し、ここに住んだと伝えられている。何とも神秘につつまれた不思議な部落である。

四足門 四足門の説明


今も残っている四足門は村の西と東の二つ。


東の四足門湖より見た管浦の景色


四足門は茅葺き屋根・単車も三輪車もこれなら雨に濡れないな。人と村の歴史は今も息づいている。

湖に浮かぶ船 丸子船の模型全景


今の人々は、かつての村の生業の丸子船の運搬を偲び、街づくりの中心にすえて活気を求めている。 街灯にも丸子船をデザインし、丸子船を資料館にも展示し、奥琵琶湖のドライブは楽しい。道の駅ならぬ『水の駅』もおもしろい発想だ。



8月2日(木)
金物の街・三木市にも心和む街道がある。秀吉の頃かららしいが、傷ついた兵士が傷を治しに有馬の湯へ、そして徳川時代には西国からの湯治客が往来した街道であるとか。
この街道を湯ノ山街道と言い、今に当時の面影をあちこちに残している。

古い町並み 造り酒屋が軒を連ねた通り


三木市を訪ねて、すばらしい町並みのスケッチ集に出会えたことは一番の幸せだ!石田安夫氏画集である。ここに紹介させていただく。


重厚さを残す古い商家越屋根のある町屋


「ギャラリー湯ノ山」では、とても親切なる説明、多くの化石も見せていただき、ドライブ途中の思わぬ収穫となる。石田安夫氏の「スケッチで残す三木の町並み」は、ここで求めることが出来る。この画集には50点の町並みの絵が説明付で載せられている。また、この絵は「湯ノ山街道」として絵葉書でも市販されている。ここに紹介します。


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