澤子の旅日記:お気に入りの風景

歩こう会

 歩こう会でのスナップ写真を展示しています。

葉っぱの絵 トップページへ戻る 葉っぱの絵 作者のプロフィール




健老 歩こう会 2009年11月8日  

秋晴れのまっただ中、歩こう会行事に参加した。行き先は、天王山。参加人数18名。三つ○のコースで、歩行距離は、約13q 南海・阪急・・・大山崎駅よりスタート。本日の装備は、山靴・ステッキ・帽子・弁当・・・着替えも入れて、いざいざ・・ 日曜日なので人出も多く、特に秋の行楽、モミジの季節とあって電車は、ほぼ満員。七・五・三も相まって子供連れも多い。 大学一回生の時、地質学講義で、天王山トンネルの現地実習で2単位をもらった事を思い出す。あれは50年前。長生きしたなあ・・・今では、東京オリンピック以来の名神天王山トンネル・新幹線と道路・線路の通過点。


陶版の説明・天野氏 宝積寺の塔・豊臣秀吉一夜の塔

(left)豊臣秀吉の戦いについて天野氏の説明を聞く。堺屋太一氏の説明と絵による陶版で楽しく解説されている。

(right)大山崎駅より少し歩くと宝寺に着く。正式名は宝積寺
 

殉国17士の墓 17士の墓

(left) 殉国17士の墓 
(right)17士の墓


校倉づくり・高床式 長岡天満宮


(left) 校倉づくりと言える。中に御神輿を保存した。使ってある木材は1000年以上のもの。法隆寺よりも古いとか。
(right)長岡天満宮。753のお参りでにぎわっている。

登りは、苦手。不思議なくらいしんどい。ゆっくりと休み休みで、やっとついてゆける。登りの私は、いつも情けないものだ。平たん地や下りは、そんなにしんどくないのに。今日の歩こう会の距離は約13qらしいが、もっと多く感じられた。靴は運動靴の方が良かったかも。



健老 歩こう会 2009年10月11日  

It's getting cool day by day. I took part in walking club of Kenro's University. In the morning 8:01, I got on the Nankai train at Nankai Tarui station. I departed early more than usualy. It was fine today's morning. In my town Sennan-City had Festival of autumn. I met some portable shrine on my way to Tarui-station. I walked from my house 17,611km at all days.

Nakayama-Shrine Roku-zizou

(left)We arrived Nakayama-Shrine station. Today was celebration day of a child's 7-5-3.
I saw some families at Nakayama-Shrine.
(right)There were 6-zizou on the way. It's face was difficult each other.
  They moved us to gentle mind.


Takarazuka-City The road of Japanese pampas grass

(left)Some times We could good viewing from between the trees.
(right)The road to Kiyoshi-Kouzin was Japanese pampas grasses.


Kiyoshi-Kouzin Shrine Kiyoshi-Kouzin Shrine


(left)Kiyoshi-Kouzin was splendid Shrine. In the precincts of shrine had many shrine-buildings.
(right)Many people went to worship at this shrine. This shrine was the god of kitchen-range.

Total my walking distance was 17611km. Especially, as I climbed mountain so I was tired. But I felt very fine.



健老 歩こう会 2009年7月19日  

年々、地球の温度が上がって、夏は気温が高い日が多いように思う。今日は湿度も高く、いやな暑さになりそう・・・雨が午後から降りそうな日。歩こう会に参加。午前9:46 鳥取の荘駅集合。予定の距離は4kmである。この駅に集合したのは、32期の人1名と私の2名。雨が2〜3滴落ちてきたように感じたが、みんなで24名が元気に出発できた。西鳥取公民館でトイレをおかりして、準備運動の後、法福寺を目指す。



法福寺・お菊寺 善六の碑

(写真左)地元では、お菊寺と言われている。大阪夏の陣で豊臣方の密書を持っていて徳川方に捕らえられ、処刑されたという言い伝えのあるお菊ゆかりの寺。

(写真右)西鳥取漁港の高台に、豊臣秀吉の小田原攻めの時に功をなした漁師善六の碑が建っている。
 



新町共同墓地 西本願寺尾崎別院

(左)この墓地は、近畿地方に見られる両墓制の埋め墓とされている。遺体を埋葬する場所と墓石を建てて詣でる場所が違う制度である。新町では、称念寺などの寺院に詣でる墓がある。


(右)善徳寺という草堂であったのを、領主桑山氏の家臣石田氏により堂宇が建立され、本願寺に寄進されたのが始まり。現在の本堂は、1705年の建立。1872年には、当時の堺県第31番小学の支校がおかれていた。



孝子越街道 浪花酒造・成子家住宅


(左)孝子越街道は、通称浜街道という。現在の泉佐野市鶴原付近で紀州街道から分かれ、海岸沿いに佐野の町場から田尻町、泉南市、阪南市尾崎、鳥取、箱作、岬町淡輪を通り、孝子峠を越えて紀州に通じていた街道である。


(右)成子家は、江戸時代の終わりから代々酒造業を営み、尾崎村の3軒の造り酒屋の1軒である。1916年に建てられた主屋・離れ座敷・表門・酒蔵等10棟が、2000年に登録有形文化財に登録された。市内唯一の造り酒屋である。


今回は、我が隣町を訪ねての歩こう会であったので、興味深く参加できた。善性寺は、叔父や叔母の法事でお世話になったのでとても懐かしく思い出した。波有手には、親戚もあるが、”ぼうぜ”の漢字は、初めて知ることとなった。




健老 歩こう会 2009年7月19日  

年々、地球の温度が上がって、夏は気温が高い日が多いように思う。今日は湿度も高く、いやな暑さになりそう・・・雨が午後から降りそうな日。歩こう会に参加。午前9:46 鳥取の荘駅集合。予定の距離は4kmである。この駅に集合したのは、32期の人1名と私の2名。雨が2〜3滴落ちてきたように感じたが、みんなで24名が元気に出発できた。西鳥取公民館でトイレをおかりして、準備運動の後、法福寺を目指す。



法福寺・お菊寺 善六の碑

(写真左)地元では、お菊寺と言われている。大阪夏の陣で豊臣方の密書を持っていて徳川方に捕らえられ、処刑されたという言い伝えのあるお菊ゆかりの寺。

(写真右)西鳥取漁港の高台に、豊臣秀吉の小田原攻めの時に功をなした漁師善六の碑が建っている。
 



新町共同墓地 西本願寺尾崎別院

(左)この墓地は、近畿地方に見られる両墓制の埋め墓とされている。遺体を埋葬する場所と墓石を建てて詣でる場所が違う制度である。新町では、称念寺などの寺院に詣でる墓がある。


(右)善徳寺という草堂であったのを、領主桑山氏の家臣石田氏により堂宇が建立され、本願寺に寄進されたのが始まり。現在の本堂は、1705年の建立。1872年には、当時の堺県第31番小学の支校がおかれていた。



孝子越街道 浪花酒造・成子家住宅


(左)孝子越街道は、通称浜街道という。現在の泉佐野市鶴原付近で紀州街道から分かれ、海岸沿いに佐野の町場から田尻町、泉南市、阪南市尾崎、鳥取、箱作、岬町淡輪を通り、孝子峠を越えて紀州に通じていた街道である。


(右)成子家は、江戸時代の終わりから代々酒造業を営み、尾崎村の3軒の造り酒屋の1軒である。1916年に建てられた主屋・離れ座敷・表門・酒蔵等10棟が、2000年に登録有形文化財に登録された。市内唯一の造り酒屋である。


今回は、我が隣町を訪ねての歩こう会であったので、興味深く参加できた。善性寺は、叔父や叔母の法事でお世話になったのでとても懐かしく思い出した。波有手には、親戚もあるが、”ぼうぜ”の漢字は、初めて知ることとなった。




健老 歩こう会 2009年6月28日  

6月28日の歩こう会に参加した。ここ数日は、まだ6月だというのに、もう真夏日のような日々が続いている。昼間の気温は30度を上回る日が多い。地球温暖化が進んでいるとは言うものの、昔を思い出してみると、やはり温暖化が進んでいるのか・・・と思えるような日々が続く。良い天気であることは、とてもありがたい。いつものように岸和田発9時01分の急行にて、参加者の皆さんと共に出発進行。今回の参加者総数は37名。親しい友達の顔を見て”まずは一安心”



京たなべ駅裏の空き地にて体操 出発

(写真左)いつものように京田辺駅を出て、線路脇の空き地にてまずは、準備運動。リーダーのかけ声と説明に、思う存分に、かたい体の筋をのばす。歩きはじめたのは、11時08分。

(写真右)皆さんの足取りも軽く、リーダーを先頭に38名が動き出す。雨さえ降らなければ良い・・・自分の体と足を鍛えると共に、私にとっては、初めての土地を、景色を、楽しもう・・と充実のひととき。
 



棚倉孫神社(たなくらひこじんじゃ) ずいき御輿

(左)最初に到着・棚倉彦神社。まずは、お参り・・お賽銭をあげ、願い事を・・・日々の安全と平和にたいするお礼。ここは、地域の何気ないお宮さんだろう・・拝観料など不必要。ごさいじんは、天香古山命。神武天皇や推古天皇の名前がでるような神話の世界にできた古い古い神社のようである。

(右)”ずいき御輿”は、ちょっと変わってる。屋根に芋茎の茎を乗せてある。小豆や大豆などもつかって出来た御神輿さん。五穀豊穣を祈るお祭りに、野菜や穀物を祭るのは、ふつうだが、それらを使って御輿を作るのは、変わってる・・と(ずいき・とうがらし・きんかん・千日紅・白米・豆類等を使って作る御輿をずいき御輿という。)。珍しいものを見た。例祭は10月15日。



酬恩庵・一休寺・寺門 諸悪莫作・衆善奉行


(左)一休寺は・拝観料450円にて拝観。静かな落ち着いた寺であった。特に枯山水の三方のお庭は、素晴らしいものと思う。納豆や生麩を作っている。一休さんの頃から作っていると言う。テレビアニメを思い出す。この橋渡るべからず。・・の橋も境内に造ってあった。アニメの話は真実の話なのか・・・わからなくなる。
(右)一休さんの直筆の文字であるという。(諸悪莫作・衆善奉行)・・意味は、数々の悪行をすることなく、多くの善行をすれば、自然に心が清く美しくなるというお釈迦様の教え。一休和尚は、書に堪能な人であった。寺のいろんな所に直筆の文字が残されている。



昼食は、能楽発祥の碑・薪神社隣の敷地内にて。甘南備神社・酒屋神社・大御堂観音寺を経て、同志社駅に午後3:38分に到着。帰りの道は、国道22号線(?)を暑い時間帯にただ黙々と歩く。ここで体力を消耗。もう少し坂がきつかったら、ばてていただろう。我がスタミナの無さ・・・よ。このコースは、新コースだとか。総歩行距離は、8km。気温の高い、しかも蒸し暑さも加わってか、きつい歩こう会であった。阪和線に乗ったときには、とてもさわやかな充実した気持ちを感じることが出来た。




健老 歩こう会 2009年6月14日  

5月24日の歩こう会が新型インフルエンザのため、<神戸再度山>が中止となった。今日は、歩こう会久しぶり の例会。生駒・宝山寺から石切までの8qが目標である。登りよりも下りが多いとの事で、<大丈夫だろう>と参加した。今回の参加者は総勢39名。



猫のケーブルカー 犬のケーブルカー

(左写真)宝山寺駅には、ケーブルカーが2車待っていた。生駒山上までの切符を購入。350円也。途中下車可能だとか。猫の顔になったケーブルカーは、なかなか楽しい。和歌山貴志川線のイチゴ電車を思い出した。

(右写真)犬の顔のケーブルカーの名前は、<ブル>と名づけられていた。子どもたちが喜びそうなケーブルカー。
 



準備体操 さあ!出発!!

(左)石段横のスペースで、まずは体ほぐし。日曜日なので参拝者も多い。結構高齢者の方が多い。

(右)"聖天さん”へ いざ・出発。オレンジ色の帽子がいつも私たちの目印。



聖天さん 長生きのお祈り?


(左)なかなか広い敷地である。
(右)線香の煙を、体や頭にかぶり息災を祈り、手を合わせてお願いごとを唱える。 

帰りのコースは石切さんをめざして山道を黙々とあるいた。途中、あじさいの花に心をいやされ、興法寺で休憩をとったり、だらだらとした道中だったけど、木漏れ日のおかげで、涼しさを頂きながら、楽しい談笑の中、石切駅に到着でした。虹の町での冷たい飲物は、とてもありがたかった。明日はきっと筋肉痛が出るだろう??




健老 歩こう会 2009年5月10〜11日  

健老・あるこう会、今回は、一泊例会・奈良方面、簡保の宿。歩行距離は、約9km。


奈良市役所・セント君 転害門

(左写真)奈良県議会前で、軽く体をほぐしていざ出発。すぐに奈良市役所に。話題になったセント君が玄関前に鎮 座。  
(右写真)転害門・国宝・奈良時代。京街道に面しているこの門は佐保路門とも呼ばれたそうである。
 


般若寺の十三重石塔 奈良少年刑務所

(左)般若寺はコスモスやヤマブキの花の美しい寺でもある。この石塔は日本最大級のもの。優美な楼門は鎌倉期の   再建で国宝である。奥に見える石塔の高さは約14m。
(右)奈良少年刑務所はレンガづくりの素晴らしい建物である。ひっそりと静まりかえっていた。



不退寺 秋篠寺


(左)別名、業平寺とも言われている不退寺は、仁明天皇御勅願により、在原業平建立の寺である。当時は南都15 大寺に数えられた古刹であった。南大門(鎌倉時代)より本堂(室町初期)を望む。業平自作の聖観音菩薩(平安 初期)が祭られている。残念ながら今回はお参りせずに素通り。
(右)奈良簡保の宿で一夜を過ごし、次の日、仲間と秋篠寺を訪ねた。ここを訪ねたのは、3度目である。 秋篠寺  (奈良時代最後の官寺)の本堂の屋根の傾斜はとても美しい(鎌倉時代に大修理)。堂内に安置されている”伎   芸天立像”は、頭部(天平時代)で、体は(鎌倉時代)の作。本堂へ行くまでの苔庭が素晴らしかった。 



健老 歩こう会 2009年4月26日  

健老・あるこう会、今回で6回目の参加となる。今回は、女性リーダーの企画によるものである。天気は歩くのには最高。男性・女性ともに参加が多かった。JR紀三井寺に集合。若い女性の集まりかと間違えるほど・・・元気、はつらつの先輩達から、反対に元気をもらうことになった。全行程で、約9km程だった。紀三井寺から和歌浦の片男波公園までの道程である。80歳をとうに過ぎた先輩の足取りは、素晴らしく、背筋もまっすぐで、しわも少なくてステキな先輩だ。彼女からは、元気と希望を頂いた。

紀三井寺・ビッグ観音様 表口の石段(231段)

(左写真)桜の季節を終えた紀三井寺に参詣の人は、まばらだった。西国33カ所、第2番札所。今から1250年前に開かれた寺。ご本尊は十一面観音様である。本堂は1759年建立(江戸時代)・楼門は1509年建立(室町時代)鐘楼は1588年建立(安土桃山時代)まさに重要文化財の宝庫であった。

(右写真)231段の石段が、まずは詣る人の難所となる。・・・が、今回、私たちは階段無しの入り口から入り、階段を下っての帰り道とした。
 

和歌浦・干潟 妹背山かな?

(左)ちょうど潮干狩りの季節である。地元の子どもたち数人が貝掘りを楽しんでいた。

(右)この小さな山が妹背山なのかな?・若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺を指して鶴鳴き渡る(山部赤人)


遠く下津遠望 整備された和歌浦


(左)現在、はるか遠くに海南市下津の石油基地を眺めることが出来る。万葉の頃には、ただ、ただ美しい海を眺めることができたのかな?・若の浦に白波立ちて沖つ風 寒きゆうべ(暮)は倭し思ほゆ。

(右)片男波公園は、地質学的には、砂嘴(さし)で、美保の松原も同じである。。京都府"天の橋立”は砂州(さす)である。砂嘴(さし)が発達して砂州となる。


健老 歩こう会 2009年4月5日  

健老・あるこう会、今回で5回目の参加となる。会のメンバーの参加は多く、40名以上の参加があったのではないかと思う。今年は暖かい日が多く、桜の開花が4〜5日早かった。今日は満開である。最高の花見日よりだ。いえ、歩き日よりだ。

夙川公園 両河岸の桜

(左写真)天気良好・満開の桜・しかも日曜日とあって、夙川の両岸は花見客でにぎわっていた。

(右写真)両岸のスペースが広くてたくさんの人が、ゴザをしいての花見宴会。日本の風物詩の一つ。
 

川面に映る桜 ひと休み

(左)夙川の水はそう多くないが、川面に映った桜もまた素晴らしい。私たちは、黙々と海岸を目指して歩く。 (右)宴会中の人たちを横に眺めながら、黄色の旗の下、立ったままでの小休止。


西宮砲台 西宮神社


(左)海岸には、江戸時代の終わり頃(1863年)大阪湾の安全のため、江戸幕府により、この砲台が作られた。実際には使われること無く、明治時代を迎えることとなった。

(右)’えべっさん’で知られた西宮神社。年男選びはTVニュースでも有名。りっぱな神社である。


健老 歩こう会 2009年3月29日        

健老・あるこう会、今回で4回目の参加となる。3月前回は中之島から九条へ約11kmに参加。道がアスハルトだったせいか、足の裏が特に疲れた。今回の飯盛山・野崎観音は、雨で1週間の延期で実施。距離は10km。

四条畷神社 忠孝両全

(左写真)飯盛山登山への今回のルートは四条畷神社からの入山となる。飯盛山の高さは314m。四条畷神社は、 楠正行を主祭神。裏の飯盛山にて、弟正時と刺しちがえて戦死。(1348年)

(右写真)楠正成・正行 親子の像。親・子両方ともに完全であることの教えか?この日は神社の祭りの日で、多く の参拝者でにぎわっていた。
 

登山道入り口 眼下の大阪平野

(左)いよいよ飯盛山への登山の始まり。勾配は相当きつい山。始めからばて気味。 (右)314mの高さとはいえ、なかなかの見晴らしである。東大阪を眞下に大阪平野が一望出来る。素晴らしい眺めである。登って良かった。本日は10名の参加。頂上に学校の黒田氏が待っていた。彼はバイクでの登山。
 

野崎観音 しゃくなげ


(左)麓には、りっぱな観音堂がまつってあった。歌(野崎参り)でもよく知られている野崎観音である。なかなか りっぱな観音様だった。
(右)観音様境内に、満開のシャクナゲの花を見つけた。ツツジ科の花。淡紅色の花の色が素晴らしい! 屋形船で 参ろう・・と歌われた野崎観音の駅はすぐ近くだった。


健老 歩こう会 2009年2月22日        

今年は、健康のため”歩こう会”に入部させてもらった。このクラブは、毎月2回の会の行事をおこなっている。我大学では伝統あるクラブであると聞いている。
2月に仮入部させていただき、4月から部費を払う形で2月、3月4回参加した。2月は、8日、水間街道を水間線清児駅から水間観音まで4km(半日コース)。このコースの記録は割愛。 22日に藤井寺・道明寺天満宮まで6kmコースに参加 。


道標 辛国神社

(左写真)道標には、この葛井寺が記されていた。葛井寺は藤井寺という地名の起源となった寺であると聞く。平安後期以降は西国33カ所の第5番札所として人々に信仰されている。ご本尊は千手観音(国宝)で、その手の数はわが国の仏像では最多数を誇っている。(大手42本、小手1001本)

(右写真)辛国神社 藤井寺への途中に立ち寄ったが、広い境内は、美しく清掃され、<大阪みどりの百選>になっている。相当古い神社である。大陸の神を祀ってあるらしい。室町時代には、河内の国の守護畠山基国の帰依をうけた。
 


藤井寺 お百度参り

(左)(右) 藤井寺境内には、梅の木や梅の盆栽の市が立ち、賑わっていた。
 


古墳 地蔵

(左)コース途中に立派な古墳があった。この地域は、古市古墳群と言われ、そのほとんどが、前方後円墳の形であるらしい。これは、仲哀天皇陵か?勉強不足で不確かである。  




葉っぱの絵 過去の旅日記 98/08〜01/07
葉っぱの絵 トップページへ戻る 葉っぱの絵 作者のプロフィール