ドアノブに手を掛けようとしたら一人でに扉が開き、白い顔の八戒が立っていた。
 「延泊?」
 「えぇ、三蔵昨日から良く寝てたでしょう?具合が悪かったみたいで」
 「八戒もひどい声だよ。顔色も悪いし、風邪?もしかして三蔵にうつされたのかもな。判ったから早く寝てたほういいよ」
 「そうさせてもらいます。あ、これ買い物リストの追加です。後で悟浄と買ってきてもらえますか?」
 八戒が悟空にメモとカードを渡すと悟空は力強く頷いた。
 「うん判った。買っとくから早く寝ろよ八戒。後で飯持ってくから」
 「いえ、食欲はないので後でいいです。じゃ悟空、お願いしますね」
 「おう、悟浄にも言っとく」
 部屋へと戻っていく悟空を見送ると八戒は鍵を掛け、扉を閉めてそのままずるずると座り込んだ。正直立っているのも辛いくらい身体は重く、軋むようにあちこち痛む。昨夜さんざんした挙句、酔いつぶれた上やり疲れの三蔵と這うようにして、何とか宿へと戻ってきたのは明け方である。二日酔いの三蔵をベッドへ放り込み、今にも倒れそうな身体を気力で動かし、シャワーを浴びて酒と汚れを洗い流した。そうしていつも以上の時間をかけて服を身に着け、悟空が部屋へと入る前に扉を開けたのだ。
 「本当にひどい声ですね」
 嗄れた自分の声に溜息を吐く。声を出すのも億劫である。悟空への言い訳に成功した八戒は、扉に手を付き力を振絞って立ち上がりよろよろとベッドへ向かう。しかし自分が使うベッドへ辿り着く前に、横から伸びてきた腕に捕われてしまう。有無を言わせず引き倒されて、そのまま抱き込まれてしまった。
 「寝てなかったんですか」
 「……寝てる。だからお前も寝ろ」
 まるで寝言のように呟かれて八戒は大きな溜息を吐く。自業自得な二日酔いの張本人は、自分と同じく声を出すのも辛そうなくせに、抱き締める腕の力は緩めない。体中に酒を浴びせられた自分と違い、三蔵からはあまり酒の残り香はしなかった。その代わり染みついた煙草の匂いと温もりに包まれて八戒は目を閉じる。今更自分のベッドへと戻る気力も体力もない。何とは言えない三蔵の匂いを嗅いで、八戒は昨夜のことを思い出して一人で頬を赤くした。酔っていたとはいえ、残念ながら記憶は欠落してくれなかったのだ。これすらも仕組まれた気がしてふつふつと悔しさが湧き上がってくる。すると髪をするりと撫でられた。指を絡ませ優しい仕草で何度も梳いてくる。
 (貴方って本当に……)
 朝に弱い低血圧の上二日酔いなのだ。恐らく意識は半分以上ないだろう。結局、無意識の行為に怒る気力も削がれてしまった八戒は、寝惚けている三蔵の胸に自分から額を押し付けた。規則正しい鼓動を子守唄代わりに八戒も眠りの淵に落ちていく。


 やがて起きた2人がお見舞いに、と梅を一枝もらい何とも言えない表情になるのだが、今は穏やかな寝息を立てている。
 窓の外には鶯が春を謳う美声を響かせていた。



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2007/02/20