神奈川県の玩具
01. 開港人形(横浜市)
02.
西瓜天神(横浜市)
03. 寄せ木細工(箱根町)
04. 組み木細工(箱根町)
05. 挽き物細工(箱根町・小田原市)
06. 照り降り人形(小田原市)


07. 鶴岡八幡宮の授与品(鎌倉市)
08. 寺社ゆかりの授与品(鎌倉市)
09. 江の島みやげ(藤沢市)
10. 大山みやげ(伊勢原市・小田原市)
11. 虻凧(伊勢原市)
12. 相州だるま(平塚市)
13. 蝉凧(伊勢原市)

01.開港人形(横浜市)



異国情緒豊かな横浜ならではの郷土玩具が開港(外人)人形である。もとは大正年間に創始された蒔田人形で、輸出もされて隆盛を極めた時には50人ほどの職人がいたという。昭和に入り、開港当時の異国人風俗を表した開港人形が作られるようになり、その後何度か種類の変更があって今に至っている。そのたびに作者も変わったようである。右端のシルクハットの紳士の高さ11cm(H21.2.7)

02.西瓜天神(横浜市)



磯子にある岡村天満宮で授与されている。天神の袖が切った西瓜のように見えることからこの名がある。この人形にも何度か作者と型の変遷があった。下の病に効果があるという。高さ10cm(H21.2.7)

03.寄せ木細工(箱根町)



正月恒例の大学対抗箱根駅伝では、コースがくまなくテレビに映し出される。おかげで、小田原から箱根を経て芦ノ湖にいたる風景には大分馴染んできた。なかでも箱根湯本、宮ノ下、強羅辺りには多くの土産物店が軒を並べている。箱根みやげといえば箱根細工。その代表は寄せ木(指し物)細工で、60種類もの地色の異なる木肌を巧みに組み合わせ、ニカワで木箱に貼り付けて作る。明治期には木象嵌(ぞうがん)という一種の木絵画も創案された。元来は箱根の畑宿で作られていたが、部落の大火をきっかけに職人が移住し、技術も小田原をはじめ周辺に広く伝えられるようになった。写真は組み木細工の仕掛けを取り入れた秘密箱(魔法箱)で、木を何回かスライドさせないと開かない。ちなみに下の箱は7回で開くが、本格的な工芸品のなかには70回以上の操作が必要なものもある。上の箱は貯金箱になっていて、鍵を見つけるのが一苦労である(高さ9cm)。(H21.3.8)

04.組み木細工(箱根町)



今では箱根細工も広義の意味に解され、組み木細工、挽き物(木地物)細工などを含めた呼び名となっている。組み木細工とは、キーとなる箇所を最初にスライドすることで建物や動物をバラバラにし、これを再び組み立てて遊ぶ玩具である。水車小屋のほうは貯金箱になっている(高さ11.5cm)。(H21.3.8)

05.挽き物細工(箱根町・小田原市)



豆のような茶道具や硯箱などが丁寧に作られている。江戸小物の名で東京方面に卸されることもあるようだ。ほかに木地玩具として入れ子人形、輪投げ、ポンポン鉄砲、おしゃぶり、新型こけしなどがある。盆の直径7cm(H21.3.8)

06.照り降り人形(小田原市)



一日中晴れの日は女の人形が、雨の日には笠をかぶった男の人形が出てくる楽しいからくり。湿度の違いを利用した“科学的玩具”と謳っている。もともと京都で創始されたものなので、以前は女の人形が大原女の姿をしていた。高さ15cm(H21.3.8)

07.鶴岡八幡宮の授与品(鎌倉市)



信仰にかかわる品々を“郷土玩具”と呼ぶにはいつも抵抗を感じるが、寺社詣での土産物ということで許してもらえるだろう。鶴岡八幡宮は源氏以来、武家の守護神として足利、後北条、徳川と各家の保護を受け、今も鎌倉随一の威容を誇っている。絵馬は華麗な鎧兜に身を包んだ武者が乗るに相応しい飾り馬である。また、荒削りな一刀彫は東国武士を思わせる素朴さだ。静御前が源頼朝の前で「しずやしず・・・」と一差し舞ったのも鶴岡八幡宮である。この静人形は京都の産か。境内に群れている鳩に因んで授与されるのが鳩笛(左)と鳩土鈴(右)。土鈴の底には“能古見”と刻されているので、こちらは佐賀県産である(高さ4.5cm)。(H21.3.28

08.寺社ゆかりの授与品(鎌倉市)



左より、鎌倉宮から授かる板獅子。神社では獅子頭と呼んでいる。振るとカチカチと音がして、その音が悪魔を払うとされる。同工異曲のものは鶴岡市山形県18や出雲大社(島根県)にもあり、また魔除けではないが、“うづまの鯰”栃木県08なども同じ趣向である。となりの二股大根の板絵馬は鎌倉大聖天(宝戒寺)から授与されるが、板獅子と同じ作者の手になるもの。本覚寺では元旦から「初夷(えびす)」が行われる。境内では福娘によりお神酒が振舞われるほか、かわいらしいお守りが人気を集めて大賑わいとなる。“にぎり福” や“ひねり恵比寿”には愛・健・財・学・福の一文字と恵比寿の顔が手書きされていて、同じものは二つとない。手前は円覚寺仏日庵の素焼き土鈴の一つ。釣鐘型をし、鳴子式になっているのが珍しい(高さ7cm)。(H21.4.5

09.江の島みやげ(藤沢市)



神奈川県は名所旧跡、名社古刹、名山、名湯の多いところで、とりわけ箱根、江の島、大山(おおやま)などは江戸期からすでに観光スポットとして庶民にも親しまれていた。片瀬江の島駅を降りてまっすぐに進み、弁天橋を渡ると焼きハマグリやサザエを売る店がある。江の島は島全域が江の島神社の社域で、入り口に大鳥居があり、両脇にびっしりと土産物屋や食堂が並ぶ。祭られているのは弁天様。神社からは弁財天土鈴も授与されている。貝細工は江の島でよく見かけるもの。明治期までは貝屏風など工芸品と呼べるものもあった。写真は今もある子供向けの貝細工。親子亀は拝殿天井にある“八方にらみの亀”に因み、周囲を眺めまわす首振りになっている(高さ8cm)。(H21.9.23)

10.大山みやげ(伊勢原市・小田原市)



竹蛇は大山寺(伊勢原市)の参道で売られるもので、細かく輪切りにした竹を針金で組み合わせて作られている。尾を持って水平にすると本物そっくりに体をくねらせて動く。なお、大山の木地(挽物)玩具も有名であったが、現在見られるものは独楽や臼杵などを除き他からの移入品で、小田原産が多いようだ。中央はその小田原のポンポン鉄砲(ポンパチ)とミニチュア茶器(りんごに収納)である。「木地屋がロクロで挽いたものではなく、機械で大量に作ったものなので、小田原には木のおもちゃはあるが木地玩具はない」という見方もあろうが、私はこれも木地玩具と呼びたい。手前はやはり小田原産の鶯笛。クチバシを動かしながら鳴くよう細工がしてあり、高級教育玩具“自動鶯笛”と銘打ってあるのがおもしろい(高さ5cm)。(H21.9.23)

11.虻凧(伊勢原市)



虻(あぶ)凧も江戸時代から大山詣りのみやげ品であったという。この地方では端午の節句に凧揚げをする風習があり、色彩も単純な、子供の遊び道具として今も生きているものである。とんび凧から派生した奴凧東京都31の仲間で、風が弱くても揚がる風袋付き(高さ25cm)。わが国で昆虫を題材にした凧には、ほかに蝉凧、蝶凧、蜂凧などがある。(H21.9.23)

12.相州だるま(平塚市)



頭部や顔の外周、胴にふんだんに金模様を入れた派手なだるま。生産地の旧町名から四之宮だるまとも呼ばれる。髭は上が鶴で下が亀を意味しており、金目だるま(奥、高さ20cm)では眉と髭を植え込み、金目は接着して険しい顔つきを表す。だるまは白い顔に目鼻を描くと、まるで死化粧でも施す感じがするので、まず目の周りに朱をさしてから筆を入れるのだという。時は総選挙の真っ最中、一家は大型達磨の製作に大忙しであったが、夜に訪いを告げた私に厭な顔もせず、希望のおかめだるまにわざわざ絵付けをしてくれたうえ、ご親切にも自家用車で駅まで送ってくれた。感謝。(H21.9.23)

13. 蝉凧(伊勢原市)



伊勢原市にある大宝寺の和尚が創案した蝉(せみ)凧。紹介文には「明治期、まだ檀家もわずかで収入の少なかった寺の副業に、裏の竹藪の竹を利用することを思い付き、境内でうるさいほど鳴いていた蝉をモデルに凧を創作した」とある。この蝉凧も戦後は次第に衰微し、今では専門に制作する者はいないが、寺では“蝉凧を作る会”を定期的に開催して技術の伝承に努めているという。その寺務所には蝉凧が壁や天井いっぱいに飾ってある。蝉凧は四国や九州にも広く分布しているが、多くは樹にとまっている姿で、飛び立った蝉を凧にしたのは伊勢原だけかもしれない。ここにはもう一つ、虻凧があることはすでに述べた。高さ35p。(H25.3.22

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