表紙70 百日咳と鶏



最近、百日咳が流行しています。百日咳は、文字通り百日も続くような頑固な咳と、吸気時の笛のような音が特徴の細菌感染症です。幸い、現代ではワクチンによる予防が可能となり、また診断の手だてや治療薬もあるので、多くの場合は大事に至りません。しかし、ワクチンも薬もない時代は百日咳で命を落とす人々も多く、大変恐れられた病でした。とりわけ子供が咳で苦しむ様子は痛々しい限りです。そのような時、信仰や民間療法が頼みの綱となったのは当然でしょう。

神仏に病気平癒を祈願するときは何らかのお供えをするものですが、百日咳には鶏を描いた絵馬を納めました。そのため、特に北関東から南東北にかけては鶏神社、鶏渡神社、鶏足神社などと呼ばれる小祠が多く在ります。もっとも、これらの社は本来鶏とは無関係で、荷渡神社や仁和多利神社などミワタリ(水渡り)系の水神が、語音が似ていることで鶏に附会したものとされています。また、百日咳を「トリゼキ」、「トリカゼ」、「トリシワブキ」、「トリシャビキ」という地方もあります(シワブキは咳のこと)。では、どうして鶏が百日咳信仰を集めるようになったのでしょうか。これにも「百日咳に罹ると鶏がケッケと鳴くような苦しい咳をするから」、「鶏が頸を伸ばして啼く様子が、咳に苦しむ子供の姿を連想させるから」、「時を作る鶏の強靭な咽喉にあやかりたいから」、「鶏は夜に鳴かないので、夜泣きや夜間の咳が止んで安らかに眠れるから」等々、直截(せつ)な謂れがあったようです。

写真は福島市大波の水雲神社に納められている鶏の小絵馬(20255月撮影)。成書によれば、ここは土地では鶏権現と呼ばれ、百日咳に霊験ある神様として崇敬を集めていたといいます。現在でも懸けられている絵馬は全て鶏ですが、裏面に記された祈願文は「家内安全、学業成就、商売繁盛」など一般的なものばかりでした。しかし、鶏の絵はすべて手描きのようで誠に興味深く、絵馬の出所を知りたくて社務所を探しましたが見当たりません。やむなく隣の民家で尋ねてみたのですが、この社が鶏権現であり百日咳の守り神であることすら知らない様子でした。百日咳の猛威が過去のものとなった今、あるいは喜ぶべきことなのかもしれません。(R7.5.28


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R7.3.1:表紙写真を#69. 花咲爺に 変更しました。
R7.5.28:表紙写真を#70. 百日咳と鶏に変更しました。

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