現代日本社会事業史研究 吉田久一著作集3 川島書店 1990
社会福祉事業法の成立
昭和26年3月法律第45号をもって公布された社会福祉事業法は、占領軍当局もまた日本厚生行政当局にとっても、占領期の経験の総括のような形で成立したと、当時の木村忠二郎はいう。そして、本法は先行法である社会事業法から多くの点を引き継いだことも木村は否定しない。
社会事業法は21年10月の民間団体に対する公基金援助のストップなどで死文化した。国家責任や民間機関の国家責任代替の限定、さらに公私分離は占領社会事業の基本政策であった。例えばGHQは21年10月30日「政府の私設社会事業団体に対する補助に関する件」で、国庫資金及び府県または市町村は私設社会事業団体の創設・再興に交付してはならないという通牒を都道府県に発することを厚生大臣に迫った。特に憲法89条により、戦後民間社会事業は徹底的に打撃をうけた。
社会福祉事業法成立の直接の契機になったのは、24年11月29日のPHWの「1950年から51年までの福祉の主要目標に関する厚生省職員との会議」である。この会議で六項目提案が中心議題となった。
従来六原則としてPHWから突きつけられたと考えられがちであったが、実情は異なり、合同会議に置ける合意の結果と見るべきであろう。この提案はPHWがわでも決定的態度で迅速な実現を要望した。
六項目提案は周知のように、厚生行政地区制度、市厚生行政の再組織、厚生省により行われる助言的措置及び実施事務、公私社会事業の責任と分野の明確化、社会福祉協議会の設置、有給専任吏員の現任訓練の実施である。結論として、厚生省は定められた主要目標を整然と実現するための必要な作業を直ちに開始すること、作業スタッフなどの任命、六項目プログラムは厚生省とPHWの双方に最優先性が与えられ、その実現について来年中に努力されるものとすること、の三つである。PHWの占領期社会事業指導の態度には勝者としての権威をもって、また自由主義的に日本の自主的判断に任す場合と、逆にある種の使命感をもって、近代的社会事業を日本に実験的に移植を試みたことがあった。六項目提案などは日本側の自発性を尊重しながら、その実現には使命感をもって当たった例と思われる。

法の理念
社会福祉の種類を対象に対する影響を見て第一種および第二種に区別したこと。社会福祉事業の主旨を援護・育成または更生の処置においたこと。社会福祉主事制度の確立と査察及び現任訓練の制度を設けて職員の資質の向上を図ったこと。社会福祉法人の制度を設けて公共性を高めたこと。福祉事務所を置いて公的扶助行政の経済的合理化を図り福祉三法などの施行に関する現業行政機関としたこと。共同募金と社会福祉協議会の表裏一体関係を規定したこと。である。

問題点
理念的定義が困難なため、概括主義をとらず列挙主義をとったのは社会事業法と同じである。第2条の「定義」で第一種・第二種に区分し、第一種は国としても重大がある事業で、原則として経営主体は国・地方公共団体または社会福祉法人に限った。列挙主義によったので適用除外を設けたのもの社会事業法と同じである。除外したのは対象者のニーズや歴史的伝統、あるいは社会福祉理念や人権的価値からではなく、法の施行上の便宜であったから、更生緊急保護法のように歴史的に社会事業の範囲にあったものや、小規模の故にかえって福祉処遇に適当なものも外されている。社会福祉事業法の範囲の限定の困難さからであった。

社会福祉行政の集権化か分権化かという点である。社会保障制度審議会の民生安定所構想と、地方行政制度調査委員会議の行政事務の再配分勧告が妥協的な形で法ができていることである。自治庁や地方財政委員側には、市町村中心の地方自治は民主主義の根底であり、社会事業行政実施の責任を市町村に負わせることがなぜ不適当なのかという疑問があった。これに対する厚生省側の考え方は、

法は、公私分離の原則により、第5条で社会福祉事業経営上の責任明確化のため「事業経営の準則」を出している。GHQの当初からの方針であった無差別平等の原則は生活保護法の全面的改正で、公私分離の原則は社会福祉事業法によってその仕上げが行われた。法は、第5条1号で三法などはそれぞれの分野や国や公共の責任を明らかにし民間への転嫁を許さないこと、同2号で国・地方公共団体は民間社会事業の自主性を重んじ不当関与してはならないこと、同3号で民間社会事業は不当に国及び地方公共団体の財政的、管理的援助を仰いではならないこと、の3点を定めている。要は無差別平等の公的責任と、画一的・固定的サービスでない民間の事業経営の準則を定めたものであった。
ところで第5条2項で措置委託を認めたことに批判がある。木村忠二郎は経営は別として、措置委託は「サービスを買い入れるだけである」と割り切っている。岸野駿太は、法は経営委託は厳密にいえば第5条などに反するが、現実問題として委託先・委託料・委託契約の内容が適性で、責任転嫁のおそれがない場合、例外的に委託を認めているとしている。これに対し右田紀久恵は措置委託の場合は、一方的予算と利用者の生存権保障をしていない最も低い委託条件で責任転換をし、経営委託の場合は社会事業団などで実質的責任転嫁をしていると批判している。民間社会事業に被保護者の収容その他の措置を委託し、施設長は正当な事由が無い限りその措置を拒否できないとしておきながら、その独立性の名の下に財政的援助を受けることを慎ませるのは、実質的な責任転嫁ということになろう。
公私分離は確かに戦後社会事業近代化の道標の一つである
。しかし、現実問題として社会福祉事業法第56条などの社会事業経営へ公金支出をしているのは、憲法89条に抵触するのでないかという疑問がある。それを巡って違憲説・合憲説がある。前者の厳密な解釈に対し、後者は現実的・実効的解釈である。欧米社会事業近代化の核心であったこの原則が、両者が混交して発達してきた日本社会事業にどのような定着を見せるのは、まだ将来の課題であろう。

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