終章

 私が大学を卒業して、はじめて勤務したのが救護施設であった。それだけに、入所している精神障害者の人たちをどのように理解することができるのか。そして、その背景には自分の仕事としての役割とは何かということがあり、そのことを考え続けてきたことが本論文の基調となった。言い方が悪いが、毎日出勤して、施設内の行事や生活プログラムをこなし、そこで生活する利用者とコミュニケーションを取る。それぞれに個別の目標はあるものの「現状維持」という名の下で、仕事としてこなす。精神障害者の人たちも用意されたものの中でゆるやかに生活をする。情緒の安定や生活を守るという意味では否定はできないが、出口のない生ぬるい息苦しさを覚えてもいた。
 そんな毎日の中にも、ある利用者は、ひとり毎日外勤に出かけてくる。その人は、まわりの精神障害者とはちょっと違った雰囲気を持っていた。目の光りに静かな自信が宿っていた。収入にもならない鉄工業の補助作業なのだが、その人は「精神病院にいるよりもずっとマシだ」と話す。よくよく聞くと、職員の一人が、その利用者の「ために」知り合いの鉄工業の人に頼み込んで雇ってもらったという。もちろん、その職員がその利用者が能力的にも状態的にも継続できるであろうという予測はたてだろうが、なによりその利用者は自分自身のために頼んでくれたことが頑張ろうという気持ちになっていたし、認められているという信頼感が彼に自信をもたらしているといえる。
 本論文に則せば、QOLの一つの実現がなされただけであるし、チームワークとして取り組まれたものではないが、現実にこうした信頼感や自信を与えることのできる取り組みや関わりは施策としてできているだろうか。また、できていないとすればどのような方法や視点があるのかというのが本論文の出発点になった。
 また、日々の精神障害者との関わりの中で、日常のユニークな会話、そしてその根底にある孤独感や悲哀に触れ、人間として自分はどのように向き合うことができるのかを常に考えさせられた。そのことが、精神障害とは何か、生活保護の役割とは何か、それが目の前にいる利用者の人間理解には至らないとしても、私にとって学ばないといけないことであった。
 本論文では、精神障害者の置かれている状況や精神障害者の障害の特徴について一般論と批判を通して目配せした。特に精神障害者福祉施策の現状について統計を基に実態を明らかにすることが出来た。また、障害者にとって、リハビリテーションというある意味具体的に実施されている(私にとって勉強不足なこともあって、ノーマライゼーション理念はあまりに抽象的であった)分野から、精神障害者本人の自信を回復するには、どのような取り組みがなされる必要があるのかという観点から、「トータルリハビリテーション理念」を基に各制度間の連携の在り方について論じることが出来た。特に、生活保護制度の関わりについて、ともすれば施策上軽視されがちであるが、その重要性について第3章において実証し、第6章で理念上においても確認することが出来た。なにより、それだけに留まらず、精神保健福祉制度、医療との連関についての考察を通して、これまで救護施設の枠組みでしか考えてこなかったことが本研究を通じて、他の職種への目配せができたことは大きい。
 いずれにしろ、日本における精神障害者福祉施策は、本研究を通して、人間として精神障害者は、さまざまな社会的な障壁があることが明らかになる一方、その障壁を取り除くための理念と制度のあり方を明らかにすることができた。
 最後に引用長くなるが、Farkas(2002,P.25)は、今後の日本の精神障害者福祉施策の在り方を端的に述べている。「…包括的な精神保健福祉制度の中に置かれ、現状維持ではなく回復を、そして絶望ではなく希望を、病気を恥じるのではなく、達成・向上ということを誇りに持ち、過去や伝統や神話ではなく、独創性、イマジネーションを中心としているようなリハビリテーションプログラムがあれば、重度精神障害者の人々、そしてそれはすべての人々といってもいいと思いますが、社会の中における自分の位置、役割に満足し、その役割で成功するという成果を必ずや達成できるものと信じています」と。
 結局、精神障害者が障害を持っていたとしても生活者として活動するために支援するということである。それは、障害をまわりも自分も受容し、その人が希望がもてる社会をまわりも自分も構成することによる。その道のりは、精神障害者にとって他の障害に比べて険しい。しかし、絶望や悲観ではなく、希望であり楽観的な視点を持ちたい。

今後の課題として
 このように、本研究において、制度面の連携の在り方をトータル・リハビリテーション理念を軸に論じた。しかし、詳細に渡ってどの様に運用されているのか。そして実際上の運用ではどのようなのかなどには触れなかった。このことは、本研究において、統計の分析を主にしたため、実態調査や聞き取りなどからニーズを掘り起こさなかったことによる。今後はより広く調査などを通じて、具体的な提言が持ちうることができるように考察を深めていきたい。
 また、制度はいうまでもなく様々な要素により構築されている。例えば、当事者活動などの社会運動面、構築主義、エンパワメントなどの援助理論での精神障害者像が精神障害者福祉施策に強く影響していると考える。そして何より、本研究は目の前にいる精神障害者の利用者の人間を構成する、社会的なほんの一面にすぎない。そして、職員と利用者は無意識にしろ、全人間的な関わりが日常業務の中に立ち上がっている。そうした声を自分なりに応え、その人を通して、人間を理解していこうとする姿勢でありたいし、それらを今後の研究課題としたい。

引用文献
M.Farkas「世界的に見た精神障害リハビリテーションの現状」東雄司ら編『みんなで進める精神障害リハビリテーション』星和書店,13-31,2002


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