1999.3
福祉改革の中で福祉専門職を検証する

いわゆる現在の社会福祉の専門性とは何かということを考える。福祉のアイデンティティの確立がないと、他の職種との連携が図れないとか、競争原理の中では信頼に応えることが出来ないとかそういったことである。私は前々から、であれば業務独占にして賃金と役割の向上が必要であると思っているが、この号ではそういった論調ではないようだ。

総論

栃本一三郎「福祉改革の中での社会福祉職の在り方」
福祉改革の総論的な論述から、いままでは措置の下で特に専門性を有してはいない人でも勤めれたという論調である。当然帰着として、これからは専門性が必要になるということで終わるが、福祉従事者とひとくちにいっても、実は多彩な構成によってなされているという指摘はそれなりに有用である。というのも、福祉従事者は長期にわたって社会福祉の領域で仕事に従事するものだけではない。自治行政などの定期的な人事異動などによって社会福祉関係機関で働く者。事業団に勤務する者。窓口業務、直接、間接、管理業務。経営者。ここでは論じられていないが、ボランティア団体、NPO法人、福祉機器などの技術者、営業等も含まれる。それぞれの立場によってセルフイメージが違う。もちろん、専門の在り方も違ってくる。
資格にしても、福祉…MSWは医療の世界では明確ではない。しかし、医療の世界は資格取得のないものに固有の領域はないし、発言権もない。あとは、基礎構造改革の中間のまとめに準拠した広告的なもったいぶった文章なので割愛する。要するに、資格取得をして専門性を高めようということであった。
医療にしたって、精神保健福祉士が成立したもの、精神病院の社会的入院が問題になったからであるし、それは医療の恥部を一手に引き受けて、医療の采配に傅き、自律性があるのかと問いたい。MSWの国家資格が成立していない理由として、医師による資格取得による身分保障が面倒臭いこと。言い訳として社会福祉士や介護福祉士が名称独占であるから、MSWが業務独占である理由がないといった事が背景にあるのではと邪推してみたが、いかがだろう。

座談会

「福祉改革時代の社会福祉専門職像を探る」
詳しくは、社会福祉士・介護福祉士の倫理要綱、もしくは国家試験の予想問題などで添付されている役割についてを見てもらえばよい内容。まぁ、有資格者に対する棒給表がないこと、福祉施設の指導員の要件に社会福祉主事で固定され、社会福祉士などの最低基準に含まれていないこと。さらに、従来の保護的に清く貧しくというスティグマ!が未だ固定概念として強いことが露呈している。社会的な評価や信用が待遇条件の向上につながると楽観視しているが、これこそが福祉専門職にとって最も重要なことではないかと考えるが、この座談会では目をつぶった論調である。言っても仕方がないといったふうである。また、医療との連携に関しても、医療は勉強しているが、福祉は勉強していないと言うが、むしろそれは医療をトップとした視点であり、医療は福祉には無関心なことも多大であるという事実がある。…読んでいて、あまりにくだらない座談会だったので批判的に書いてしまったが、まぁ、はじめて社会福祉を志す人には一定のモチベーションになる内容かナァと思ったりするが、全体として自己批判、自虐的な内容である事は確かである。

以下、PSWの国家資格について、ケアマネ、連携についての論文がある。まぁ、連携についてはリハビリテーションがモデルになっているし、PSWにしたって中には頑張っている人もたくさんいるだろうけど、医療の片棒を担いでいるに過ぎないんじゃないのという「うがった」見方は払拭できない。いずれにしろ、私の持論は、有資格者に対する特別手当(それも雀の涙ではなく)それによって資格取得に関してみんながとろうとするモチベーションが高くなるし、それをきっかけに福祉に対して専門性を持とうとする意識が醸成される人も増えると思う。中には、ペーパーが強い人や養成講座で予備校的に取得する人も多いだろうけど、それでもきっかけにもなるし、それに費やした時間や気力を活かそうと思うだろう。国策的に、資格取得者(例えばケアマネ)を水増しして一定の数をそろえたら途端に落とすための試験に切り替えるというあたりにこれからやろうとしている人たちに対して意欲を減退させている。こうした是正を求めることも必要だろう。
(2004.6.8)

参考までに、基礎構造改革のあたりは以下拙稿があるので参考の程
社会福祉基礎構造改革について

また、リハビリテーションや連携は長いが、拙稿として以下のとおり
精神障害者福祉施策の制度的連関について〜特に4章以降

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