実験芸無小説
フロンティア群勇伝
快傑アルカイザー
第1章 「リージョンシップ」
第1話 「キグナス」
「後3つ上げろ、よし、ストップだ」 老人がの声が、喧しいエンジンの音をものともせずにレッドの耳に届いた。
青い、レーシングスーツの様な服を着たレッドが、指図に遅れることなく手早くバルブを操作する。
「お前も少しは使えるようになってきたな」 老人の、心なしか嬉しそうな声が聞こえる。レッドは、キョトンとした顔で、その場に凍り付いた。
「どうした?」
「いや、ホークが俺を誉めるなんて何かあったのか?」 レッドの声にはいささか皮肉の響きがあった。
ホークと呼ばれた老人は、この悪ガキが、といった風に鼻の頭に皺を寄せながら、
「ちゃんとやれば誉めてやる」 と言い、その後、愛しい息子を見るかの様に相好を崩して、
「到着準備まで間がある、休憩にしよう」 と言った。
ここはリージョンシップ「キグナス」号だ。
リージョンシップの説明をするには、まず、この宇宙の正しい知識を説明しておく必要がある。
この宇宙の本質は、「虚無」と呼ばれる虚数空間であり、その中に泡の様に通常空間が無数に漂っている状態である。この通常空間が「リージョン」と呼ばれている世界だ。
宇宙は、虚無の中でリージョンが生まれたり消滅したりして活動しており、その生成は二百億年ほど前のビッグバンに溯れるという。
リージョンは通常、数十億年から、百億年の寿命を持つといわれていて、生命が発生したリージョンは人間が発生した一つだけが確認されている。生命が活動可能なリージョンは数え切れないほどあり、事実人間や、それ以外のモンスター種、妖魔種等があちこちに生活圏を広げてはいるが、人間以外がどうやって発生リージョンから虚無を渡ったのかは、最近になって提唱されたヴォイドシード説や旧来の魔法説によって説明されているに留まっている。
種としては、モンスター種や妖魔種は人間よりもかなり古い種で、モンスター種の起源は未だに発見されてはいないが、種族意識の高い妖魔種は、単に人間に隠しているのだともいわれている。
さて、いささか話が長くなったが、リージョンシップの説明に移ろう。リージョンシップとは、百年ほど前に最初の航行に成功した、人間の科学力が生み出した虚無を渡る乗り物である。
この発明により人間の生活圏は爆発的に広がった。ただ、燃料や食料、空気の問題があるので、シップの行き来できる範囲にも限界がある。しかし、それでも今のシップの到達出来る範囲の、生命の生存可能なリージョンのほとんどに人間の生活圏がある。
今ではリージョンや種の枠を超えた、IRPOという警察機構さえあり、一つのリージョンそのものが、その本部として使用されている。
IRPOの構成員には人間は勿論、モンスター種や、数は少ないものの妖魔種もちゃんと存在する。
では、そろそろ話を戻そう。
あの後レッドは、父の小此木博士の友人だったホークに拾われて、この、名前の通り、白鳥の姿を大胆にフーチャーした優雅なデザインのキグナス号で働き始めた。
ホークはキグナス号の機関長で、レッドは見習いという立場だ。慣れぬ作業に忙しい日々。しかし、あの日の事は、レッドの頭の中では一瞬たりとも忘れられてはいなかった。
レッドが客室の側を通りかかったとき、廊下にメイド服のよく似合う、可愛らしい女性が彼の方を見て立っていた。それに気付くと彼は、チャンスとばかりに 「よう、ユリア」 といいながら近づいた。
「到着したら、遊びに出ないか?」 レッドがそう水を向けると、 「うーん、どうしようかなー」 とユリアは子供っぽい仕草で考え込んでみせた。 「奢ってくれる?」 そういうユリアに、ここはいいところを見せたかったのだが、いかんせん懐具合がそれを許してはくれなかった。
父が健在で、なに不自由なく暮らしていた平和な日々は、幻の様に消え去って久しい。
「えーっ、俺が見習いだって知ってるだろう。給料安いんだぜ」 昔のレッドなら、プライドにかけても口に出来ないセリフだったろう。しかし、今の彼は復讐に生きる為に生まれ変わったのだ。そう決めてから明らかに自分が変わった、と最近の彼はよくそう思う。
「幾ら貰ってるの? 私はね・・・・」 ユリアは、内緒話をする子供の様にレッドの耳元に口を近づけて囁いた。彼女の甘い息が感じられる。
「俺の方が安い・・・・」 判ってはいたものの、実際の金額をリアルに突きつけられると、ショックは大きい。
「ユリア!!」 そのとき、奥から客室係の大きな声がした。
「はーい」 彼女は返事をすると、
「じゃあね、レッド」 と言って、声のした方へ向かった。ちょっと離れてから、なごり惜しそうに見送るレッドを振り返り、
「割り勘でもいいわよ!」 と、元気よく言うと、軽く手を振ってみせて廊下を駆け去った。
その後ろ姿を見送りながら、しめしめとばかりに、レッドはニヤッと笑った。
レッドは、医務室に向かう事にした。
家族の仇を討つ為には、この体がどうなろうとかまいはしない。が、逆に目的を果たすには体を大切にする事も重要だ。シュウザーに出会ったが力が出せなかった、では本末転倒というものだ。
そういった理由で、彼は、定期的な健康のチェックを怠らなかった。
医務室に向かう途中、ふと左舷の展望サロンに立ち寄ってみたが、すぐにそれを後悔する事になった。そこでは美男美女のカップルが、先に二人だけの世界を作り上げていたからだ。特に、女はトップモデルかとも思えるほどのいい女だ。
丁度、女が男に話し掛けたところだ。
「次は、いつ、お休みが取れるの?」
「さあな。まとまった休みは当分取れないだろうな」 よくある会話だ。
女が、少し拗ねた様に言う。
「パトロールなんか、辞めちゃえばいいのよ」
「おいおい、無茶言うなよ」 どうやら男はIRPOの局員らしい。
「そうすれば、いつでも一緒にいられるわ」 これ以上、付き合っていられない。
レッドは内心舌打ちしつつも、客に失礼にならぬ様、静かに立ち去った。
「異常アリマセン」 医務室には、医療用の高性能ロボットが常駐している。そのマシンボイスが、いつもと変わらぬ返答を告げた。
ついでに隣の会計室で、今週分の給料を受け取ると、レッドは早めに機関室に戻ることにした。つまらないことで、ホークの機嫌を損なうこともない。
ほどなくキグナス号は、リゾートリージョンのひとつ、バカラへの進入体制に入った。
第2話 「バカラ」
バカラは、荒野しかなかった小さなリージョンに、その空間の大部分を占める巨大なビルディングを建てた、特定の目的の為に開発されたリージョンである。
そのビルの正体は、幾層にも積み重なった巨大なカジノと、その客目当ての数千室を擁する高級ホテルの集合体だ。そして、バカラにはそれ以外の何も無い。もっとも、必要もなかった。
レッドがキグナスの安月給に甘んじているのは、なにもホークの世話だからだけではない。こうして、ロハで様々なリージョンを巡れるからでもある。
キグナスは次の寄港地に到着する度に、数日間そのリージョンに滞在する。そうやって、定期航路を半年掛かって巡っている。
滞在中は半舷休息で、必ず乗り組み員に上陸休暇がある。交代なので、滞在日数の半分は自由というわけだ。
その自由時間の大半を、レッドはブラッククロス探索に当てていた。こうして彼は、広範囲に手掛かりを得ることが出来るのだった。
今日も、レッドは僅かな手掛かりを求めて、カジノエリアへ足を運んでいた。
「ブラッククロスの奴等がこんな所で遊んでるってことはないと思うけど・・・・」
そうは思っても何もしないよりはマシだし、客から余所のリージョンでの情報が得られないともかぎらない。
客の顔を眺めながら、暇そうな人間を物色していると、ブラックジャックのテーブルに、あからさまに怪しい人物がいた。なんと、ブラッククロス戦闘員の、あの全身スーツの人物が、ゲームをしているではないか。
レッドは、慌てて辺りの様子を伺った。彼の頭にとっさに浮かんだのは、ブラッククロスの何らかの取り引きがここで行われているのではないか、という事だった。
しかし、不審な人物は他に見当たらない。
(もしかして、コイツは只のコスプレ野郎か?) そう思ったレッドは、腹を括って戦闘員に話し掛けてみた。
プロローグに
戻る
。 あぁ、ついに約束の日が・・・・この先はきっと永久にないでしょう。(苦笑)
タイトルページに
戻る
。