白ウサギです。あの白ウサギが、立派に着飾ってこちらに戻って来るではありませんか。片方の手には白い手袋を、もう片方の手には大きな扇子を持っています。ウサギは自分につぶやきながら、ものすごい勢いで駆けて来ました。「ああ、公爵夫人! 公爵夫人! こんなにお待たせしては、さぞご立腹のことでしょう」

 アリスは誰かに助けてほしくて仕方がなかったので、白ウサギが自分のそばまで来たときに、低く、ひどく臆病な声で話し掛けました。「あの、すみません....」それを聞いた白ウサギ、飛び上がるほどびくっとして、その拍子にキッドの白い手袋と扇子をその場に落としてしまいました。白ウサギはそのまま、暗闇の中へ駆けて行きました。

 アリスはすぐに扇子と手袋を拾いました。広間が暑くなってきたので、扇子で自分を扇ぎながらアリスはひとりごとを言いました。「やれやれ。今日は何ておかしな1日なんだろ。昨日は普通の日だったのに。もしかしたらあたし、夜、寝ている間に変わっちゃったのかな。ちょっと待って....。あたし、今朝起きたときは昨日と同じだったかしら? ちょっと違うような気もするんだけど....。だけどもし同じじゃないとしたら、次の疑問は『あたしは誰?』ね。うーん。すごい難問だわ」そこでアリスは、自分と同い年の知り合いの子たちのことを考え始めました。その中の誰かのせいで自分が変わってしまったのでは、と思ったのです。

 「そうだなあ....。まず、あたしはエーダじゃないわ」アリスは言いました。「エーダはあんなに長い巻き毛だけど、あたしの髪は巻き毛じゃないもん。それに....あたし、メーベルでもないわ。だってあたしは色んなことを知ってるけど、メーベルはちょっとしか知らないんだもん。それに、あの子はあの子で、あたしはあたしだもん。え? ああもう。何がなんだか訳が分かんない! あたし、自分が前に知っていたことを、今もちゃんと知っているか試してみるわ。シゴジュウニ。シロクジュウサン。シシチ....。ああもう。こんなんじゃ、いつまでたっても20まで行かないわ。それに、九九なんて何の役にも立たないわ。地理よ、地理。ロンドンはパリの首都です。パリはローマの首都です。違うちがう。ぜんぶ間違いだわ! あたし、きっとマーベルになっちゃったんだわ。試しに『なんてかわいい…』って詩を読んでみよう」

 アリスは、まるで復習をするときのように、自分の膝の上で腕を組んで、その詩を声に出して言い始めました。でもその声はひどくかすれていて、とっても変でした。そして言葉の方も、いつものようには出てきませんでした。

  なんてかわいいワニさん
   キラキラかがやくシッポをみがいてる
  きんいろのウロコには
   ナイルのみずがそそいでる
  なんてごきげん はをみせてわらうかお
   なんてこぎれい いっぱいにひろげたツメ
  そしてやさしくわらうアゴで
   ちいさなサカナをまっている

 「これってぜったい間違ってるわ」かわいそうなアリスはそう言うと、またまた目に涙をいっぱい浮かべるのでした。「あたし、本当にメーベルになっちゃったんだわ。これからは、あのちっぽけな家で生きていかなきゃならないんだわ。お人形もないし、それに、ああ、もっともっと勉強もしなくちゃ! もう覚悟をしなきゃ。もしメーベルになったのなら、あたし、ずっとこの地下にいるわ。みんなが下を見て「ねえ、上がってらっしゃいよ!」って言ったって無駄なんだから。そうなったらあたし、上を見上げてこう言ってやるの。『ねえ、あたしは誰なの? まずそれを教えて。もしあたしがその子のことを好きだったら、上がって行ってあげる。だけどもし嫌いな子だったら、あたし、他の誰かになるまでずっとここにいるわ』ってね。でも、でもなあ....」アリスは泣き始めました。ものすごい勢いの涙です。「本当に、上から誰かがこっちを見てくれないかな。もう、1人でこんなところにいるのはイヤだもん」






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