マニャーノ戦役
3月26日の戦い第一報



 ヴェネツィア、3月29日

 今月26日早朝、フランス軍がサンタ=ルチアとブッソレンゴにあるオーストリア軍の前哨線を休戦期間終了前に攻撃したが、両地点ともかなりの損害を出して撃退された。フランス軍捕虜1000人と大砲2門がヴェローナに送られた。オーストリア軍も多くの士官と兵士が死傷した。
 クライ将軍はレニャーゴで敵を撃退し、3000人を殺し、2000人を捕虜とし、大砲14門を奪い、残りをマントヴァまで追撃した。新たな領主に対するピエモンテの反乱はとても手ごわいものとなり、首都をも脅かしている。オーストリア騎兵及び歩兵の増援は日々続々と強行軍で通過している。我々が現在イタリアで見ているほど多数の優れた軍を皇帝陛下が戦争中に持ったことは、これまで決してなかった。

"A Collection of State Papers, Vol. VIII." London Gazette, p168


――関連史料に戻る――