江戸料理百選タイトル

** 月だより **


 
  『江戸時代の料理書』に見る私たちの食卓  

 日本の食文化が花開いたといわれる江戸時代には、自然の素材を生かした新しい料理が次々に生まれ、多くの料理書が編まれました。これらの書をひもとき、江戸時代の食の世界を探ってみましょう。現代の私たちの食卓に相通ずるものがあるはずです。
                       島崎とみ子

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※『江戸料理百選』著者、島崎とみ子先生(女子栄養大学調理第一研究室助教授・料理書原典研究会同人)の連載です。
※料理書中の表記の仕方は、かならずしも原文のままではありません。漢字、かな、ふりがな、()内で解説するなど、読みやすいよう適宜手を加えてあります。
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第13回  海藻 ニュー

■ 多彩な海藻を利用していた江戸初潮
 古くから日本人は海藻をよく食べてきました。乾燥という手段で長く保存することができますので、かつては飢饉に備えて蓄えられてもいました.乾操品はいつでも手軽にもどして使える利便さもさることながら、軽くなることによって輸送が便利になることにも大きな意味があります。その普、北海道のこんぶが沖縄へと運ばれたことにより、こんぶ料理が沖縄の人々の体を養う重要な食べ物になったことなどはそのよい例です。
 海藻は江戸時代の料理書にも数多くとり上げられでいます。特に江戸時代の初めごろに利用されていた海藻の種類は、現代よりもはるかに多かったようです。
 江戸時代前期の寛永二十年(一六四三)に刊行された『料理物語』の「磯革之部」を見ると、種類がとても豊かです。「昆布(こんぶ) 若和布(わかめ) 荒和布(あらめ) さがらめ 青苔(あおのり) もづこ(もずく) 搗和布(かじめ) とさか 甘苔(あまのり)(あさくさのりの席料) 十六嶋(うっぷるい)(島根県十六嶋付近でとる岩のり) かたのり みる 於期(おご) しやうが(しょうが) のひぼ のろのり ふじのり 海鹿(ひじき) ほんだわら ところてん(てんぐさ) 能登(のと)のり 浜松(はままつ) め耳(みみ)(わかめの根) 日光のり」など二十種以上にのぼっています(海藻は地域によって名称が異なりますので、これらの中にはなにかよくわからないものもあります)。これほどの種類は現代の料理書には見つけることはできません。それどころか、幕末の嘉永二年(一八四九)刊の『年中番菜録(ねんちゅうばんさいろく)』にさえ五種類の海藻しかとり扱われていません。ということは、江戸時代の終わりには、一般に流通している海藻の種類が少なくなっていたと見ていいのかもしれません。
 ここでは、現在もっとも利用されているわかめとひじきをとり上げてみました。

■ 客料理の素材として珍重された生わかめ
 わかめについてはまず、江戸時代前期の『江戸料理集』延宝二年(一六七四)刊を見てみましょう。これには「わかめ(干しわかめ)」と「なまわかめ」とに項目を分けて記載してあります。
 「わかめ」でとり上げている料理には「本汁 ひたし物 水あへ(え)」があります。「本汁」とは本膳料理の本膳の汁のことで、みそ仕立てです。「水あへ」は時代によって内容が変わるのですが、大まかにいうと煎酒(いりざけ)(日本酒に梅干しと削りガツオを入れて煮つめたもの)に酢や塩を補って魚や鳥肉、野菜などをあえたものです。
 一方「なまわかめ」の項には、適する料理として「本二三ノ汁 吸物 ひたし物」をあげてあります。「本二三ノ汁」の本は先と同じく本謄、二三は二の膳、三の謄を意味します。本汁はみそ仕立て、二の汁はすまし仕立てになるのが普通の様式です。三の汁は他の献立状況によって異なりますが、すまし仕立てが多いようです。
 さらに生わかめの料理として「吸物」をあげているのはおもしろいことです。「吸物」はすまし仕立てには違いないのですが、お酒をくみかわす合間に出される汁で、ごはんのおかずではありません。当然塩けのうすい汁でしょうし、見て景色のよいことも要求されるでしょう。また一口吸って風味がよく、お酒がさらに進むようなものでなくてはなりません。
 「なまわかめ」の項には、生わかめの切り方を「四半 大さくさく」と指示しています。「四半」とはすじをとったわかめをきちんと四角に切ることですが、別の箇所にわざわざ図入りで、幅一寸(約三B)、長さ二寸と記すほどの念の入れ方です。「大さくさく」とは「巾(はば)五分(ぶ)(約一・五B)計(ばかり)にさくさくと切る」ことと注釈がついています。生わかめの利用時期については「十二より正迄(旧暦十二月〜同正月まで)」と限定しています。早春のわかめはやわらかく、特にこの時期の磯の香りを賞(め)でたのでしょう。
 干しわかめと生わかめの利用法について、次のようにはっきりと差をつけているのも興味深いことです。干しわかめは「賞くわん(賞翫しょうがん)にも少(すこし)は用へ(もちゆるべ)きか(珍重なものだと賞味するような使い方を少しはしてもいいだろうか)」とありますが、生わかめは「貧くわん也(なり)(賞でながら味わうものである)」といいきっています。
 さて江戸時代後期になると、わかめはどんなふうに利用されるようになるのでしょうか。『年中番莱録』を見てみましょう。この本は日常のありふれた料理のみをとり上げ、献立にちょっと困ったときに頼りにしてほしいと願って書かれたお総菜集です。海藻は「四季通用之部」に入っていて「わかめ ひじき 和布(めい) 荒和布 こんぶ」が紹介されています。
 わかめの利用法には「汁 吸口からし上品」とあります。わかめの汁には、からしの吸い口がぴりっとした辛さで磯の香りとよく合うのでしょう。煮物にするときは「取合(とりあわせ)のものにより御客に出してよし」とあります。とり合わせ例は書いてはありませんが、出姑めのころの竹の子やふきのようなものがいいでしょうか。また、さっぱりした酢じょうゆ味のわかめ料理もあります。ひなびた味わいの「干(ほし)大根きざみ」とのとり合わせなのですが、作ってみると歯ざわりのよいなかなかしゃれた料理です。初夏には新しょうがをせん切りにして混ぜるといっそうさわやかな一品になります。

■ さまざまな種類があるひじきの煮物
 ひじきの調理法は大まかにいえば煮物やあえ物なのですが、江戸時代には煮物は現代よりも細かに分類されていて、料理名にも調理法にも微妙な差があります。
 『江戸料理集』では、干しひじきの煮物として「にしめ に物(もの)」が、生ひじきには「にしめ肴(ざかな) 小に物(もの)」の例があります。「にしめ」は煮汁のないように煮上げたもので、「に物」は汁を残した煮方と見ていいでしょう。生ひじきの「にしめ肴 小に物」はどちらも酒の肴になる煮物です。お客をもてなすことを意識して生を使っているところはわかめの場合と同じです。磯の香りを味わうには生のほうが優るということでしょう。「小に物」は、材料を大切りにして用いる大(おお)煮物に対する料理名で、材料を中切りくらいにした煮物です。ちなみに、細かに切って煮るものは細(こまか)煮物と呼んでいます。
 同書にはまた、ひじきは「にあへ(え)」にもするとあります。これはいくつかの材料を細かに切って別々に火を通し、合わせたものですが、「時の青き物を専(もっぱ)らと(かならず)用ゆるを煮あえと云うなり 青物いれさ(ざ)れは(ば)こまかに物也」とあります。青き物とは普通には野菜のことですが、ここではひじきも含めているようです。そして青き物ととり合わせる材料に「あわぴ みるくい(ミル貝) 赤貝 まて(マテ貝)たいらぎ たこ」などの魚介顆をあげています。これらをそれぞれ煎酒をたっぷり使っていりつけて合わせ、供するときに塩加減を調(ととの)え、酒を差してもういちど温めて出すようです。ひじきや季節の青物を魚介顆と組み合わせて煮なますのようにしたこの料理は、現代でも応用できそうです。
 『年中番菜録』には、ひじきは油揚げやこんにゃくなどととり合わせて煮しめてよし、あるいは油を少し入れて煮しめてよしとあり、現代にも受け継がれているひじき料理が紹介されています。さらに白あえにもよしとあります。当時の白あえの衣は、白ごまをよくすり、白みそと豆腐を加えてすり混ぜたものですが、この衣でうすく味つけしたひじきをあえます。栄養的なとり合わせのじつによい料理です。

 海藻はエネルギーがほとんどないため、現代ではダイエット食品として注目されていますが、海藻の持つよさはそれだけではありません。現代の日本人の食生活の中で唯一不足している栄養素はカルシウムですが、海藻頬はカルシウム源としても見直されています。そのほか各種の無機質、食物繊維、ビタミン頼も豊富に含まれ、微量元素の存在も期待できる食品です。私たちの食卓にもっともっとじょうずにとり入れたいものです。

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