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伊豆開拓記の日記ページへようこそ!

2008年5月3日 (土)
待ちに待ったGW、ついに上棟だ

5月1日、11時半に自宅を出発。道はそれほど込んでいない。
現地には3時半着。今日は、明日予定の上棟の下準備。土台に羽子板金具を取り付ける穴を開ける。柱1本につき穴を2個。
 

2008年4月19日 (土)
アスパラ、しいたけ、カモミール

アスパラ、しいたけ、カモミールを収穫した。
全て実家の庭で育てたものだ。種から蒔いて発芽したアスパラも3年目となると太さ2センチ長さ30センチの立派なものがニョキニョキと出るほどに。
 しいたけは数少ないが、厚さ2センチ直径9センチとそれなりの大きさ。
 カモミールも庭一面に咲いているのでハーブティーでも作るとしよう。

2008年4月13日 (日)
青春とメガネは2度と帰ってこない

しばらくぶりに行くと、どうしても道の補修作業が必要になる。数年前に台風で崩れた道を補修し山を少し削ったのだが、今回は突き出ていた太い孟宗竹を切り、根こそぎ抜くことにした。根は深く直径1メートルの巨大アフロヘアのように膨らんで土に食い込んでいた。
 奮闘20分で塊で出てきたので崖から下に。切った竹は太さ15センチ長さ7メートルほどで重い。これは崖の際に、ガードレールのように置いておこうと力の限りで動かし、地面に投げた時のことだった。
 メガネの下に竹の小枝が入り込み、重い竹の幹が手から離れると同時にメガネを引っ掛けて弓のようにしなった。あっと思った瞬間にメガネは崖に飛んでいってしまった。
 「メガネ、メガネ」そう、覚えている方もいるかもしれないが、メガネが飛んだのは2度目である。前回高い木の上から飛ばした時は見つからなかった。しかし今度こそと、足元に目印を置き、父を電話で呼んだ。
 「どうした、ユンボでひっくり返ったかとドキドキした」と父が来たが一抹の不安もあった。案の定、メガネは帰って来なかった。
 日も下がり始めたので断念、そうだ、前回の教訓でスペアのメガネが車の中にあったはず、と思ったが今日に限って自分の車でなく借り物だった。
 こうなれば、仕方ない。一路、伊東のメガネピジョンへ。「今すぐ出来る安いのをすぐ下さい」店員「目の検査が込んでいて数人がお待ちです。」
「前回作ったのと同じものでいいから!」とデータを調べてもらうと「ありました。平成15年ですね。」前回額に血を流しながらここに来たことをまさかこの店員は知るまいが、データベースの力に感謝。
 5250円でレンズ付、しかもメール会員になるとさらに1000円引きで、その上今ならサングラスもプレゼント、とのこと。いったいどんな仕組みだろう。「見つかるまで帰ってくるな」とのメールに痛みを感じながら帰路に。
4万円もしたのに。
 

2008年4月13日 (日)
横杉さんの隙間はプランター

山から寝た角度、地面に平行に生えている、名づけて横杉さんには隙間があってこの5年ほどで落ち葉が堆積して土のようなものがたまっていた。
 そこに、おそらく風で飛んできたか鳥が持ってきた種子が落ち、芽を出したのが
一作年のこと。昨年は少し成長し、


今年は群雄割拠と言う感じ。

2008年4月12日 (土)
ユンボも元気、ヤマネ君カムバック

ユンボのエンジンをかけると一発で始動、調子がいい。そうそう、燃料が少なかったので確認しようとボンネットを開けるとオイルボックスの上に木の実が3つ整列していた。
 おお、久しぶりにヤマネ君が帰ってきたんだなと嬉しくなった。実はこのユンボにはヤマネ君がずっと住んでいるようなのだ。
 特に冬場は暖かく、風雨も防げるので快適なのではと思っていたが、ここしばらく痕跡がなかったので心配していたのだ。

2008年4月12日 (土)
タケノコや、わが軍手より小さきかな

45日ぶりの伊豆。タケノコざくざくを想像しながら、借りた大型の車で長さ3メートルの檜フローリング4坪分(約200キロ)を運ぶ。
 山の上に1坪分づつ父と2人で運ぶが、さすがに父はグロッキー気味。
一息ついて竹林を見回すと、ほじくり痕こそあるものの姿は見えず。
 ようやく見つけた穂先の下はミニタケノコ。

2008年2月23日 (日)
海を見ながらリクライニング

久しぶりにゆったりとした時間を過ごす。昨日の雨で地面が湿っているために午前中はコールマンのリクライニングチェアでうとうと。

2008年2月16日 (土)
久しぶりの土地開墾、日当たりが良く土もいいので畑かな

今日はついに、5年ほど前まで暗い藪で、その後も放置していた場所にユンボを乗り入れた。里山は手入れを怠るとつる植物に覆われて、下草の生えない暗い森になってしまうというが、ここはまさにそんな土地だった。
 太い木の根を傷めないように土を盛りながらユンボで進入路を作ったたは時間がかかったが、掘ってみると真っ黒の腐葉土がいっぱいの土地だった。 日当たりも良好なので、父の畑にでもしよう。10坪ほど切り拓いた。

2008年2月16日 (土)
シイタケのホダ木を設置、春か秋を心待ち

シイタケのホダ木をオークションで買った。管理が結構難しい。今まで2回ほど買ったことがあるが、放置して乾燥しすぎて菌が死んでしまったり、湿度がありすぎて腐ったり。今度は初めて伊豆へ。2箇所に分けて試してみよう。早ければ春にでるかもしれないそうだ。

2008年2月16日 (土)
伊豆は植物の墓場か?いや楽園だ!

車に乗せてきたハゼの鉢植えを降ろす。元は小さな手のひらサイズの盆栽だった。段々大きな鉢に移していき、ついに庭に放置しておいたら、鉢の底から根が土の中に伸びて高さ3メートルにもなってしまった。
 今回50センチほど切り詰め、車にぎりぎり乗る大きさにして持ってきた。プラスチックの鉢は根がパンパンにはっていて、ノコギリで真っ二つに切断し、表の入り口付近に植えた。
 ユッカも、サボテンも、家で大きくなりすぎた植物はここへやってくる。あの方は「植物の墓場」とか言っているが、みんな葉を繁らしさらに大きく育っている。楽園に違いない。

2008年1月4日 (金)
見通し良すぎる入り口に巨大な衝立を設置

見通し良すぎる入り口に巨大な衝立を設置した。
今日までに観光客?が5人も訪ねてきた。「何をやっているのか?」「この先の道はどこに続くのか?」話しこんでいく人までいて、どうも灯台から奥を覗くと道が続いていて、気になるらしい。
 そこで、目隠しとして衝立を作ることを思い立つ。竹はいくらでもあるので東京電力が伐採していった竹を中心に手ごろな太さの竹を集め、これまた2×8材で枠を作りこれにビス止め。両端は太さ15センチほどの太い竹を使い、節を抜いて鉄パイプを包んだ。高さは一番高いところで2メートル50、総重量は推定120キロと、あまりに重くて持ち上げることもできなくなりユンボにロープで吊り下げ設置した。
 竹が乾くと少しは軽くなるだろう。余った端材で表札を作り前の木に設置した。ちょうど透け具合が良く仕上がった。

2008年1月4日 (金)
小屋の中にはユンボもスッポリ

小屋が出来れば雨でも安心。この5年間シートをかけて外に放置していたユンボもようやく居心地の良い場所に。朝方は気温が5度だったが、小屋の中に入ると明らかに暖かい。
 そうそう、ユンボの中に以前住んでいた山ネズミはどこに行ったのだろうか?

2008年1月3日 (木)
一気に完成!中が明るい資材小屋

資材小屋の壁材は山側を丈夫なトタン波板、残り3方周囲は採光重視でガラス繊維入りビニール波板に。屋根は5年前に買って材木の雨よけに使っていたトタン波板を活用。あり合わせの材料もある中で、精一杯の大きさである、縦約4メートル横2メートル、高さ2メートル。これで4メートルの柱材なども保管できる。
 仕上げは頑丈な取っ手と鍵。扉は頑丈だが、実際はビニール波板は衝撃には弱い。端材が出たので「R.S. PRJ」とノミで彫った。

2008年1月2日 (水)
資材小屋の扉は必要以上に頑丈に

資材小屋の扉の骨組みを、チーズのデザイン通りに作る。
2×8を外枠に、トラスを作る部分に2×4材を使いビスで留める。雨のときは中で作業が出来るよう、採光性を考えガラス繊維入り波板を使った。
重量が相当になり、蝶番はアメリカンカントリータイプの大型を2枚使用した。

2008年1月1日 (火)
元旦の夜、資材倉庫の門のデザインを考える

正月といえば、お餅だ。北海道産の小豆も買ったし海苔とチーズも持ってきた。資材小屋の門のデザインを考えるのに、スライスチーズをナイフで切って紙の皿に並べてみた。うーん、こんな感じかな。

2008年1月1日 (火)
霞ヶ浦の古民家から運んだ柱を再利用

資材小屋の骨組みは足場用の鉄パイプで組んだ。扉が重量級(おそらく60キロくらいか)になりそうなのでそれを支えるポストをどうしようかと悩んだ。
 そうだ、霞ヶ浦から運んだ古材があった!かれこれ6年くらいたつかと思うが、ようやく再利用する場所が見つかって嬉しかった。
 鉄パイプに垂木止めクランプを固定しそれと古材の柱をビス止めし、さらに番線で締め上げて固定。防腐塗料を塗ると、それなりにいい感じ。
 こうして霞ヶ浦で解体した古民家の柱は資材小屋の入り口の左右のポストとして生まれ変わった。

2008年1月1日 (火)
新年所感 今年も安全第一

昨年末から伊豆入りしていたが、天気はどんどん良くなってきた。昨日の初日の出に引き続き、今日も晴れだ。今年は安全第一で開拓を進めよう!

2007年11月24日 (土)
ガレ場で偶然見つけたコカコーラの空き缶が語る

ガレ場での作業中、空き缶が埋まっているのを見つけて取り出すと、コカコーラの缶だった。「愛されてさわやか100年」とあったので後でWEBで調べると1986年に100周年記念を行っていたことから考えると、21年前のものらしい。
 このあたりが崩れたのは伊豆大島近海地震のときで、1978年(昭和53年)1月14日だから、地震からは8年ほど経ったころに誰かがここに立ち入ったのだろうか?そのころはここの雰囲気も今とは違っていたことだろう。
 時の流れを感じた。

2007年11月24日 (土)
青い海を見ながら、石畳みをさらにコツコツ

3連休の中日、昨夜は早寝で体調を整え、今日は5時前に起床。予想通り、首都高はスイスイ、現地には8時過ぎに到着のペースとなった。
 今日も一人だったので、資材小屋の土間の完成を目指す。山の斜面や下の道脇から石を集め、運ぶ。小さなものは5キロくらい、大きなものは40キロほどなので、まとめてユンボのバケットに入れて運んだ。
 ようやく2メートル×4メートルのスペースに敷き詰められる量の石を集めたが、土を掘って高さを揃えるまでには時間が足らなかった。石と石との間に詰める物を探す。そうだ、砂岩が露出しているところがあったと思い出し、早速拾って持ってきて石畳の上に広げてハンマーで叩く。すると、うまい具合につぶれて砂になり、充填材としてぴったりだった。

2007年11月12日 (月)
小屋の横に資材置き場 自然石で石畳をこつこつ

小屋を作りながら気がついた。資材置き場が必要だ。床は土では雨の時に濡れるし、かといって木の床を作るほどでもないし。そうだ、山から無尽蔵に出る石を使って土間を作ろう。
 石の中から1面でも平らな部分を持った石を集める。あとは、平らにした土をシャベルで石の形に合わせて掘り、平面を上に高さを揃えて並べていく。3時間ほどでやっと2メートル四方程の石畳が出来た。こ隙間に山の礫層から出る軽石を打ち込んで、叩きしめればできそうな気がする。
 とにかく、とても根気のいる作業だ。今度から父にやってもらおう。

2007年11月12日 (月)
横杉さんの窪みに育つ木の幼生

開拓地の奥を視察に行く。台風のせいだろうか、途中でやまたの大蛇のような木が3本まとめて倒れていた。元はといえば、数十年前に薪炭材として切り出された木の根から出たひこばえが、それぞれ巨木になったものだろうが、数年前の台風で1本が倒れたことをきっかけに順々に倒れてきたのだった。
 7年前にこの地を最初に訪れた際に、「やまたの大蛇のような木があって、、」と言う話をききその姿に感動したことを思い出した。
 寄り添うように育ち、根を共有していたために、一つ倒れたあとに次々と滅びてしまったのだろうか。これも自然の理だろう。
 そこから奥へゆくと、数十年前の地震で真横になった杉がある。その幹の途中に窪みがあって、落ち葉などが積もるうちに、小さいプランターができていた。そこに落ちたどんぐりから芽が出て育っている。これも不思議な光景である。

2007年11月12日 (月)
ついに電気開通。開拓開始から7年

現地に到着したのは午後2時半過ぎであった。
現地から150メートルほど手前の駐車場に車を停めて見上げると巨大なステンレスの電柱が立っていた。ここには以前は根元が折れて傾いたコンクリート製の電柱が立っていたのだ。電線を目で追うと、次の電柱も巨大だった。根元の直径は40センチ、高さ10メートル以上はありそうだ。
 竹林は電線に沿って伐採され、小屋建設地に向けてさらに3本の電柱がジグザグに立てられ、作業の難しさを感じさせた。電線は繋がっていなければ電気が流れないのは当然のことだ。

 電気を引くということは予想以上の大変なことなのだ。東京電力さんにとっては山間地に電柱を立てることは慣れたものかもしれないが、自然にとっては相当のインパクトであろう。そういえば、現地へ向かう途中のの舗装道路には鉄板が10枚ほどしかれ、路肩を保護してあったり、「廃材の搬出作業中なのでご注意ください」という看板も複数張ってあった。 アメリカの西部開拓地に電灯がともった時のような感慨とともに複雑な心境になった。 

2007年10月25日 (木)
いよいよ電気開通間近!携帯に連絡入る。

地元の知人からメールが携帯に。「東電が電柱を立てていきましたよ。お宅のところまで、今週末には竹を伐採して、電気が通るそうですよ。」とのこと。実はこのひと月伊豆には出かけられなかった。
 沖縄に行く前後は怪我をするといけないとか、なんとかで外出禁止令が出され、今度は父が九州自転車旅行に出かけたため、母を一人にしておけないとか何とか。車のミッションからオイルが漏れているとか。
 ともかく、今週は行かねばならない。それにしても、ありがたい連絡ネットワークである。

2007年10月13日 (土)
父、いよいよ始動、九州1周自転車の旅 その前に

父が長い沈黙を破り念願の九州自転車流行を実現することに。
 その前の慣らしで栃木県の山奥に2泊3日のツーリングへ。人通りの少ない川にかかる橋のたもとでテントを張ることに。坂道を登る事数時間で汗だくとなり、体温が上昇しているので上半身裸で端の石の上に座り休んでいたそうだ。昼下がりから3時間くらい経って夕方になっても誰も通らない。
 ふと人の気配を感じると、なんとザックを背負った人が歩いてきた。お互いにびっくりしたそうだ。それはそうだろう、人っ子一人いないところで、いきなり半裸の人間が座っていたら。
 尋ねるとここから東京まで歩いていくという、その人もまた変わった人だったそうだ。父はもっと話をしたかったが、どうも薄気味悪がられて、そそくさと行ってしまったそうだ。それもそうだろう。

2007年9月22日 (土)
電気開通も近い?山中にTEPCOの杭が現る。

灯台から第2小屋建設地に向かう。途中の竹やぶに20センチほど土中から出た白い杭を発見。これは!東京電力の杭ではないか?
 おそらく、電線を架けるための電柱を立てる位置の目印ではなかろうか。
申し込みから4カ月、いよいよ動きが見えたのであった。

2007年9月16日 (日)
夏の暑さがまだ続き、クワガタも調子が狂っているのか

小屋建設地の脇の草にノコギリクワガタが止まっている。冬支度には早いが、どこか調子が悪そうだった。カメラを向けるとぎろりと睨み、顎を広げて威嚇した。
 今日は根太の材を切り、防腐剤を塗り、土台には柱のホゾ穴を14カ所空けた。発電機の調子もなかなか良かった。
 ガルバリウム鋼板を屋根にして保管していたコンパネなど材料を広げてみたら、ヤマネ君の巣があった。落ち葉をそっと取り除いてみると、小さなヤマネが1匹慌てて材木の上を走って逃げていった。何だ、ユンボの中から引っ越していたんだね。

2007年9月15日 (土)
大観山パーキングから芦ノ湖を望遠鏡で見る

こんな所に望遠鏡がいつの間に?今まで無かった気がしたが、100円で120秒見られると書いてある。ところが、3台あるうちの1台は無料で見られた。これはサービスかそれとも呼び水か。

2007年9月15日 (土)
連休の道路は、ああやっぱり大渋滞

目覚ましを5時にかけて、目を開けたが、身体が疲れて起きられない。
 6時過ぎにようやく出発したが、首都高、東名ともに大渋滞。さらに台風9号の影響で西湘バイパスは大磯から通行止め、真鶴道路は波にさらわれて一部片側通行、、などと道路事情の悪さも手伝って現地到着は午後2時過ぎに。
 ぐったり疲れていたが、作業にとりかかる。土台の下に金属のジャッキを入れていたが、横揺れに弱いことが判明。考えた末に巨石を土台の下に4カ所追加することにした。
 石を採石場からユンボで運び、父と呼吸を合わせて土台の下に高さを合わせて設置しようとするが呼吸が合わない。手を挟むとつぶれるので1人で気合を入れて設置してみると、予想通り横揺れがピタリとおさまった。ふー。

2007年9月8日 (土)
雨で崩れた街道を補修、ついでに土台の石を運ぶ

小屋や資材置き場、倉庫は無事。ほっとしたので山の中を散策する。上へと登っていくと、このあたりで一番古そうな巨木があった。以前に見たときは熊の爪あとのようなものがあったのでまじまじと見ると、太い幹の地面から1メートル位を中心に古い引っかき傷の跡がたくさんあった。鹿が角を研いだのか、それとも昔は熊でもでたのかなと思ったが判別つかず。
 やや湿っぽい土でキャタピラは滑りやすかった。慎重に、雨で崩れた街道を補修しつつ小屋の土台の石を運んだ。

2007年9月8日 (土)
台風一過、被害状況を視察に現地入り

関東直撃の台風9号、多摩川ではホームレスの小屋が流され大変なことになっていた。スーパービュー踊り子で伊豆へ向かう途中、荒川の河川敷にあった小屋も、川際から野球場へと移動していた。
 本日は晴天、山は水を吸っていて危険かもしれないが、作りかけの小屋や資材置き場、倉庫などが吹き飛んでいないか心配なので現地視察へ赴く。
 海岸のすぐそばに住むおばあさんに聞くと「台風はいつくるら、いつくるらと待ってたけども夜中の12時になったらしんと静かになっちまっただよ。」とのことで一安心。それでも、山に入ると木の葉が地面を覆いつくすほど散乱して枯れ木も落ちていた。
 さらに奥に行くと、直径50センチの大木が倒れて道をふさいでいた。長さは10メートルほどあるが、枯れ木らしく途中は倒れた衝撃で折れていた。
 

2007年9月1日 (土)
今日は濃いあら汁と金目鯛の釜飯、アジのひもの付き

お盆の時には薄め薄めてただの味噌汁に近い味になっていたあら汁をいただく。今日は濃い。大鍋の中には金目鯛などいっぱい入っている。
 金目鯛の釜飯を注文し、静かに待っていると、「もうすぐちょうど焼けるからね。」とアジのひものをおじさんが焼いている。11時半近くになり、また夏休みも終わりで客が少ないため、どうやらサービスでくれるらしい。
 アジ3匹をお皿に入れて渡してくれた。美味しい。金目の味噌漬け3匹980円を購入した。

2007年9月1日 (土)
解体した古民家の部材を整理して気持ちもすっきり

古民家解体をやっていたのは2001年夏から翌年にかけてである。
 霞ヶ浦湖畔の桜町からトラックで伊豆まで柱や梁を根性で運び、さらに現地に積み上げてトタンをかぶせて早5年が過ぎていた。
 当初の予定は古民家移築であったが、斜面の土地の幅の問題から大きすぎてあきらめていた。台風でトタンが飛ばされること10回ほど。雨に濡れて一部は傷んでいるとわかっていたが、手を付けずにいた。
 普段は忘れているが、気にかかるものがあると、心のどこかにひっかかり落ち着かないというが、元気な父といっしょの今日こそ整理しようと決心した。
 恐る恐るトタンをどかして見てみる。ここは屋根組みのところだ。これは軒下の部材、一番太い梁は、父に落とされ肩に当たった80キロ位の梁だ。残念ながらこれはアリに食われてしまっていた。思い切って松の梁のほとんどを処分してキャンプファイヤーの櫓を組んだ。煤竹はほとんどそのままの姿だった。
 結局、古民家の梁や柱1軒分のうち3分の2を処分し、いいものだけを残してコンパクトにまとめてトタンをかけた。台風に備えて太い電線でしっかり巻いた。
 とても気分がスッキリした。
ついでに放置しておいたイチョウの丸太を第2小屋建設地の作業場に移動した。

2007年8月29日 (水)
棒だけになったハートホヤ、新たな芽吹きが!

先日のダメージで、ハートホヤはついに全ての葉を落としてしまった。
もうだめかと思ったが、日陰で休ませていたおかげで、よく見ると新芽が出てきていた。良かった!
 しかし、5枚も付けていた葉っぱが焼けて腐ってきた途端に葉元から潔く落として身を小さくしてじっと耐え忍び、次の新しい葉に賭けるのはこの植物の知恵だろう。
 葉が無ければ光合成が出来ないはずで、一時期、余分な活動を停止してエネルギーを節約して環境が良くなると見るや生命力を集中させるのだろう。
 どこか共感を覚えた出来事であった。

2007年8月24日 (金)
電気はどうなった?

前回の電話から早1カ月。そういえば電気屋さんからの連絡はない。柏崎原発の事故で東京電力の人も忙しいのだろうと思っていたが、はじめに依頼してからは3カ月になるので電話をせずにはいられなかった。
 「もしもし、電気を引く件ですが、、」「いやー、そろそろ電話しなければと思っていたんですが、用地の話になって。電柱はNTTの電柱が使えないので、新たに立てなければならないんだそうですよ。その電柱を立てるのに別の土地を通るので用地交渉がいるし、竹やぶがあるでしょう。電線に触れるから幅2メートルで伐採しなければならないんですよ。あそこの古い電柱も立て替えてそこから道に出て下から今度は上に上げるルートで用地使用の許可を地主に取るのに、時間がかかるみたいです。」とのこと。

「私もお客さんに説明するから急いでと東電に言ったのですが、、」「わかりました。そういう事情ならいつになるかわかりませんね。」「いやあ、用地が済めば、作業となれば早いはずです。」 結局のところ、なんの進展もなかったが静岡の人はゆったりしている気がする。

2007年8月19日 (日)
酷暑の影響その2

テーブルの上のお菓子缶に入れてあった「きのこの山」もチョコが溶けてこんな姿に。でも冷蔵庫に入れたら1つの塊にくっついて満足。

2007年8月18日 (土)
酷暑の影響その1

熊谷では40.9度と最高気温の日本新記録。
家では、邪魔者されたハート・ホヤが1日で葉焼けして哀れな姿に。
ブリーダーの夢が早くも断たれた。人間でもやられるこの暑さで直射日光はつらかったのだろう。

2007年8月11日 (土)
流しそうめん、本番で断水 流れない

直径20センチもある孟宗竹を切り、縦に裂いてルートは作った。そうめんもゆであがった。しかし、水が出ない。断水だ。リハーサルでタンクの水を使い切ったようだ。
 近隣の家に水道の確認「水でてますか?」
どうやら他は大丈夫のようだ。仕方ない。水タンクで水汲みだ。200リットル入りのタンクを車に積み込み、水場へ。タンクに水を満たし、車の後部に2人で積もうとするが、動くはずもなし。水をほとんど捨てて、先に積み込み、小さなポリタンクで追加する。おろすときは5人がかりでおろす。
 その間、そうめん台は隣の家の前に移動していた。

2007年8月11日 (土)
風車を見に行く そこには走る少年がいた。

よく見ると、走るのが得意だった青年だった。

2007年8月11日 (土)
港の朝市で寿司弁当

伊東の花火を漁港で昨晩見た翌日の今日も朝から港へ。
 限定の寿司弁当が台の上にあと4つだけ。慌てて2つ確保してから値段をおじさんに尋ねると「はいよ、1000万円」てなわけで代金を支払いあら汁に並ぶ。おじさんが大量の味噌を入れて作っている。味は薄い。どうやら1回目のあら汁が早々と底をつき、少し残った汁に足す形で作ったみたいだ。その証拠に2ミリ角ほどの金目鯛の赤い皮が入っていた。
 寿司弁当は、金目鯛2、サザエ2、イカ2、タコ1、エビ1、玉子1。

2007年7月30日 (月)
中国のニュースを聞いて食の安全を考える

要するに、自分で育てた無農薬の野菜が一番!
収穫をしに実家へ。だれもいないので、勝手に菜園でインゲン、ピーマン、キュウリを収穫。野菜泥棒の気分だ。大葉もあちこちに自生している。ニンジンも生えているが、今日はいいか。自宅では植木鉢のプルーベリーを摘む。

2007年7月30日 (月)
ハート型の葉っぱがかわいい植物 ハート・ホヤ

肉厚でハート型の葉っぱがが鉢に1枚刺さっているのを見たことがないだろうか。はじめて見たときは多肉植物かと思っていたが、あるとき原木を花屋で見つけてびっくりした。つる性の植物で、葉っぱがいくつもついているのだ。その葉っぱは1枚採って刺しておくと根が出てくるらしい。
 原木は売り物ではなく、その後1年くらいは見かけなかったが、先日別のグリーンショップで発見。さっそく購入し、育てることに。しばらくするとつるがぐんぐん伸びてきて小さな芽が。数日してみるとハート型の小さな葉っぱになっていた。欲しい人には差し上げます。
 会社に葉っぱを挿したグラスを置いているが、トイレ掃除のおばさんが「あら、かわいい」と興味を持っていたそうだ。

2007年7月25日 (水)
そうだ、電気を引こう!もう2カ月も進まず。

以前に発電機を購入した。災害用目的を全面に押し出して家庭内交渉をした結果なので家に置いとかなけれならず、伊豆に置いてあってはいざという時に役立たない。
 つまり使う場合は車で家から200キロ離れた現地に運び、山の上に運び上げてガソリンを入れ、使い終わるとガソリンを抜いて、運び下ろして車でまた家に持ち帰るわけだ。
 重量は本体で40キロあるから結構重い。何回か繰り返すうちに面倒になってきた。今はエコの時代。太陽光発電と風力発電の資料を調べたが、電球ならともかく電動工具の起動電力を得るには巨大な設備が必要であり断念。
 そうだ!電気を引こう。幸いに近くに電柱が立っている。NTTの電柱だが電気にも共用できると聞いていた。さてどこに頼むかと思ってまずNTTにかけると担当が変わり以前の話はわからないから、まずは東電さんに聞いてくれとのこと。東電に聞くと、「うちで直接扱わないので、町の電気屋さんに聞いてくれ」。町の電気屋さんに聞くと、さらに別の電気屋さんを紹介くれ、やっとたどりついたと喜んだのも束の間、「ごめんなさいね。今身内の不幸で当面仕事は受けらんないのよ」とのこと。
 話が振り出しに戻ったので、今度は地元の知人に聞いてみると、「いい人がいるよ」と人柄の良い電気屋さんを紹介してくれた。なんだ初めから知人に聞けば良かった。
 電気屋さんは、その日のうちに、現地を見に行ってくれた。東電に申請書を出すために、住所や土地の境界の図面を FAXで送り、NTTの電柱が使えると伝えたが、1カ月後、東電さんから「個人の土地に電柱を立てらんない。」との返事が。だからはじめからNTTの電柱と言ったのに。電気屋さんは「結局お客さんの言ったとおりだよ。」また振り出しに。
 「今度現地で立ち会ってくれと言われているから私が行っとくから。進んだら連絡するから。」とやさしい申し出に感謝し、静かに待つも、1月音沙汰なし。もう2カ月も経ってしまった。

2007年7月10日 (火)
頭痛で漢方薬局へ

 頭が痛い。右の耳からじわじわ響く感じだ。ネットで検索すると漢方が効きそうだとの信頼できそうな情報があったので、近所に10年前からあった漢方薬局へ。40台くらいだろうか、白衣を着た不思議な抑揚のある調合士さんで、まずは問診。「そうですか、舌を見せてください。」など一通り問診のあと、「それでは調合します。そうそう、お値段ですが、1日分630円で20日位で始めますが宜しいですか。」「え、ええ。630円×20日=、、、。」
 「漢方というのは中国で1000年も2000年も前から、理屈はわからなくても、効果があるということで選別されて残ってきたものなんです。」「近年、カルシウウム不足で子供が切れやすいなどと言われてますが、そんなことは漢方では1000年前から当たり前だったんです。」などと、調合した中身を尋ねた途端に長い講釈を聞かされる羽目に。ふと横を見ると、額に入った免許に生年年月日がある。昭和30年生まれで52歳、かなり若く見えるのは漢方のせいか?
 「竜骨といって何万年も昔の哺乳動物の化石や牡蠣の化石は古いからこそ、カルシウムもイオン化して吸収されやすいんですよ。」まだまだ続きそうなので「どうもありがとうございました。」
 薬局を出るときに、今まで漢方の歴史を説明してきた調合士さんが
 「とにかく意識を痛みに集中するとより敏感になるので、気にしないことですよ。気の持ちようで痛みもなくなりますよ。」
 最後に聞いた言葉でコケそうになるのをこらえながら12600円の元をとることを意識した。
 それでも、2・3日すると痛みがほとんど消えていた。漢方の効果か、気の持ちようか。

2007年7月10日 (火)
雨で泣き面にハチ

昨日、ビアガーデンで飲んだため、案の定、朝5時には起きれなかった。
起きたらすでに朝7時、仕方ないので電車で。スーパービュー踊り子を予約して窓際の席でグーと寝る間に到着。
 くもりの予報が雨ザーザー。やることが少ないので斜面のウッドデッキを作るため草刈をしていた。痛い!手の甲をハチに刺された。毒を吸い出しながら見ると、ハチの巣があり、活動中のところを邪魔したらしい。もしショックでどうにかなったらどうしようと考えたら気分が萎えて、4時過ぎの電車で帰ることにした。

2007年6月21日 (木)
小屋の前の斜面にウッドデッキを計画

小屋の前の斜面にウッドデッキを計画し、スケッチを電車内で描いてみた。
小屋の前に生えている背の高い木を切らずに残したが、ここまで届く、ウッドデッキを作ったら面白いかも。
 山の斜面には屋根で集めた雨水を濾過する水タンクを3層設置する予定。

 そうそう、土曜日のことを思い出したが、ユンボに住んでいる山ねずみ君はユンボを動かしたら慌てて逃げていったが、地面にビタンと着地した姿がおかしかった。
 

2007年6月16日 (土)
土台の基本形の加工が終了!!

午後7時半、薄暗くなるまでひたすら作業をして、材の加工と防腐剤塗装が完了した。集中したおかげで加工した材の仮組みでは一発でぴたりと合った。
 

2007年6月16日 (土)
カツン カツンとひたすらノミを振るう

今日は5時前に起床し、5時20分に出発。道路は空いていて快調に進むが1週間の疲労が蓄積して眠い。
 ハンディーに9時前に到着し、足場パイプ4M、5M各2本を購入し車にルーフキャリアを取り付けゴムとロープでこれでもか、と頑丈に縛り付けた。
 今日も一人だ。ここのところ、父の採寸間違いなどのせいで作業が後退していたことを反省し、もっとも基本となる土台作成は一人で行うことにした。土台のツガ材の加工はノミが大活躍。前回ぼろぼろにこぼれた刃は以前にも増して研ぎ澄ましてあり、切れは抜群であった。縦と横の大引き交差部分の採寸、加工をひたすら繰り返す。ハンマーが少し重いのでしまいには腕を振り上げる時に使う背中の筋肉が痛くなってきた。

2007年6月11日 (月)
20分の1模型を製作して同時に作っていこう

今までも、10分の1土台モデルや30分の1スチロールモデルなど作ってきたが、雰囲気はわかっても実際に木を刻む段になるとイメージがずれる。
 そこで20分の1モデルを作ってみた。ヒノキの細材を使ってホゾ組みや刻みなども実際の20分の1で正確に再現した。これを現地の本物と同期をとって作っていくと間違いが少なく時間も節約できそうだ。

2007年6月11日 (月)
スツール完成!

きこりんをモデルに作っていたまな板のようなものに足を付けたらスツール完成。この木はイチョウ。伊豆で切り出し3年半寝かしていたものだが、ようやく役に立つものになった。足は本体に直径28ミリ深さ2センチに空けた穴に木の丸棒をぴったり打ち込んであるので恐らく100キロくらいの加重には耐えられるだろう。玄関の靴脱ぎ台にでもなるかな。

2007年6月11日 (月)
 

話は1年前の4月30日にさかのぼる。それよりさらに2年ほど前に切り倒されたイチョウの木をもらったが、斜面の下に転げていて引き上げられなかった。
 ロープを架け、斜面をユンボで引っ張る。最後は人力で引き上げ、チェーンをかけてユンボで運んだ。これが後にきこりんになるとは、当時思いもしなかった。

2007年5月26日 (土)
強い日差しも何のその、トタン屋根の下は案外快適

土台の木材を1本ずつ運び、並べてみる。計測すると、どうも礎石がずれている。父といっしょに正確に測ったはずなのに、、、。1つ100キロ程の大き目の礎石が4隅に配置してあるが、仕方がないのでこれを移動することに。せっかく水平も出して、付き固めた周囲の土もショベルで削り、石を起こしてずりずりと動かす。

2007年5月26日 (土)
雨上がり、リクライニングチェアで晴れ間うとうと

連休以来の訪問。豪雨が上がったばかりの現地は地面が湿っていた。今日は5時15分に出発し、首都高、東名いずれもスカスカ。8時半に現地到着。天気はだんだんと良くなっていき、跳ね上げ式の足置きのあるチェアーでうつらうつら。

2007年5月4日 (金)
今度は巨大ハンマーの柄がポキリと折れた

GWともなれば、人出も多くなり、山に入ってくる人もいるようだ。地元の方に聞いたところでは、今朝も勝手にタケノコを掘って、人の家の水場でタケノコを洗って帰っていったそうだ。そんなわけで、敷地内の道にもゲートを作ろうと思い立ち、竹でゲートを作る。支柱2本の間に竹を針金で吊るしただけのシンプルなものだが、心理的な抑止効果を期待。
 路肩が崩れ気味なので、今度は切った木を使って杭を作り、柄が1メートル、重さ5キロもあるハンマーでたたく。程なくたたき損ねてハンマーの頭が地面にぽとりと落ちた。樫の木製の丈夫な柄であるが、購入から10年くらい経っており、傷んでいたのかもしれない。
 まずは頭に残った柄にドリルで穴を開けて、楔を引き抜く。夜は柄をノミで少しずつ削り穴に合わせて1時間で完成、翌朝合体させて楔を打ち込んだ。長さが5センチ縮んだが、使い勝手はOK。5日は早々に作業を終え、急坂をキックボードで下って駅に到着、電車で帰宅へ。

2007年4月28日 (土)
ハンドルがポキリ。購入したての折りたたみAーbycicle

今回は電車で駅から現地に向かう。Aーbycicleを折りたたんだ姿はとてもコンパクトで5.5キロと軽い。場所もとらないので、足元に置く。駅に着いたら早速組み立てて走り出す。はじめはゆるい下り。そして平地。その後は上りでどこまで行けるか。ペダルの位置がやや後方気味なので、こぎにくい。
 急坂の登りはあまりにつらいので、押して上がる。今度は今登ってきた急坂を下る。サドルの位置が高いセッティングにしたためブレーキは今ひとつ不安定。漁港の朝市をぶらぶらして、鯖寿司、山菜おこわ、焼きそばを買って今度はまた先ほどの坂を登る。ほとんど登りきったその瞬間、ポキリとハンドルが折れて、コケル。なんと組み立て式の左ハンドルの根元からきれいに折れていた。もし下りで折れていたら、、、と思いぞっとした。
 帰りの急坂はゆっくりと片手はハンドルポストを持ち、注意しながら駅まで。
 

2007年4月17日 (火)
2カ月ぶりに開拓地へ 筍掘ってシャベル折る

開拓を始めて以来、2カ月以上も来られなかったのは初めて。体調が戻ってようやく来ることができた。朝市で筍を見つけたが、30円の値札。「安い!」と思ってよく見ると100グラムあたりの価格。大きなものだと1本1500円くらいだ。今年は採れる量が少ないので、高いようだ。
 開拓地の戻って筍を探す。あちらこちらに穂先がのぞいている。ちょこんと出た筍の周りをがんがん掘っていく。てこの原理を最大限に使い、気合で掘るうちにシャベルが曲がった気がしたので見るとやはり曲がっている。今度は反対に使って戻そうかと思ったら、ポキリ。

2007年2月10日 (土)
高くて細くて丈夫な樹上で精神統一。

待ちに待った三連休。昨日は深夜帰宅で朝は起きられず。昼過ぎに車で出かけたら、首都高渋滞、東名も大渋滞で到着は夕方に。疲労続きの週末だが、温泉で回復して河津の夜桜見物をする。花は3分から5分咲きか。
翌日は快晴。高くて細くて丈夫な樹上で精神統一。

2007年1月29日 (月)
きこりんなるものを作ってみた。

住友林業のキャラクター、きこりん。ヒノキの国の木の精という設定らしい。伊豆から持ってきたヒノキの木で小さいのを2つ、イチョウの木で大型のを作ってみた。大型のは足でもつけてスツールにしようかな。

2007年1月21日 (日)
今年最初の開拓日記

今年最初の伊豆だ。水のストックがなくなったのでお許しが出た。近所のド ラッグストアで1本100円のを6本買うか伊豆で3本汲んでくるか選べとのこと。 もちろん伊豆を選んだが今週は疲れていて、朝5時おきで車の運転はつらいので今回は踊り子号往復12000円で3本汲んできます。行きは駅からタクシーで1100円。 帰りは早めにと、時計を見ると16時1分、16時20分発のスーパービュー踊り子に間に合わない!と6リットルの水を背負ってキックボードで坂道を疾走。最後の登りで息が切れたが、5分前には到着。 安心してビールとおつまみを購入し、スカスカの車内の窓際でうたたね。 勢いで大宮まで乗り過ごしてエキューとでトップスのカレーを食べた。 電車って楽チンと再認識した1日だった。

2006年12月16日 (土)
山から生産せよ!レモンの収穫

レモンの収穫。無農薬のレモン。 苗が1980円で結局計4個の収穫。1個当たり約500円なり。

2006年12月16日 (土)
山から生産せよ!の指令で薪割りその3

クヌギを30センチ長の丸太に切ったあと、切り株の上で試し切り。 ハスクバーナ製の薪割り斧はヤフオクで購入。約10000円。いかにも切れそうな斧を振り下ろすと、真っ二つに割れた。あまりの威力にびっくり。 15キロの薪があっという間にできた。 ヤフオクで調べるとクヌギの薪は高級で薪ストーブにぴったりとのこと。 価格は15キロで500円程度。 というわけで、10000円-500円は、、、。

2006年12月16日 (土)
山から生産せよ!の指令で薪割りその2

山から何か売れるものを生み出せ!との指令を受け、クヌギの立ち枯れした木をチェンソーで玉切り。

2006年12月16日 (土)
山から生産せよ!の指令で薪割り