はじめから傭兵になろうと思ったわけではなかった。ただ単に、ほかになれるものがなかっただけのことだ。理由もなく誰かのために命をかけられるほど自分は素直でもお人好しでもない。人に仕えるには歯に衣着せぬ物言いが災いの種になる。何かに縛られて生きるよりは、己の腕のみを頼りに自由に生きる傭兵稼業の方が性にあっていた。
雇い主とのつながりは契約だけ。契約が切れればどこへ行くにも自由な代わりに捨て駒扱いは日常茶飯事で、昨日の味方が今日の敵になることも珍しくない。十四の年から十年近くも生き延びてこられたのは半分は実力、半分は運だろうと自負している。そんなひねくれ切った自分が誰かのために命をかけることなど一生ないだろうと、そう思っていた三年前のことだった。彼に、出会ったのは。
傭兵と一口に言ってもその実力はさまざまである。一人で仕事を請け負えるのは『自由騎士』と呼ばれるごく一部の人間だけで、その他大勢は傭兵同士で小集団を作り、ギルドに登録して仕事が来るのを待つのである。集団によっては規模の大きなものは独自のネットワークで仕事を請けるものもあり、そのころのベオウルフはちょうどそんな集団の一つで中核を成す存在だった。
あれは、とある大仕事を控えてアグストリアを訪れていたときのことだ。闘技場は運だめしの場であると同時に彼ら傭兵にとっては自らの実力を示す絶好の場でもある。闘技場で勝ち抜くことで知名度も上がり、依頼が増えるという仕組みだ。そんなわけで、ベオウルフも当然のように闘技場を訪れたのだが。
「……なんかやけに混んでるな……」
もともとアグストリアは小国が集まって連合を形成しているだけに、力自慢がよく集まってくる。したがって闘技場の参加者も他国に比べて多いほうなのだが、その日は観客数のほうが異常に多く立ち見まで出ている始末だったのだ。
「……誰かめぼしいのが来たのか?」
そんなベオウルフの疑問は、出場登録のときに解けることになる。
「ほい、三六九番だね。……おや、ついてないなあ。しょっぱなから相手が悪いや」
「誰だ?」
「赤い甲冑の騎士でさ。名前や経歴は一切公開してないんだけど、これがまた強くてねえ。今んとこ十九連勝中、あと一つで連勝新記録達成なんだ。ま、くじ運だと思ってあきらめな」
受付にそんなことを言われたベオウルフは肩をすくめた。
「おいおい、勘弁しろよ。俺あまだ死にたかねえぞ」
「あー、そいつは安心しな。この騎士は相手を殺さないんだ。ま、そんだけ力の差が圧倒的だってことなんだが」
「どうも気にいらねえなあ……」
「どうする?やめるかい?」
「いや、やるよ。そのくらいの実力者なら一度面をおがんどくのも悪くねえ」
「見れるといいな。ちなみに今んとこ誰も奴の冑を脱がせた奴はいないぜ」
「けっ、よけい気にいらねえや」
吐き捨てて、剣の柄をがしゃんと鳴らしたベオウルフである。
二時間後。赤い騎士との対決のときがやってきた。闘技場に一歩を踏み出すと、場内が大歓声に包まれて地響きのように全身を押し包んだ。今までのどの闘技場にも勝る、まさに大観衆である。その歓声が鳴りやまないうちに流れてきた紹介アナウンスはというと。
『さあ、みんなお待ちかねのメインイベントだ!現在破竹の十九連勝、向かうところ敵なしの赤騎士を倒すのはこの男か?音に聞こえた傭兵軍団からついに刺客の登場!人呼んで『戦場の狼』ベオウルフだぁ!』
(……おいおい、誰が刺客だよ)
そんな心の中での突っ込みが誰の耳に届くはずもなく、大仰なアナウンスはまだ続いている。
『さてこのベオウルフ、このアグスティにゃ初登場だがユグドラル全体じゃちったあ知られた男だ。十四から傭兵の世界に入って十年、生き残ってきた腕は伊達じゃねえ。どんな死地からも生還する不死身の男!さあ、最強の挑戦者にどうする赤騎士!』
(……何だかなあ……)
毎度のことながらあきれるしかない。観客を盛り上げるためにあることないことまくし立てるのは常套手段だが、『不死身の男』とまで言われてしまうと照れ臭いのを通り越して尻がむずむずしてくる。何のことはない、負け戦で捨てゴマにされて命からがら逃げおおせたのが数回あるという程度なのだ。まあ、そんな『事実』は彼らには必要ないのだろうが。
一瞬、歓声が途切れた。ベオウルフは顔を上げ、その人物を見て―――直感した。
(こいつ……強えぞ)
甲冑の色は鮮血で染めあげたような真紅だ。やや細身だが筋肉質の体つきは力、技、スピードを兼ね備えていそうに見える。冑と面当てのために顔は見えないのだが、全身から発せられるオーラのようなものはほかを圧倒するだけの迫力があった。
並みの敵なら正面に立つのがやっとでとても勝負にならないだろう。もっとも、数々の死地をくぐり抜けてきたベオウルフには少しは余裕がある。
(ありゃあ大地の剣か……ちっと厄介だな。あれを使われると勝ち目がねえか……)
冷静に相手の武器を観察する。だが騎士はもう一本の何の変哲もない鋼の剣を手にして進み出てきた。
「……剣はそれでいいのかよ?ほかにもいいの持ってんじゃねえか」
半分は好奇心、もう半分は戦略からかけた声だった。返答の仕方で相手の性格や技量を推し量ろうとしたのだが、彼は一言も答えずに剣をかまえた。
「だんまりってわけか。ま、別に俺はかまわねえが」
こちらの考えを見抜いたのか。存外に頭も切れるようだ。こうなると、正面切ってぶつかるしかない。ベオウルフは覚悟を決めて進み出た。
試合開始を示す銅鑼の音が重々しく響き渡った。先手必勝、とばかりにベオウルフが飛び出す。騎士は鋭く繰り出される彼の剣をはねのけ、恐ろしいスピードで反撃してきた。
『おーっとぉ、のっけから激しい攻防だ!現在のところ両者互角っ!』
ベオウルフは内心舌打ちしている。
(互角だと?冗談じゃねえ!なんて奴だ、この俺が受けるだけで手いっぱいだなんて……!)
パワーに圧倒されて反撃もままならない。鎧は傷だらけ、このままでは力負けしてしまう。それでは傭兵としてのプライドが許さない。
せめて一矢報いるべく、彼は捨て身の攻撃に出た。
「……っ!?」
鋭い金属音が上がり、つばぜり合いの状態になる。ベオウルフはにっと笑って見せた。
「あんた、すげえな。でも、ここまでだぜ」
「!?」
手首を返し、刃を滑らせる。一瞬の後、彼は懐に飛び込むことに成功していた。繰り出した剣が騎士の冑の面当てをはね跳ばし、素顔が露になる。
それは、はっきりと見覚えのある顔だった。遠い昔ではない。ごく最近、アグストリアに入ってからだ。そう、あれは確かアグストリア諸侯の肖像の中に……
「……あんた、まさかっ……!」
「……すまん、失礼する」
ぼそりと呟く声が聞こえた、次の瞬間だった。
強烈な衝撃のあと、意識が遠くなった。それが剣の柄で殴られたせいであるとわかったのは、闘技場の控室で目を覚ましたときのことである。
「……っつう―――……」
目覚めてすぐに、殴られた首筋ががんがんと痛み始めた。何とか身体を起こそうとあがくうちに、すぐ横に人の気配を感じて顔をあげる。
そこにいたのは、つい先ほどまで戦っていた赤騎士だった。今はもう冑を取って素顔をさらしている。その姿を見て、ベオウルフは自分の記憶が正しかったことを知った。
「気がついたか?すまなかったな、とっさのことで加減ができなかった」
「……反則だぜ……ノディオンの次期当主が何だって闘技場なんかにきてんだよ」
うめくように声を絞り出したベオウルフに、赤騎士―――エルトシャンは、苦笑で応じた。
「友人との約束でな。闘技場で正体を明かさずに二十人抜きできるかどうか勝負していたんだ。腕だめしのつもりだったんだが……」
「おかげでこっちはいい迷惑だぜ。評価が下がっちまうじゃねえか」
たとえ相手が伝説の十二聖戦士の一人黒騎士ヘズルの血を引くノディオン王家の次期当主であろうと負けは負け、しかも一撃でというおまけつきだ。己の腕のみが頼りの傭兵にとっては評価下落は死活問題である。
そのあたりの事情はエルトシャンも承知しているので、素直に頭を下げた。
「本当にすまなかった。代わりといっては何だが、傷が治るまで面倒を見よう。仕事の予定は入っているのか?」
「ああ。アンフォニーで海賊退治の予定だったんだが、この傷じゃ無理だな」
「それはよかったな。むだ足を踏まずにすむぞ」
「何?」
「アンフォニーの奴等は海賊と結託している。海賊退治などと言ったところで本腰など入れるはずがない。逆に海賊の代わりに傭兵を始末して首級を挙げるつもりかもしれんな」
「おいっ……!」
「マクベス王は腹黒い男だ。そのくらいは平気でやるぞ」
エルトシャンの声は平静で。それが事実であることを如実に語っている。
「仲間がいるのなら伝えるか?」
「……いや。どうせ今回のことで俺はクビだろうし、もともと仲間意識なんかねえ金だけのつながりだ。頭のいい奴だけが生き残るだろうさ」
「真理だな。ではお前はどうする?」
「独立してえところだが評価を落としちまったからな。どこかのチームにもぐり込むか……何にしろ一からやり直しだ」
「そうか。では俺のところに来ないか?」
言葉が途切れる。エルトシャンの言ったことを頭の中で反芻して、ベオウルフは小さく吹き出した。
「……気でも狂ったか?はぐれ者の落ちこぼれ傭兵を雇う気かよ?」
「お前の実力は手合わせした俺が一番よく知っている。それに、これは評価をあげるチャンスでもあるんだぞ」
「何だと?」
「先日、父上が病死した機をねらって隣国ハイラインが国境を侵略してきた。俺は表向きまだグランベルにいることになっているから、奴等は機に乗じて国土の一部を乗っ取るつもりでいるのだ。状況は不利だが、これをひっくり返せば評価は上がるのだろう?」
傭兵が評価をあげる方法は二つある。一つは、前記のように闘技場で勝ち抜いて実力を示すこと。もう一つは、戦功をあげることである。特に後者はその功が大きいほど評価が上がるのだが、その分危険が大きい。
「……悪くねえが……勝算はあんのか?」
「俺が戻ればミストルティンを継承してクロスナイツを出撃させることができる。そうなればハイライン軍など恐れるにたらん。お前はそれまで国境の守備隊とともに持ちこたえてくれればいい」
「……そりゃつまり見捨てられる可能性もあるってこったよな」
よくある話だ。都合のいいことを言っておいて、いざというときに見捨てる。そんな雇い主は掃いて捨てるほど見てきた。
ぼそりと呟いたベオウルフをしばらく見ていたエルトシャンは、やがて腰に下げていた剣の柄に手をかけた。
「おいおい、冗談だよ。本気にすんなって」
「勘違いするな。お前にこれを預けるといっているんだ」
「え?」
面食らうベオウルフの眼前に彼が突き出したのは大地の剣である。
「これは……」
「我がノディオン王家の家宝、大地の剣だ。国境警備の指揮権を委譲する。俺が無事戻ったときに返してくれればいい」
「……確かにすげえ剣だが、いいのかよ?俺がもしこいつを持ったままバックレたらどうすんだ?」
「憶病者という噂がたって二度と傭兵ができなくなるというだけのことだ。剣一本と人生を引き換えたくはあるまい?」
しれっとしてそう言ったエルトシャンに、ベオウルフは唖然とした。
「……大した悪人だぜ。傭兵を脅す奴は初めてだ」
「善人ヅラをして見捨てる人間よりはましだと思うがな」
「確かにそうだ。よし、契約成立だ。報酬はあとできちんと取り立てるからな」
「わかっている。出発は一週間後だから、それまでに施療院で傷を治しておけよ」
「わかってらあ。治療費はそっち持ちでいいんだな?」
「面倒を見る約束だからな。かまわん」
一週間後、傷の癒えたベオウルフはエルトシャンとともにアグスティをあとにした。そこからノディオンまでは同行し、エルトシャンがミストルティンの継承式をすませる間に国境へ急ぐ手はずである。
身分の差こそあれ、もともと年はそう変わらない二人である。特にエルトシャンはそういったものを気にする人間ではなかったし、ベオウルフに至っては雇い主である彼に対し敬語さえ使わないという無礼ぶりで、そのためか二人はノディオンまでの十日間の間に奇妙な信頼と友情を築いていったのである。
「おう、そりゃなんだ?」
ノディオンまであと二日と迫った日の夜。いつものように野宿の準備をしていたベオウルフは、エルトシャンが手にしていたものを覗き込んで尋ねた。
「あー?子供じゃねえか。恋人かと思ったぜ」
「妹のラケシスだ。今年十三になる」
一人の少女の肖像である。貴族がよく好む細密画の形式で、ドレス姿の美少女が正面を向いてにっこりと微笑んでいた。
「妹にしちゃずいぶん年が離れてねえか?」
「母親が違うんだ。妹の存在を知ったのは……六年前だったかな」
王族が多くの妾を持つのもよくある話だ。エルトシャンの母はこのころ既に亡くなっていたし、この妹も母を亡くしたと知った彼は彼女を城に迎え入れるよう父王に進言したのである。
「それで、何でこんなもん持ち歩いてんだ?」
「月に一度送ってくる。『兄上が寂しくないように』と言ってな」
この年頃の少女は成長が早い。わずか一月でも劇的に変化することさえある。寂しくないように、と言うよりは兄が自分のことを忘れてしまわないようにという意味合いのほうが強いのだろう。今回もこの兄の帰宅を首を長くして待ち侘びているに違いない。
「ふーん……よくわかんねえが、よっぽど可愛いんだな。いつもと顔が違うぜ」
「ベオウルフには家族はいないのか?」
「ああ。盗賊に皆殺しにされちまった。もう顔も覚えてねえよ」
悪夢が訪れたのは六つの時だった。村は盗賊に焼き払われて村人は全滅。ただ一人生き残った彼を拾ってくれたのが旅の芸人一座だった。そこでは下人以下の扱いでこき使われ、一年とたたないうちに逃げ出した。ふらふらになりながらたどり着いた傭兵集団の砦でもやはりこき使われたが、強くなれば見返せると思って必死に耐えた。十四で初陣を飾って十年近く、戦場を渡り歩くうちにさまざまな駆け引きを覚え、死地から生還するたびにしたたかになった。生き馬の目を抜くようなこの世界では他人を騙したり出し抜いたりは日常茶飯事だったが、それでも大切なものがある人間には最後の一線でかなわないことを彼はよく知っていた。
「そうか……」
「ま、大事にしてやるこった。あんまり無茶するんじゃねーぞ。ヤバイこたあ俺みたいになくすもんのない奴に押付けときゃいいんだからよ」
「そうしたいところだが、俺は常に戦いの矢面に立つよう宿命づけられているようでな。もし俺に何かあったときは、妹を守ってやってくれないか」
「……それも依頼か?」
「いや、友人として頼んでいるつもりだが」
ベオウルフは少し考えて、答えた。
「……その返事はこの戦いで生き延びたら返すことにするぜ。いいだろ?」
何の打算もなしに誰かを『守る』なんて経験のないことだ。でも、もしこの戦いで生き延びることができたら。一人前の『自由騎士』としてやっていく自信が持てたら、可能かもしれない。
そんなベオウルフの複雑な思いに気づいていたのだろうか。エルトシャンは小さく笑って答えた。
「……そうだな。かまわん」
ハイラインとの国境戦は熾烈を極めた。ハイライン軍が大軍を投じ嵩にかかって攻め立ててきたのに対してノディオンの国境警備隊は一個中隊しか駐留しておらず、しかも士気が大変低かったのだ。エルトシャンに託された大地の剣がなければベオウルフの言葉さえ信じなかっただろう。
正式に王位を継承しミストルティンを得たエルトシャンがクロスナイツを率いて駆けつけたときには、前線はまさに崩壊寸前でベオウルフも絶体絶命の状況に陥っていた。しかし彼は、そこで奇跡を目の当りにすることになる。
ノディオンの誇る精鋭部隊はエルトシャンの指揮のもと、絶対的優位にあったハイラインの大軍をあっという間に蹴散らしてしまったのだ。彼らは個人はもとより、集団でも圧倒的な強さを誇った。特筆すべきはやはりエルトシャンの卓越した指揮能力とその恐ろしいまでの強さだろう。魔剣ミストルティンを継承して無敵となった彼は後の異名の通りまさしく獅子奮迅の活躍であった。
完全に脱力して大木の下にへたり込んでいたベオウルフのもとにエルトシャンがやってきたのは戦いが敗残の掃討戦に移ったころで、辺りは既に夕日の赤に染められていた。
「……おせえぞ」
「すまんな。生きているか?」
「……まあ、何とかな。マジで死ぬかと思ったぜ」
「思ったより遅れてしまった。間に合わないかと思ったが、よくここまでもたせてくれたよ」
「人事みてえに言うんじゃねえよ」
「はは……どうだ、動けそうか?」
「ほっときゃ復活するだろうが今は無理だな。ああ、こいつは返しとくぜ」
と、大地の剣を差し出すベオウルフにエルトシャンはかすかに眉をあげた。
「……何だ、使っていないのか?護身の意味も含めて渡したつもりだったんだが」
「王家のお宝に傷なんかつけられっかよ。俺にはこいつで十分さ」
と、鋼の剣を示して見せる。歯こぼれが激しいそれはこの戦いがいかに苛酷だったかを如実に表していた。
「……意外に律儀なんだな」
「意外は余計だ。ともかく、助かったぜ。これで契約は完了だな」
「これからノディオンに凱旋する。城では俺の即位祝をかねて宴を行う予定なんだが……お前も来ないか?」
ようやく身体を起こしたベオウルフは、笑って手を振った。
「遠慮しとくよ。そういう場所は柄じゃねえんだ。それより、妹んとこには帰ってやったのかよ?」
「ああ……考えておいてもらえたか?」
「妹を守れって奴か?……そうだな、引き受けてやってもいいぜ。お前にはでけえ借りができたからな」
命を救われたのだから、義理は尽くさねばなるまい。
「そうか……ありがとう、助かる」
「ありがたがるこたあねえよ。しっかしまあ、何だな。お前、ひょっとして会う奴全部に妹のこと頼みまくってんじゃねえか?」
「頼む相手はちゃんと選んでいるぞ。お前のほかは二人だけだ」
「結局頼んでんじゃねえか。妹ってのあそんなに心配なもんか?」
そう尋ねると、彼の表情が微妙に変化した。
「……父上が亡くなられた今ではたった二人の兄妹だ。それでなくても、今まで淋しい思いをさせてきたからな。できるだけのことはしてやりたいんだ」
「兄貴ってより恋人か父親って雰囲気だな。嫁に出すとき苦労するぞ」
「かもしれんな」
「まあいい。困ったらいつでも呼べよ。一度は拾った命だからな、いつでも捨てに来てやるぜ」
「ああ、また会おう」
がっちりと握手を交わして、別れた二人である。
伝え聞いた話では、その後しばらくしてエルトシャンはレンスターの貴族の娘と結婚し、一児の父となったらしい。そして自由騎士となった自分はノディオンの戦いの功で実力を天下に知らしめ、さらなる激戦の渦中に身を投じた。いつかその約束を果たす日が来るという、確かな予感を覚えながら。