遠く遥か君がため 第二章
 それから二日が経過した。
 不穏な気配は着実に軍内に伝わりつつあった。得体の知れない緊迫感が砦の内部を押し包んでいる。平然としているのはレックスを含むわずかに数名(ベオウルフやホリンのように周辺時に関心を持たない者やブリギッドのように本来の場所に帰ってきたことで生き生きしている者たちのことだ)のみで、兵の多くは忍び寄る悪夢の気配に奇妙な予感を覚えて落ち着かない様子だった。それは当然ながら軍内での地位が下に行くほど顕著であり、部隊長に任じられた者たちは己の不安を押し隠してそのフォローにまわらねばならなかった。
 それはアゼルも同様で、彼は自分が率いてきた魔法部隊で魔法理論や実践学などの講義を行うことで部隊内の引き締めを図っていた。彼自身が迷いの只中にあることを思えばその手腕はなかなかのものといえよう。
 そう。アゼルは迷っていた。自らの身の振り方を、ではない。幼なじみの少女に今のこの事態をどう告げるべきかを、である。自分から戦いに飛び込んだ自分やレックスはともかく、ティルテュは本当にただ巻き込まれただけなのだ。できれば穏便に自国に帰してやりたかった。だが目に見えて落ち込んでしまった彼女を元気付けようと軍の女性たちがなかなか周囲を離れてくれないため、話を持っていくタイミングがつかめずにいたのだった。
「どうしよう……」
 砦の中庭でアゼルはため息をついた。
 この日の昼も食堂で何とかティルテュに話し掛けようとしたのだが傍らのエーディンやエスリンに邪魔される形で結局何もできないまま終わってしまった。あんなに落ち込んだティルテュを見るのは初めてだった。どうすれば元気付けてやれるのかなど見当もつかない。
 一方で、このままではいけないこともわかっている。期限は迫る一方だし、落ち込んだところを慰められたティルテュが誰かに事情を話してしまわないとも限らない。いっそのこと、母国の妹のことでも持ち出してみようか。彼女とは特に仲がよかったことだし……
「あ、いたいた!アゼルー!」
 いきなり名を呼ばれてびくりと振り返る。ひらひらした衣装の踊子の少女が渡り廊下のところでこちらに向かって手を振っていた。その隣には、長い金髪の神父の姿もある。
「……シルヴィア?どうしたの?」
「ティルテュがね、あんたを呼んでるんだって」
「……ティルテュが?」
 ぎくり、として尋ね返すとシルヴィアはこくりと頷いた。
「そうよ。あたしは神父様に頼まれてあんたを探すのを手伝ってただけ」
 傍らでクロードも小さく首を傾ける。
「このところお元気がないようでしたのでお話を伺ったところ、あなたを呼んできてほしいと言われましてね。……来ていただけますか?」
 背筋が冷たくなるような感覚を覚えてアゼルは立ち尽くした。察しのよいこの神父は既に何か知っているのではないだろうか……
「……わかりました」
 やっと答えると、クロードはふわりと微笑んだ。
「では礼拝堂にいらしてください。そこでティルテュさんがお待ちです」
 それだけを言って背を向けるクロードに、シルヴィアがきょとん、とした顔をする。
「え、一緒に行くんじゃないの?」
「内緒のお話だそうですから。我々がいては邪魔になってしまうかもしれません」
「ふうん……なんだ、つまんない」
「シルヴィアさん、よろしければあちらでお茶でもいかがですか?甘いお菓子もありますよ」
「もー、神父様ったら私のこと子供だと思ってるでしょ!」
 拳を振り上げる少女にくすくすと笑いながら神父は小さな会釈を残して立ち去っていった。アゼルは大きく息をつくと、思い切り身体を伸ばしてから歩き出した。


 信心の足りない海賊たちのおかげで、かつては栄華を誇っていたであろう礼拝堂はすっかり荒れ果てていた。そこが礼拝堂であることを現すのは唯一窓を彩るステンドグラスのみで、周囲を飾っていたはずの美しい宝飾品の類はすべて持ち去られたあとだ。だが本来質素を旨とするエッダ教としてはこれが正しい姿なのかもしれない。
 そんなことを思いながら、アゼルは歩を進めてゆく。礼拝堂が近づくにつれて頭の中は冷たく冷えていった。裁きを受ける罪人の気持ちがわかるような気がした。いや、どちらかといえば教会で懺悔をする人間の気持ちに近いだろうか。
 もう引き伸ばせない。期限は今夜中。明日の早朝にはいやでも結論が出てしまう。悩む時間を与えてもやらないのは、とても卑怯な所業なのかもしれない。それでも、意見を曲げるつもりはなかった。
(兄さん、ごめんなさい)
 若きヴェルトマー家当主にして聖炎魔法ファラフレイムの所有者。バーハラ王家の絶大なる信頼を得て最年少で親衛隊長に就任した兄は、アゼルの自慢だった。年齢の差からか冷たい近寄りがたさを感じることも多かったが、自分にだけはいつも優しかった兄をアゼルは心の底から慕っていた。
 だが自分は今その兄を裏切ろうとしている。兄はどう思うだろう。まず許してはもらえまい。ヴェルトマー家に泥を塗るような真似をしようとしている弟をせめて自分の手で葬るべく出馬してくる可能性も否定できない。だが、それでも。
(僕は、僕の道を選びます)
 兄の陰に隠れて何もできないひ弱な公子でありつづけることはもうできない。この軍に参加したのは確かにかつての憧れの女性を助けたい一心だったが、その女性はとうに他の男のものになってしまったが、戦う理由はもはやそれだけではないのだ。自己の確立などというたいそうな言い方はしたくないが、それが一番近いのかもしれない。
 ティルテュにもすべて説明するつもりだった。一人で帰れなんて普通に言ったところで彼女が承知するとも思えなかったが、なんとしてでも説得しなくてはならない。
 あれこれと方策を考えながら歩いていたためか、気づくのが遅れた。
 気がついたときには、既に周囲を囲まれていた。その不穏な気配に、アゼルはさっと全身を緊張させた。
「……誰だ?」
 誰何すると、魔道士のフードをかぶった男が目の前にふっと現れて問うてきた。
「ヴェルトマー家公子アゼルさまでいらっしゃいますね」
 質問、ではない。確認だ。口調は丁寧だがどこか慇懃に感じられる。
「僕は名前を聞いている。礼儀知らずに名を名乗る気はない」
 怒気をこめて言い捨てると、男のフードから覗く口元がにいっとつりあがった。
「これは失礼……兄君アルヴィス卿の使いと申し上げればご理解いただけますかな?」
「兄上のだと?」
「さよう……なかなかお戻りにならない弟君をたいそう心配しておられる。よって、我々がお迎えに上がった次第……」
「余計なことをするな。僕は戻るつもりはない」
 はっきりと、アゼルは断言した。
「……今、何と?」
「戻るつもりはない、と言ったんだ。僕はここに残る。残って、ここにいる人たちの無実を証明してみせる」
 男の口からくっくっ、と嘲るような笑みが漏れた。
「何がおかしい!」
「アゼル様のお気持ちはよくわかりました。ですが、我々にはそのようなことは関係ない。我々が言い付かったのはあなたを連れ戻すことのみ、それも手段を問わずに、ですからな」
「なっ……」
「どうやら痛い目にあわねば理解していただけぬようだ。少々のけがは覚悟してもらいますぞ」
 最初からそのつもりだったのだろう。複数の気配が同時に膨れ上がる。
 アゼルはとっさに地を蹴った。先ほどまで彼の足があったところに短剣が数本突き刺さる。小さく舌打ちして、彼は懐を探った。
 何かのときのためにファイアーの魔道書を常に携帯するようにしていたことがこのときばかりは役に立ったようだ。引きずり出したそれを見て、男がせせら笑う。
「ふん、ファイアーのような下級魔法が我々に効くとでもお思いか?」
「やってみればわかるさ!」
 挑戦的な言葉を投げつけて、さっと短呪を唱える。魔道書を持つ手とは逆の手に炎の力が集中する。
「ファイアー!」
 叩きつけられたそれは、単なる下級魔法をはるかに越えるレベルだった。傍系とはいえ彼もファラの血をひく聖戦士の一族である。炎の愛し子と言われるその力は炎系魔法において絶大な威力を発揮した。まして、彼は温室育ちの宮廷魔道士などとは比べ物にならないほどの実戦の経験をつんでいた。
「ぐあぅ!」
 油断していて顔面に食らった男が苦悶の悲鳴をあげる。周囲が怯んだ隙にアゼルは魔法を連続して放った。致命的なダメージにはならなくても相手をけん制するにはこれで十分だ。それらのいくつかをまとめて受けた一人が身の毛もよだつような悲鳴をあげて黒焦げになると、彼らは明らかに怯んだ様子でじりじりと後ろに下がった。そのときだ。
 布地を裂く音にたとえられる女性の悲鳴が上がった。礼拝堂のほうだ。それに気づいて、アゼルはぎくりとした。礼拝堂にはティルテュが一人でいるはずだ。
「……ティルテュ!」
 とっさに走り出そうとした彼の前に男が立ちふさがった。
「お待ちあれ!」
「邪魔するな!」
 普段からは考えられないような怒声が口を突いて出た。怒りのままに叩きつけたファイアーはそれまでの数倍の威力で男を黒焦げにした。煙を上げて立ち尽くす炭化した死体の脇をすり抜けて、アゼルは一目散に走り出した。


「ちょっと、はなしてよ!」
 礼拝堂に飛び込んだアゼルが見たものは、ティルテュの腕を捕らえる複数のフード姿の男たちだった。
「ティルテュ!」
 名を呼ぶことで注意をそらし、すぐさま距離を詰める。威力を抑えたファイアーが男らの腕を直撃し、彼らは苦悶の悲鳴をあげ手を離してあとずさった。
「アゼル!」
「下がって!」
 駆け寄ろうとするティルテュに鋭く言い放ち、次の攻撃に備える。憎しみに満ちた目で睨みつけてきた男は、懐から金色の魔道書を引きずり出した。
(エルサンダーか!)
 雷系の中級魔法だ。この至近距離で食らえばひとたまりもない。アゼルは男が呪を唱え終わる前に飛び出した。護身用の短剣が男の腹部を深く貫き、男は苦鳴をあげて崩れ落ちた。その手からエルサンダーの魔道書がばさりと落ちる。
 もう一人の男が苛立ったように叫んだ。
「なぜ邪魔をなさるか!我らはただ公女を安全なところへお連れするために参ったものを……!」
 ティルテュが拳を握って叫び返す。
「あたしはそんなこと頼んでない!余計なことしないで!」
「ティルテュ様、お父上のお言葉ですぞ!逆らうなど……!」
「お父様は私のことをちっともわかってない!絶対帰らないんだから!」
「ならば腕ずくでもお連れするまで!」
 舌打ちした男が魔道書を取り出そうとする。一瞬早く、アゼルが動いた。
「がっ!」
 炎の塊が男の手を焼いた。魔道書が炎に包まれてばさりと落ちる。苦悶の声をあげた男は血走った目でアゼルを睨んだ。
「何を……!」
「命まで取る気はない。ティルテュの父上に伝えてくれ。僕たちはみんなの潔白が証明されるまで帰らないとね」
「アゼル公子!何をおっしゃっているのかわかっておいでなのですか?!」
「これが、僕が選んだ僕の道だ。邪魔することは許さない」
 柔和な面をきつく引き締めて言い放つ。赤玉石の瞳に炎が揺らめいて男を射抜いた。気おされた男が一歩下がる。
「そろそろ砦の者が騒ぎに気づくぞ。見つからないうちに帰れ」
 恫喝するように一歩進み出ると、男は身を翻して礼拝堂を走り出ていった。
 小さくため息をついたアゼルに、ティルテュが歩み寄る。
「アゼル……助けてくれて、ありがとう」
 にこり、と笑うその表情はどこかせつなげで。正面からそれを見たアゼルの胸に痛みが走った。
「……いや、僕は……ただ、自分のわがままを通しただけだ」
「そんなことないよ。すごくかっこよかったよ」
「ありがとう……でも、いいのかい?これじゃあ、本当に……」
「いいの」
 アゼルの言葉をさえぎって、ティルテュはくるりと背を向けた。
「決めたの。あたしもここに残る」
「ティルテュ?」
「誤解しないでね。ちゃんと自分で考えて決めたことだから。……あたしって、ホントに今まで何も知らなかったのよね。世間知らずだと自分でも思うくらい。それでも、わかることはあるよ。ここの人たちがいい人たちだってことと、アゼルやレックスがホントに真剣に戦ってきたんだってこと」
「…………」
「この人たちのためにあたしに何かできるならしたいと思ったの。それが、理由の一つ」
「ひとつ?」
「うん。もうひとつはね……アゼル、あなたよ」
 肩越しに振り返ったティルテュが微笑う。
「あたしねえ、家族が大好き。お父様は厳しいけどお母様やお兄様は優しいし、妹のエスニャもあたしのことを慕ってくれてる。ホントに大好きなの。……でもね、それ以上にあたしはあなたのことが好きなのよ」
「……え?」
 引きつったように呼吸を止めたアゼルに、ティルテュは笑いながらくるりと振り返った。
「別に答えてくれとか、あたしを好きになれとか言うわけじゃないのよ。そりゃ、好きになってもらえたら嬉しいけど……押し付けるようなものじゃないってことくらいわかってるから。ただ、ちゃんと伝えておきたかっただけ」
「ティルテュ……」
「アゼルが好き。アゼルが行くところならどこにでも行くし、一緒にいられるならなんでもする。何でもできる。たとえそれが……お父様に逆らうことになるとしても」
 そこで初めて、ティルテュの表情がくしゃりと歪んだ。
「……ホントは、すごく怖いけど……アゼルたちみたいに、ちゃんと戦えるかどうかもわかんないけど……でもあたし、がんばる。だから……お願いだから、一人で帰れなんて言わないで」
 アゼルは呆然とした。では、彼女は自分やレックスが何を言おうとしているのかもわかっていたのだろうか。気を使っているつもりで、逆に傷つけてしまっていたのだろうか。
「レックスにも自分でちゃんと言うわ。ありがと、最後まで話を聞いてくれて」
 泣き笑いのような表情でそう言ったティルテュは、呆然と自分を見つめるアゼルにふわりと抱きついた。柔らかな唇が一瞬頬に触れて、離れる。
「じゃあ、ね」
 ぱっと離れたティルテュはそのまま身を翻して一目散に礼拝堂を飛び出していった。呆然としていたアゼルはそれを止めることもできずにしばらくその場に立ち尽くしていた。


 礼拝堂からある程度離れたところで、ティルテュはようやく足を止めた。
 ほうと息を吐く。その瞬間、こらえていたはずの涙が一筋頬を流れた。
 後悔はしない。自分で決めた道だ。胸を張ってここにいたい。たとえアゼルが自分を選ばなかったとしても。
「……そうよ、後悔なんかしないわ」
「そりゃよかった」
 いきなりかけられた声にびくりと振り返る。
「……レックス」
 道端の木に寄りかかっていたレックスは片手を挙げてにやりと笑ってみせた。
「どうやら覚悟は決まったみてえだな」
「おかげさまでね。どうせ心の中じゃ笑ってるんでしょ?同情をひくような状況でドサクサ紛れに告白したってアゼルが振り返ってくれるわけないもの。そんなの自分だってわかってるわよ」
 憎まれ口を叩いて鼻をすする。彼の前でだけは弱みは見せたくなかった。
「笑うかよ」
 肩をすくめたレックスが歩み寄ってくる。その大きな手が、子供にするようにぽんぽん、と頭に乗せられる。
「そんだけおまえがアゼルにマジだってことなんだから、笑えるわけねえよ。安心しろ、あいつはバカじゃねえ。自分にふさわしい女がどんな奴かくらいちゃんとわかってるさ」
 いつもなら払いのけるその手のぬくもりが、なぜか心地よく染みてくる。
「……あたし、知ってるもの。アゼルが好きなタイプは年上で優しくておとなしい人なんだから。あたしなんか……」
「バーカ。男の理想ってのは実際選ぶ女とは違ってるもんなんだよ。俺の理想は知ってんだろ?」
「……『胸ボン尻ボンのグラマラス美女』でしょ」
 貴族の子女の口から出たとは思えない台詞にレックスはちょっと天を仰いだ。
「おまえな……どっからそんな言葉を覚えてくんだか。ま、外れちゃいねえけどな。んで、今はどうだ?」
 アイラは確かに美人だが、その身体はどちらかといえばスレンダーでグラマラスという表現には程遠い。
 黙りこんだティルテュに、レックスは笑ってもう一度頭を撫でてやった。
「ま、そういうわけだ。もうちょっと自信持っとけ。まあ、アゼルじゃなくたってここにゃ独身の男なんざごろごろしてるから選ぼうと思えば選り取りみどりだけどな」
「あたしはアゼルがいいの!」
「へいへい。ちったあ元気でたか?」
「……不本意ながらね」
 覗きこんでくるレックスの鼻をぎゅう、とつねってやった。
「いてえ!」
「御礼なんか言わないわよ」
「かわいくねえなあ……あ、そうそう、もうひとつ教えといてやるよ」
「何よ」
 見上げる位置の顔にはまさしくにやり、といった笑みがあった。
「アゼルが執心してた美人さんにゃとっくに旦那がいるぜ」
「……えっ?」
「そろそろ子供が生まれる頃だ。確か三ヶ月とか言ってたかな」
 ぽん、と思い浮かんだのは優しげな面差しの金の巻き毛のユングヴィ公女の姿で。
 呆然とするティルテュに、レックスは笑ってその背を叩いた。
「ってわけだ。せいぜいがんばれよ」
「人のこと言ってる場合じゃないでしょ。あんたはどうするのよ」
 思わぬ切り返しに、レックスの手が止まる。しばらく考え込むようなそぶりをみせたレックスはやがてがりがりと頭を掻いた。
「どうするってなあ……俺の場合ほとんど相手にはされてないわけだし……」
 もごもごとそんなことを言うレックスにティルテュは呆れたように言った。
「本気でそう思ってるの?」
 彼らが互いを憎からず思っているのは誰の目にも明らかだ。ここに来たばかりのティルテュにさえわかることがなぜわからないのだろう。
 完全に逆転した形勢に、レックスは困ったように目をそらした。
「何ていうか……あいつはそんじょそこらにいるような普通の女とはわけが違うんだ。駆け引きなんかまるで通じないし、かえって小細工が裏目に出ることも多いし……それに……」
「それに、何よ」
 居丈高に先を促すティルテュに、レックスはふっと表情を消した。
「……あいつの国が滅んだのは俺の親父のせいでもあるんだぞ。下手なことは言えねえよ」
 ぽつり、と落ちた台詞にティルテュははっとした。
 事の発端となったグランベル軍のイザーク遠征。その先頭に立っていたのが、彼の父親であるランゴバルトだった。戦いの様子は噂程度にしか聞こえてこないが、アイラの父マナナン王の首を落としたのもそのランゴバルトであるとの話だ。つまり、彼の父親はアイラの親の敵ということになる。
 目の前に立ちふさがっているのが彼の父親である以上、告白のタイミングとしては最悪だ。だから、レックスはアイラにまだ何も言うつもりはなかった。容易には乗り越えられない現実を前に、彼は小さく笑った。
「……とか何とか言ったところで親父を責められるわけでもないんだけどな。まあ、ゆっくり行くさ」
 曰く表しがたい表情で彼を見上げたティルテュは、ため息をついて言った。
「あんたも苦労してるのね……あたしには月並みなことしか言えないけど、あんたの気持ちはちゃんとアイラさんに伝わってると思うわよ」
 彼女なりの励ましに、レックスはふっと笑った。
「だといいんだけどな……しっかし、まさかおまえと恋愛相談をすることになるとは思わなかったぜ」
「あ、そういうこと言うわけ?あたしだって思わなかったわよ」
 重くなりかけた空気がいつもどおりに戻っていくのがわかって、両者に自然に笑みがもれた。
「さーて、アゼルの奴を迎えに行くか。ティルテュ、おまえはどうする?」
「もちろん、行くわよ。飛び出してきちゃったから顔出しにくいけど……」
「おっし、行くぞ」
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