DIARY

prev. index next



    1月26日 2009
    
アイアンマンへの道(その1)
    宮古大会はストロングマンと称されている。
今年は、宮古大会の出場は抽選で漏れてしまった。
しかし、せっかくそれに向けてトレーニングしてきたので、
「宮古への道」は断念して、
「アイアンマンへの道」に鞍替えとなった。
そんなわけで、今回からアイアンマンシリーズでいきます。

    ストロングマンとアイアンマンと
どちらが強いのかは、分からないけど、
どっちも強そうである。
少なくとも、競技の中身は、
ストロングマンよりアイアンマンの方がさらにハードである。
宮古(ストロングマン)は何とかなりそうな気がしていたが、
五島(アイアンマンレースは五島で行われる。)は、
未だに自信が出てこない。

    一応、スイムの4kmは、特に問題なくこなせる。
フルマラソンも、タイムを考えなければ完走出来る。
しかし、バイク180kmは、未知の世界である。
もう少し暖かくなったら、
琵琶湖1周か淡路島1周に挑戦しようと思っている。
しかし、
日曜日の夜明け前に出発して、
現地に着いてから、夜明けとともにスタートしても
終わるのは夕方になりそうだ。
(もちろん、競技の時のように、しゃかりきで走らないで、
 途中で昼食を取ったり、おやつを食べたり
 のんびり楽しみながら走ろうと思っているので
 下手をすると夕暮れになってしまうかも・・・)

問題は、その後である。
車を運転して家まで帰ることが出来るんだろうか?
さらに翌日に普通に仕事が出来るんだろうか?
もっとも、
実際の競技では、
バイクの後でフルマラソンを走るわけだから
そのくらいの元気がなければ話にならないわけだけど・・・。

   とにもかくにも、
もう申し込みはしてしまったし、
やるしかないのだが・・・。

   そんなわけで、
週末には、がんばって
いっぱい走って、
いっぱい自転車をこがないといけないのだけど
とにかく寒くっていけない。
どうも僕の鼻の粘膜は弱いみたいで、
寒いとすぐに鼻水が出る。
がんばっているときには、
鼻を拭く余裕もないし、
出るたびに鼻をかむのでは、1kmごとに鼻をかまないといけない。
・・・・とうていそんなことは出来ない。





    ということで、



もし、道で走っている僕を見かけることがあっても
決して、「鼻垂らしてないか?」なんて
観察しないでちょーだい!!




    1月21日 2009
    
骨髄移植が中断される危機
    本当に!日本って国は!
日本だけに限らないのかもしれないが・・・・。

    骨髄移植の提供者の骨髄から採取した骨髄液には
骨髄細胞以外に
脂肪の粒や骨に穴を開けたときに出る骨片なども含まれている。
これを、そのまま移植を受ける患者の血管に入れると
血栓症などが起こるから
フィルターを使って濾過しないといけない。
この濾過フィルターが欠品しそうなのである。

  もしも、供給がストップすれば、
代替品を海外から輸入して利用するしかない。
しかし、
その代替品は、日本の保険で認められていない。

日本にはややこしい保険制度の縛りがあって
保険診療をするときは、自費負担の診療はしてはいけない。
ということになっている。
つまり、
代替えフィルターは
日本の保険で認められたモノではないので
もしも使う時には、
すべての診療は保険を使ってはならない。というわけである。
つまり、
「他の部分で保険を使って、
 フィルターだけを実費でお金をもらう。」
ということは認められない。というわけである。

そのために、
日本で未承認のフィルターを使う場合は、
医療費が全額自己負担となってしまう。
厚労省の解釈次第で、
患者の移植費用の数百万〜1千万円の自己負担となるか、
ドナーの採取にかかる16.6万円が自己負担となるか、
どちらかになる。
厚労省はまだこの解釈を示していない。

    厚労省は、
治験、あるいは高度医療評価制度という形で、
未承認機器を使用する方向で調整しているようである。
前者は企業が、後者は医療機関が行うものだが、
いずれの場合も制度の主旨と本問題には乖離がある。
さらに、いずれの方法でも
現場の企業や医療機関に
膨大なペーパーワーク・手続き・コスト等を発生させる。
このために、このままで行くと、
骨髄移植を受けられなくなる患者が出てくることは、
必至である。

    2008年1月18日、
閣議後記者会見で舛添大臣は「患者と会う」と明言した。
この先、この問題が解決されるためには
世論が盛り上がり、
舛添大臣が政治的に判断する以外に解決方法はない。
そのためには、もっと多くの人々が問題を認識し、
世論を盛り上げる必要がある。


   ・・・・・てなわけで、

 下記、署名活動のご案内です。
現場からの医療改革推進協議会 (責任者 田中祐次)
http://spreadsheets.google.com/viewform?key=pqieimcJLRy0uIomKE4-eZw




    1月 9日 2009
    
ちょっとやばいかも・・・
    長年疑われてきた「糖には依存性がある。」
という説が、科学的に立証され発表された。
その内容は以下のようなモノである。
「糖の大量摂取が
 脳内で依存性薬物に極めてよく似た作用をもたらす。」
このことが、動物モデルにより示されたのである。
その実験の具体的な内容は
ラットを対象に12時間は食餌を与えず、
その後の12時間には食餌および
糖水(清涼飲料に近い濃度)を与えることを3〜4週間続けた。
その結果、
糖の大量摂取によって、
報酬系に関与する脳部位である側坐核で
神経伝達物質ドパミンが急増することが判明した。
依存性薬物でも
脳の同じ部位でドパミンを放出あるいは増加させる作用がある。
ただし、
糖を与えるだけでこの作用が起こるわけではなく、
糖をしばらく断った後に大量に与える、
ということを交互に繰り返す必要があった。
3週間後、
ラットには
喫煙、飲酒、モルヒネなどを止めた人とよく似た
離脱(禁断)症状がみられた。

    僕は、運動後や食後にやたらと甘いものを摂取している。
運動をしているので、太ることはないのだが、
最近、特に食後にやたらと甘いものが欲しくてしょうがない。
血糖値が下がっている状態で運動を続けているから
きっと、今の僕は
前述のラットと同じ状態になっているモノと思われる。



エーーン!!!



   さらに、

おそろしい報告がでてきた。


「血糖値の上昇が、
 海馬(学習および記憶に不可欠な脳部位)に影響を及ぼす。」
という報告である。
まだ、報告レベルだが、
そういえば、最近物忘れがひどい。



甘いものをひかえた方が良さそうだ・・・。


けど・・・、


き、き、禁断症状がぁ・・・・!!!!





    1月 2日  2009
    
今年の決意!
    なんて偉そうに言うほどのことでもないけど、
昨年の年末の誕生日に、ふと解ったことがあって、
「今年一年」というわけではなくて、
今後ずっと、そうして生きていこうと決めたことがある。

    「解ったこと」とは、
「ヒトは、自分以外の誰かを幸せにしないと、
 幸せにはなれない生き物である。」
ということである。
「自分一人だけ幸せになる。」なんてことはあり得ないし、
「誰かの幸せを犠牲にして幸せになる。」ということもあり得ない。
では、
寝たきりのヒトや重度の障害者は、幸せではないのか?
というと、ちゃんと幸せな人はいる。
「誰かを幸せにすると幸せになれる」
ということは
「幸せにしてもらったヒトもまた、
 幸せにしてくれたその人を幸せにしている」
からである。
世の中は巡り巡っているのである。
「誰かを幸せにしたら、必ず幸せになれる」
わけではないが、
「幸せになるためには、誰かを幸せにしないといけない。」
(言い換えれば
 「幸せな人は、必ず誰かを幸せにしている。」)
ように思う。
たしかこれって、必要十分条件のうちの十分条件だっけ?

   とにかく、
このことは一度しかない人生を生きていくうえで
とても大切であり、
気づいておいたほうがいいことだと思う。


何を今さら!と言われるかもしれない。
今までそうしていないわけではないが、
今までは、無意識のうちにそうしていた。

商売柄、どうしても他人の幸せを考えないわけにはいかない。
例えば、風邪一つを例にとってもそうである。
基本的に風邪は放っておけば治るし、
子供のうちは、風邪を引くことも成長に欠かせない免疫刺激である。
あえて断言するが、風邪が治ることに必要な薬はない。
つまり、
風邪薬を飲むことで風邪が治ったり、
悪化するのを防ぐようなことはないのである。
さらに、
風邪薬を飲んだがために、
死んでしまったり、取り返しのつかない障害が起こることもある。
高熱が持続しているのに、風邪薬でマスクされることもある。

確かに
熱が高くて苦しいときに、
一時的に熱を下げる必要があることがあるし、
咳がひどくて苦しいときに、
咳を抑える薬が必要なときがある。

しかし、本当に必要なことは、
目の前で、風邪をひいてダウンしている患者にとって
何が一番大切なのかを判断することである。
翌日に大切な仕事をひかえて、
明日のことが大切な人もいるし、そうでない人もいる。
そんなことをあれこれ察しながら、
それでも、
「目の前の患者に取って一番幸せなことが何か」
を考えて治療しないといけないと思っている。

   今までは無意識にそう思ってきた。
これからは、意識してそうしていこうと決めた。
これからは、
「たとえ嫌いな相手」にでも、
その人の幸せを思うようにつとめることを目標にしたい。

「出会ったすべてのヒトの幸せを願う!」
これを
今年の抱負というか、今後の抱負にしよう。

 (偉そうなことを書いたけど、できるのかなぁ???)

prev. index next