かおりとかおる−1

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 孝一は、その朝やけに早く目が覚めてしまった。しばらくぼんやりと天井を見つめていたが、突然ふとんから飛び起きた。そうだ!今のうちにクルマを洗っておこう!と思ったのだった。

 ここ数日孝一の眠りが浅かった原因は、いよいよ今週末に迫った「かおる」との初デートのせいだった。デートコースの計画を立てようにも、TOKYO ウォーカー の発売がまだなので、思うようにはかどらない。
 昨日も会社の帰りに本屋に寄って情報誌を立ち読みでハシゴしたが、今一つピンと来なかった。やはり TOKYO ウォーカー でないと孝一のライフスタイルに合わないのだった。
 帰ってきて、孝一は部屋の本棚から TOKYO ウォーカー のバックナンバーを取り出してみた。都内のスポットが色々と載っていたが、その多くは悪友のYやNと「下見」と称してふらふらと行ってナンパに失敗したりとロクな思い出がない場所だった。中には、Tと一緒に悪乗りが興じて思わず入ってしまった”ピンサロ”まで載っているページが見つかり、思わず孝一は髪をかきむしった。
 できれば、「かおる」とは一緒に新しい思い出を作っていきたい。いまの孝一にはそんな甘い期待で胸が一杯だった。

 孝一が「かおる」と知り合ったのは、東武電車の中だった。かわいい娘がいるなあ、と思ってその娘がすわっている席の前のつり革にいつものくせでぶらさがってみた。孝一が乗り込んでから一駅すぎた頃に、携帯の音が聞こえてきた。オレのかな?と思って孝一が鞄から携帯を取り出したのと同時に、前にちょこんと座っていた娘もごそごそと携帯を取り出した。結局、鳴っていたのは居眠りをしていた隣のおやじの携帯だったのだけれど、娘の取り出した携帯を見て孝一は驚いた。なんとほとんど世間で見た事の無いシャープ製のSH206だったのだ。孝一は自分の持っているSH206を思わず彼女の膝のうえに落としてしまった。
「あ、ごめん!」 
 孝一は、あわてて手を伸ばして携帯を彼女から受け取った。鞄にしまおうとして、ふと携帯をみるとプリクラのシールが付いている。
「あれー、これキミのかなあ?」
「あ、わたし間違えちゃったかしら?」
「うーん、同じ機種だからよくわかんないね。」
 と孝一は”プリクラ”という決定的な証拠があるにもかかわらず、ぬけぬけと言ってのけた。
「あ、それじゃーさー、ボクが自分の電話番号にかけてみるから、ベルが鳴らなかったのがキミのだよ。」
「あ、そうですねー。」
孝一は、自分の電話番号を押しながら、とっさにメモリファンクションでその番号を携帯に記憶させてしまった。案の定、彼女が握り締めていた携帯が鳴りはじめた。
「こっちのほうでしたね。ごめんなさい。」
 彼女は微笑みながら、持っていた携帯を孝一に手渡した。手を伸ばした時、彼女の肩まである髪がほのかに揺れて、白いうなじが見えた。それを見た瞬間、孝一の脳に電撃が走った。
 ふと我に帰って、あわてて携帯を交換しながら、この娘と、どーしてもデートがしたい! と孝一の心はすべてがその思いで満たされてしまった。

 それからの孝一は忙しかった。あと、3駅12分の間に、デートの約束を取りつけなければならない。とりあえず、SH206の話しで盛り上げた。SH206なら、孝一はウラのウラまで知り尽くしている。いろいろと裏わざなんかを教えて、一挙にポイントを稼いだ。
「もし、よかったら今度とっておきのメロディー音、いれてあげるよ。」
「え、そんなの入るんですかー。是非、お願いします。」
おりゃー、一本決め!! と、孝一は心の中で叫びながら、久々のヒットにいつまでも酔いしれていた。
 


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