流星群




なんて美しい星空なんだろう!
テントから顔を出した僕は、その美しさに見入ってしまった。真夏だというのに肌寒い高地のキャンプ場は空気が澄み、上空の風に星はきらきら瞬いている。
”サァーッ”

凛とした星空に一筋の光が走った。そう、今夜は流星群がやってくる日だ。
僕は長袖のシャツを一枚羽織るとテントを抜け出し、ひと気のない真っ暗な駐車場へ歩いていった。車のおかれていない一角で地面に寝ころぶと空全体が見渡せ、風を受けない分身体も暖かい。空を仰ぐとさっきより星の数はぐっと増え、天の川が空の真ん中を横切っている。流星はほんの一瞬、きれいな真っ直ぐの線を星空に引いては消える。うすく微かな線を引いて流れる星、細く長く繊細な線を引いて流れる星、一瞬パッと大きな輝きを見せて走り抜ける星・・・、さまざまな流星がそれを見る僕の心もきらめかせて降り注ぐ。
星を見ていると、周囲の闇は冷たく澄んだ光の粒子の清涼感に満たされ、闇は怖れの対象から素敵な謎を秘めた神聖な空間に変化する。僕は大地に身をゆだね、無限とも思える美しい星と降り注ぐ流星のきらめきに子供のような喜びを感じていた。
星空を斜めに横切ってゆく小さな光・・・、それは人工衛星だ。太陽の光を浴びて地球の周りを周回している”ひと”が創った科学の星。宇宙船や人工衛星の目は、僕たちに新たな視点を与えてくれた。今では地球の姿は僕たちにとってとても身近な親しみのあるものになった。すこし注意して見ると、いくつもの人工衛星が飛び交っている。このなかにはきっと多くの軍事衛星も含まれていることだろう。上空から人間の活動を監視するこれらの星は、国家間の利害や猜疑心・支配という幻想が形を顕わしたものかも知れない。それにも関わらず、この小さな光に”ひと”の叡知を感じるのはなぜだろう。
子供のころ、宇宙飛行士というのは憧れの夢だった。地球を離れ、危険を冒しながら遠く銀河を旅してさまざまな生命に出会い、新たな友情の絆を創ってゆく。ほんとうに夢物語だ。しかしそこには子供にとって精一杯の英知が詰め込まれていた。
こうやって星を見上げていると、そのころの夢がなんとも微笑ましい。
ひとが宇宙へ飛び出してゆくとすれば、そこにはどんな意味があるのだろう。遠くの星を目指すとき、ひとはその星を支配したいと思ってゆくのだろうか、僕にはそうは思えない。きっと遙かな星の人々に出会い、理解するためにゆくのだと思う。それまでに僕たちはこの自分たちの星・地球を理解しているだろうか。青く輝く僕たちの宝物・・・。
今夜降り注ぐ流星群は、太陽系をめぐる彗星が散りばめていった小さな小さな星屑だ。無数の星屑が僕たちの頭上に降り注ぎ燃え尽きる。ほんの一瞬の炎が僕たちの心にも宿り、素敵な光を灯してくれる。
夜の冷気にすっかり身体の冷えた僕はテントからジャケットを取り出し、キャンプ場の南側にある湖畔にでた。ぽつりぽつり並んで流星を見る人に混じって小さな桟橋に腰かけた。耳を澄ましているとチャポチャポという水音とともに、星が流れるたび吐息のような歓声が聴こえてくる。ふと湖面に目をやると、遠くの真っ暗な湖面にいくつもの小さな光の点が揺れている。なんだろう・・・、それは湖面に映る星の姿だった。澄んだ水を湛えた湖だからの思いがけない演出だ。
その演出は地球が水の星であることを想い出させてくれる。海、山、川、そして生命。この星ではあらゆるものは水によって成り立っている。乾ききった砂漠ですらその地下に水を保ち多くの生命を養っている。銀河の光を受けて光るこの湖の水は、宇宙のささやきにそっと耳を傾ける地球の受信装置なのかも知れない。
チャポチャポという心地よい水音を聴きながら空の星や湖面の星、そして音もなく流れる星を眺めた。いろんな贈り物を携えて宇宙からやってきた星屑は、さまざまな想いへと導いてくれる。
”サァーッ、サァーッ”僕たちの心に素敵な光を灯して、流星群は流れ続けた。