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サボテン サボテンの林立する荒野を一頭の白い馬が草を求めてさまよっている。

 ぼくは急いでカメラを用意し、白い馬の跡を追った。全力で走って追うのだが、サボテンのなかをゆっくり歩む白い馬との距離は一向に縮まることなく、逆に開いていく一方だ。そしてあっという間に白い馬はサボテンの荒野の奥深く消えていった。
 残されたぼくは汗だくになってただ突っ立っていた。あんなにゆっくり歩いていた白馬になぜ追い付けなかったのだろう。
 ぼくは不思議な夢を見ているような気分だった。

 ときたま道路脇に数羽のハゲワシが群がっていることがある。そんなときは大概、牛や馬、犬などがそこで野たれ死にしている。ハゲワシは上空から目ざとく食料を見つけて群がってきたのだ。彼らは見つけた屍体をその鋭いクチバシでつん裂いて食べるのだが、牛や馬などの大型獣は皮が厚くなかなか引き裂くことができない。そのため執拗に皮を引っぱり身体中を突つきまわす。そのうち皮を破るのに疲れた一羽が顔の上に乗っかり、柔らかい目玉を突つきだす。もっと小さな犬などの場合はクチバシでその腹腸をしっかりくわえ、何羽ものハゲワシが右から左から屍体を引きずり回し、その勢いで肉を裂いて食べようとする。人はその姿をグロテスクと感じるかもしれない。
ハゲワシ ただ彼らは非常におとなしく、翼を広げると175センチにもなる巨体を持ちながら自ら動物を獲ったり殺したりすることなく、死肉だけを漁って生きている。
 死肉はハゲワシがすべて食べ尽くすわけではない。多くの小さな生き物が残った死肉に群がり、長い時間をかけてきれいに食べ尽くすのだ。
 そして最後に白い骨だけが残される。

 ある日、とびきり巨大なサボテンの林立する荒野に出会った。サボテンの林をさまようように奥へと歩き何気なく見やった方向にぽつりと転がる妙に白いものが目に留まった。

 ぼくは惹かれるようにその方向へ歩いていった。
 白骨だった。おそらく馬の骨だろう。
 倒れたままの形で白骨化した馬の体が横たわっている。そして頭骨だけが胴体と離れた低木の下で静かに、しかし確固とした存在感をもって眠っていた。
 ぼくはじっと息を飲んでその頭骨を見ていた。
 みごとなくらい美しく白化した頭骨は異様な迫力を持ち、その深い眼かは強烈なインパクトでその死について何かを語っているようだった。
馬の白骨 病死だろうか、それともひどい怪我が原因なのか、それとも寿命を全うした老衰・・・。この場所で力尽きた彼の死体はハゲワシに喰われ無残な姿になっていったのだろうか。彼の深く窪んだ眼かを覗くと、それは馬の頭を持った古代エジプトの死神-メフィストフェレス-の目をのぞくのに似た気がした。
 長い時間、その場にたたずんで頭骨を見つめていた。
 微かに風が吹き抜ける。
 低木が風に揺れ、頭骨に差し込んでいた柔らかい木もれ陽も一緒に揺れる。
 その瞬間、ぼくははっとした・・・。頭骨が微笑んでいるように感じた。
 なんて心地良さそうなんだろう。低木が程よく頭骨の上に覆いかぶさり、頭骨を優しくいたわるように包み込んでいる。
 かれは自然のなかに還っていったんだよ・・・。
 そう、木がそよ風に揺られながら語りかけていた。
 ああ、そうなんだ。この頭骨は幸せなんだ・・・。
 ぼくはもうここにいる理由がなくなった気がして、ゆっくりサボテンの林を引き返していった。

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