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構成・デザイン:Yoyoko.K

            「ガジュマル・ガジュマル」
                                        作者 朋田菜花


 あなたの庭にある木は、ほんとうはガジュマルなのよあなた。そう、あなたが毎日見上げているその木よ。あなたはそれは単なるケヤキの木だと思っているけどそうではないの。その木は外観はケヤキの姿に似ているけど本当はガジュマルなの。それも私の棲んでいるガジュマルの木なの。あなたがずっと私のことを単なる詩人だと思っていたのは、とんだ勘違いなのよ。私はあなたの庭の片隅にあるガジュマルの木の精霊なのよ。私がベイエリアの面白みもない街のマンションに住んでいるという錯覚は、私があなたの脳の短期記憶に埋め込んだ「造られた記憶」なの。
 あなたの家の庭の片隅のガジュマルは私アモイと弟ニライとの双子の木の精霊を宿してこの関東の片隅の都市の住居の猫のひたいのような庭園の片隅に命を与えられたのだけれど、弟ニライは生まれつきからだが弱かったの。ずっと照り続くこの夏の旱魃とここ数年のダイオキシンの混じった酸性雨にやられてかなり衰弱していたのだけど、ついに3日前に私の腕に抱かれたまま息をひきとったわ。 悲しいわ。悲しいわ。悲しくてやりきれないわ。美しい死に顔だったわ。弟はまだ童貞のままだったのに。





ナルソキッスのように美しい少年だったからときどき人間に変化(へんげ)して街をあるけば、しどけなく絡んでくる女たちが列をなして、図書館まで通う道に脂粉の匂いが立ちこめてむせかえるほどだったのに、弟はそんなことも気付かずにまっすぐ「ラディゲの死」のおかれた書架に通い詰めて、いつのまにやらそれが縁でメガネをかけた堅物の女司書に淡い恋など抱いたりしている牧歌的な男の子だったわ。当然女司書も弟のこと憎からず思っていたはずよ。ああでも、その淡い恋はついには実ることはなかったわ。あの子の命がこんなに短いと知っていたならもっと優しくしてあげればよかった。女司書との恋も姉さんは反対よなんて説教したりしなければよかったわ。 そこで、あなたを一人の男と見込んでお願いがあるのこの木のうろに隠してある「ラディゲの死」を図書館に返してきて欲しいの。弟はもう返すことは出来ないのだけど女の私が返しに行ったら怪しまれるから。 それから、もう一つだけあなたに大事なお願いがあるのだけど、そのお願いの方は、本を図書館に返し終わってからあらためて話すことにするわ。


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