月とスッポン



月とすっぽんと言う言葉は恐らくご存知だろう。
美しいものと醜いものを比較したときに使われる言葉である。
いや、それだけには限るまい。
良いものと悪いものを比べる時に使われる言葉、と言い換えようか。
この場合の「良い」と「悪い」は「善」と「悪」という意味ではない。
比べる内容は問わない。
例えば私にとっては、コーンとチーズと言う具合だろうか。
チーズは嫌いである。
ピザ、グラタンは好きである。
話を先に進めよう。
「すっぽん」と言えば、そういう擬音を使うととても間抜けな雰囲気を醸し出す事が出来てなかなか良いものと言えよう。
が、この「月とすっぽん」の「すっぽん」の部分は特に擬音を指し示しているわけではなく、亀甲しば・・・占い等にも使われるであろうあの生き物だ。

私が今回この言葉を取り上げた理由は、月とすっぽんにはそこまで差があるのか、と言う事である。
これは、と思われるところを一つ一つ挙げていくとやがて結論が得られるだろう。
私がいつもやっている方法である。
では、さっそく検証開始である。

まずは、月である。
はっきり言えば宇宙に浮いているただのでかい岩石だ。
夜になると太陽の光を反射してオレンジ色等に光る。
いや、光るとは言えないかもしれない。
鏡に電灯が映ったからといって鏡が光るとは言わない事からそう考えられる。
むしろ夜な夜な現れるのだ。
不気味である。
今でこそ正体が分かっているからよいが、昔の人はたいそう不気味に感じていたのではないだろうか。
もしあなたが暗い部屋にいて毎夜毎夜オレンジ色の発光物質が現れると恐怖におののくのではないだろうか。
私なら間違い無く逃げ出す。
慌てて財布を取ろうとして間違ってテレビのリモコン等を手にもって必死に逃げる私の姿が目に浮かぶ。
その後の生活を考えると我ながら今のうちから寄付をしたくなる。。
みんなも遠慮しないで寄付するように。
そしてさらに月の事を突き詰めよう。
ウサギだとか若い女性だとかライオンだとかカニだとかロバだとか等に見えるようにいろいろ小細工をしているようで、落ち着きの無いことこの上ない。
もっと堂々と勝負できないのか。
そして極めつけは元は地球だったと言う説があることである。
もしこの説が事実として認定されたなら月はつまり反乱分子である。
元々とあるものの一部だったのにそのまわりを色んな物に姿を変えてくるくる回っていると言うのはこちら側の出方を伺っているに違いない。
今すぐ義勇軍を作り、やられる前にこちらからしかけてやろうではないか。
私達自身の手で勝利を得るのだ。
そして勝利の美酒に酔うとしよう、といいたいが私は酒が嫌いなので月の反乱はどうでもよい。
次へ進もう。
先ほど極めた気がするが月についてまた一つ。
満月の時は交通事故が起きやすいらしいのだ。
つまりこう言うことである。

満月の夜は狼男が狼になる。
すると狼@狼男は餌を探し始める。
しかし人間の住む里において餌はなかなか見つからない。
そしてうろうろしてると肉屋を見つける。
やっと餌にありつけたとばかりに並べてある肉のショーウィンド?に飛びかかる。
が、ガラスにぶち当たり肉にありつけない。
そうこうしているうちに肉屋の大将が現れる。
肉屋の大将も黙って狼@狼男に肉を持っていかれるのを指を咥えて見ているほどのんびり屋ではない。
元にあったレジで狼@狼男に攻撃を加える。
するとそのレジが通りかかった会社員(吉田淳博、34歳、未婚、泣き上戸)にぶつかり、その周辺は野次馬でごった返す。
しかもレジにぶつかった会社員(吉田淳博、34歳、未婚、泣き上戸)を乗せるために救急車がここぞとばかりに走ってくるが野次馬が邪魔である。
そして何とか救急車が会社員(吉田淳博、34歳、未婚、泣き上戸)を乗せて病院へ行く頃には保健所が狼@狼男を連れて帰り、その辺り一帯は何も無かったかのようにいつもの商店街に戻る。
同時刻、そこから200キロメートルほど離れた高速道路で事故が起きる。

どうだろうか。
こんな事が起きうる可能性があるのだ。
恐ろしくも月の魔力のなせる業なのだ・・・ろうか?
私の想像力も多少協力しているかもしれないが。
しかし、私の想像力は些細な問題だ。

このように月は恐ろしい面を多数持っている。
月を持つ事が出来る人間がいたら月を武器にもできよう。
あんなもので殴られては人間などひとたまりもあるまい。

これに対してすっぽんである。
小さい頃はよくこう聞かされていた。
「すっぽんに噛み付かれると雷が落ちるまで離さない」、と。
これを聞いたとき、私は恐怖におののいた。
そして幼心にこう考えたものである。
もしすっぽんに指を噛まれると雷が落ちるまでそのすっぽんと運命を共にすることになるのか。
しかし雷が落ちれば離すとは言え、どこに落ちれば良いのだろうか。
世界中のどこでも、と言うわけではあるまい。
世界のどこかに落ちたらそれで離してもらえるならわざわざ雷が落ちるまで離さないなどとは注意しないだろう。
しかも私は雷が苦手なのだ。
ただでさえ苦手な雷に運命を委ねる事になろうとは、一生の不覚。

と、まだ噛まれてもいないのに豊富な想像力をフル回転させて悩みぬいていた。
幼少の頃、私は雷が来ると泣くほど苦手だったというかわいらしい一面を持っていたのだ。
「かわいくない一面も持っていた、と言うことだな」と言う突っ込みは却下。

こうする事によって雷に多少なりとも慣れることが出来た。
そしてすっぽんと言えばエキスである。
なぜかすっぽんエキスは素晴らしい効能であるらしい。
あーんなことやこーんなこと(例:サッカーボールの黒い部分の数を数えること)がパワーアップするらしい。
他にも素晴らしい現象が報告されている。
すっぽんはひっくり返ると、つまり仰向けになると自分では起きあがれないのだ。
昆虫にも似たこの切なくも微笑ましい光景が何度私達を和ませてくれた事か。
とても有難い生き物なのである。

ところで鶴は千年、亀は万年と言う言葉があるが、すっぽんは何年なのだろうか?
間違い無く亀よりは長いと予想される。
何故かと言うと、すっぽんエキスは体に良いのである。
そんな体に良いものをたっぷりと蓄えているのだ。
しかし亀にはそんな浮わついた噂はあまり、と言うかさっぱり聞かない。
この時点ですっぽんの勝ちは決定したようなものだ。
その上すっぽんは頭が亀より尖っているような気がするのだ。
丸いものと尖ったものが喧嘩すればおおよそ尖ったものが勝つ気がする。
つまり亀に対してすっぽんは圧勝するのである。
だからすっぽんは一万一年以上ではないかと思われる。
が、良く考えると「鶴は千年、亀は万年」と言う言葉も実は鶴の何が千年で亀の何が万年なのかよくわからない。
地球を100周するためにかかる時間等かもしれないので、すっぽんの一万一年はあまり良いことではないかもしれない。

とまあ、このようにすっぽんは良い点が多数存在していたのに対し、月は不気味な事が証明された。
では結果的にどちらが勝つのか。
月の勝ち!!!!

素晴らしい勝負だった。
すっぽんにもこれから精進してもらって月に再び表面積勝負を挑んでもらいたい。



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