『2005.04.12』

 2005年、4月12日。
 火曜日の東京は朝から雨だった。辛うじて咲き残っていた桜も大方散っていることだろう。皆守は不精たらしく寝っ転がった。
 九龍がいないとこんなに静かなものか、と思う。
 天香學園を卒業したのは3月だ。あの學園を生きて出る日が来るとは思っていなかったので、皆守は進路に何の予定も立てていなかった。だから卒業前にふらりと戻ってきて「何かしたいこと見つかるまででいいから手伝ってくれ」と笑う九龍についていくことにしたのである。
 とりあえず、今九龍が探索に出かけている遺跡は都内にある。だから、基地にしている部屋も都内にある。窓の外、遠くに新宿の高層ビル群が見えている。
 九龍は朝から留守だ。
 転がっているリモコンに手を伸ばし、皆守はテレビをつけてみた。ワイドショーの時間らしい。リポーターが眉根を寄せて、いかにも自分が「良識派」であるように繕っている。あほらしい。呟いて皆守はチャンネルをひとしきり変えてみたが、どれも面白く無さそうだ。電源を切れば、再び部屋は静けさに包まれる。

 突如、携帯の着信音が部屋中に響く大音量で鳴り出した。うとうとしかけていた皆守は飛び起きて、手元に携帯を引っ張り寄せる。
「――はい?」
「あ、皆守クン。久し振りー、やっちーだよー」
 ほんのひと月前まで毎日聞いていた八千穂の声に、皆守は呆れたようにため息をついた。
「あー、ひっどい。何もそんな呆れなくてもいいじゃない、元気?」
「まぁ、一応、な。お前はどうなんだよ?」
 言いながら、皆守はアロマパイプに手を伸ばす。
「ん、元気。そうだ九チャンは?」
「今日は何か昔の知り合いと用があるとかで留守だ。用があんなら直接かけな」
 言ってみてから皆守は付け加えた。
「何かあったのか?」
 八千穂が皆守に電話をかけてくるということは、滅多に無い。ならば何かあったのだろう、と思ったのである。
「え」電話の向こうの八千穂の声が戸惑いの色を見せる。
「だって今日皆守クン誕生日じゃなかった?」
「は?」
 予想外の言葉に、皆守はアロマパイプを取り落とす所だった。八千穂が慌てたように言う。
「あれ、間違えた?4月12日じゃなかったっけ」
「いや、そう……だが。今日12日、か?」
 朗らかな笑い声が返って来た。
「皆守クンってしっかりしてそうで意外とボケだよねッ!あはは、誕生日おめでとっ、相棒によろしくねー」
「あ、おい」
 文句を言う前に、八千穂の電話は切れた。舌打ちをして皆守も通話ボタンを切る。
「何なんだ、あいつは」
 独り口にした文句は、返事をするものの無い部屋でやけに空しく自分の耳に返ってきた。
「………誕生日おめでとう、か」
 皆守は口の中で呟いた。
 自分の誕生日を祝ってもらう習慣が、皆守には無い。家族で祝うことも無かったし、小学校でありがちな「お誕生日会」はつまらないから毎年その日はさぼったものだ。
 天香學園に入って傾向が強まったとは言えドライなのは昔から、しかも家系である。
(ついでだし、たまには実家にでも顔出して来いよ。全然連絡してないだろ)
 今日、家を出る前に九龍が言ったことを思い出し、余計なお世話だ、と改めて文句を言った。
 別に気にしちゃいないだろうよ、と思う。高校を出たら後は自分1人で生きて行け、は両親の教育方針である。皆守は薄く笑った。
 今、鬱陶しかったはずの「誕生日おめでとう」の一言が素直に受け取れるのは、多分九龍がいるからだ。暑苦しい程の想いを一身に注いでくる男がいるからだ。
 出て行く時、晩はカレーを食べに行こう、と九龍は言っていた。
 早く帰って来いよ。
 皆守は窓の外、どこか東京の空の下に居ることだけは確実な、九龍の笑顔を思って微笑んだ。

 どうせなら、お前に祝って欲しいんだ。


−−−−−−−−−
 お題「皆誕」。「Liminal」のチトコさんより頂いたお題です。
 誕生日既に過ぎてるとか言っちゃだめ。ネタバレを回避しつつ皆主皆を目指してみたのですが、考えてみたらほもにしろという指定はなかったなぁアハハハハ(誤魔化し笑い)。
 皆守がどんな家で、どんな風に育ったのか実際皆目見当がつかないのですけれど、まこんなとこが妥当かと。木の股から生まれててもおかしくないぞ、と。
 で、結局カットしたおまけがこっち。
 チトコさん申請ありがとうございました。(05/04/15up)
(追加お詫び)
 何故か皆守の誕生日は11日だと素で思い込んでおりましたので15日のアップ時にはタイトルからして意味不明という大ぽかをやらかしました。確認してから書けよ!と自分にツッコミの上段蹴りを食らわせたいところです。そんな事情でタイトルを変えました。11日と12日は両日とも雨だったのがとても幸いです。チトコさんごめんよ……反省。(05/04/17訂正)

BACK