「傷痕」

※ED激・ネタバレです。黄龍バージョンです。くれぐれも注意!


 同じ光景を見たことがある、と龍麻は思った。
 崩れかける建物の中、赤い炎に照らされて瓦礫の中へ消えた少女。差し伸べる手の中にブローチ1つを残して消えたひと。
 決意を固めた人間を翻意させることがどれほど難しいか、龍麻は知っている。特に死の決意は甘美な陶酔をもって、再考する余地を奪うものである。
 2人を追いかけて連れ戻したいのに、足に根が生えたように動けない。龍麻は必死で策を練ろうとするが、時間はあまりに短い。
 さすがに諦めかけたその時、であった。遺跡の精霊というべき双子の少女が現れ、遺跡内部に留まっていた全員を、遺跡の外へと送り届けてくれたのである。

 目も眩む銀色の光が収まって、龍麻は今自分の居る場所が遺跡の外、墓地の片隅であることを確認した。墓守小屋の裏辺りであろうか。大騒ぎになっているであろう墓場の中でも、この辺りは比較的静かだ。
「あー」龍麻はすいと片手を上げた。「点呼取りまーす。如月、白岐さん無事ですかー」
 返答を確認し、2人とも無事であることを確認すると龍麻は視線を巡らせ、残る2人を探した。さして離れていない物陰に人影を見つけ、腰を上げる。

「皆守」
 呼ばれた声と近付く足音に、皆守はゆっくりと顔を上げた。声を聞いて我に帰ったと言ってもいい。
「あぁ、ひーちゃん……」
 何気なく振り返るのとほぼ同時に、皆守の背中が地面に着いた。隣で阿門が目を丸くしているのが、視界の端に見てとれる。
 仰向けに押し倒され、動けないように固められていることを皆守が把握するまでに時差があった。なにせ疲れた上に混乱しているのだ。龍麻が何をする気で、何をしているのかがいまいちピンとこない。馬乗りになった龍麻は普段と大差ない人の好い微笑を浮かべたままである。
 ただ、気配が笑っていない。
「ひ……ひーちゃん?」
「皆守君?そこの会長さんもだけど自分が何をしたのかよぉーく考えてみようねー?」
 いっそにこやかな調子で言いながら、龍麻は皆守の側頭部を地面に押し付け、首筋を伸ばさせた。
「人の5年越しのトラウマ思い出させてくれて、いやほんとにありがとう」
 口調は笑みすら含んで上調子、それだけに底知れぬ何かを感じさせる。
 ぐい、と襟元がくつろげられて、首筋が外気に触れる。龍麻が確認するように撫でる筋は、頸動脈に違いない。理由はわからないが、龍麻が何をするつもりなのかは問うまでもなさそうだ。
 皆守は身動きひとつできなかった。抵抗するべきなのかもわからない。口にすべき言葉の欠片すら見つからない。混乱して動けないのは阿門も同様であろう。頭の固い彼が、突発事項に弱いことを皆守はよく知っている。
「安心しなさい、楽に逝かせてあげるから」
 ちき、と小さく音が立ち、自分で見えない首筋の上に皆守は刃の気配を感じた。
 殺される、と思った。
 捨てようとした程だから、命に未練はない。しかし、惜しくないのと怖くないのとは別のものである。
 皆守は目を閉じた。知らず知らずの内に体が強張っている。奥歯を噛み締め、拳を強く握って来るべきものを待った。
 死にたくない、と思ったのはこれが初めてだったかもしれない。

「──皆守」
 刃の気配はそのままに、静かな声で龍麻は言った。
「ごめんなさいは?」
 皆守は目を瞬かせた。
「……は?」
 張り詰めた力が抜け、思わず間抜けな声が出る。何を求められているのかわからなかった。振り返ろうにも皆守の頭を押さえ付ける手の力は緩んでおらず、身動きは取れない。
 皆守の首筋に刃物を触れさせたまま、龍麻は繰り返す。
「ごめんなさいは?」
 さっぱり意図が掴めないまま、つられるように皆守の口が動く。
「ごめん、なさい」
 うん、と龍麻が呟くのが聞こえ、続いて皆守の体の上に乗る重みが消えた。
「ひー、ちゃん?」
 皆守が体を起こすと、龍麻は剣を腰に収めたところであった。
「いいのか、もう」
 不得要領のまま見上げれば、龍麻は「まぁね」と答えて皆守の頭をくしゃりと撫でる。
「無事でよかった、甲ちゃん。」
「………。」
 龍麻の笑顔に、皆守は言いかけた文句を飲み込んだ。自分は、自分が思っていたよりずっと深く龍麻を傷付けたのではなかろうか、ということが漸く、薄らと飲み込めてくる。
 皆守はアロマパイプに火を付けた。龍麻はと言えば今度は阿門を相手に説教している。後の仕事や残される方の気持ちになれとか、概ねそういうことを言い終わった後で、龍麻がぽつりと漏らすのが聞こえた。
「3度目は勘弁だったもんなぁ」
「3度目?」
 つい皆守が問うと、龍麻はきまり悪そうに口ごもる。
「皆守が気にするこっちゃないですよ。昔の話だから」
 先程龍麻が口走った「5年越しのトラウマ」という言葉が皆守の頭に浮かんだ。
「なぁ、ひーちゃん」
「んー?」
「その……悪かった、な」
 返事より先に、皆守の頭の上へ龍麻の掌が置かれ、髪の毛をかき混ぜる。
「わかりゃいい」
 子供扱いされてむくれながら、皆守はラベンダーの匂いを吸い込んだ。

 後日談。
「あぁ、多分比良坂さんのことだな。何だったら今度訪ねてみるといい。元気にしているそうだから」
 如月の言葉に皆守は頭を抱えた。

 この世には理不尽と不可解が満ちている。


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 最終戦入る前、短気を起こしてある程度のネタバレ事項を知っていた私は、とりあえず副会長戦済んだらシメてやろうと手ぐすねひいて待っていたのです。
 でも、実際見てみたらシメるタイミングがない。それ以前に怒るに怒れない。ED後の展開だって、少なくともうちの九龍の場合、怒りもするだろうけど素直に喜んでしまいそうだなぁと。(オマケ:九龍ver.
 しかし、やっぱり1度ぶん殴っておきたいなぁと考えた所に、黄龍様が浮かんだのです。
 だってあの展開、ノリとしちゃ比良坂だろ?しかもひーちゃんマリア先生の残した傷もあるだろ?怒りゲージMaxになっても無理はないだろう!という根拠の元で書かせてもらいました。
 後で帰ってきたからと言って、そうホイホイ治るものじゃないと思うんだ、トラウマって。比良坂の場合、別の意味でトラウマになりそうでもありますが……。気にしない。(05/04/03作成:05/04/06修正)

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