037:『スカート』 「なー、お前スカート履かへんの」 「は?」 香苗はきょとん、と目の前に座る森嶋を見る。氷だけになったグラスをストローでかき回し、森嶋は口を尖らせた。 「しやから、なぁスカート」 「こないだ会った時はスカートだったんだけど」 「下にジーンズ履いとったやんか。あんなもんスカートの数に入らへん」 じぃ、と下から見上げて再度森嶋はねだる。 「なーだからスカート履いてーな」 「どこの駄々っ子だ、あんたは」 香苗はやれやれとため息をつく。別に、スカートが嫌いな訳ではない。だがこうしつこく求められると釈然としないものがある。 「そんなにスカートにこだわるなら自分で履いたらいいじゃないか」 ひと月ちょっと前までの高校時代、小柄な上に可愛らしい顔立ちの森嶋は、女装の名手として校内の有名人だった。案の定、森嶋は心底嫌そうに顔をしかめる。 「嫌やそんな変態さんみたいなマネ」 「ものによってはあたしより似合うんじゃないかな」 「やめてーさ、何が悲しうてプライベートで女装せんならんの」 ざくざくと氷を突つき、森嶋がうんざりとぼやいた。 「大体なぁ、お前背ぇも高くて男らしいやんかぁ。そないなカッコやとデートっちゅう気がイマイチ失せよんねん」 「あぁ、それは」 悪かった、と言いかけて香苗はふと考え直した。それだったら、さっきの「スカートの数に入らへん」と言われた服だって女装の部類には違いないのである。さっきから、いつもの発音のおかしい関西なまりがやけに流暢になっているのも気に掛かる。 「森嶋、本当に理由ってそれだけ?」 「そうよ?」 答える視線が泳いでいる。 「嘘つけ。怒らないから言ってご覧。」 森嶋はちらりと恨めし気な目を走らせ、呟いた。 「……脚。」 「脚?」 香苗が問い返すと、森嶋はこくりと頷く。 「お前、脚だけはキレイやろ。ちょっと位見せてもろーてもバチは当らんと思うんやけど」 「『だけ』ね。」 「全身どこ見てもきれいやで、て言うて欲しいか?」 香苗は小さくため息をつく。阿呆か。 「や、いい」 「な、気色悪いやろ。『だけ』言う方がセージツやと思うけどな」 香苗は答えずに視線を窓の外へ投げた。怒らないとは言ったものの、がっくり肩の力が抜ける気がする。 「いつ見てたの、脚なんて」 「体育の時間に決まっとるがな、他にいつ見るねん」 香苗は「おっさんくさ」という文句を辛うじて飲み込んだ。 「じゃ、スカートでなくてもいいんじゃない?」 「うんにゃ、スカートがえぇ」 きっぱりと、反論を許さない勢いで森嶋は断言する。 結局、香苗が折れた。 やれやれ、と香苗は箪笥の中を見ながらため息をついた。 「まぁ、その程度で喜ぶならいいけどさ‥‥」 別れ際の、「俺はセクシーでもキュートでもどっちも好みやからなー」と上機嫌に言う森嶋の様子を思い出す。確かに彼が喜ぶならいいのであるが、何だか素直に着るのが腹立たしい。 第一手持ちの服はセクシーともキュートとも言えないような気がする。 ああそうか。 香苗はふと思い付いた。 頼まれたからと思わなければいいのか。 別に、強制された訳ではないのだから。 うん、とひとつ頷いて、香苗は箪笥の中から服を取り出した。 待ち合わせの場所、森嶋は香苗を見て顔を綻ばせたが、すぐに複雑そうに目を逸らす。 「あたしのスカートに何か不満でも?」 「不満やないけど、お前」 森嶋は目を足下に落とした。 「ちょっと見んうちにまた一段とでかくなりよって……」 足下に目を落とし、香苗は首を傾げる。 「たかだか5cmじゃないか」 「その5cmが……俺から見たら遠いねん……」 涙を拭う振りをする森嶋の肩を、香苗はそっと叩いた。 「わかったわかった、今度ちゃんとヒールの無いサンダル買っておくから」 「や、それはそれで……ええねん」 森嶋は顔を上げて、香苗の手を取った。 「行こか。」 大股に歩きながら、森嶋は口を尖らせる。 「俺があと5cm伸びればええだけのこっちゃ。俺の成長期はこれからや」 香苗はくすりと笑った。 「森嶋。あんたのそういうとこ、好きだよ」 「いちいち言わんでもわかっとる」 −−−−−−−−− Pro.100txt. |