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巡り月夜に抱きしめて  ― 第一夜 ―


 学園祭実行委員の最後の一人が、おつかれさまでーす、と生徒会室を出て行ったので、舞波燐花まいなみりんかはキーボードを叩く手を休め、眼鏡を押し上げた。
 それから、近くの机で経費の明細を書いている天ヶ瀬令人あまがせれいとに、今日一日胸の中で繰り返していた言葉をかけた。
「天ヶ瀬くん……好きよ」
「なんですか、会長」
 令人は顔も上げずに答える。右手でものすごい速さでそろばんをはじき、左手で表に数字を書いている。それでもパソコンを使うよりはるかに早くて正確である。歴代生徒会きっての名副会長と言われている、頼れる二年生だ。
 対する燐花は三年生の会長である。こちらは現生徒会きっての秀才として名高い。燐花と令人のどちらが優秀かは、全校生徒八百人の間で意見が分かれるところだが、とりあえずこの二人が双璧、という点では異議を唱える者はいない。
 燐花は立ち上がる。日は暮れたが満月が昇っていて、白く照らされた床に長く影が伸びる。腰まで届く黒髪とプリーツスカートの裾からのぞく脚、どちらも優美な線を描いていて、影でさえも美しい。
 影を率いて燐花は歩く。令人の机の前に立つ。影が落ちて暗くなったので、令人が顔を上げた。
「ああ、こんなに暗くなってたんだ。月明かりのおかげでわからなかった。今、電気をつけてきますね」
 立ち上がろうとした令人の腕に触れて、燐花は首を振る。けげんそうな顔の令人をじっと見つめる。髪は前が少しはね気味で、生まれつき色が抜けている。うなじをまじめに刈り上げていて、眉もきりっと細いが、頬の線に幼さが残っているので、男くさい感じはしない。凛々しくはあってもたくましくはない、そういう微妙な年頃だ。
 この子ならいい、と燐花は考える。緊張で乾いた唇を開いて、もう一度言う。
「好きよ」
「……え?」
「あなたが好き、天ヶ瀬くん」
 令人は、浮かせた腰をすとんと落とす。瞳が大きく見開かれて、まだ浮き出していない喉がごくりと動いた。
「それは、告白ですか」
「ええ。恋人になってほしいの」
 震えを隠した声で、燐花は言う。そのまま、しばらく待つ。
 静かに燐花を見上げていた令人が、やがて小さくうなずいた。
「ぼくも、会長が好きです」
「……それは、OKってこと?」
「はい。付き合ってください」
「ありがと」
 燐花はにっこりと微笑んだ。令人の決断力なら、すぐに返事が来ると思っていた。それでも、勝ち負けの確率は六対四程度だと踏んでいたから、イエスの答えでほっとした。
 しかし、ここで終わっては意味がない。みんながいなくなるまで待ったのだから。
「令人くん」
 初めて呼ばれた名前に、令人がはっと顔を上げる。その、少し赤みが差したかわいらしい頬に、燐花は唇を近づけて触れた。
 ちゅっ、などという音はしなかった。にきびのない滑らかな頬に、形のいい唇が当たっただけ。燐花はそのまま、眼鏡が当たらないように気をつけながら、顔を横に動かし、令人がわずかに逃げようとし、途中で止めて、逆に唇を近づけた。
 本物のキスになる。唇が重なり、二人は少し顔を傾け、目を閉じて温かみを感じ取った。
 数十秒。舌はまだ使わないが、少しずつ唇を動かして、互いの気持ちを確かめ合うようなキスを続けた。どちらも相手に触れ続けようとし、それで相手が逃げないと悟った。
 離れるころには、二つの心臓が高鳴り始めていた。
 燐花は近くの椅子を引き寄せ、令人の隣に腰を下ろす。肩の触れる近さで、見つめ合う。
「私ね、一年あなたを見てた」
「入学のときから?」
「そう。素敵な子だと思ったから。生徒会に来てくれて嬉しかった」
「ぼくも、一年会長を見ていました」
「入学のときから?」
「はい。だから生徒会に入りました」
 二人はふふっと微笑みあった。が、令人の笑みがこわばった。
 燐花がさらに肩を寄せ、二の腕を密着させた。令人の耳に顔を寄せてささやく。
「一年前から両思いだったんだから、まだ早いってことはないわよね」
「な、何がですか」
「恋人同士のすること」
 そう言って、緊張している令人の膝に手を伸ばした。足の内側をすうっと撫でる。
 びくっ、と令人の体が震えた。燐花は何度も撫で上げる。
 令人は目を閉じて何度もはねる。呼吸の音が大きくなる。学生ズボンの中の筋肉の硬さを指で感じて、燐花も徐々に息を荒くしていく。
 じきに、燐花が令人の肩を抱くような姿勢になった。セーラー服に包まれたふくらみが令人の腕でつぶれている。腰と太もももぴったりとくっついている。二人ともまだ冬服だが、体温も感触もはっきり伝わっている。
 ふーっ、ふーっ、と息を吐いていた令人が、ついに手を上げて、燐花の愛撫を止めた。
「会長……」
「燐花って呼んで」
「燐花先輩、ひとつ、断っておきます」
「なに?」
「ぼくは、結婚する人としか、セックスしないつもりです。先輩、そのつもりになってくれますか?」
 燐花は動きを止めた。令人が、少し潤んだ瞳に自制心をたたえて、じっと見ていた。そういうまっすぐな眼差しが好きだった。
 燐花の心に迷いはなかった。この子ならいい。将来求婚されるにしても、気が変わって別の女に去っていくにしても、いま抱かれるのにためらいはない。だからうなずいた。
「いいわ。私をもらってくれる?」
「それなら……はい」
 令人がうなずき、燐花の眼鏡を外して机に置いた。それから引き寄せあうようにくちづけした。
 両方向の愛撫が始まった。燐花は令人の足をさすり、学生服のボタンを外して胸に手を差し込む。令人は燐花の胸をまさぐり、リボンを引きほどいてセーラーのホックを外す。キスはもう舌を使うものになっている。くちゅくちゅと唾液を味わう合間に、二人は言葉で伝えあう。
「令人くん……細いのに、筋肉ついてるのね。とても、頼れそう……」
「先輩も、柔らかい……指でいじめてるみたいで、悪い気持ちになります」
「ううん、心地いい。もっと楽しんで」
 令人はカッターシャツを、燐花はキャミソールをつけていない。シャツとブラの下に手が入り込み、じかに触れるようになるまで、時間はかからなかった。
 片手でしっかり相手を引き寄せ、片手で胸の隅々までまさぐりあう。薄い胸板を通じて、燐花の手に驚くほどはっきりと、令人の強い鼓動が届く。彼の興奮がよくわかる。
 彼の指からも。乳房を珍しげに這い回っていた指が、次第に強く食い込んで、飽きることを知らないように揉み回す。普段の彼はまるで女の子に興味を示さないのに、別人のように触れてくる。この子の本気を暴いている、それが燐花を喜ばせる。
 乳首をきゅっとつままれると、たまらなくなった。「はぁっ」とくちづけを離して、令人の肩に顔を押し付けた。お返しに令人の小さな乳首をこりこりとくすぐりながら、声を殺して心地よいしびれに耐えた。
「先輩、うまい……」
 令人が手のひらと指で乳房を挟みこみながら、かすれた声を耳にかける。
「む、胸、気持ちいいです。慣れてるんですか?」
「まさか、初めてよ。セックスどころか、触るのも、キスも」
「初めて?」
 驚いたように身を引いた令人を、すかさず燐花はぎゅっと抱き寄せた。令人は乳房の手から力を抜いたまま、脅えたようにつぶやく。
「は、初めてなのに、こんなに触ってしまって……すみません!」
「いいの、あなたなら。後悔してないし、気持ちいい。続けて」
「は……い……」
 令人が再び指を動かしたが、今までよりも遠慮がちだった。食い込ませず、いたわるように、さらさらと手のひらを滑らせる。
 燐花は処女だがオナニーを知っている。それも、空想の相手はいつも令人だ。ここまで来て後戻りするような彼の気遣いが、逆にもどかしい。もっと彼を興奮させなければ、と思った。――そう思うほど、燐花自身も昂ぶっている。
 スカートの中に入れたい自分の手を、ひとまず我慢して令人の足に戻した。太ももをさらりと撫で上げ、今度は止めず、根元まで登らせた。
 初めて触れる男性器は、携帯か財布かと一瞬思ってしまうほど、ズボンの中でくっきりとこわばっていた。
「くひっ……!」
 握った途端に、令人がぴんと足を伸ばした。ガタンと椅子が揺れ、そのままかかとで床を蹴って後ずさろうとする。セックスを十分勉強しておいた燐花は、痛くはないはず、と握り続ける。
「逃げなくていいのよ、痛くしないから」
「ち、違います……それ、まずいです、耐えられません!」
「気持ちいいのね? だったらいいでしょ」
 くっ、くっ、と燐花はしごき上げる。「あっ、かはっ!」とのけぞった令人が、両手で燐花の手首を押さえつけた。蚊の鳴くような声でつぶやく。
「で、出そうなんです……」
「汚れちゃ、困るわけね」
 教科書どおり、いや、それ以上の令人の反応に、燐花はいっそう嬉しくなる。手際よくベルトを外して、ファスナーを下げた。
 ブリーフを自分から押しのけるようにして、令人の性器が勢いよく顔を出した。さすがにいきなり触りはせず、燐花はしげしげとそれを見つめる。
 実際は真っ赤に充血しているのだろうが、月明かりのもとでは、桜色に近いほど薄い色に見えた。先端のつるりとした部分を半分ほど皮が包んでいて、小さなしずくを浮かべている。幹は細い。けれども形は歪んでいない。まばらな薄い茂みの中から、わずかに反り返るようにして、均等な太さですんなりと伸びていた。
 燐花の想像とはかなり違った。想像よりもずっと端正だ。令人の体つきから受ける印象そのままの、小柄だが凛々しい姿だった。
 思わず、ため息が漏れた。
「きれい……令人くん、すてきよ」
「き、きれいだなんて……」
 令人は自分のものを見下ろして、細かく震えている。燐花が手を近づけるのを、耐えられないような、しかし止められないという顔で、見つめる。
 手のひらに包み込むと、「くうーっ……」と令人が目を閉じた。
 燐花は頬を上気させ、目を輝かせてそれを見つめる。軽く包んでしごくと、しっとりして熱い皮が、自分のために作られたもののようになじむ。感じるはずの怖さ、気持ち悪さ、汚らわしさなどが、不思議なほど湧いてこない。ただ嬉しい。それにいとしい。
 ショーツの中が熱くうずく。濡れた音がしそうで太ももを動かせない。夢中になってしごいた。
「せ、先輩……だめです、ほんとにだめ……」
 抵抗しないまま、令人が追い詰められたようにうめく。あごが上がり、つま先まで足が伸びている。燐花の手のひらにびくん、びくんという不規則な脈動が伝わり、先端からあふれたさらさらの液がまとわり付く。調べておいてよかった、と燐花は思う。令人の快感が手に取るようにわかる。
 ただ、最後の瞬間はなかなか訪れなかった。
 濡れた燐花の手のひらが、くちゅくちゅとスムーズに滑り、さらに多くのしずくを先端からしぼり出す。しごけばしごくほど硬くなっていくから、それで合っていることはわかる。なのに、令人は射精しない。勢いよく出るはずだし、出そうだと自分で言っていたのに。
 不思議に思って顔を上げた燐花は、どきっとした。令人は片手の指を血が出るほど強く噛みしめ、きつく目を閉じていた。必死に耐えているような顔だった。
「令人くん、あの……出ないの? オナニーで出してしまった、とか?」
「ぼく、お、オナニーは……しません。夢精はするけど……自分では……」
「それなら、どうして射精しないの? していいのよ?」
「したくない……しないことにしてるんです。す、するなら、セックスしてからって……」
「させてあげるわよ、この後でも。一回しか無理なの?」
 令人の理性を壊してやろうと、燐花はさらにていねいに激しく、しごき上げる。「んんーっ!」とのけぞった令人が、ぎゅっと燐花の腕をつかみ、泣かんばかりに訴えた。
「だ、出しません! 決めてるんです!」
 燐花の小指に、令人の根元が触れている。堅く引き締められた筋肉がわかる。本当に彼は、今にも達しそうな自分を、意志の力で抑えているのだ。
 けなげな努力が痛々しくなって、燐花は手のひらを離してやった。ほっ、と令人が力を抜いた。
 しばらく燐花は彼を見つめた。目を閉じた彼の大きな呼吸に合わせて、服をはだけられた白い胸が上下し、引き締まった腹の下の性器がひくん、ひくん、と揺れる。見ているだけで、息が苦しくなるほど欲情してしまう。自分が処女であることすら、忘れさせられる。
 燐花は立ち上がり、スカートの中に手を入れた。ショーツを下ろそうとして、わずかにためらう。もうあふれている。こぼれるかもしれない。
 だが、薄目を開けた令人に言われて、ためらいが消し飛んだ。
「させて……くれるんですか」
「……ええ」
「させてください。したいです。燐花先輩に入りたい」
 たくし上げたスカートの中から、燐花は両手を下ろした。豊かな尻の丸みを水色の細布が滑り、すらりとした足を下っていった。
 片足を折ってシューズのつま先を抜き、もう片足も抜く。濡れたショーツはすばやく畳んで背後の机に置いた。静かに令人に向き直る。
 食い入るような視線に、胸がざわついた。まだスカートが隠しているし、太ももから下はいつも見られているが、今は特別な状況だ。令人は欲情の対象として足を見ている。さらに、スカートを透かしてあそこまで。
 今ほどスカートを頼りなく感じたことはなかった。両足の肌全体がちりちりと騒いだ。見せることで令人が喜んでくれている。これほどスカートでよかったと思ったのも初めてだった。
「さわって……」
 立ったまま寄り添うと、令人が糸で引かれたように手を上げた。膝の裏にひたりと触れられる。それだけで、じん、とあそこがうずいた。
「あは……」
 手のひらがさらさらと動く。ふくらはぎの筋肉、膝の裏の腱、太ももの肉、令人が余すところなく試している。幸せな心地よさが脊髄を駆け登り、じぃん、と耳の奥が鳴る。女の子が他人に触れられるのを拒むのは、と燐花は気づく。この時のために取っておくからなんだ。
 もっといくらでも、朝まででも触らせてあげたい、そう思ったが、体が待てなくなっていた。ぽつり、と音がして、令人の手にしずくが落ちた。
 令人が目を見開いてつぶやく。
「先輩……」
「ええ」
「濡れてる……んですか」
「ええ。すごく」
 令人の手が上がり、くちゅりと音を立てて食い込んだ。
「くんん……っ」
 スカートの裾を握って、燐花は耐える。最初の接触だけで、膝の力が抜けそうになった。ぱっと火花が散ったように、そこから快感が広がった。しかもそれは止まらずに大きくなる。
「せん……ぱい……すごい……」
 令人が身を乗り出して、指を動かす。くちゅくちゅくちゅといくらでも音が湧き、糸を引いてしずくが垂れる。普段意識したこともないあそこの造りが、恥ずかしくなるほど詳しく脳に伝わってくる。令人の指が、ひだを、粒を、柔らかく弱い膜を、鋭い快感とともに教えてくれる。
 スカートの裾を両手で持ち上げた。見せたかった。どれほど自分が喜んでいるかを。
 令人がため息とともに言った。
「きれいです……先輩……」
「ほんとに?」
「はい……白とピンクで、恥ずかしがってるみたいに隠れてて……剃ったんですか?」
「もともとそんなにないのよ……きゃふ!」
 くい、と持ち上げられて声が出た。剥かれた感覚。痛いほど尖っているそこが、まじまじと見られている。令人がぽつりと言う。
「ぼくのと一緒だ……」
「そう……分かるでしょ、私も……」
 目が合った。ほしいんだ、と二人とも悟った。燐花は止めどもなくあふれ続け、令人も触れてもいないのにつるつるにこわばり続けている。心と体の両方が強く求め合っていた。
 令人が手を離して椅子の上で姿勢を整え、その膝を燐花がまたいだ。スカートをつまみ上げたまま、白い下腹を二人で見つめて、位置を合わせた。
 それからゆっくりと、燐花が腰を落とした。
 触れる。二人とも目を閉じる。触れた場所の感覚だけが伝わってくる。柔らかい・硬い、それが頭に響き、早く、という強い思いに変わる。ためらいなく力をこめた。
 熱いものが燐花の入り口を破り、突き刺さった。鈍痛に唇を噛む。はあっ、と息を吐いた令人が上ずった声で聞く。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ン……気にしないで、我慢できる……」
「ごめんなさい、あまり優しくは……」
 言いながら、令人が小刻みに腰を持ち上げる。震える両手がスカートの中に入り込み、ふっくらした燐花の尻を強くつかんだ。
「す、すごい……こんなに気持ちいいなんて……」
「嬉しい」
「だ、だめ、体が言うこと……聞かな……い……」
 令人の手が燐花をひきつけ、腰がずり上がって深く食い込ませる。その手の痙攣で燐花も察する。令人はむしろ、燐花を支えようとしている。それなのに体が快感をほしがって、燐花をえぐっている。
 体内でぐいぐいと動くこわばりが、燐花の心を優しくする。声が聞こえる。入りたい、包まれたい、というそれの声が。いいわよ、と胸の中で答える。そこがあなたの場所、そのための場所。好きなだけ暴れて。痛みなんか、気にしないで。
「やわら……かぁ……」
 令人が子供のようにうっとりした顔で、燐花の乳房に吸い付いてくる。誰も見たことがないほど無防備になっている令人を、燐花は守るように抱きしめる。草の匂いのする髪に顔を押し付けて、自分に言い聞かせる。この痛みは喜び、この顔の代償。
 嬉しさで燐花はさらに濡れる。痛みが潮のように引いて感覚が戻ってくる。令人の動きがよくわかるようになる。何をしてほしいのか感じる。
 壁を削るように斜めに突き上げてくる。そんな風にこすってほしいのだ。腰をひねって合わせてやる。はあぁ、と令人が甘いため息をつく。
「せんぱぁい……わかるんですか……?」
「ええ、とても……それに、私も気持ちいいの……」
「これは……?」
 令人がひときわ深く突きこんで、奥でぐりぐりとねじった。燐花はきつくきつく抱きしめて、腰にすべての体重をかける。ひとつになるってこういうこと、と燐花は知る。二人の人間がこれ以上近づくことなんてできない。
 動けば動くほど気持ちいい、と燐花は気づいてしまった。抱きしめた令人の頭を支点に、腰を大きく動かす。じゅっ、じゅっ、と音が湧き、あふれる液を押しのけて令人が入ってくる。目で見ていたときの形を思い出して、燐花は震える。あんなすてきなものが、いま自分の中に来ている。
 それはもう限界に達したらしく、燐花の中でほとんど傾きもしないまっすぐな幹となって上下している。体中が鳥肌立つほどの心地よさに、燐花が我を忘れかけていると、令人の強い声が耳に入ってきた。 
「先輩……いきますよ……出します、ぼくのっ!」
「え、令人くん……あ、あはぁっ……!」
 甘くひずんだ悲鳴を上げて、燐花は体をこわばらせた。びくっ! と強く震えた令人のものから、熱い針が飛び出して体の奥を叩いたのだ。信じられなかった。痙攣はともかく、出てくるものは感じられないと学んでいたのに。
 だが確かに、叩きつけられる濁流の感触があった。射精されている、という実感が体より先に心をはじけさせた。快感よりも強い歓喜に意識が満たされて、燐花は叫びながら令人を抱きしめた。
「来てる、来てるぅっ、令人くんの熱いのぉっ!」
「先輩、受け止めて、妊娠してぇっ!」
 令人が燐花の細い腰を抱きしめ、尻に爪を立てて押さえ込む。力をこめて何度も突きながら、一滴でも多く、というように、一番深いところで精液を撃ち出している。放出のためにぎゅうっ、ぎゅうっと全身に力をこめている。その動きに、燐花は寒気がするほど感じ取る。この子、本気で、全力で、私を妊娠させようとしてる!
 純粋な喜びだけに浸されて、燐花はかたく令人にしがみついたまま、動きを止めた。子を作れ、という命令に全身が反応していた。これほど自分を認めてくれる言葉はなかった。
 最後に深く突き込んだまま、令人も硬直していたが、やがて徐々に力を失っていった。燐花も脱力していく。力が抜けるとどっと汗が吹き出し、呼吸が戻ってきた。はあ、はあ、はあ、とうるさいほどの息の音が耳についた。
 その息の合間に、令人がささやいた。
「先輩……ちょっとお願いしていいですか」
「ええ……なあに?」
「降りて、でんぐり返りしてもらえませんか。その、お尻を上に向けるみたいに……」
「え?」
 場違いな言葉に、燐花は顔を上げた。すっかりもつれてしまった黒髪をかき上げて、令人の顔を覗く。
「なぜなの?」
「そうすると、せ……精液が、子宮に入るんです。妊娠法の常識です」
「……」
 令人は真摯な顔で見つめていた。本気だった。興奮が冷めていくとともに、燐花に現実的な感覚が戻ってきた。
 あわてた。令人がその場の情熱でではなくて、理性を取戻してからもこんなことを言うなんて。
「ちょ、ちょっと待って、困るわ、そんなの」
「どうして? 先輩はぼくと結婚してくれるんでしょう?」
「そ、それはそう言ったけど、もっと先の話じゃない。いま妊娠なんかしても産めないし、産んでも育てられないし……その前に退学になっちゃうわよ!」
「かまいません、ぼくのうちで育てます。先輩には少し待ってもらうことになりますけど、ぼくが十八になったら結婚します」
「そんな勝手に……さっき告白したばかりじゃない!」
「ぼくたち、一年前から両思いなんでしょう? ぼくは、ぼくの子供を作ってくれる、優秀な女の人を探してたんです。先輩こそその人だと思ったから、ずっと待ってたんです」
 燐花は唖然とした。
 燐花は確かに令人が好きだった。付き合って、抱かれてもいいと思っていた。だが、告白してすぐにセックスに持ち込んだのは、何も結婚を考えてのことではなかった。
 同級生たちに刺激されたからである。この高校の三年生の女子は、すでに三割が初体験を済ませていた。燐花の友達も、すでに六人が経験があった。
 燐花は生徒会長だが、そういうことを聞いて目を吊り上げるような生真面目な人間ではない。むしろ、古い感覚を軽蔑するラジカルな性格だった。結婚持参金として処女を持っていくというような習慣は嫌っている。好きな相手と、好きな時に捨ててしまいたい。
 令人は、ちょうどいい相手に思えたのだ。年下だから主導権を握れる。頭はいいし運動もできるし性格も素直だ。その場限りになるにしろ、恋人としてしばらく付き合うにしろ、初体験の相手としては申し分のない男の子だという気がした。
 言ってみれば、セックスのためにセックスしたようなものである。令人だって異存はないと勝手に想像していた。男とはそういうものであるはず、だからだ。
 まさか令人が、これほど生真面目だとは――いや、生真面目を突き抜けたこんな非常識なことを考えていたとは、思いもしなかった。
「先輩?」
 令人の声と、冷えていく汗の気持ち悪さで、燐花は我に返った。懸命に返事を考える。
「ええと、あ、そうだわ。無理よ、今日は」
「無理?」
「私、今日は安全日なの。明日かあさってには、あれが来るから」
「……そうなんですか」
 がっかりしたように、令人が手を離した。はっと燐花は気づく。それまでずっと、腰をかたく押さえ込まれていたのだ。令人のものを差し込まれたまま。しかもそれは、まだ硬さを失っていない。
 燐花は急いで体を離した。圧迫感が消えても、内部に重い感触が残った。ショーツをつかんで部屋の隅のロッカーの陰に走る。そこらに放り出してあった工作用具の中からティッシュを取って、あそこにあてた。
 とろとろ、とろとろ――あきれるほどたくさんの粘液がこぼれて来た。燐花は身震いする。万が一のために安全日にしておいて、本当によかった。危険日ならば間違いなく妊娠させられていた。
 万が一のために。
 そうだった。最初の予定では、手とか口、それに買っておいた避妊具を使うつもりだった。途中からそんなことは忘れていた。ほしくてたまらなかった。中に出してほしい、と強く思ってしまった。
 重く濡れたティッシュを見つめる。かすかに甘い匂いが立ちのぼる。令人の性器から吐き出されたもの。なぜか気持ち悪さは湧いてこない。だが、これが他の男子や教師のものだったら――
 ぞっとしてごみ箱に投げ捨てた。その途端気づいた。
「私……嫌がってない……」
 選んでしまっていた。令人ならいいのだ。恋やセックスの相手としてだけではなく、子を授けてくれる相手としても。
 そこから二つの思いが生まれる。嬉しさと困惑だ。この年でそんな相手を見つけられたのは嬉しい。でも、付き合い続けたら必ず子供がほしくなってしまう。
 まだ高校生なのに!
「先輩、まだ来られませんか?」
 令人の声で、燐花はあわてて身だしなみを整えた。
 ロッカーの陰から出る。斜めに差し込む月明かりを受けて、衣服を身に着けた少年が立っている。少しはねた前髪、意志の強そうな眉、華奢だが、身軽で敏捷な体。初めての自分をあそこまで喜ばせてくれた相手。
 とくん、と胸が鳴る。
「だめだ……」
 恋が始まっていた。ただの好きとはわけが違う。染められてしまった。もう逃げられない。
 バージンロードを歩くようにゆっくりと、燐花は令人に近づく。令人はかすかにかげりをたたえた眼差しで見上げる。
「先輩、恨まないから、本当のことを言ってください。――ぼくとのことは、遊び?」
 すっと息を吸って、燐花は首を振った。
「いいえ。私、あなたと付き合うわ」
「本当ですか!? じゃ、またさせてくれますか?」
 令人が顔を輝かせる。燐花は急いで付け加える。
「ただし! ……ただし、子供はだめ。セックスは、避妊するか、安全日だけよ」
「……ふうん」
 令人は肩を落としたが、じきに、穏やかな笑顔を浮かべて、窓の外を指差した。
 南校舎の屋上に、青く大きな月がかかっている。
「満月の晩なら、避妊なしでいいんですね。二十八日に一回だけ」
「……ええ」
「わかりました。でも、先輩がいいって言ったら、それ以外でもいいですよね?」
 いたずらっぽく目を細める。小悪魔のような、憎たらしくかわいらしい顔。燐花はきゅっとこぶしを握り締める。だめだと言え。断れ、自分。
「……ええ」
 うなずくと、心が楽になった。悔しかったが、どうしようもなかった。
 令人が晴れやかに笑い、近づいてくる。片手に眼鏡、それを燐花の顔にかける。
 髪に指が梳きこまれ、優しく引き寄せられた。燐花は従順にくちづけを受ける。
「よろしく、燐花先輩」
「……よろしく、令人くん」
 二人は、巡り月夜の恋を始めた。


―― 第二夜に続く ――



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