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虜にされて、囚われて


 ハールの前で激しく腰を前後させていたドレンジーが叫んだ。
「おっ、いく、もういく……おらぁっ!」
 彼はアルキナ人の娘を四つんばいにさせてスカートを払いあげ、むき出しの白い尻を叩きつぶすように腰を打ちつけ、犯していた。
 美しい金髪の娘は挿入されるまで激しく抵抗し、殴られて床に組み敷かれた今でも唇を噛んで憎しみの表情を浮かべていたが、ドレンジーがいよいよ余裕をなくして動きを速めると、悲痛に涙をこぼして振り返った。
「いやっ、やめて! それはっ、それだけは!」
「うるせえ、しゃべるなって言ってんだろ!」
 バシッ! と乱暴な平手打ちを尻に叩きつけられ、娘はかぼそい悲鳴を上げた。その尻をがっしりとわしづかみにすると、ドレンジーは血でぬかるんだ娘の性器を突き崩すようにえぐって、ぐっと顔をのけぞらせた。
「そら出すぞぉ……くうっ!」
「ひやあぁぁっ!」
 つながった二つの体がビクンと大きく震えた。ドレンジーがぎゅっと目を閉じ、娘は反対に、かっと瞳を開いた。
「んく……んおっ、んおっ……おうっ!」
「やっ……いや、いやあぁ……いやだぁっ……!」
 望んでもいなかっただろうが、娘の悲鳴はドレンジーのうめきと完全に同調していた。ぐい、ぐい、と押し付けるドレンジーの腰の動きにも。離れて見ているハールにすら、娘の子宮を叩くドレンジーの濁流が感じ取れるようだった。
 何度も痙攣してから、ドレンジーがのけぞったまま、ふうっと息を吐いた。それから乱暴に娘の尻を押し離すと、どろどろのペニスをしごいて、残りの精液を尻に垂らしかけた。
「しっかり出しとかないと戦争できねえからな。……うくぅっ」
「はぁうっ……うっ……うううぅ……」
 娘はぼろ雑巾のようにぐったりと身を横たえる。ハールのところから見える尻はドレンジーの粘液で汚らしく濡らされ、閉じきっていない性器からとぽとぽと血混じりの液を吐き出していた。
 すすり泣く娘の胸中を想像して、ハールは吐き気を覚えた。見ず知らずの男、しかも敵である男に体中しゃぶり回され、誰にも見せたことのない秘所を暴かれて、激痛を伴う挿入と動きの果てに、おぞましい体液を決してすくい出せない体内に注がれたら――
 自分なら気が狂うだろうな、とハールは思った。
 ドレンジーはそんなハールの思いなど意にもかけず、彼のそばにやってきてどっこらしょと椅子にかけた。テーブルに林立する酒瓶をとっかえひっかえ選んで、残っていたウイスキーをらっぱ飲みする。
「ぷはーっ、うめえ。一発やった後の酒はいいねえ」
 酒臭い息を盛大に吐いてから、すわった目でハールをにらんだ。
「……で、なんでおまえはやらねえんだよ」
「僕はいいよ。気が乗らない」
「まぁだそんなこと言ってやがんのか?」
 ガン! と酒瓶をテーブルに打ち付けて、ドレンジーは喚いた。
「あのなあ、これは国策なんだよ! 国・策! 悪知恵の回るアルキナ人の連中がこれ以上増えねえように、俺たちヴォーフット人の貴い血で塗りつぶしてやるんだ! アルキナ人の女は残らず孕ませるの! 俺たちの子を産ませるんだよ! わかってるかそこ?」
「うるさいな、何度も聞いたよ」
 ハールはドレンジーの手を払いのけて、顔を背けた。犯された娘がドレンジーの一言一言を聞くたびに、我が身をかき抱いていやいやをするのを、正視できなかった。
「そんな国策、僕はいやだ」
「おまえ何か、それが間違ってるとか思ってる? ああん?」
 ドレンジーは逃げるハールの首に腕を巻き付けて、ものわかりの悪い子供に説教するように言った。
「俺たちゃ戦争してるんだぞ、戦・争。それでこの町を占領したんだ。占領したら俺たちのもんだ、全員ぶっ殺して豚に食わせてもどっからも文句は出ねえんだ。そこをだぞ! 生かしてやって、食わせてやってるんだ。礼を言われこそすれ、恨まれる筋合いはねえってもんよ!」
「そのどこが正しいんだよ」
「正しいかそうじゃないかなんてどうでもいいんだよ!」
 ドレンジーはやにわにハールの頬を殴りつけた。ハールの目に火花が散った。
「周り見ろよ、表見てこいよ、なんなら世界中回ってこいよ! どこの世界に正しい軍隊がある? 軍隊なんてなあ、どの国へ行ってもこういうものなんだよ。アルキナの軍だってそうなんだぞ! もしアルキナ軍がヴォーフットを攻めたとしたら、やっぱり連中は俺たちの種族の女を犯しやがるだろうよ。本当の善悪なんてねえんだ! 負けるほうが悪いんだ! 勝ったもんが善なんだよ!」
 そう言うと、ドレンジーはいきなり手首をひるがえして酒瓶を投げつけた。ガチャン! と壁に当たって瓶が割れると、そのすぐ横で娘がヒッと首をすくめた。
 娘はいつのまにか、壁に立てかけられたドレンジーの剣へ忍び寄っていた。――歩兵中隊長のドレンジー自慢の、紋章入りの剣だ。
 ドレンジーはハールに目をやって、にやりと笑った。
「ほらな。ちょっと油断するとすぐこうだ。情けをかけてやる必要があると思うか?」
 ドレンジーは立ち上がり、ずかずかと娘に歩み寄って剣をつかんだ。鞘を払うが早いか、ズドッ! と娘の前の床に突き立てる。鋭利な刃が娘の膝をかすり、ちろちろと血が漏れた。
「ひいっ……」
「このアマ自分の立場わかってんのか? てめえはモノだ! 俺たちヴォーフット人の精液を捨てるゴミ溜めだ! おとなしくぶっこまれてヒイヒイ鳴いて豚みたいに腹膨らませてりゃいいんだよ!」
「やめて、お願い乱暴しないで、もう何も」
「何度言やあわかる、おら立て!」
 娘の切り整えられた金髪をつかんで、無理やり引きずり上げると、どすっと体を壁に叩きつけた。くぅ、と苦しげな息を漏らす娘の頬を平手で張り飛ばし、片足をスカートごと持ち上げた。むき出しになってよじれた性器から、どろりとまた一筋の精液がこぼれた。
 それほど出した後だというのに、ドレンジーは早くも再びいきり立っていた。まだろくに濡れることも知らない娘のひだの間にペニスを押し付け、力任せにミリミリとねじ込んだ。
「いぎゃぁぁ……ッ!」
「そうだ、それでいいんだよ。言葉なんかしゃべるんじゃねえ、うなってろ、豚が。ほれほれェ……ッ!」
 苦痛が去って弛緩し始めていた娘の性器が、新たな責めを受けて苦しげに縮み上がる。その締め付けを受けて、心地よさげに眉をひそめながら、ドレンジーはまたずぶずぶと腰を動かし始めた。
「ひ……い……ぐぅ……」
 娘はもはや抵抗しない。壁にもたれたまま、泣くような笑うような虚ろな顔で宙を見つめるだけだ。ハールは思わず鳥肌の立った腕を押さえた。娘の精神が音を立てて崩壊していく様子が目に見えるようだった。
 ドレンジーは戦友だったが、初めて見る彼の凶暴な本性は、数年来の友情を蒸発させるのに十分だった。ハールはもう声をかけることもなく、その部屋を出た。
 廊下にも、押し潰されたような悲鳴とあえぎ声が流れていた。並んだ十数室の部屋には、ヴォーフット軍の士官たちが、それぞれ好みの女を連れ込んでいる。
 廊下の突き当たりは吹き抜けになっていて、この宿屋の一階の酒場が見下ろせた。酒場の隅に、四十人以上の娘たちが抱き合うようにして集まっている。この町を占領したときに、町中から選りすぐった娘たちだ。それが、将軍が士官たちに与えた褒美だった。
 ハールは吹き抜けの階段を下り、娘たちの前に立った。四十数人の眼差しが集まった。憎しみと軽蔑と、それを上回る恐怖と不安を含んだ眼差し。檻の外に現れた狼を見る、羊たちの眼差しだ。
 ハールは無言で彼女たちを見回した。
 いずれも若く美しい娘ばかりだった。容姿がさほどよくない女たちは下級の雑兵にまとめて下げ渡されたから、この娘たちは文字通り選り抜きと言える。しかし彼女たちにとっては不幸なことだった。酒場の壁にはずらりと油の樽が並べられている。反抗したり逃げ出す素振りを見せたら、建物ごと焼き払うということなのだ。兵士たちのいる野営地と違って、ここには逃げ出す望みすらない。
 ハールの目に、娘たちの姿が焼きつく。今は夏で、彼女たちは家や店や畑から着の身着のまま連れてこられた。薄着のチュニックやスカートから覗く小麦色の、あるいは真っ白な腕や足。そしておびえる美しい顔。
 背後のカウンターには、娘たちに食事を出す老人がいる。だが彼はヴォーフット人だ。ハールがどの娘を選ぼうと、どんなことをしようと、咎め立てはしない。いや、それどころか勧めるのだ。この町にいる六千五百のヴォーフット軍すべてが、ハールに向かって、好きな娘を選べ、手を触れろ、思うさま犯し抜けと勧めている――。
 心の内と外からの強烈な誘惑がハールを襲っていた。
 ハールにも人並みの情欲はある。戦場で荒ぶった心をむき出しにして、柔らかい娘の肌にぶつけたいという欲望はある。
 しかし、それを解放させない何かもまた、彼の心にはあった。
「きみ……そっちの、奥にいるきみ」
 ハールは一番後ろのほうにいる娘を指差した。それは髪も服も泥にまみれ、左腕のほとんどを包帯代わりのぼろ布で覆った、あまり美しくない娘だった。声にならない安堵の吐息を漏らして、周りの娘たちが動き、ハールと汚れた娘の間に道ができた。
「きみ。こっちへおいで」
 娘たちの視線に身を縮めながら、ハールはなおも言った。自分の声が仲間のマルニスと同じ声のような気がした。マルニスも最初はおどおどと声をかけていたが、いったん娘を部屋に連れこむと、人が変わったようないやらしさでねちねちと体中をいじり回していた――。
 娘は顔も上げなかった。当たり前か、とハールは思った。仕方なく近づいて、無理に手を取った。
 その瞬間の彼女の表情は、罪の烙印のようにハールの心に焼きついた。
 張り裂けんばかりに瞳を見張って、小さな唇を引きつったように閉じた、絶望的な顔。
「……来て」
 ハールがためらいがちに手を引くと、娘――いや、少女は、意思の薄い動きでふらふらと立ち上がった。かと思うとうつむいて、ぽたぽたと涙を落とした。
「私……私がいいんですか」
「嫌だろうね。他の人にしてほしい?」
 ハールがそう聞くと、少女は左右を見回した。娘たちがいっせいに顔を逸らした。
 少女は首を振った。
「みんなに恨まれたくないです。私を連れてって……」
 残酷な質問をしてしまった、とハールは後悔した。
 ハールは少女の手を引いて階段を上った。少女は立ち止まって嫌がるようなことはしなかったが、開き直ってついてくるようなこともなかった。引っ張るハールの手に、最後までわずかな抵抗を伝え続けた。
 ハールは空き部屋に彼女を入れると、いったん廊下から鍵をかけて宿の外へ出た。そして水桶にいっぱいの水を汲んで戻ってきた。
「入るよ」
 わざわざ断ってハールが部屋に入ると、少女はベッドに腰掛けもせずに、ぼんやりと突っ立って板を打ち付けられた窓を見つめていた。隙間からは日が差し込んでいたが、人間が抜け出すことは無理だった。
 ハールがベッドのそばに水桶を置いても振り向かなかった。手をとってベッドに座らせると、顔を歪めて笑顔を作り、ぶるぶると肩をふるわせておびえきった様子で言った。
「わ、私、初めて……なんです。だかっ、だからっ、いっ痛いことは……」
「腕を出して」
 ハールは少女の前にしゃがみ、左腕をつかんだ。力をこめたらたやすく折れてしまいそうな細い手首が、ビクッと震えた。ハールは無言でぼろ布の包帯を解いた。
 腕の外側に、指三本分もの幅のひどい擦り傷が、手首から二の腕まで長々と走っていた。ハールは少女の顔を見上げた。
「これは、どうしたの」
「えっ……」
「土がついてるね。地面を引きずられたのか」
 少女は小さくうなずいた。ハールは手拭いを水に浸し、傷を清め始めた。
「軍医じゃないから、たいしたことはできない」
「あ……あの……」
 何度か口を開閉させて、少女はささやいた。
「もしかして……助けてくれるんですか」
「無理だね。君たちは軍の財産だ。逃がせば僕が処罰される」
 ささやかな希望を打ち砕かれて、少女はしょんぼりと目を伏せた。こらえきれなくなったらしく、ひっくひっくと嗚咽し始める。
「それが終わったら……私に、するんですか」
「そういうことは言わないでほしい」
「するんでしょ」
「やめろ。……誘ってるように聞こえる」
 少女はハッと右手で口を押さえた。ハールがウイスキーを口に含んで傷口に吹きかけると、焼けるような痛みにきつく目を閉じた。
 包帯はなく、ハールは備え付けの衣装箱をあさって、夜着を細く割いて少女の腕に巻きつけた。上等な手当てとはいえなかったが、化膿だけはなんとか防げそうだった。
 手当てが済むと、ハールは手拭いをよくすすいだ。そして今度は少女の隣に腰かけ、泥にまみれたむき出しの肌を丁寧に拭いていった。
 少女がやはり悲しげな顔のままで言った。
「汚いから触りたくないんですね」
「まさか。このままでも触りたいさ。……すごく」
 袖なしのワンピースから伸びる二の腕を拭くと、ミルク色の滑らかな素肌が現れた。ハールはそこをつかんだ。少女が電撃を受けたように体をこわばらせた。
 腕のわき側の肌は、指で破ることができそうなほど薄く、強く握ると頼りない筋肉がふにゅりとへこんだ。ハールの中の獣がざわざわと毛を逆立てた。
 それを抑え込んだのは、少女のか細い泣き声だった。
「痛い……痛いです、助けて……」
 目を閉じてつぶやきつつ、少女は抵抗だけはしなかった。怒りという餌が獣に与えられることはなく、ハールの獣は嗜虐心という餌を知らなかった。
 ハールは深呼吸して指を離し、また丁寧に少女の肌を拭き始めた。
 腕が終わっても、足が残っていた。膝丈のスカートから覗く素足も同様に泥にまみれていた。だがハールはそちらへ手を伸ばさず、少女の髪に手をやった。そこは汚れているだけでなく、糸につむぐ前の綿のようにぐしゃぐしゃに絡み合っていた。
 櫛がないと言って、ハールは指で髪をすいた。からまった小枝や葉を一つずつ抜き取り、ごみが減ってくると手拭いで挟んで泥を落とした。――だんだん綺麗になってくると、意外にも、若草色のしっとりした美しい髪だとわかった。
 そのうちに頭が動いて妙にやりにくくなった。気がつくと、少女がしきりにこちらを振り返ろうとしているのだった。ハールの奇妙な行為が善意に基づくものなのか、それとも体を奪う前の愛撫の一種なのか計りかねているらしかった。
 その顔を軽く拭いてやると、思ったとおり顔立ちも可愛らしかった。リスを思わせる黒目がちの大きな瞳がこちらを見つめている。鼻にはほんの一つまみ、そばかすが浮いていたが、それも愛嬌に感じられた。小さな唇はやや青ざめている。
 ハールは目を逸らして言った。
「名前は」
「……シーラ」
「僕はハールだ。歳は」
「十……五です」
「僕は十九。家族はいるか」
「殺されました。あなたたち……いえ、兵士たちに」
「僕は国に両親がいる。僕をどう思う」
「いい人……ううん、わかりません」
「いい人でいたいとは思う。でも、それはすごく……難しい」
「難しいって、どういう……?」
 少女、シーラが体ごと振り向いた。その瞬間、ワンピースの胸元がわずかに浮き上がり、背後にいたハールの目に、布の下の小さな青白い乳房が映った。
「きゃあっ!?」
 シーラが硬直した。ハールが後ろから抱きついたのだ。細い体を腕ごと抱きしめ、うなじに顔を押し付けるような抱擁だった。
 低い声が言う。
「柔らかい……」
「や……やめ……て」
 シーラはかちかちと歯を鳴らしてささやいた。異国の男の骨格と筋肉が、戦場の血と汗の匂いが、たまらなく恐ろしかった。
 と、腕の力がふっとゆるんだ。シーラはすかさず横に倒れるようにして抱擁から逃げ出した。次の瞬間には猛烈に後悔していた。怒らせてしまうと思ったのだ。
 再び男の腕に戻ることは恐ろしくてとても無理だったが、必死の思いでささやいた。
「ご、ごめんなさい……! びっくりして、びっくりしただけで」
「足は、拭けない」
「……え?」
 瞬きしてシーラがハールを見つめると、彼は目を伏せ、ぶるぶる震える手で、手拭いを差し出していた。
「自分で拭いて」
「は、はい」
 とにかく従わなきゃ、とシーラは手拭いを受け取った。するとハールが言った。
「君にはわからないだろうね。僕が何をしているのか」
「……はい、ごめんなさい」
「戦っているんだよ。僕は戦場で戦ったことはないけど、こっちのほうがよっぽど難しいと思う」
 ハールが顔を上げた。そのきつくしかめられた目に、シーラはぞくりと寒気を覚える。
 ハールはシーラにとって恐怖そのもののことを淡々と言った。
「僕は君を犯せる。犯すどころか逆らったってことにして殺すこともできる。僕の戦友も、上官も、部下も、みんなそうしろって言う。……でもそんなことよりやっかいなのは、僕もそうしたいってことなんだ」
 シーラは息を呑んで目の前の男を見つめる。成熟した雄というよりは少年のような男だが、それでもシーラを一息に追い詰めて貫くことのできる相手には違いない。
 ハールがごくりと唾を飲んで言った。
「僕はそうしたい。――でも、僕の一部は、絶対にそれをしないって言い張ってる。僕は今、その小さな小さな一部にすがってるんだ」
 君を部屋に連れてきたのはそのためだ、とハールは言った。
「下の子たちはいずれ誰かに犯される。でも僕が連れてくれば、たった一人だけど、守ることができる。だから僕はそうした。でもそれは諸刃の剣だ。女の子と二人だけになってしまうってことなんだから」
 ハールはそこでいったん言葉を切った。ぎらつく視線がシーラの頭から胸を滑り降り、わずかにふっくらと盛り上がった下腹に留まった。
 シーラは呼吸もできずに硬直する。ハールが薄布を通して自分の身体を見ている。彼の欲望が暖炉の放つ熱のように感じられる。何よりも彼の股間はズボンを高々と持ち上げている。
 射すくめられたようにシーラは動けない。指一本動かすだけでも彼にきっかけを与えてしまうような気がする。ううん、彼にはもうきっかけを与えてしまっている。さっき一度抱きしめられたばかりだ。
 気を失いそうな緊張の中で、シーラはほとんど覚悟してしまっていた。この優しげだけど猛々しい男に、力ずくで奪われてしまうのだと思った。
 それが起こらなかったのは、奇跡のようなものだった。
「……足は拭けない。どういうことか、もうわかるだろう」
 すっとハールが目を逸らした。呪縛が解けた。シーラは飛び跳ねるようにベッドから降りて部屋の隅に走った。
 振り向くと、ハールはベッドに横たわって頭までシーツをかぶっていた。声だけがそこから出てきた。
「外には出ないで。他の人に見つかったら最期だ。朝になれば僕たちはまた出陣する。それまでそこにいるんだ」
「……はい」
 ほっと息をつきかけたシーラは、次の言葉を聞いてまた固まった。
「それと絶対僕に近づくな。次に君に触れたら……僕は多分、犯す」
「はい」
 消え入りそうな声でシーラはつぶやいた。
 ハールの寝息はいつまでたっても聞こえなかった。
 シーラも一睡もできなかった。

 翌朝早くヴォーフット軍は出撃した。この地方で最大の町は制圧したが、周辺にはまだいくつもの敵の拠点が残っていて、それらをしらみ潰しに攻略しなければいけないのだった。
 行軍の列の後方で馬に乗って進むハールに、前方から一騎が速度を落として近づいてきた。ドレンジーだった。
 彼はハールの隣に並ぶと、にやけた顔で脇腹を小突いた。
「よっ、色男」
「なんだよ」
「爺さんに聞いたぜ。一人連れ込んだってな」
「ほっといてくれ」
「あっははは、照れるな照れるな。立派じゃねえか、これでおまえも一人前の軍人だ。で……どうだった? 具合よかったか? 何発やった?」
「ほんとにやめてくれ。人に話すようなことじゃない」
「なんだよ……つまんねえやつだな」
 退屈そうに言ったドレンジーに、ついハールは尋ねてしまった。
「君はどうなんだ。あの子はどうなった?」
「あー、だめだった」
「だめ?」
 ハールが眉をひそめると、ドレンジーはあっさりと言った。
「ぶっ壊れた。しょんべん漏らして笑い出したんで、裏の川に捨てた。――あんなんじゃ、孕んだところで産めねえだろうしな」
「……ドレンジー!」
「怒るなよ、敵の女だぜ? それじゃまたな」
 説教を食らってはたまらないとばかりに、ドレンジーは素早く馬を走らせて去っていった。怒りよりも、救えたかもしれない娘を見殺しにしてしまった無力感を覚えて、ハールはぐったりと背を丸めた。
 何より情けないのは、心の中身という点では自分が彼と変わらないことだった。昨夜ベッドに入ってから、ハールは頭の中で何十回もシーラを犯した。娘のいる場所で自慰するわけにもいかなかったので、欲望は少しも発散されず、今も股の奥で、溜まりきった精液がじくじくと動いている感じがした。
「前方ーう、敵塵!」 
 物見の緊張した声が響き、軍列がいっせいに散開し始めた。今日はまともに動けそうもない、とハールは暗澹とした気分で考えた。

 シーラたちは、暮らしているというより飼われていた。食事は朝夕二度、ろくに洗ってもいない皿で与えられ、着替えはなく、水浴びの時は一人ずつ全裸で裏の川まで行かされた。もちろん兵士が遠慮なく監視していた。
 一人一枚ずつ毛布が与えられ、酒場の床で寝かされた。四十人からの女がいれば少しはにぎやかになりそうなもので、現に一度脱走の計画も練られたが、ある二人がうっかり手洗いでその話をして、外で覗きをしていた兵士に聞かれた。二人は即座に、他の娘たちの目の前で斬殺された。
 その光景はシーラの脳裏にまざまざと焼きついた。半ば切断された首から噴水のように血しぶきを吹き上げる娘。おっとしまった、動脈をやっちまったと血走った目で笑うヴォーフット兵士の顔。
 以後、脱走の計画はなくなった。
 ヴォーフット軍は数日間戻ってこなかった。やつらが負けたのかしら、戦争が終わったのかも、とささやきが交わされたが、希望を打ち砕かれる気持ちを味わっていたので、皆あまり期待していなかった。六日後に彼らが戻ってきて、はかない希望も消え去った。
 その日の夕方、シーラが乾ききったパンをぼそぼそと食べていると、突然酒場の入り口を開けてヴォーフット軍の士官たちがどやどやと入ってきた。来るべきものが来たと身構える娘たちに向かって、彼らは我先に殺到し、海面から小魚をさらう海鳥のように一人また一人と二階へ連れ去った。
 シーラのところにも来た。その男はハールと同じように若かったが、目のぎらつきは比べ物にならず、抵抗すれば即座に斬り殺しそうな形相で娘たちを見比べ、シーラに目を留めた。
 男はにやりと酷薄な笑みを浮かべた。
「こいつか! なんだなんだ、前よりずっと可愛くなってるじゃねえか。やっぱり一度やっちまうと女は変わるなあ」
 言いながらシーラの腕をつかもうとした。
 カウンターの老人が声をかけた。
「ドレンジー、その子ぁハールのだ」
「ああん?」
 険悪な顔で振り向いた男に、老人が首を振った。ちッと唾を吐き捨てて男はシーラから離れ、いかにも無造作に別の娘を引いて去っていった。
 シーラは驚いていた。ハールの、とはどういうことだろう。ハールは娘の専有が許されるような特別な身分なのだろうか。
 なんでもいい、とシーラは思った。ハールは今の人とは違う。あの人はもっと優しい……。
 だが、しばらくして当のハールがやってくると、シーラは自分の期待が根拠のない願望だったことを思い知らされた。
 ハールはドレンジーと呼ばれた男とたいして変わらないほど凶悪な様相で、全身から殺気を漂わせていた。ドレンジーどころか、仲間の娘の首を切った、あの笑っていた兵士に似ているようにさえ思えた。
 ハールはざっと娘たちを見回してから、ざらついた声で「シーラ!」と叫んだ。シーラは鞭打たれたように立ち上がり、前に出た。
「は……はいっ」
「来てくれ」
 ハールはシーラの手を引いて歩き出した。その手が左手で、傷のことをかけらも心配してくれないことが、シーラは何よりも悲しかった。
 
 部屋に連れこんだシーラをベッドに投げ出し、ハールは恥も外聞もなく覆いかぶさった。シーラは服ごと水浴びをしたのか以前よりも身ぎれいで、若草色の髪を二条のお下げにして背中に垂らしていた。そうすると歳よりもさらに幼く見え、腕力の弱い自分でもいいように組敷けそうな気がして、ハールはためらいなくその体に手を這わせた。
「シーラ……シーラっ……」
「やめて、いや、いやです、いやなの……」
 荒い呼吸の間をついたハールの呼びかけと、呪文のような平板なシーラの訴えが室内を漂った。シーラはしきりに手を突き出して抵抗したが、ハールは彼女の華奢な腕を機械的に左右に押しのけ、乳房に顔をうずめた。
 柔らかくも薄いふくらみがへこみ、鼓動が伝わってきた。砂糖水に似た甘い体臭がハールの鼻をくすぐった。ハールは彼女の服の上から乳首を口に含み、ちゅうっと強く吸いながら胴を抱きしめた。犯したいという最終的な望みよりも、とにかく肉を抱きしめて股間をこすり付けたいという衝動が彼を動かしていた。
「シーラ、シーラ……う、くくぅっ……!」
 スカートをはねあげて彼女の太腿を股間に挟み込み、弾力に富んだ肌をペニスに感じたところで、ハールはあっけなく達してしまった。ぎゅっと押し付けた勃起をびくびくと激しく脈打たせて、溜まりきったものを下着の中に吐き捨てた。
「くふっ……くぅっ……くぅっ……」
「やめて、やめ……」
 押し殺した声で言い続けていたシーラは、ハールの様子がおかしいことに気づいた。それまでの盲目的な動きを突然やめて、ただ強く抱きしめて震えるだけになったのだ。左の腿に当たる硬いものが性器だということには気づいていたが、その痙攣の意味まではわからなかった。
 額に汗を浮かべて鋭い痙攣を何度か続けると、ハールがどっと力を抜いた。何が起きたのかわからないまでも、彼の殺気が嘘のように消え去ったので、シーラはほっとした。
 ハールは荒い呼吸を徐々に収めていったが、動こうとしなかった。彼が重くてシーラも動けない。なんだかおかしな甘ったるい花粉のような匂いがしたし、汗臭い体に意思に反して押さえつけられているのが不愉快でたまらない。だが、どいて、の一言は出てこなかった。ハールは前回のような親切な人間ではなくなった。もう何をされてもおかしくない……。
「……ごめん」
 彼の謝罪も信じられなかった。シーラは顔をこわばらせて黙っていた。
 ごめん、ともう一度言ってハールが体を起こした。彼の熱が去るとともに心地よい涼しさが腹をなで、シーラはゆっくりと身を丸めた。
 ベッドに腰かけたハールが言い訳のように言った。
「襲撃されたんだ。不意討ちで、何人も死んだ。僕の部下もいた。だから……悔しくて」
 シーラは彼の顔を見ない。ハールが振り向いてさらに言った。
「君にぶつけた」
「……」
「シーラ?」
 シーラは少しだけ振り向いた。若い敵兵は何かを求めるような目で見ていた。シーラはすぐに顔を背けた。
 ハールの自嘲的な声がする。
「当たり前か。今のは君を犯したも同然だもんな。……いいよ、返事をしなくても」
 そういうとハールは、手洗いに行く、と出ていった。シーラは少し奇妙な気分になった。犯したも同然って、どういう意味だろう。今のは確かに恐ろしくて不快だったが、想像よりずっと簡単に終わったし、痛くもなかった。強いものに屈服させられたというよりは、だだっ子に甘えられたような気がした……。
 やがて戻ってきたハールは、オレンジを二つ手にしていた。一つを差し出されたシーラは、甘いものをずっと食べていなかったので、つい受け取った。
 それ見るとハールはようやく微笑んで、隣に腰かけた。なんとなくシーラも身を起こし、一緒にオレンジの皮を剥いた。
 しばらく沈黙が続いた。オレンジを口にすると、涼しげな酸味と甘味が口の中から胸の奥にまで染み渡った。心が落ち着いたシーラは、思い切って尋ねた。
「いま、私に何をしたんですか」
「ああ、その……出ちゃった」
「何が?」
「出るものがだよ」
「出るものって」
 ハールは顔を赤らめて、精液、と言った。そう、とシーラは答えた。年上の娘からその言葉は聞いていたが、実感はなかった。ただ、それだけのことでハールがおとなしくなってしまったのが本当に奇妙だと感じた。
 ハールは思い出したように、最近暮らしはどう、と聞いた。シーラは思わず唖然とした。飼われている自分に向かって暮らしはどうもないものだ。するとハールはシーラの顔に気づいて、乱暴はされなかった? と言い直した。
 シーラは首を振った。それでハールは安心したようだったが、シーラの次の言葉で目を見開いた。
「二人、処刑されました」
「なんだって……反抗したの?」
「その計画を話していたの」
「そうか。それなら仕方ないな」
 その一言はシーラに軽い吐き気を催させた。罪のない娘たちが殺されたことを、仕方ないだなんて。
 皮肉がひとりでに口をついた。
「やっぱりあなたは敵です」
「僕は殺してないよ」
「同じ軍隊じゃない」
「それはそうだけど、僕は主計官だから……食料調達係みたいな役なんだ。本当に、まだ一人も殺してない」
 シーラはハールを見つめた。言葉にはしなかったが、気持ちは伝わったようだった。ハールがうつむく。
「そうだな、同じことだ」
 その夜、二人の会話はそれきりになった。
 前と同じようにハールはベッドに入り、シーラは部屋の隅で座って闇を見つめた。

 翌朝も出て行ったヴォーフット軍は、今度は比較的早く、三日後に帰ってきた。シーラは覚悟していたが、ハールはやはり前回のように恐ろしい顔で現れ、シーラを部屋に連れ込んでしゃにむに押し倒した。
 体の上でうごめく男の体に、シーラは硬く目を閉じて耐えた。だが今回は、ハールがスカートの中にまで手を入れてきた。下着の上から敏感な部分に触られて、シーラは本能的に悟った。前回のことは始まりに過ぎず、そこが本当の狙いなのだと。
 そこをぐちぐちと乱暴に揉みしだかれることは、本物の痛みを伴った。恐怖とおぞましさに震えながら、シーラは代わりのものを差し出すしかないと思った。
「ハ、ハール……」
 布ごと乳房を吸うハールの頭を押しながらシーラは訴えた。
「お願い、あそこはやめて」
「だめだ、シーラ」
「お願い。前みたいにこすりつけるだけなら、それならしていいから……」
 それを聞くと、ハールの顔に一瞬不思議そうな表情が浮かんだ。信じられないことに、それは理性の色に変わった。
「いいのか」
「は……はい」
 シーラがこわごわうなずくと、ハールは少し態勢を変えてシーラの腿を股間に挟み込んだ。以前のシーラは必死でわからなかったが、今は、燃える石炭のように熱く硬くなったハールの性器をはっきり感じ取った。
 隠されたいやらしい場所をそんなに露骨に押し付ける男という生き物を、シーラは初めて、「怖い」ではなく「汚い」と思った。
 目をつぶったシーラを巨大な軟体動物に包まれるような感覚が翻弄し、やがて太腿のものがまた痙攣した。くうっ、はうっ、と下品なうめき声を最後に、ハールは元のハールに戻っていった。
 終わった、とシーラは安堵した。それとともに、小さな自信を手に入れていた。この先もハールがこの行為で満足するなら、自分は耐えていける。他の娘たちはもっともっとひどい、けだもののような行為を強制されている。それに比べればずっとましだ……。
 ふと、恐れが湧いた。相手がずっとハールならいい。でも、別の男に目をつけられたら? それは十分ありえる。あのドレンジーという男は今日もシーラに声をかけた。
 ハールは今日も部屋を出て果物を持ってきた。今度はぶどうだった。それを食べながら、シーラは恐る恐る聞いた。
「私って……あなたのものになったんですか」
「え? ああ、一応ね」
「あなたってそんなに偉いの?」
 それを聞くとハールは、話したくなさそうに口ごもりながら言った。
「我が軍の将軍はここに一つのルールを作ったんだ。士官は毎回好きな女の子を手に入れられる。または、一人の女の子を占有することもできる。その代わり、占有すると決めたら他の女の子に触れてはいけない。……僕の仲間は、ほとんどが毎回取り替えることを選んでるね。その方が楽しいからって……」
「じゃあ、あなたはどうして? 他の女の子を一晩ずつ守ってやることだって……」
「そういうのが好きじゃないから。……まあ、青臭いんだと思う。お嫁さんを選んでるわけでもないのに、君一人にこだわってるんだから」
 それを聞くとシーラの胸に、入り混じった複雑な思いが湧いた。まるで恋人のように特別扱いされている、という嬉しさ。それを自分が少しも望んでいないことから来る、不快感。一方的なルールを決められたことへの憤り。
 ただ、それで少なくとも自分が他の男に犯される心配がないことはわかった。しかしそれもハールの胸先三寸だ。ということは、ハールの心を少しでもひきつけておくほうがいい。
 だからシーラは、ハールが言ったことに、勇気を出してうなずいた。
「今日は……できれば一緒に寝てもらえないか?」
「……はい」
 ハールがランプを消してシーツをかぶった。シーラもその隣にもぐりこんだ。
 そしてシーラはこれが危険な賭けであることを知った。
 横たわるシーラの体にハールが手を伸ばしてきた。暗闇の中でシーラは男の胸に抱きしめられた。
 硬直するシーラにハールがささやく。
「おやすみ」
「おやすみ……なさい」
 やがて、幸いにもハールは寝息を立て始めた。
 彼をひきつけるということは、彼の劣情をますますかき立てることになる。
 自分は最後の線を守り続けられるのだろうか、とシーラは暗い不安に包まれた。

 シーラの賭けは徐々に分の悪いものになっていった。
 ヴォーフット軍は数日の戦いの後に町へ戻り、一晩か二晩休んでまた出て行くということを繰り返した。彼らが戻ってくるたびに、シーラはハールに触れられた。
 そしてハールの要求は少しずつ過激になっていき、シーラは最後の事を守りたいばかりにそれに譲歩せざるを得なくなっていった。
 最初の、服を着たまま抱き合うだけという行為は、すぐにお遊びにしか思えなくなった。ハールは次にシーラの上半身を露出させた。次にシーラの手を股間に触れさせた。次にズボンの中にまで手を入れさせた。その時手のひらで男の射精を知ったシーラは、次の時にはそれを目で見た。
 シーラの肌で舐められたことのない場所はどんどん減っていき、秘所の次に大事にしていた唇もやがて奪われた。ねっとりと入り込む舌、流し込まれ吸われる唾液、無理やり吹き込まれる吐息に、望まない口付けがどれほどおぞましいものか、シーラはいやというほど味わわされた。
 その頃ではシーラはとうに下着一枚にされていた。ランプの光の下で裸身をあますところなく見つめられるのは、何度経験しても顔から火が出るほど恥ずかしかった。さらにハールは、一度ではなく何度も求めてくるようになっていた。それはランプを消したベッドの中にも及んだ。
 しかし、ある頃から変化が起こった。
 十五回目か、二十回目か、多分そのあたりだったと思うが、ハールがある行為で満足して、それ以上は求めなくなった。それは半裸のシーラに後ろから抱きつき、顔を振り向かせてキスをし、太腿の肉のついた部分で性器を挟ませながら、前後に動いて射精するというものだった。要するに、本当に犯すギリギリ一歩手前だ。実際に挿入していないということを除けば、性交と何も変わらない状態。
 ベッドの上でくの字の形で二人並び、ハールが腰の動きに熱中する。内腿をごりごりとこするペニスを感じつつ、シーラは振り向いて口づけを受ける。
「シーラ、はぁっ、気持ちいい、シーラぁ……」
「ハール、ハール、んくっ、ハール……」
 シーラは唇を吸いながらささやき、そうしなければいけないんだ、と自分に言い聞かせる。いつ頃からか、言い聞かせなければいけなくなった。そうしなければ、自分が進んでやっていると認めることになってしまう。
 シーラは快感を知ってしまっていた。肌を舐められ、乳房を撫でられ、ずり動くペニスに下着の中心をこすられると、肌の下で弱い火が燃えているように体がざわつき、下腹がむず痒さにうずいた。下着も濡れていた。布の下のひだが、触れてほしがってひくっ、ひくっと震えた。
 心とは別に体が訴えていた。この行為は怖くなんかない、とても気持ちよくなれる、だから最後までしてほしい、とシーラの心に食い入ろうとしていた。
 そんなの嫌だ、とシーラは必死に抵抗する。相手は好きな人じゃない。そんな相手に気持ちよくされたくない。
 私は、こんな人嫌いだ。
 強烈にそう念じつつ、シーラの別の部分はあきらめとともにささやいている。今となっては抵抗に何の意味があるの。今していることと本当の交わりがどう違うの。あれを入れてないっていうだけで、してないって言えるの。自分はもうとっくに犯されているんじゃないの……?
 ――ちがう!
 心の中で叫んで目を見開いたシーラは、部屋の向こうを見てぎょっとする。
 そこに鏡がある。士官の誰かが持ち込んだものだ。鏡に自分たちが映っている。ほとんど裸で汗を流してからみ合っている。骨ばった長い手足を持つ雄を、ほっそりした柔らかい体の雌が受け止めている。愛し合いながら相手を求めているように見える――
「入れたい」
 ハールがささやく。入れたい、とシーラの体もささやく。下腹のたまらない疼きを収めてもらえる、とシーラは想像してしまう。それだけでとろりとあふれ、全身がびくっと震えた。
 シーラは目をぎゅうっと閉じ、真っ赤な顔をめちゃくちゃに振って、息も絶え絶えに答える。
「いや……絶対だめです……っ!」
「わかった」
 その代わりに、と言わんばかりにハールがぐっと抱きしめ、がくがくと腰を振った。こすられている内腿の肉のすぐ上で、シーラのひだが我慢できずにひくひくと痙攣している。そこを突かれたいという猛烈な欲求がシーラの背筋を駆け上がる。
「だめっ……!」
 シーラはすべての意思を傾けて命じ、こらえるためにきゅうっと太腿を閉じあわせる。
 その圧迫がハールに絶頂を与える。「すごい……!」と叫んだハールが最後の痙攣を始め、シーラはほとばしる粘液を感じる。
 ……シーラは目を開け、意識がはねてしまっていた事に気づく。頭の上まで突き抜けるような寒気が彼女を飛ばしていた。今のは何、と戸惑う彼女の目に、鏡の中の自分が映る。
 湿った肌を燃えるような紅色に染め、太腿をおびただしい白いもので染められ、うつろな笑みを浮かべている自分。
 本当だった、とシーラは悟る。自分はもう犯されていた。体ばかりか心まで。今の数分、ハールに対する嫌悪感を完全に忘れていたのだから。
 足の間から萎えたものがぬるりと脱け出し、ハールがぐったりと体を離した。シーラは手拭いを取り、習慣になった動作で機械的に自分と彼を拭いた。
 ハールはそこで、いつもとまったく同じように言うのだった。
「ごめん」
「……」
「だめだってわかってるんだ。いつだってやめようと思ってる。でも……最近、出て行くたびに死人が出て……戦いがつらくて……」
 シーラはランプを消し、ハールの隣に横たわる。ハールの女々しい言葉が続く。
「だから僕は……君を犯すことだけはしない。すごくしたいけど、しない。どんなに体を汚しても、それだけはしないでおこうと……」
 シーラは耳を塞ぎたくなる。なんてひどい人、と思う。
「だから……君も拒んでくれ」
 それを聞いた時、とうとうシーラは振り返った。
「勝手なこと、言わないでください!」
「……シーラ?」
「拒んでくれなんて、私に頼るなんて! 私、私、もうそんなのできなくなってるの!」
 闇の中でハールが息を呑む音。シーラは止まらずぶちまける。
「あんなにいろいろされたら、気持ちよくなっても仕方ないでしょう? 女の子なら誰だってなります! そう出来てるんだもの、そういう体なんだもの! そんな仕打ちを自分勝手に私にして、我慢できない体にしてから、嫌なら拒め、犯したくないなんて……ひどいです!」
 シーラは目を閉じる。閉じても悔しさのあまり涙があふれる。
「拷問よりひどいわ……敵を嫌いになれなくするなんて……」
 ハールが身を起こした。彼の言葉を聞くと、反射的に手が出た。
「シーラ……していいの?」
「……どうしてそんなこと!」
 ぱん! と乾いた音が響いた。自分の手が痛むほど平手打ちだったが、それでもシーラは脅えたりせずにわめいた。
「絶対いやです。そんな卑怯な人には絶対抱かれたくない! どんなに気持ちよくっても、それだけはしない! されたくない!」
「シーラ……ごめん」
 不意にシーラは抱きしめられた。ハールの硬い胸が、これまでで一番優しくシーラを支えた。
「そうだね、僕は卑怯な方法で君をもてあそんでいるんだ。わかったよ、君を犯さないって誓う……」
「ばか……ばか!」
 シーラは泣き出す。この優しさが一番ひどいと思う。
 いやらしさも汚らしさもかき消してしまうハールの優しさに、最後まで抵抗してやろう、と心に決めていた。

 ヴォーフット軍は劣勢になりつつあった。アルキナ軍は後方に補給地を確保したらしく、町の周りに出没する敵の援軍は日ごとに増えていた。
 その日はかなりひどい戦闘があった。敗北したといってもいいかもしれない。ヴォーフット軍は八百の兵を失って逃げるように町へ戻ってきた。
 シーラは酒場の窓から街道を見つめていた。ヴォーフット軍の帰還は勘でわかるようになっていた。夕刻、思ったとおり街道の向こうから彼らがやってきた。
 酒場に入ってきた士官たちはいつにも増してとげとげしい雰囲気だった。何人か戦死したらしく数も減っている。ハールの姿がなかった。シーラは胸騒ぎを覚えた。
 彼女のそばにドレンジーがやってきて、決定的な一言を言った。
「おい、女。やつはだめだぞ」
「だめって……」
「行方不明だ。俺たちはバラバラに逃げてきたんだ」
 打ちのめされたシーラの手を握って、来い、とドレンジーは言った。
 シーラは空き部屋に連れ込まれた。ハールとの経験があったので、シーラは初日ほど脅えてはいなかった。何とか耐えられる、と思っていた。
 だが、彼女は油断していた。ハールがどれほど変わった男か知らなかったのだ。
「ふうん、ハールとやりまくってるにしちゃあ、スレてない感じだな……」
 シーラを立たせてじろじろ見つめたドレンジーがスカートの裾に手をかけた。そして、無造作にスカートをめくり上げ、下着に指をかけて引き下げてしまった。
「ひっ……?」
 シーラの頭が真っ白になる。あれほど激しくなったハールとの夜にさえ見せたことがない場所だった。それをこの男はいともあっさりと露出させ、無遠慮な目で覗き込んでくる。
 あまりのことに声一つ出せないシーラに、ドレンジーが言った。
「さっさと脱げ」
「ぬ、脱ぐんですか」
「あぁ? 耳がねえのかてめえは!」
 バシッと手加減のない平手打ちがシーラの頬で鳴った。何が起こったのかわからずにシーラは動きを止める。なんだこの女ぁ? と叫んだドレンジーが、立て続けに下着を引きちぎり、シーラの後ろへ回り、両足をつかんで抱き上げてしまった。
 この部屋にも鏡があった。シーラは、小便をする幼児のように抱え上げられ、あからさまに性器をさらしている自分の姿を、信じられない思いで見つめた。
「……おいおい、まさか」
 ドレンジーが前に進み、シーラを鏡に触れそうなほど近づけた。シーラの肩越しに鏡面に映った性器を覗き込む。
「おぼこじゃねえか! 一体どうなってんだ? おいてめえ、夜な夜なハールと何してやがったんだ。ババ抜きでもしてたのか?」
「や……やめて……」
「こいつぁ傑作だ、ハールのやつは種無しか! とんだ拾いもんだぜ、まだやられてない娘がいるとは思わなかった」
「ぃひんっ!?」
 シーラは悲鳴を上げた。ほんの小さな入り口に、ドレンジーが直接指を突っ込んだのだ。たちまち薄い粘膜が引きつれる痛みが走り、シーラは身をよじって絶叫した。
「痛い、やめて! 裂けちゃう、痛いですっ!」
「おー、ほんとに初物だ。ありがたくいただくとするか……」
「ほ、ほんとに痛いの! お願いやめて、あひィッ!」
「いいねえ、その鳴き声。もっと遠慮なく鳴きな、そうでなきゃつまらねえ」
 無遠慮に指を動かしながら、暴れるシーラをベッドに運んで放り出す。すかさず逃げようとしたシーラに飛びかかって押さえつけ、ドレンジーは性急にズボンを下げた。
 組み敷かれたシーラの目に、ドレンジーの凶悪に反り返ったものが映る。シーラは思わず力いっぱい両足を閉じる。恐怖に心臓が高鳴り、呼吸が倍にも速くなる。
 ――この人は、あんなものを本気で私に突っこむつもりだ。
「いっ、いやあああ! やめて、助けてぇっ!」
 その時だった。部屋のドアが数度叩かれたかと思うと、内側に吹っ飛んだ。そちらを見たシーラは、歓喜の声を上げた。
「ハール!」
「シーラ!」
 叫んだハールが突進して、ドレンジーに体当たりした。床に突き飛ばされたドレンジーが驚愕する。
「ハール、生きてやがったか!」
「山の向こうを迂回したんだ。それよりドレンジー、僕は君の部隊を見ていたぞ!」
「なんだって?」
「君は本隊から離れていたのをいいことに、命が惜しくてわざと突撃を遅らせたな? そのせいで今日の戦いは負けたんだ。これを報告すれば君は処分されるぞ。どうする!」
「ちっ……」
 ドレンジーは舌打ちし、反対の壁際に下がった。シーラにあごを向ける。
「持ってけよ。安心しな、まだ食ってねえ」
「言われるまでもないさ」
 やってきたハールに、シーラは思わず飛びついた。
「ハール……ハール!」
「シーラ、遅れてごめん」
「怖かったです……!」
 ハールの腕の中でシーラは泣き出した。ためらいはなかった。彼の心の最も汚い部分を知っているから、信用できたのだ。
 泣きじゃくりながら、ハールに抱かれてシーラは部屋を出た。最後にドレンジーが憎々しげに言った。
「せいぜいママゴトでも楽しむんだな、種無しくん」
 ハールが振り返らずに言った。
「いっそその通りならよかったんだけどね」

 その後、シーラのハールに対する想いはほとんど決まりかけた。ハールは彼女を抱かなかったのだ。
 シーラを別の部屋に連れていってから、ハールはハンカチを渡し、手を握っていた。その時シーラは助けられた安堵でくたくたになってハールにもたれていた。もしハールが口付けして体に触れ、彼女を犯そうとしたら、そうでなくても優しい口調で一言、抱きたいと言ったら、シーラは体を開いていただろう。
 しかしハールはそうせずに出て行き、食べ物を持ってきた。
 甘いざくろを口に入れてようやく落ち着いたシーラは、本当に不思議になってハールを見つめた。ドレンジーがあんな様子だったから、今日のヴォーフット軍がひどい目にあってきたことはわかる。ハールだって痛めつけられたに違いない。女がほしくないはずがないのに、どうして……。
 ハールはシーラの視線を受けて、つぶやくように言った。
「あんなもの見せられちゃね……ドレンジーの姿は、そのまま僕の姿だった」
「違います。あなたは私をぶったことがないもの」
「ぶってはいないけど、欲望をぶつけた。ドレンジーと同じぐらいいやらしく君の体をいじりまわして、どろどろにしたじゃないか」
 どこが違う? と聞かれてシーラは答えに詰まった。理屈では確かに何も違いはない。
 それでもシーラは、ドレンジーとハールの間に、説明できなくても何かの違いがあると思った。自分は、牙のある獣の中でただ一匹牙を使わない獣に捕らえられている、幸運な娘なんだと思った。
 この人は自分が思っていた以上に貴重な人なんだ、とシーラは実感する。他の男に触れられたくなければ、この人にすべてを捧げてしまうしかない……。
 そこまで考えると、シーラはわずかなためらいの後、ハールに体ごと向き直って、そっと抱きついた。
「いいです。……犯してもいいです」
「保護者がほしい?」
 シーラはびくりと体を硬くした。事実だった。だが、それだけならこんなに穏やかな気持ちになれないと思った。
「ただの保護者じゃなくて、あなたが優しい保護者だから」
 ハールはしばらくじっとしていた。それから振り向いてシーラはのあごを指で持ち上げた。シーラが逆らわずに唇を突き出して目を閉じると、ハールが言った。
「もし僕が、軍隊じゃなくてただの旅人としてここへ来たら……君は同じことを言った?」
「え? ……は、はい。きっと」
「それは違うよ。ヴォーフット人とアルキナ人が結ばれるなんてありえない」
 ハールはシーラの体を押し戻した。なぜ、とシーラは目顔で問う。
 ハールは重い口調で言った。
「僕は占領軍で君は捕虜だ。君は今、僕に好意を持ってくれたのかもしれないけど、それはこの異常な状況のせいだ。僕たちの気持ちが通じたわけじゃない」
「そ……そんなことありません!」
 ハールの思わぬ拒絶を受けて、シーラは戸惑って言った。
「最初は無理やりされて嫌だったけど、それでも――それでも、あなたには嫌じゃないところもあるもの。それだけでいいの。兵士と捕虜でもかまわないの」
「君がいいと言ってくれても、僕はだめだ。僕たちがこういう関係である限り、僕は君をはけ口として使ってしまうし、君は僕を利用することになってしまう。そんな関係で僕は君を犯したくない。僕は君と――」
 ハールは不意にシーラの頭をかき抱き、歯が当たるような激しい口づけをした。シーラは驚いて唇も動かせなかったが、ハールは委細かまわずシーラの息を吸い、存分に舌を這わせて、やがて名残惜しげに唇を離した。
「――君と恋人になりたい」
「ハール……」
 男の沈んだ瞳を見つめて、シーラははいと答えようとした。
 できなかった。自分でもどうしようもない気持ちが喉につかえていた。ハールの言ったとおり彼らは敵軍で、シーラの町を占領して何もかも奪い、シーラの友だちの娘たちを犯し、何人も殺した。
 それをすべて忘れてハールと愛を交わすことは、シーラにはどうしてもできなかった。
 口を閉ざしてシーラを見て、ハールもわかったようだった。無理だよね、と首を振る。
 二人はしばらく押し黙った。
 やがてハールがぽつりと言った。
「僕たちは、旅人として出会ったらすれ違うだけで終わったかもしれない。……でも、こうして一度触れ合った後で、そういう身分に戻ったら」
 ハールが願いを込めているような瞳を向けた。
「恋人同士になれるかな」
「……はい」
 シーラは嗚咽をこらえてうなずいた。そんなことはあり得ないと思いながらの答えだった。

 しかしシーラは、ハールが何を思ってそう言ったのか、わかっていなかったのだ。
 夜が明けてヴォーフット軍が出立し、シーラはまた酒場の娘たちのところへ戻された。彼女は出口のない迷路に迷い込んだような沈んだ気持ちだったが、娘たちの様子がいつもと違うことに気づかなかった。
 夜になって、一人の娘が言った。
「みんな、これ……」
 彼女が差し出した手には、小さな鍵とくしゃくしゃの紙片が乗っていた。どうしたの、と問われて彼女は言った。
「朝、ヴォーフットの一人に渡されたの。日が暮れたらここに書いてある場所に逃げろ、アルキナ軍の出城があるって」
「本当かしら? 私たちを皆殺しにする罠じゃないの」
「殺すならここで殺せばいいじゃない。誰も止めないでしょう」
 半信半疑で鍵を持って裏口に行った娘が、駆け戻ってきて、本当に開くよ! と言った。
 娘たちはいっぺんに生気を取り戻した。見張りの交代の時間や、建物からの死角が話し合われた。今まであきらめていたのは、あの殺された二人のことがあったから、そして脱出しても行くあてがないからだった。
 しかし今すぐに事を起こすなら、脱出は可能だった!
「逃げるわよ、みんな!」
 裏口の見張りが表へ向かった隙に、娘たちは外へ飛び出した。建物の死角から死角へ、町を出てからは川に駆け込んで足跡を消し、残った体力の限りを尽くして走った。
 走りながらシーラは、鍵を渡された娘に声をかけた。
「あなた、それを誰からもらったの?」
「シーラの相手よ。あの気の弱そうな士官!」
 それを聞いた時、シーラはあふれだす涙を押さえられなかった。彼は処罰を覚悟で、軍人ではなく人間としての行動を取ってくれた。
 ハールはやってくれたのだ。

 二ヵ月後、アルキナ軍は全面反攻に出て国内からヴォーフット軍を駆逐した。復讐の念に燃えたアルキナ軍の進攻は国境で止まらず、敵の首都まで続いて、ヴォーフットを降伏に追い込んだ。
 ヴォーフット軍の去った町は息を吹き返し、槌音も高らかに再建への道を歩みだした。
 そんな町の外れに、捕虜収容所が作られていた。ハールはそこにいた。彼は女たちを逃がした罪で一兵士に降格され、戦闘中に傷ついて気を失ったものの、運良くアルキナ軍に助け出されて治療を受けたのだった。
 彼が元士官だったことはすでに調べられていた。あの宿屋で何が行われていたかも。敗戦国の軍人の常で、彼が行った善行は無視され、悪行ばかりがあげつらわれていた。
 裁判の日が来た。ハールは覚悟していた。民間人女性に対する監禁、暴行、脅迫、性的虐待、主計官としての地位を悪用した(身に覚えのない)占領地からの物資横領。死刑になるかどうかは五分五分だったが、重刑を課されるのは間違いないはずだった。
 結果は想像通りだった。――終身労役。軍籍剥奪。帰国の権利と、手紙を出す権利と、ヴォーフット人に会う権利の停止。自由移動の禁止。要するにアルキナの奴隷になれということだった。
 ハールは一言も抗弁せず刑を受け入れた。ヴォーフット軍がしたことを考えれば、最後の戦いで投石器の巨岩を受けたドレンジーのように、死を与えられても仕方がないと思っていた。
 彼は護送馬車に乗せられて運ばれた。どこかの石切り場か、伐採場にでも送られるのだと思っていた。
 馬車はずいぶん長い間走ってから止まった。ハールが降りると、そこはだだっ広い野原だった。近くに粉挽き場らしい風車が立ち、その周りに猫の額のような畑があったが、どこにも刑が執行されているような光景はなかった。
 護送官がハールの前に立って書類を広げ、これをもってアルキナ戦時裁判所はおまえの監督を終えると言った。それだけで馬車に乗って来た道を戻っていった。
 狐につままれたような気持ちで、ハールは野原に突っ立っていた。
 風車小屋から小柄な人影が現れた。日差しに手をかざしてそちらを見たハールは驚愕した。
 白いワンピースを身につけた若草色の髪の少女が、目の前にやってきた。
「シーラ……」
「けがは治ったみたいですね」
「……うん、君も」
 呆然と立ちすくむハールに、シーラは硬い表情で言った。
「私は家族を殺されたから、王様からこれだけのものをもらえました。石ころばかりの未開拓地と……奴隷を一人」
「君が?」
「あなたはこれから、ここを開墾するんです」
 そう言ってシーラは野原に手を広げた。秋風に揺れるまばらな草をハールは見回す。地平線近くまであるだろうか。その向こうは森と川だ。
「もうヴォーフットには帰れません」
 シーラが淡々と言う。
「どこへも行けません。誰とも会えません。もちろん、私が嫌だと言えば私とも。一生、虫けらみたいに働いて、ここで死んでください。それがあなたの刑」
 それで――とシーラは顔を歪ませた。
「あなたは、私を犯せますか」
 ハールは両腕を広げ、小鳥を捕まえるようにそっとシーラの体に回した。シーラは目を閉じ、緊張した様子で身を震わせていた。
 腕を閉じると、ほっそりした熱い体が収まった。
 シーラがハールの胸に顔を押し付け、涙で濡らしながら言う。
「あなたを知らなかった頃の私には、もう戻れないの。私、あなたに変えられちゃったの。憎いけど、嫌だけど、私の中にあなたがいるの」
「シーラ……」
「だから犯して。これは命令。私がこれからあなたを使う。嫌だと言っても、嫌いになっても。これからずっとそうしてください」
 ハールはかがみ込み、シーラの首に唇をつける。シーラは目を閉じ、空へ悲しげなため息を吐く。
 倒れこむ二人を草が受け止める。


―― 終 ――



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