top page   stories   illusts   BBS
− 弐 葡萄の章へ −

  

紺天宮秘事集 −こんのあめのみやひめごとあつめ−


 参 湖藍の章

 膝を震わせて立ちすくむ葡萄と杏、獲物を品定めするように冷ややかに見つめる湖藍媛。
 張り詰めた雰囲気を打ち砕いたのは、かん高い叱声だった
「葡萄さま、杏さま! 夕餉のかしきの支度はお済みなのですか!」
 湖藍姫の背後で、弘徽殿の簀子に出た玉兎がこちらをにらんでいた。湖藍媛がわずらわしそうに振り返った隙に、杏が葡萄の手を引いて走った。
「すぐに炊き屋に参ります!」
 叫びざま湖藍媛と玉兎の脇を駆け抜けた。くるりと回転して振り返った玉兎が、走るとははしたない! と叫ぶ。
 うまくかわされた湖藍媛は、かすかに残念そうに目を細めた。

 夜半、湖覧は紙燭の光のもとに、文机の経書を繰る。
 隣にこしらえた寝床で、太白がもぞりとこちらへ寝返りを打った。
「湖藍、人の閨でいつまでがんばるの。もう遅いわよ」
「私の凝華舎には他の媛たちもいるもの」
「私なら寝られなくてもかまわないの?」
「あなたなら遠慮なく寝てくれるだろうと思って」
「ま、すぐそばでおっかない湖藍の方がぴっしり座って夜っぴて読書してたら、若い子は眠れないわね」
「……迷惑かしら」
 湖藍はちらりと見る。太白は、綺麗に束ねて枕頭にそろえた白金の髪を、さらりと鳴らして向こうを向く。
「別に。好きなだけいていいわ」
「そう」
 それきり太白の声は途絶えた。
 湖藍は読む。
 湖藍は繰る。
 座し方は端然、眼光は紙背に徹する。いささかなりとも乱れはない。明晰なることも音に聞こえた媛だ。
 その湖藍が。
 落ち着いた規則正しい寝息が聞こえてくると、手を止めた。
 音をもなく立ち上がる。唐衣はなく、白の薄い小袖のみの姿だ。
 足袋を滑らせて太白の傍らに寄り、膝を折って座った。
 黙然、寝顔を見下ろす。
 美しい顔だ。閉じられてなお優雅なまぶた、すらりと通った鼻、あでやかな赤い唇。湖藍が冷ややかな月ならば、太白は華麗な太陽。彼女に叱られた媛たちは、恐れ以上の憧憬を抱く。
 彼女らの知らぬことなれど、それは太白に一番近い、湖藍がもっとも強く感じている想いだった。
 すうと上体を折る。顔を近づけたのは、掛け布の下にすらりと伸びた、太白のつま先だ。触れはしない。目睫の近さに浮かせて、顔を動かす。
 足首、ひざ、腿、腰――決して触れずしかし離れず、厳密に正確に太白の輪郭をなぞる。その体の優美な曲線を寸毫見逃さず感じ取るように。
 胸を過ぎ首を上り、唇にたどり着いた。そこで湖藍は止まる。太白のそれとは対照的に薄い、けれども典雅に整った唇を、ほんの少しだけ離して浮かべる。
 小刻みに、触れなければわからないほど小さく、湖藍の肩が震える。こぶしが膝を強く握り締める。
 正座に揃えた膝の付け根で、下腹が性急に盛り上がっていた。
 かそけき声でつぶやく。
「……これは、何」
 体内で身を起こす獣、鞘から薄く覗く刃、杯盤のふちに揺れる水。
 この人を前にすると、そんな抑えがたい強力な衝動を身の内に抱いてしまう。
 恋かもしれないとは思う。だがただの恋のはずがない。これを開放すれば自分は、おそらくこの人に傷を負わせてしまう。それほどにこの昂ぶりは激しい。
 紙燭の火に湖藍の影は動かない。だが、隠された袴の中の股間だけは、痛々しく張りつめ脈動している。
 湖藍は緩慢に体を起こし、背筋を伸ばす。そうやっていつも昂ぶりを殺す。だから想いも表に出ることはない。だから自分が結ばれることはない。
 なのに。
 あの二人は、そんな禁を越えている。人に向ければ貫いてしまうはずの想いを、まるで楽しげに通わせあっている。信じられない。いや、
 許せない。
「……見たくないわ、あんな希望」
 つと立って紙燭を吹いた。闇の満ちた部屋で太白の隣の床に入る。
 背中二尺にその人がいる。今宵も湖藍はうずきに眠りを妨げられそうだった。

 春から夏へわたる花盛りの中庭を、杏と葡萄は並んで歩いていた。
 自分たちの丈より高い花を気ままに手折りながら、うきうきと歌う。
「うのはな、ひおうぎ、わすれぐさ。あをいは折っても あやめは折るな」
「折らばみず、みかわみず、みずにおちるぞ、すそまくれ……」
 蔀に挿す花を取ってくるよう姉媛たちに命じられたのだ。
 中庭を囲む壁のような外陣までくると、藤棚がある。こぼれんばかりの薄紫の滝をくぐって棚に入り、小岩に並んで腰を下ろした。
「ぶどーう、ちゃんっ」
 早速とばかりに、杏が頬を押し付ける。人目の届かない場所だ、葡萄も幸せそうに身を寄せる。
 たわむれのような口合わせがしばらく続いた。くすくす笑いに、時折ちいさな悲鳴が混ざる。
「やだぁ……そんなになめないでぇ……」
「葡萄ちゃんこそ……みみ噛んじゃだめぇ……」
 首を抱き合ってふざけていた小さな二人は、やがていったん体を離した。微妙な思いを込めた熱いまなざしで、相手を見つめる。
「ね……葡萄ちゃん」
「うん」
「ここ、宮から見えないよね」
「……そうだね」
「して、いい?」
 葡萄はわずかに首をかしげたまま答えない。それを承諾と受け取って杏が手を伸ばすと、葡萄がそれを押さえた。
「杏ちゃん、私ね、考えたの」
「え……?」
「私たち、星帝がお渡りになったら、すべてをお捧げして従うように、って言われてるよね」
「うん。それがどうかしたの」
「星帝は殿方で、私たちはをみな。だからお迎えできるはずなんだよね」
 葡萄がいっそう声を低めて言った。 
「でも、私たち本当は女じゃないじゃない」
「あっ……」
 杏が虚を突かれたように目を見張った。葡萄はさらにささやく。
「ということは、私たちだって……想い人に、迎えてもらえるんじゃない?」 
「わたしが葡萄ちゃんに……葡萄ちゃんをわたしに?」
 まじまじと見つめていた杏が、伸ばした手でぎゅっと葡萄の両腕を握った。その頬が見る間にさあっと赤く染まる。
 葡萄を見つめて杏は胸を高鳴らせる。長い黒髪のたおやかな少女。彼女に入りたい、一つになりたいという思いは、ただの自分の妄想だと思っていた。
 それなのに。
 葡萄もまた、湧き起こる期待に瞳を潤ませる。杏が貫くようにまっすぐ自分を見つめている。彼女の水色の袴に、見守るそばから小さな丘が盛り上がっていく。
 入りたい、入られたい、二人の想いが鏡に映したように重なる。
「葡萄ちゃん……」
 ごくりとつばを飲み込んで、杏が言った。
「しよう……か」
「……うん」
 小さくうなずき、二人はもう一度、かたく抱き合った。
 葡萄の手が杏の股間に伸び、つまみあげるようにして袴のとがりをしごく。杏も負けずに愛撫を返す。触ることは触られることと同じほど心地いい。自然、度が過ぎるほど強くなる。
「あっ、杏ちゃん、待って」「ん、んん、わたしもっ……」
 前回のようにそのままはじけそうになり、あわてて二人は手を止めた。軽く手を添えて握るだけにしたが、そこに集められた血は散ろうとしない。ずきん、ずきん、と鋭いまま脈動している。
「これを迎えるってことは……」
 杏が後ろめたそうに言う。 
「出さなきゃいけないよね、根も、腰も」
「うん……恥ずかしいね」
「葡萄ちゃん、見せるのいや?」
「……ううん」
 葡萄が意を決したように首を振った。
「杏ちゃんになら……。杏ちゃん、見たいでしょ。だから……」
 そういうと、葡萄はつと立ち上がった。
 さらさらと帯を解き、袴を下ろす。横で見ている杏の目に、青の唐衣の下に身につけた、白い小袖のすそから伸びる、葡萄の素肌の足が焼きつく。
 袴を脱ぐと、葡萄は小岩に座り、小袖の袷せ目を左右にはだけて下腹をさらした。
「杏……ちゃん……」
 まつ毛を震わせてうつむく葡萄に、杏は息を詰めて見入った。
 正面にしゃがんで、目を皿のようにして見つめる。葡萄の腹から太ももまでは、蝋を磨いたように白く滑らかだった。肉付きは薄いものの、肌は掻けば裂けそうなほどに柔らかげだ。そして茂みの影もない。作り物めいてすらいた。
 ただひとつ、おのこの根さえなければ。
 それは開いた葡萄の股の中央に、まるであとからつけたもののように唐突に居座っていた。ぷくりと丸い子種の袋の上に、親指そっくりの大きさの根が立っている。先端はすぼまった皮に包まれていたが、青く血管を浮かせた懸命な反り具合は、もう子供ではない葡萄のつくりを示していた。
「葡萄ちゃん……もうこちこち……」
「見える……?」
 葡萄に言われて、杏ははっと我に返った。葡萄が開いた足を爪先立ちにして、袋のさらに下を見せようとしている。小袖の襟を噛んで顔を真っ赤にして、葡萄は震える声で言った。
「そっちが……男陰くな……」
「んと……もうちょっと、いい?」
 ひん、と肩をすくめた葡萄が、泣かんばかりに赤くなって尻を浮かせた。
 そのあたりは、雪のように白い葡萄の肌が、唇を除いてただ一箇所色づいているところだった。血を含んで赤らんだ根と袋の下の陰に、小さなつぼみがきゅうと閉じていた。
「ここで……迎えたい……」
 蚊の鳴くような声で葡萄が言ったが、杏の目は別のところに吸い寄せられていた。
 反りあがってひくひくと震える小さな根に。
 自然に手が伸びた。そっとそれを包む。
「ひゃんんっ!」
 途端に葡萄が悲鳴をあげ、どっと尻を落とした。杏は食い入るように見つめたままそれの握り心地を確かめる。
「あっ、杏ちゃんっ?」
「これ、葡萄ちゃん、これ……」
 しっとりと熱い肉の根が、杏の手の中で脈打つ。唇よりも指よりも深く隠された、葡萄の秘密のもの。何人も触れられない宝物。
「無理につながらなくてもいいよ、それよりわたし、これが好き……」
「杏ちゃん、それ、杏ちゃん!」
「こっちをさせて。わたしに、葡萄ちゃんを気持ちよくさせて」
「そっ、あっ、手なんて……っ」
 きゅむ、きゅむ、と握るにつれ、葡萄は背後に両手を突いて体を反らせていく。くわがたのように足を大きく開く、あられもない姿だ。日ごろつつしみ深い葡萄の乱れた有様に、杏はますます昂ぶる。
「葡萄ちゃん、すごくいやらしいよ……こんなに見せて、こんなに立たせて」
「あ、あんずちゃぁん……」
 頭をのけぞらせた葡萄が、抑えの外れかかった声でうめく。
「だって、それぇ……腰が、とろけちゃいそうで……」
「葡萄ちゃんもだめなんだ。ここ触ると、負けちゃうんだぁ……」
「そ、そう、きもちぃのっ。私これだめぇ……!」
 いまや恥じらいをなくしてうっとりとのけぞる葡萄の下腹で、根だけがまっすぐに天を向いている。皮の口から漏れ出したとろみで、杏の手はもうてろてろだ。それを油代わりに、杏はさらにぬるぬると手を上下させる。
 愛しさで心があふれそうになった杏は、ためらいなくそれをしていた。
 傾けた顔を寄せ、根の裏に浮き出しているうねに優しく口付けたのだ。
 薄目でそれを見ていた葡萄が、泣き叫ぶように言った。
「あ、杏ちゃんのくちびるぅ、んぅうあああんっ!」
 顔を離した杏は、見た。
 葡萄のかわいらしい袋の下で、ぷくぷくとうねが痙攣するのを。反射的に、濡れた畳紙を思い出した。初めての触りあいの時に、葡萄に渡されたあれを。
 あれがこの中から飛び出してくると思った途端、理性が飛んだ。
 きゅうっとうねがへこむと同時に、根が背伸びをするようにして勢いよく子種を吹き上げた。
「あんずちゃんをっ! わたしがぁっ! んんあっ、んひゃぁぁあっ!」
 ぷくり、ぷくりと袋の下がへこむとともに、細い噴水が頭より高く吹き上がった。何本もの白い細紐が宙に踊り、濃密な栗の花の香りが放たれた。
 杏は目を細めて身を乗り出し、陶然とそれを顔に受けた。それに気づいたらしい葡萄が、最後に絶叫して腰を突き出した。
「よごしちゃうよぉーっ!」
 杏は口をあけてむしゃぶりついた。そして愛しい人に、どろどろの奔流を口の中にぶつける心地よさを味わわせてやった。

 心の底のいちばんどろどろした情念を歯止めなしに叩きつけるという行為は、肌のすみずみまで引きつるような底抜けの快感を葡萄に与えた。
 それが通り過ぎてうっすらと目を開けた葡萄は、股の間の杏の顔を見下ろして息を止めた。
 彼女の愛らしい顔に、自分が吐き出した子種がいちめんに飛び散っている。ぞっとした。大切なものを叩き壊してしまったような気がした。あわててかがみこんで、そっと声をかけた。
「杏ちゃん……あの……」
「すごいね、葡萄ちゃん」
 杏が口を開け、くぼめた手のひらにでろりと粘液を吐き出した。それを見下ろしてにっこりと笑う。
「こんなにたくさん……思いっきり出してくれたんだね」
「そ……それは……」
 耳まで赤くなった葡萄の耳に、杏の優しい声が滑りこむ。
「わかるよ、葡萄ちゃん。わたしも葡萄ちゃんにたくさんかけたいもの。わたしと同じってわかって、嬉しい」
「……杏ちゃあん」
 じわ、と涙を浮かべた葡萄に、杏が腰を上げて身を寄せた。するすると袴を持ち上げ、その裾から自分の根をつまみ出す。
 はにかむような笑顔で杏が言った。
「だから、わたしも……いい?」
「うんっ!」
 晴れやかにうなずいた葡萄の顔に、杏の朱に染まった根が突きつけられた。葡萄はそれをしげしげと見つめる。自分のものと違って、先を覆う皮が根元に剥かれ、紅玉のように丸いつるりとした先端が覗いていた。
 葡萄も杏と同じ気持ちを抱く。もうこの人の体に、自分の知らないところはないのだ。
「杏ちゃん……きれいよ」
 そう言っていとしげに手を添えようとすると、杏の手が先にそれを握った。葡萄からしぼりとった子種をたっぷりと塗りつける。
 葡萄は見上げる。杏が熱っぽくとろけた瞳で見下ろす。
「自分でしたいの」
「でも」
「思い切り出したいの」
「……うん、わかった。でも、最後はここにね」
 そう言って葡萄が唇に人差し指を添えると、タガが外れたように杏は勢いよく根をしごきだした。
「葡萄ちゃ……葡萄ちゃん……わたしもだよ……こんなにいやらしいよっ……!」
 軽く目を閉じ、従順に待つ葡萄の顔の一寸先で、杏の右手が激しく前後し、丸い先端が真っ赤にふくれ上がる。なんてかわいいんだろう、と葡萄は思う。自分にかけたいばかりに、杏はこんなに一生懸命になっている。
「もっ、もう出るっ、葡萄ちゃんいくよかけるよ――!」
「ここよ、杏ちゃん」
 最後の瞬間、葡萄は両手を杏の手に添え、小鳥のくちばしに口付けするようにして、根の切れ込みにそっと唇を押し当てた。
「んぅうううぅぅっ! んうぅっ! ううっ!」
 杏が何度も跳ねた。くむっ、くむっ、と規則的に押し付けられた先端から、細く鋭い奔流が唇を貫いて飛び込んできた。葡萄の小さな口内は、甘苦い子種でたちまちあふれかえる。
 残りは唇を離し、顔を汚すに任せた。
「ぶどう……ぶどうちゃん……」
 一条また一条と、葡萄の端正な顔に白いしぶきが塗りたくられていった。杏は至福の顔で見下ろしている。その顔を葡萄も慈愛をこめて見上げている。
 きゅうっと最後の滴をしぼりだすと、杏は根から手を離した。垂れ落ちる袴の裾より早くぐったりと膝をつきかける杏を、立ち上がった葡萄が抱きとめた。
 二人、白く汚れた顔で見つめあう。葡萄が先に舌を伸ばした。
「洗いましょ、杏ちゃん」
「あ……」
 唇が頬が触れると、そこに乗った子種もぺたりと重なった。頬ずり、口付け、甘噛み――その行為の前半で二人の子種が泡立つほど混ざり合い、後半で残らず舐めとられた。
 耳たぶのひだ、髪の一筋まで舐め尽くすと、また唇を重ねた。そして、相手に差し込んだ舌で、二人だけにしか聞こえない言葉をつむいだ。
おのこでよかったね、私たち」
「ええ、こんなにすてきなもの、そそぎあえるものね……」
「もっと深くに注ぎたい? 葡萄ちゃん」
「もちろん。杏ちゃんに思いきりそそぎたいし、それに」
「それにそそがれたい? わたしもだよ……」
 たわわに垂れた白紫の藤の陰で、小さな二つの人影は長い間重なり合っていた。

 弘徽殿に花を届けにいく杏と別れて、葡萄は凝華舎へ向かった。
 身だしなみはとうに整えている。先ほどの秘め事の気配を感じさせるものは何もない。黒曜石の簪を挿した頭を上げ、唐衣の裾をさらさらと滑らせて、渡殿を行く。
 用件はわからない。凝華舎の主の湖藍媛に呼ばれたのだ。外廊下の簀子から妻戸を開けて畳敷きの庇に入り、声をかけた。
「湖藍媛さま、葡萄です。参上しました」
「いらっしゃい。いい覚悟ね」
 その声の不穏な調子に振り向いた葡萄は、はっと息を呑んだ。
「あなたと杏がどんな不届きをしているのか、とくと聞かせてもらうわ。――今度は邪魔は入らないわよ」
 妻戸を閉じて心張りをかけた湖藍媛が、うっすらと微笑んでいた。