『拾遺愚草全釈』参考資料集 竹取物語・伊勢物語・大和物語

竹取物語

本文は主として岩波日本古典文学大系による。

●竹取物語

かぐや姫泣く泣く言ふ、「さきざきも申さむと思ひしかども、かならず心惑ひし給はん物ぞと思ひて、いままで過し侍りつるなり。さのみやはとて、うち出で侍りぬるぞ。おのが身はこの国の人にもあらず。月の都の人なり。それを昔のちぎりありけるによりなん、この世界にはまうできたりける。今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうでんず」。

【付記】あまたの貴公子の求婚を退け、帝と文通をするようになったかぐや姫であったが、やがて月を見ては物思いに耽るようになる。ある年の八月十五日の夜、月を見てひどく泣くので、親が事情を問うと、かぐや姫は己の出自を初めて告白する。

【関連歌】上1246

 

伊勢物語

本文は主として岩波日本古典文学大系による。

●伊勢物語・第一段

むかし、をとこ、うひかうぶりして、平城ならの京、春日の里にしるよしして、狩ににけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。このをとこ、かいまみてけり。おもほえずふるさとに、いとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。をとこのたりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。そのをとこ、しのぶずりの狩衣をなむたりける。

となむ追ひつきていひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけん。

といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。

【通釈】「かすが野の…」春日野の若紫で色を摺り付けた衣の模様ではありませんが、この里で垣間見た貴女たちを恋いしのぶ心の乱れは、限りを知りません。

「みちのくの…」陸奥の信夫摺の乱れ模様のように、私の忍ぶ心は誰のせいで乱れ始めたのか。あなた以外の誰のためにも、心を乱した私ではないのに。

【付記】「みちのくの忍ぶもぢずり…」の歌は古今集に河原左大臣(源融)の歌として見える(移動)。

【関連歌】上0527、上0567、員外3079、員外3589

 

●伊勢物語・第三段

むかし、をとこありけり。懸想けさうじける女のもとに、ひじきもといふ物をやるとて、

二条の后のまだみかどにもつかうまつり給はで、ただ人にておはしましける時のことなり。

【通釈】私を思ってくれるのなら、葎の生えるあばら家でも寝てくれよう。このひじき藻ではないが、敷物には袖を代りにして。

【付記】「ひじきも」は鹿尾菜ひじきのことだという。歌の「ひじきもの」には「敷物」の意を掛ける。

【関連歌】上0667

 

●伊勢物語・第四段

むかし、ひんがしの五条に大后おほきさいの宮おはしましける、西のたいに住む人有りけり。それを本意ほいにはあらで心ざしふかかりける人、行きとぶらひけるを、む月の十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり。ありどころは聞けど、人の行き通ふべき所にもあらざりければ、猶憂しと思ひつつなんありける。又の年のむ月に、むめの花ざかりに、去年こぞを恋ひて行きて、立ちて見、ゐて見見れど、去年こぞに似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる板敷に月のかたぶくまでふせりて、去年こぞを思ひいでてよめる。

とよみて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りけり。

【通釈】自分ひとりは昔ながらの自分であって、こうして眺めている月や春の景色が昔のままでないことなど、あり得ようか。昔と同じ月の光であり、梅が咲き誇る春景色であるはずなのに、これほど違って見えるということは、もう自分の境遇がすっかり昔とは違ってしまったということなのだ。

【付記】「五条の大后」は仁明天皇の后、藤原順子。「西の対」は順子の御所の寝殿の西側の建物。ここに「すみける人」に、藤原高子(清和天皇に入内する以前の)を匂わせている。

【関連歌】上0407、上0906、上1008、中1609、中1703、下2488、下2571

 

●伊勢物語・第八段

むかし、をとこ有りけり。京や住み憂かりけん、あづまの方に行きて住み所もとむとて、ともとする人ひとりふたりして行きけり。信濃の国、浅間の嶽にけぶりの立つを見て、

【通釈】信濃にある浅間の山に立ちのぼる噴煙――こんなに煙を噴き上げて、遠近の人が見とがめないのだろうか。

【付記】八橋を経て隅田川に至る名高い「東下り」の前段。こひは火を含み、山の噴煙は忍んでも忍びきれない恋情の比喩とされた。新古今集羇旅部に業平の歌として採られている。

【関連歌】中1565、員外3539

 

●伊勢物語・第九段(抄)

むかし、をとこありけり。そのをとこ、身をえうなき物に思ひなして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人ひとりふたりしていきけり。道知れる人もなくて、まどひいきけり。三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋をつわたせるによりてなむ八橋とはいひける。その沢のほとりの木の蔭にりゐて、乾飯かれいひ食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふいつ文字もじを句のかみにすゑて、旅の心をよめ」といひければ、よめる。

とよめりければ、皆人、乾飯かれいひのうへに涙おとしてほとびにけり。

【通釈】衣を長く着ているとつまれてしまう――そんなふうに馴れ親しんで来た妻が都にいるので、遥々とやって来たこの旅をしみじみと哀れに思うことである。

【付記】男の歌は「かきつはた」の五文字を各句の初めに置いて詠んだ、折句おりく歌。らころもつつなれにしましあればるばるきぬるびをしぞおもふ

【関連歌】上0417

 

●伊勢物語・第九段(抄)

行き行きて、駿河の国にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つたかへでは茂り、物心ぼそく、すずろなるめを見ることと思ふに、行者あひたり。「かかる道はいかでかいまする」といふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。

【通釈】駿河にある宇津の山のあたりでは、現実にも、夢の中でも、恋しいあなたには逢えないのですね。

【関連歌】上1212、下2205、下2520、員外2879

 

●伊勢物語・第九段(抄)

猶行き行きて、武蔵の国としもふさの国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりにむれゐて思ひやれば、限りなくとほくも来にけるかなとわびあへるに、渡守、「はや舟に乗れ、日も暮れぬ」といふに、乗りて渡らんとするに、皆人物わびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さるをりしも、白き鳥のはしと脚と赤き、しぎの大きさなる、水のうへに遊びつついををくふ。京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず。渡守に問ひければ、「これなむ宮こどり」といふをききて、

とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

【通釈】「都」というその名を持つのに相応しければ、さあ尋ねよう、都鳥よ。私が恋しく思う人は無事でいるかどうかと。

【付記】名高い「東下り」の章段の山場、隅田川。「名にし負はば」の歌は古今集四一1に業平の作とする。

【関連歌】上1296、員外3348、員外3604

 

●伊勢物語・第十段

むかし、をとこ、武蔵の国までまどひありきけり。さて、その国に在る女をよばひけり。父はこと人にあはせむといひけるを、母なんあてなる人に心つけたりける。父はなほびとにて、母なん藤原なりける。さてなんあてなる人にと思ひける。このむこがねによみておこせたりける。住む所なむ入間のこほり、みよし野の里なりける。

むこがね、返し、

となむ。人の国にても、猶かかることなんやまざりける。

【通釈】「みよし野の…」三芳野の田に降りて居る雁が一途に鳴くように、娘はひたすらあなたを頼みにして心を寄せているようです。

「わが方に…」私の方に気持を寄せるいているというお嬢さんから、いつ私が心を離すことなどありましょう。

【関連歌】上1244、〔下2627a〕

 

●伊勢物語・第十一段

むかし、をとこ、あづまへ行きけるに、友だちどもに、みちよりいひおこせける。

【通釈】忘れないでください。あなたと私の間は空遠く隔たっても、空を行く月のようにいつか再びめぐり逢うまで。

【付記】昔男が東国へ旅した時、道中友人に言って寄越した歌。拾遺集では橘忠幹の歌とする。

【関連歌】上0193、上1135、中1755、下2431

 

●伊勢物語・第十五段

むかし、みちの国にて、なでうことなき人のに通ひけるに、あやしうさやうにてあるべき女ともあらず見えければ、

女、かぎりなくめでたしと思へど、さるさがなきえびす心を見ては、いかがはせんは。

【通釈】「しのぶ山…」私たちの忍び合う恋にも、忍んで通う道があってほしい。恋しい人の心の奧も見えるだろうから。

【付記】「しのぶ山」は「しのびて」を言うために陸奥にゆかりの山の名を持ってきたもの。山のイメージが一首にかぶさり、「道」「おく(奥)」も山の縁語となる。さて探った女の「心の奥」には「さがなきえびす心」(野卑な心)を見るだけだ、というオチがつく。『古今和歌六帖』に似た歌が載り、伊勢物語作者が古歌を転用したものと見られる。

【関連歌】上0260、上0317、上1082、上1216、下2456

 

●伊勢物語・第二十一段

むかし、をとこ女、いとかしこく思ひかはして、こと心なかりけり。さるをいかなる事かありけむ、いささかなることにつけて、世の中をうしと思ひて、いでてなむと思ひて、かかる歌をなんよみて、物に書きつけける。

とよみおきて、出でてにけり。この女かく書きおきたるを、しう心おくべきこともおばえぬを、何によりてかかからむと、いといたう泣きて、いづかたに求め行かむとかどに出でて、と見かう見みけれど、いづこをはかりとも覚えざりければ、かへりりて、

といひてながめ居り。

この女いと久しくありて、念じわびてにやありけん、いひおこせたる。

返し、

又々ありしよりにいひかはして、をとこ、

返し、

とはいひけれど、おのが世々になりにければ、うとくなりにけり。

【通釈】「出でて去なば…」家出をしたなら、軽率だと言うだろう。夫婦の仲の有様を、他人は知らないから。

「思ふかひ…」愛した甲斐もない二人の仲であった。この年月、なおざりに契りを交わしてあの女と住んでいたわけではないのに。

「人はいさ…」女は、さあどうか、今頃私を思っているだろうか。ますます面影が目にちらついてしかたない。

「今はとて…」今はもう私を忘れようと思って、あなたの心に忘れ草の種を蒔くだろうか。そんなことだけはさせたくないよ。

「忘れ草…」忘れ草を植えているとだけでも聞いたのなら、今まであなたを忘れずに思っていたのだと知ってくれただろうに。

「わするらんと…」私が他の女に心を移すだろうと疑う、あなたの心を知って、以前よりもっと悲しい気分です。

「中空に…」中天に浮かんでいる雲が跡形もなく消えてしまうように、私もよりどころのない、はかない身の上になってしまいました。

【関連歌】上0886、上1130、中1772

 

●伊勢物語・第二十二段

むかし、はかなくて絶えにける仲、なほや忘れざりけむ、女のもとより、

と言へりければ、「さればよ」と言ひて、男、

とは言ひけれど、その夜いにけり。いにしへ、行く先のことどもなど言ひて、

返し、

いにしへよりもあはれにてなむ通ひける。

【通釈】「憂きながら…」あなたの仕打をつらいと思いながらも、忘れられないので、一方では恨みながらも、なお恋しい。

「あひ見ては…」情を交わした以上は、心を一つに通わせて、川の中の島をめぐる水が一旦別れて再び合流するように、あなたとの仲は絶やすまいと思う。

「秋の夜の…」秋の長夜の千夜を一夜にふりあてて、それを八千夜も共寝したら、満足する時があるだろうか。

「秋の夜の…」秋の長夜の千夜を一夜にしたところで、語り尽くさないうちに夜が明けて鶏が鳴くだろう。

【関連歌】上0702、員外2962

 

●伊勢物語・第二十三段

むかし、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でてあそびけるを、大人になりにければ、をとこも女も恥ぢかはしてありけれど、をとこはこの女をこそ得めと思ふ。女はこのをとこをと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなんありける。さて、この隣のをとこのもとよりかくなん。

女、返し

などいひいひて、つひに本意ほいのごとくあひにけり。

さて、年ごろ経るほどに、女、親なくたよりなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらんやはとて、かふちの国、高安のこほりに、いきかよふ所出できにけり。さりけれど、このもとの女、しと思へるけしきもなくて、いだしやりければ、をとこ、こと心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて、前栽せんざいの中にかくれゐて、かふちへいぬる顔にて見れば、この女、いとよう化粧けさうじて、うちながめて、

とよみけるをききて、限りなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。

まれまれかの高安に来て見れば、はじめこそ心にく(く)もつくりけれ、今はうちとけて、手づからいひがひとりて、笥子けこのうつは物に盛りけるを見て、心うがりていかずなりにけり。さりければ、かの女、大和の方を見やりて、

といひて見いだすに、からうじて、大和人来むといへり。よろこびて待つに、たびたび過ぎぬれば、

といひけれど、をとこ住まずなりにけり。

【通釈】「筒井つの…」二人で遊んでいた頃、筒井の井筒で計った私の背丈は、今はもう目印を越えてしまったようだ。あなたとしばらく会わないうちに。

「くらべこし…」お互い比べっこした垂れ髪も、肩を過ぎた。この髪をあなた以外の誰のために髪上げしよう。

「風吹けば…」風が吹くと、沖の白波が立つ――たつた山を、夜にあなたは独り越えてゆくのだろうか。

「君があたり…」あなたの住むあたりをずっと見ていよう。雲よ生駒山を隠さないでおくれ。雨は降ろうとも。

「君来むと…」あなたが来ようと言った夜は、そのたびに空しく過ぎたので、もう期待はしないものの、やはり恋しく思いながら暮している。

【付記】(一)幼馴染みの男女が添い遂げるまでの「筒井筒」の話、(二)高安の里に新しい女が出来るが、旧妻の甲斐甲斐しさに男が改心する話、(三)高安の女が疎遠となった大和の男を思慕する話、と三つのエピソードからなる。

【関連歌】上191、上1241、下2251、員外2859

 

●伊勢物語・第二十四段

むかし、をとこ、片田舎にすみけり。をとこ、宮づかへしにとて、別れをしみてゆきにけるままに、三とせこざりければ、待ちわびたりけるに、いとねむごろにいひける人に、今宵あはむとちぎりたりけるに、このをとこきたりけり。「この戸あけたまへ」とたたきけれど、あけで、歌をなんよみていだしたりける。

といひいだしたりければ、

といひて、なむとしければ、女、

といひけれど、をとこかへりにけり。女、いとかなしくて、しりにたちておひゆけど、えおひつかで、水のある所に伏しにけり。そこなりける岩に、およびの血して書きつけける。

と書きて、そこにいたづらになりにけり。

【通釈】「あらたまの…」三年もあなたを待ち、もう待つ気力も失せて、ほかでもない今夜、別の人と初夜の枕を交わすのです。

「梓弓まゆみ槻弓…」長年私にそうしてくれたように、その男を大切にしてやりなさい。

「梓弓引けど引かねど…」あなたは私を引き寄せたり引き寄せなかったりでしたが、昔から私の心はあなたに寄っておりましたものを。

「あひ思はで…」思い合わずに離れてしまった人を留めかねて、私の命は今消え果ててしまうようです。

【関連歌】上0069、下2473

 

●伊勢物語・第二十五段

昔、をとこ有りけり。あはじともいはざりける女の、さすがなりけるがもとに、いひやりける。

色好みなる女、返し、

【通釈】〔男〕「秋の野に笹を分けて帰った後朝きぬぎぬの袖よりも、逢わずに帰って来た夜の方が、いっそうしとどに濡れたのでしたよ」

〔女〕「いくら言い寄られても、逢うつもりのない私だと知らないで、あなたは縁を切ろうともせず足がだるくなるまで通って来るのでしょうか。まるで、海松布みるめの生えない浦だとも知らず、性懲りもなく通って来る海人のように」

【付記】「秋の野に…」は古今集に業平の歌として、「見るめなき…」は同集に小町の歌として載る。

【関連歌】上0365、中1764、下2208、下2563、員外3628

 

●伊勢物語・第二十六段

むかし、をとこ、五条わたりなりける女をえ得ずなりにけることと、わびたりける、人の返りごとに、

【通釈】思いもよらず、端のほうで湊の波が騒ぐことよ。唐船が寄港したというだけで。――そのように、思いがけず私の袖に涙が溢れたよ。

【語釈】◇袖 「舞台の袖」などと言うように、「袖」には「端」の意もある。掲出歌では、衣服の袖の意に、湊の端の意を重ねている。

【付記】新古今集に読人不知として載る。「もろこし舟」は恋人を失った男からの手紙を意味し、「袖に湊」云々は、手紙を読んだ作者が同情の涙を流していることの暗喩。

【関連歌】上0283、上0888、上1066、上1467、下2477

 

●伊勢物語・第二十七段

昔、をとこ、女のもとに一夜いきて、又もいかずなりにければ、女の、手洗ふ所に貫簀ぬきすをうち遣りて、たらひのかげに見えけるを、みづから、

とよむを、来ざりけるをとこ立ちききて、

【通釈】「我ばかり…」私ほど物思いに沈む人は他にあるまいと思っていると、水の下にももう一人いるのだった。

水口みなくちに…」水口に私が見えるのだろうか。蛙さえ、水の下で声を合わせて鳴いている。

【付記】第二首は難解。脱文があるかとも言う。

【関連歌】員外2869

 

●伊勢物語・第二十九段

むかし、春宮の女御の御方の花の賀に、召しあづけられたりけるに

【通釈】桜の花を眺めれば、いくら見ても見飽きず、長い溜息をつく――そんな経験は春ごとにして来ましたが、今宵ほどその嘆息を深くした時はありません。

【付記】二条后を暗示しているとしか思えない「春宮の女御」が催した花の賀宴に参加して詠んだ歌。「あかぬ歎き」には、賀宴が終わることへの哀惜と、女主人への限りない讃美が籠められる。二条后との後日譚を匂わせるような章段である。新古今集では「題しらず」とし、排列からすると落花を惜しむ歌として収録している。

【関連歌】上1113

 

●伊勢物語・第三十二段

むかし、物いひける女に、年ごろありて、

といへりけれど、何とも思はずやありけむ。

【通釈】倭文しず苧環おだまきをもとへ手繰り戻すように、昔のあなたとの仲を今取り返すすべがないものか。

【参考】「いにしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりはありしものなり」(古今集、読人不知)

【関連歌】上1231、下2650、員外3114

 

●伊勢物語・第三十三段

むかし、をとこ、津の国、むばらのこほりにかよひける女、このたびいきては、又は来じと思へるけしきなれば、をとこ、

返し、

ゐなか人の事にては、よしやあしや。

【通釈】「葦辺より…」葦の繁る辺りから満ちて来る潮のように、ますますあなたに甚だしく心をかけているよ。

「こもり江の…」こもり江のように偲んで思う心を、どうしてそうだとはっきり知ることができましょう。

【関連歌】上0282

 

●伊勢物語・第三十四段

むかし、をとこ、つれなかりける人のもとに、

おもなくていへるなるべし。

【通釈】口に出して言おうとすると言えず、言わなければ胸さわぎがして、自分の心だけで歎くこの頃であるよ。

【関連歌】中1974

 

●伊勢物語・第三十六段

昔、「忘れぬるなめり」と問言とひごとしける女のもとに、

【通釈】谷が狭いので、山の頂の方まで生え広がっている蔓草は、絶えるものではない。そのように、あなたとの仲が絶えようなどとは思ってもいません。

【付記】原歌は万葉集巻十四東歌「谷狭み峰に延ひたる玉葛絶えむの心我が思はなくに」。『袋草紙』に見え、のち続後拾遺集に採られている。

【関連歌】上1130

 

●伊勢物語・第五十七段

昔、をとこ、人知れぬ物思ひけり。つれなき人のもとに、

【通釈】恋しくて疲れ果ててしまった。海人が刈る藻に宿るという虫「われから」ではないが、自分の心から求めて我が身をずたずたにしてしまうとは。

【付記】「海人の刈る藻にやどるてふ」は、海藻に棲む「われから」という虫の名から、「我から」を言い起こす序。「我から」は自分の心から、自分が原因で。『業平集』には詞書「いとつれなき人のもとに」として載る。定家は新勅撰集に「題しらず 読人不知」として採る。

【関連歌】上1087

 

●伊勢物語・第六十三段

むかし、世心づける女、いかで心なさけあらむをとこにあひ得てしがなとおもへど、言ひ出でむもたよりなさに、まことならぬ夢語りをす。子三人を呼びて、かたりけり。二人の子は、なさけなくいらへて止みぬ。三郎なりける子なん、「よき御男ぞいでこむ」とあはするに、この女、気色いとよし。こと人はいとなさけなし。いかでこの在五中将にあはせてしがなと思ふ心あり。狩しありきけるにいきあひて、道にてむまの口をとりて、「かうかうなむ思ふ」といひければ、あはれがりて、来て寝にけり。さてのち、をとこ見えざりければ、女、をとこの家にいきてかいまみけるを、をとこほのかに見て、

とて出でたつ気色を見て、むばらからたちにかかりて、家に来てうちふせり。をとこ、かの女のせしやうに、忍びて立てりて見れば、女なげきてとて、

とよみけるを、をとこあはれと思ひて、その夜は寝にけり。世の中の例として、思ふをば思ひ、思はぬをば思はぬ物を、この人は、思ふをも、思はぬをも、けぢめ見せぬ心なんありける。

【通釈】「百年に…」百歳に一歳たりないような婆さんが私を恋しているらしい。面影にちらつくよ。

「さむしろに…」寝床に自分の衣だけを敷いて、今宵も恋しい人に逢わずに寝るのだろうか。

【関連歌】下2409

 

●伊勢物語・第六十四段

むかし、をとこ、みそかに語らふわざもせざりければ、いづくなりけんあやしさによめる。

返し、

【通釈】「吹く風に…」吹く風に我が身を変えることができたなら、玉簾の隙間を探し出して入り込もうものを。

「とりとめぬ…」つかまえられない風になったところで、誰が許したなら玉簾の隙間を探すことができるでしょう。(私が教えなければ、探しようもないでしょう。)

【関連歌】中1616

 

●伊勢物語・第六十五段(抄)

かくかたはにしつつありわたるに、身もいたづらになりぬべければ、つひにほろびぬべしとて、このをとこ、「いかにせん。わがかかる心やめ給へ」と仏神にも申しけれど、いやまさりにのみおぼえつつ、猶わりなく恋しうのみおぼえければ、陰陽師、かむなぎよびて、恋せじといふ祓の具してなむいきける。祓へけるままに、いとどかなしきこと数まさりて、ありしよりけに恋しくのみおぼえければ、

といひてなむいにける。

【通釈】恋はするまいと御手洗川で行った禊――神は結局受け入れて下さらなかったのであったよ。

【付記】業平と高子を思わせる男女の恋物語を語る章段。歌は古今集五〇一の読人不知歌(移動)による。

【関連歌】中1778、員外3625

 

●伊勢物語・第六十七段

むかし、をとこ、逍遥せうえうしに、思ふどちかいつらねて、和泉の国へ二月きさらぎばかりにいきけり。河内の国、生駒の山を見れば、曇りみ晴れみ、たちゐる雲やまず。あしたより曇りて、昼晴れたり。雪いと白う木のすゑに降りたり。それを見て、かの行く人のなかに、ただ一人よみける。

【通釈】昨日今日と、雲が立ちのぼり、舞うように動いて山を隠すのは、花の林を人に見せたくないからなのだった。

【関連歌】上1489

 

●伊勢物語・第六十八段

昔、をとこ、和泉の国へいきけり。住吉のこほり、住吉の里、住吉の浜をゆくに、いとおもしろければ、おりゐつつ行く。ある人、「住吉の浜とよめ」といふ。

とよめりければ、皆人々よまずなりにけり。

【通釈】雁が鳴き、菊の花が咲く秋も結構だけれども、やはり春の海辺に住むのは良い。その名の通り、住吉の浜が素晴らしい。

【付記】「おりゐつつ」は「馬から降り、腰を下ろしては」。「秋はあれど」は「秋は素晴らしい季節ではあるけれど」程の意。「すみよし」に「住み良し」の意を掛ける。

【関連歌】中1824、員外3108、員外3338

 

●伊勢物語・第七十段

むかし、をとこ、狩の使より帰りきけるに、大淀のわたりに宿りて、いつきの宮のわらはべにいひかけける。

【通釈】みるめを刈る潟はどこか(どうすれば斎宮に逢えるのか)舟の棹で方角を指して私に教えておくれ。

【付記】「大淀」は伊勢国気多郡。斎宮の禊ぎの場。新古今集に「題しらず」業平作として撰入。

【関連歌】下2426

 

●伊勢物語・第七十二段

むかし、をとこ、伊勢の国なりける女、又え逢はで、隣の国へいくとて、いみじう恨みければ、女、

【通釈】大淀の松(私)は薄情でもないのに、波(あなた)は恨んでばかりで帰ってゆくことよ。

【付記】前段は昔男が伊勢の斎宮のもとに使者として派遣されたという話。その続きとすれば、「伊勢の国なりける女」は斎宮を指すと読める。斎宮ゆかりの地である大淀の松に自身を擬え、都へ帰ってゆく男を引き留めようとした。

【関連歌】上1218、中1714、中1850、員外2811、員外3340

 

●伊勢物語・第七十五段

昔、をとこ、「伊勢の国にていきてあらむ」といひければ、女、

といひて、ましてつれなかりければ、をとこ、

女、

又、をとこ、

世にあふことかたき女になん。

【通釈】「大淀の…」大淀の浜に生えているという海松みるではありませんが、あなたのお顔を見るだけで心は慰みました。親しく語り交わさずとも、これでもう十分です。

「袖ぬれて…」袖を濡らして海人が刈り干すという海松ではありませんが、見るだけで逢ったことにして、二人の仲を終りにしようとするのですか。

「岩間より…」岩間から生えている海松布が変わらずにいれば、潮が満ち引きするうち、貝も付着するでしょう。そのように、私がつれない態度をしても、時が経てば、あなたの苦労も甲斐があることでしょう。

「涙にぞ…」涙に濡れては袖をしぼっています。あなたの辛い心は私の袖の雫になっているのでしょうか。

【付記】伊勢の歌枕である大淀と、海辺の風物である海松みるや貝などに言寄せた女と男の応酬である。

【関連歌】中1850

 

●伊勢物語・第八十三段

むかし、水無瀬みなせにかよひ給ひし惟喬これたか親王みこ、例の狩しにおはします供に、うまのかみなるおきなつかうまつれり。日ごろへて、宮にかへり給うけり。御おくりして、とくいなんとおもふに、大御酒おほみきたまひ、ろくたまはむとて、つかはさざりけり。このむまのかみ心もとながりて、

とよみける。時はやよひのつごもりなりけり。親王みこ、おほとのごもらであかし給うてけり。かくしつつまうでつかうまつりけるを、思ひのほかに、御ぐしおろし給うてけり。む月にをがみたてまつらむとて、小野にまうでたるに、比叡ひえの山の麓なれば、雪いと高し。しひて御室みむろにまうでてをがみたてまつるに、つれづれといと物がなしくておはしましければ、やや久しくさぶらひて、いにしへの事など思ひ出で聞えけり。さてもさぶらひてしがなと思へど、公事おほやけごとどもありければ、えさぶらはで、夕暮にかへるとて、

とてなむ泣く泣く来にける。

【通釈】「枕とて…」枕のためにと草を引き結ぶことも致しますまい。短い春の夜は、秋の夜のようにゆっくり過ごすことさえ出来ませんので。

「忘れては…」ふとこの現実を忘れては、これはやはり夢ではないかと思うのです。まさか思いもしませんでした、かくも深い雪を踏み分けて、殿下にお目にかかろうとは。

【付記】惟喬親王と、業平を思わせる右馬頭の翁との交渉を綴る。惟喬親王の出家は貞観十四年(八七二)、業平が小野を訪ねたのはおそらくその翌年。親王は三十歳、業平は四十九歳を迎えた正月であった。

【関連歌】上0597、上1449、中1609、下2036、員外2999

 

●伊勢物語・第八十六段

昔、いとわかきをとこ、わかき女をあひいへりけり。おのおの親ありければ、つつみていひさしてやみにけり。年ごろへて、女のもとに、猶心ざしはたさむとや思ひけむ、をとこ、歌をよみてやれりけり。

とてやみにけり。をとこも女も、あひはなれぬ宮仕へになむ出でにける。

【通釈】今の今まで、忘れずにいる人など、まさかいないでしょう。お互いそれぞれの人生を、長の年月過ごしてきたのですから。

【付記】女を染殿后や二条后(高子)に擬する説がある。新古今集には「題しらず・読人不知」として載る。『古今和歌六帖』にも作者不明記で載っている。

【関連歌】上0337

 

●伊勢物語・第八十七段(抄)

むかし、をとこ、津の国、むばらのこほり、蘆屋の里にしるよしして、いきて住みけり。むかしの歌に、

とよみけるぞ、この里をよみける。ここをなむ蘆屋の灘とはいひける。このをとこなま宮づかへしければ、それをたよりにて、ゑふのすけどもあつまり来にけり。このをとこのこのかみも衛府ゑふかみなりけり。その家の前の海のほとりに遊びありきて、「いざ、この山のかみにありといふ布引の滝見にのぼらん」といひて、のぼりて見るに、その滝、物よりことなり。長さ二十丈、広さ五丈ばかりなる石のおもて、白絹しらぎぬに岩をつつめらんやうになむありける。さる滝のかみに、わらふだの大きさして、さし出でたる石あり。その石のうへに走りかかる水は、小柑子せうかうじ、栗の大きさにてこぼれ落つ。そこなる人にみな滝の歌よます。かの衛府の督まづよむ。

あるじ、つぎによむ。

とよめりければ、かたへの人、笑ふことにや有りけむ、この歌にめでてやみにけり。

【通釈】「蘆の屋の…」蘆屋の灘の塩を焼く仕事が忙しいので、私は黄楊の小櫛もささずにあなたのところへ来てしまった。

「わが世をば…」私が時めく世を、今日か明日かと待望しているけれども、待つ甲斐もなく、涙を滝のように流している――布引の滝とどちらの方が高いだろうか。

「ぬき乱る…」真珠をつないだ糸を解いて、ばらばらにまき散らす人がいるらしい。白い珠が次々と飛び散ってくるよ。袖で受け止めようにも、貧しい私の袖は狭いのに。

【付記】第八十七段の前半。昔男が摂津国蘆屋の里にしばらく滞在していた頃、衛府の役人たちと布引の滝を遊覧し、歌を詠み合った。「衛府督」の歌は兄行平の作として新古今集に採られている。業平の歌は古今集に「布引の滝の本にて人々あつまりて歌よみける時によめる」の詞書で載る。

【関連歌】上1290

 

●伊勢物語・第八十七段(抄)

帰りくる道とほくて、うせにし宮内卿もちよしが家の前来るに、日暮れぬ。やどりの方を見やれば、海人あまいさり火多く見ゆるに、かのあるじのをとこよむ。

とよみて、家にかへりきぬ。

【通釈】あれは晴れた夜の星なのか。川辺の蛍なのか。それとも私の住む蘆屋の里で海人が焼く火なのか。

【付記】第八十七段の後半。昔男が摂津国蘆屋の里にしばらく滞在していた頃、布引の滝を遊覧しての帰り道のエピソード。遠く眺める漁火を、まるで夜空にきらめく星のようにも、河辺を舞う蛍のようにも見えた、と詠む。

【関連歌】上0341、上1158、上1213、員外2824

 

●伊勢物語・第九十二段

むかし、恋しさに来つつかへれど、女に消息せうそこをだにえせでよめる。

【通釈】蘆辺を漕ぐ棚無し小舟のように、幾度行ったり来たりを繰り返すのだろうか。小舟が蘆に隠れて人から見えないように、私の思いはあの人に知られることもないのに。

【付記】玉葉集に入撰。

【関連歌】中1877

 

●伊勢物語・第九十三段

むかし、をとこ、身はいやしくて、いと似なき人を思ひかけたりけり。すこし頼みぬべきさまにやありけん、臥して思ひ、起きて思ひ、思ひわびてよめる。

昔もかかることは、世のことわりにやありけん。

【通釈】恋は分相応にすべきだ。高貴なあの人と、卑しい私と、身分違いで恋をして苦しいのだった。

【関連歌】上161、上1436

 

●伊勢物語・第九十六段

むかし、をとこ有りけり。女をとかくいふこと月日経にけり。いは木にしあらねば、心苦しとや思ひけん、やうやうあはれと思ひけり。そのころ、水無月のもちばかりなりければ、女、身にかさひとつふたついできにけり。女いひおこせたる。「今はなにの心もなし。身に瘡も一つ二ついでたり。時もいと暑し。すこし秋風吹き立ちなん時、かならずあはむ」といへりけり。秋まつころほひに、ここかしこより、その人のもとへいなむずなりとて、口舌くぜちいできにけり。さりければ、女の兄人せうと、にはかに迎へに来たり。さればこの女、かへでの初紅葉をひろはせて、歌をよみて、書きつけておこせたり。

と書きおきて、「かしこより人おこせば、これをやれ」とていぬ。さて、やがて後、つひにけふまで知らず。よくてやあらむ、あしくてやあらん。いにし所も知らず。かのをとこは、あま逆手さかてをうちてなむのろひ居るなる。むくつけきこと。人ののろひごとは、負ふ物にやあらむ、負はぬ物にやあらん。「今こそは見め」とぞいふなる。

【通釈】秋になったらと約束しながらも、そうはなりませんでしたが、木の葉が散って一面に積もる浅い江のように、浅いご縁だったのですね。

【関連歌】上0885、上1471、員外3630

 

●伊勢物語・第百八段

むかし、女、人の心をうらみて、

と常のことぐさにいひけるを、ききおひけるをとこ、

【通釈】「風吹けば…」風が吹くと常に波が越える磯だとでもいうのでしょうか。私の衣の袖は乾く時がありません」

「夜ひごとに…」毎夜、蛙がおおぜい啼く田では、雨は降らないけれども、蛙の涙で水が増すのだ。

【付記】常に涙で袖を濡らしていると恨んだ女に対し、男は水田で求愛の鳴き声をあげるオス蛙に寄せて、男の自分もまた毎夜逢いたいと泣いているのだと言い返したのである。女の歌の小異歌が『貫之集』に載っており、紀貫之の歌を伊勢物語に借用したか。新古今集では貫之の歌として採っている。

【関連歌】上0367

 

●伊勢物語・第百十六段

むかし、をとこ、すずろに陸奥みちの国までまどひいにけり。京に思ふ人にいひやる。

「何事も、みなよくなりにけり」となんいひやりける。

【通釈】波間に見える小島の浜辺の庇ではないが、あなたに逢わずに久しくなってしまいました。

【付記】「はまびさし」までは陸奥の景を詠むと共に、「久し」を言い起こす序となっている。万葉集二七五三番歌「浪間従 所見小嶋之 浜久木 久成奴 君尓不相四手」の異伝。拾遺集にも(語句は少し異なるが)採られている。

【関連歌】中1771、中1942、下2717

 

●伊勢物語・第百二十三段

むかし、をとこありけり。深草にすみける女を、やうやうあきがたにや思ひけん、かかる歌をよみけり。

女、返し、

とよめりけるにめでて、行かむと思ふ心なくなりにけり。

【通釈】「年をへて…」何年もずっと住んで来た里を去ったなら、ますます草が深く茂り、深草の里は草深い野となるだろうか。

「野とならば…」ここが草深い野となったなら、私は鶉になって何年も啼いていよう。かりそめに、狩のついでにでも、あなたが来ないとも限るまい。

【付記】「深草」は平安京の南郊。地名に「深い草」の意が掛かる。「かりにだにやは」の「かり」は「仮」「狩」の掛詞。俊成が「夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里」と本歌取り(本説取り)して以後、特に新古今歌人たちに酷愛された章段である。

【関連歌】上0343、上0659、上0730、上0829、上1038、上1348、中1545、中1774、中1904、下2217、下2356

 

大和物語

天暦五年(九五一)頃成立し、以後増補されたかという。作者未詳。本文は主として岩波日本古典文学大系による。

●大和物語・第三十九段(抄)

伊勢の守もろみちのむすめを正明ただあきらの中将の君にあはせたりける時に、そこなりけるうなゐを、右京の大夫かみよびいでてかたらひて、あしたによみせおこせたりける、

【通釈】白露が置いてやがて消える僅かな間の朝顔の花は、いっそ見なかった方がよかったことよ。

【付記】「白露」に男(自身)を、「朝顔」に相手の少女を擬え、かりそめのつもりで情を交わしたことを悔やむ気持を示した。定家の撰した新勅撰集には「題しらず 源宗于朝臣」として採られている。

【関連歌】上1464

 

●大和物語・第九十段

同じ女、故兵部卿の宮御消息などしたまひけり。「おはしまさん」とのたまひければきこえける、

【通釈】身分の高い方でも、一夜二夜ばかりの浮気など、何としましょう。お約束はできません。

【付記】「同じ女」とは、前段に登場する女房「修理すりの君」を指す。出自・経歴など未詳。「故兵部卿の宮」は陽成天皇皇子元良親王。「ひとよふたよ」の「よ」は「夜」「」の掛詞。「節」は「呉竹」の縁語。「あだのふし」は浮気の情事。「ふし」は「臥し」「ふし」の掛詞。『元良親王集』には「すりのいそのおもとにおはせんと、のたまへりければ、女」の詞書で載る。

【関連歌】員外2895

 

●大和物語・第百四十七段(抄)

昔津の国にすむ女ありけり。それをよばふ男二人なむありける。一人はその国にすむ男、しやうはむばらになむありける。いま一人は和泉の国の人になむありける。姓はちぬとなむいひける。かくてその男ども、年・よはひ、顔容貌かたち、人のほど、ただ同じばかりなむありける。心ざしのまさらむにこそはあはめとおもふに、心ざしの程だにただおなじやうなり。暮るれはもろともに来あひぬ。物おこすれば、ただ同じやうにおこす。いづれまされりといふべくもあらず。女思ひわづらひぬ。この人の心ざしのおろかならば、いづれにもあふまじけれど、これもかれも月日を経て家のかどに立ちて、よろづに心ざしをみえければしわびぬ。これよりもかれよりも、同じやうにおこする物どもとりもいれねど、いろいろにもちて立てり。親ありて「かくみぐるしく歳月としつきを経て、人のなげきをいたづらにおふもいとほし。一人ひとりにあひなば、いま一人が思ひは絶えなむ」といふに、女「ここにも、さ思ふに、人の心ざしの同じやうなるになむ思ひわづらひぬる。さらばいかがすべき」といふに、当時そのかみ生田いくたの川のつらに、女平張ひらばりをうちてゐにけり。かかれば、そのよばひ人どもを呼びにやりて、親のいふやう、「たれもみ心ざしの同じやうなれば、この幼き者なむ思ひわづらひにて侍る。今日いかにまれこの事をさだめてむ。あるは遠き所よりいまする人あり。あるはここながらそのいたつきかぎりなし。これもかれもいとほしきわざなり」といふ時に、いとかしこくよろこびあへり。「申さむと思ふ給ふるやうは、この川に浮きて侍る水鳥を射たまへ。それをいあてたまへらむ人にたてまつらむ」といふ時に、「いとよきことなり」といひて、射るほどに、一人は頭のかたをつ。今一人は尾の方を射つ。当時そのかみいづれといふべくもあらぬに、女思ひわづらひて、

とよみて、この平張はかはにのぞきてしたりければ、づぶりとおちいりぬ。親あわてさわぎののしるほどに、このよばふ男二人やがておなじ所におちいりぬ。一人は足をとらへ、いま一人は手をとらへて死にけり。当時そのかみ、親いみじく騒ぎてとりあげて、なきののしりてはふりす。男どもの親来にけり。この女の塚のかたはらに、又塚どもつくりて、ほりうづむ時に、津の国の男の親いふやう、「おなじくにの男をこそ、おなじ所にはせめ。異国ことくにの人の、いかでかこの国の土をばをかすべき」といひてさまたぐる時に、和泉のかたの親、和泉のくにの土を舟にはこびてここにもて来てなむ遂にうづみてける。されば女の墓をなかにて左右になむ男の塚どもいまもあなる。(後略)

【通釈】すみわびぬこの世に住んでいるのがつらくなってしまいました。我が身をこの川に投げてしまいましょう。摂津の国の「生きる」という名をもった生田川は、名ばかりだったのですね。

【関連歌】上0400

 

●大和物語・第百五十四段

大和の国なりける人のむすめ、いときよらにてありけるを、京よりきたりける男のかいまみて見けるに、いとをかしげなりければ、ぬすみてかき抱きて馬にうちのせて逃げていにけり。いとあさましうおそろしう思ひけり。日暮れて立田山にやどりぬ。草のなかにあふりをときしきて、女を抱きて臥せり。女、恐しと思ふことかぎりなし。わびしと思ひて、男の物いへど、いらへもせで泣きければ、男、

女、かへし、

とよみて死にけり。いとあさましうてなむ、男抱きもちて泣きけり。

【通釈】「たがみそぎ…」誰のみそぎのための木綿を付けた鶏なのか。唐衣をたつという名の、立田山でいつまでも泣いている。

「立田川…」立田川の岩の根もとに向かって流れる水のように、行方も知らぬ私と同様に、鶏はどうしていいかわからず鳴いているのでしょうか。

【付記】「あふり」は馬具の名。「たがみそぎ…」は古今集九九五(移動)にも見える。

【関連歌】員外3626

 

●大和物語・第百六十九段

昔内舎人なりける人、おほママわの御幣使みてぐらづかひに、大和の国にくだりけり。井手といふわたりに、きよげなる人の家より、女ども・わらはべいできて、このいく人をみる。きたなげなき女、いとをかしげなる児を抱きて、門のもとにたてり。この稚児の顔のいとをかしげなりければ、めをとどめて、「その児こち率て来」といひければ、この女寄りきたり。近くて見るにいとをかしげなりければ、「ゆめ異男ことをとこしたまふな。我にあひたまへ。おほきになり給はむほどに参りこむ」といひて、「これを形見にしたまへ」とて帯を解きてとらせけり。さてこのしたりける帯を解きとりて、もたりける文に引き結ひて持たせていぬ。この児今年六七ばかりありけり。この男、色好みなりける人なれば、いふになむありける。これをこの児は忘れず思ひ持たりけり。かくて七八年ばかりありて、又同じ使にさされて、大和へいくとて、井手のわたりにやどりてゐてみれば、前に井なむありける。かれに水汲む女どもがいふやう(原文中絶)

【付記】山城の井手の里で、旅人が愛らしい少女を見初め、帯を与えて結婚の約束をして別れたが、後日その帯を目印に再会したとの伝説。これによって「井手の下帯」は別れた男女が再び巡り合って契りを結ぶことの譬えとされた。

【関連歌】下2461、下2474、員外3634

 


公開日:2013年01月30日

最終更新日:2013年01月30日