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走り梅雨というのか、陽暦五月、梅雨に先駆けて長雨の降ることがある。あたかも卯の花(ウツギ)が盛りの季節。初夏の太陽のもとで輝いていた花々は、雨に濡れてうなだれ、生気を失っているように見える。普通、適度のお湿りは花の美しさを引き立てるもので、この花も例外ではないのだが、しばらく雨が続くとクタクタになってしまうのだ。外遊びの好きな子供が雨を嫌うように、雨を嫌って「腐って」いるかのようでもある。
「卯の花腐し」は卯の花を朽ちさせるほど長く降り続ける雨を言い、
和歌では万葉集から用例が見え、さほど多くはないが、近世まで詠まれ続けた。
『藤簍冊子』 上田秋成
夕づけて水に音なく降る雨は卯花くたす初めなりけり
これは「初夏晩来微雨」の題で描かれた絵に添えた歌。「音なく降る雨」は、初夏とは言えまだ春雨の風情を残す雨である。やがて走り梅雨が降り、本格的な梅雨となれば、卯の花もすっかり散ってしまう(「卯の花
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『万葉集』(霖雨の晴るる日作る歌一首) 大伴家持
卯の花を腐す
『千載集』(五月雨の歌とてよめる) 藤原基俊
いとどしく
『秋篠月清集』(西洞隠士百首 夏) 藤原良経
山里の卯の花くたす五月雨に垣根をこゆる玉川の水
『祈雨百首』(雨中卯花) 津守国冬
玉川の卯花くたし降る雨に波ぞたちそふ波ぞ消えゆく
『草根集』(夏雨) 正徹
むら消し春もかかりき卯花の雪をくたしてふれる雨かな
『漫吟集』(夏の歌の中に) 契沖
ほととぎす羽振くたよりに鳴きもせば卯の花くたす雨や待たまし
『琴後集』(山家卯花) 村田春海
山賤の垣ほはまたも訪ひてみん卯の花くたす雨ふらぬまに
『千々廼屋集』(雨中時鳥) 千種有功
ほととぎす忍びかねたる一声は卯の花くたし降る夜なりけり
『調鶴集』(蚊遣火) 井上文雄
この里は卯の花くたし降り初むる夕べよりこそ蚊遣焚きけれ
『木下利玄全歌集』(春雨小傘)
しめやかに卯の花くたしそそぐ夜を泣きてとつぎし姉の上おもふ
公開日:平成19年5月26日
最終更新日:平成19年7月10日