霜の花 Frost flower

霜が付着した草 鎌倉市二階堂にて

夜間の冷え込みが厳しさを増す季節、庭や野原に、早朝限りのささやかな花が見られるようになる。普段は目にとめることもない小さな冬草のどれもが、白くきらめく花を一斉に咲かせるのだ。古人はこれを「霜の花」と名づけて愛でた。

『亜槐集』 朝霜  飛鳥井雅親

みし秋の千種(ちぐさ)はのこる色なくて霜の花さく野辺の朝風

秋に眺めた時は色さまざまの草花が咲いていた野。冬に来て見れば、冷たい朝風が吹く中、いちめん霜の花が咲くばかり。
新編国歌大観で検索する限り、「霜の花」の初出は鎌倉時代初期。冷艶の風を好んだ中世歌人たちによって、室町時代にかけて盛んに詠まれるようになる。上掲歌の作者も室町時代の人である。

尤も、「霜の花」の語がないからと言って、平安時代の風流人が霜に花の美を見ていなかったわけではない。

『古今集』 しらぎくの花をよめる  凡河内躬恒

心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花

当て推量に、折れるものならば折ってみようか。草葉に置いた初霜が見分け難くしている白菊の花を。
百人一首にも採られた白菊詠の傑作であるが、この歌の肝所はもとより初霜の清新にして凛とした美しさを白菊と競わせたことにある。ほの昏い払暁の庭に、菊と見まがうばかりに皓然と咲いた霜の花。

**************

  『三百六十首和歌』(十月下旬) 藤原基家
さを鹿の分けこぼしたる跡見えて霜の花しく山のかげ草

  『長慶天皇千首』(庭寒草) 長慶天皇
むすびこし露のまがきは荒れはてて霜の花さく庭の冬草

  『雅世集』(冬草) 飛鳥井雅世
おきまどふ霜の花野の色ふりて人めも今やかれむとすらむ

  『草根集』(椎柴) 正徹
朝飯(あさけ)もる旅にしあれば椎の葉の霜の花折る宿の山がつ
  同(霜夜月)
にほはねど袖を夜風にまかすれば結ぶか霜の花の上の月

  『卑懐集』(寒蘆) 姉小路基綱
霜の花なほ穂にいでて蘆辺ゆく水も枯葉にこほる川風

  『雪玉集』(暮秋霜) 三条西実隆
はかなしや野べの千種を霜の花のひとつ色にもつくす秋かな

  『称名院集』(寒夜月) 三条西公条
小夜風の氷をわびて鳴く鴛鴦(をし)の河原も月に霜の花さく

  『逍遥集』(霜) 松永貞徳
うちいでし波は氷にみ渡して霜の花ふむ谷のかけはし

  『芳雲集』(庭霜) 武者小路実陰
うすくこき落葉を庭のにほひにて霜の花咲くけさの冬草

  『櫻』 坪野哲久
もろもろのなげきわかつと子を生みき子の(かほ)いたしふる霜の花


公開日:平成22年01月26日
最終更新日:平成22年04月18日

thanks!