6 つづきを読むまへがきへ戻る       *                                                               八|一六二九                           恋と云ふものを       恋といふものを                 いかにして 忘るるものぞ  どうやつて忘れることが出来るのでせうか                 見るごとに まして偲はゆ  見るたびに余計あなたを思ひ出してしまひます                 花のみに にほひてあれば  目にとまるのは咲き映える花ばかりなので               打ち行きて 遊び歩けど   気の向くまま歩き回つてみましたが              高円の 山にも野にも    高円の山や野に行き              そこ故に 心なぐやと    それなら心も慰むだらうかと             ここ思へば 胸こそ痛き   そんなわけで胸が痛み              さかり居て 嘆き恋ふらむ  離れてゐると もう恋しさに嘆息してゐるとは              何すとか 一日一夜も    どういふつもりでせう 一日一晩でも              うつせ身の 人なる我や   人の身であるこの私が              峯向かひに 嬬問ひすといへ 峰を隔てた妻のもとへ夕毎に飛んで通ふと言ひますが              あしひきの 山鳥こそば   山鳥だつたら        さ寝し夜や 常にありける  共寝した夜は 数へる程しかないではありませんか          白たへの 袖指し交へて   白妙の袖を交はして              夕へには 床打ち払ひ    夕方になれば寝床を払ひ清め                 あしたには 庭に出で立ち  朝になれば庭に出て佇み              妹と吾と 手携はりて    あなたと私と手を取り合つて              言はむすべ せむすべもなし もう何と言つていいのやら どうしていいのやら分からなくなります              ねもころに 物を思へば   あれこれと心を砕いて考へてみますと                             坂上大嬢に贈る歌 并せて短歌