1.はじめに

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1−1.POSって知っていますか?

 POS、そしてSOAPという言葉は、きっと何処かで目にしていることと思います。目にしているどころじゃない?毎日悩まされているって?そうですね。病院薬剤師の方で、病棟業務に取り組まれている方は、もしかするとSOAPの分析に毎日頭を悩ましているのかもしれません。しかし、開局薬剤師の方で実際に取り組んでおられる方は、数少ないのではないでしょうか。今回、このページを借りて、「薬剤師にPOSを」懇談会を始めることにしました。これから話が進むにつれて、会の名称も変わるかもしれません。ただ、今のところは、あまりむづかしく考えずに、薬剤師のPOSを取り巻く問題を、いろいろ話題にして見ようと思います。やがては、POSの研究会的な発展が出来れば、こんなうれしいことはありません。どうぞ、率直な御意見などおよせ下さい。

1−2.POSと書いて何と読んでいますか?

 POSと書いて、何と読んでいますか?病薬などの学術大会で、ときたま「ポス」と読んでいる人がいて、聞いている方が恥ずかしくなったりしてしまいます。先日もあるレセコンメーカーの営業の方が、プレゼンテーション中に「ポス」を連発していて、会場の先生方の苦笑を買っていました。「ポス」という呼び方は、通常コンビニなどで使われている、バーコードを読みとってレジ会計をするシステム(Point of Sales)の事を表します。我々はやはり「ピーオーエス」と読みましょう。人間使い慣れてしまうと、なかなか直すことはむつかしくなりますが、もし、「ポス」と読んでいる方がおられましたら、ぜひ今日からは「ピーオーエス」と読むようにしてみてください。

1−3.で、POSって何ですか?

 POSとは、Problem Ori・・・ ちょっと待ってください。内容についてはこれから追々触れていくつもりですが、その前に、そもそもPOSとは何なのかを少し考えてみたいと思います。
 POSを知らない人から「POSってなあに?」と聞かれたら何と答えますか?「POS? それはね、SOAP形式って言ってね、Sが主観的・・」なるほど。確かにPOSにSOAPは無くてはならないものでしょう。でも、POS=SOAPで事足りるのでしょうか。私は、まずここらあたりから話を始めないと、先へ行ってから行き詰まってしまうのではないかと思います。

 では、POSとは何か。端的に言うと、「POSとは、医療の質を向上させるための方法論の一つである。」という言い方が出来ると思います。薬剤師が(別に薬剤師に限らないのかも知れませんが)POSを取り上げるとき、どうしても、「薬歴(あるいはカルテ)の書き方」として捉えてしまう事があるような気がします。そうすると、理屈はわかった。でも、実際に書こうとすると、プロブレムが見つからない、アセスメントが書けない。O情報が無い。となって、時間ばかりかかってちっとも先に進まないのではないでしょうか。まして、いつも同じ薬で変わりはないし、薬の説明は一通りしてしまった。患者さんも理解してくれている。症状はほとんど変化無し。さあ、何を書きゃいいんだ?と来るわけです。さて、本当にそうでしょうか。これはやはり、POS=SOAPと捉えてしまっているから起ることなのではないでしょうか。

1−4.POSとは薬歴の書き方の決まりではありません。

 POSは問題点を捉えて患者さんをケアしていく考え方です。問題点というからには、「問題が無い状態」が明確にわかっていないと、問題点は見つかりませんよね。では、患者さんにとって「問題が無い状態」って何でしょうか。そりゃあ病気が治れば問題は解決ですね。そのために患者さんは病院に来ているわけです。では、患者さんが病院にかかって病気を治そうとするとき、つまり、問題解決のために、薬剤師はどんな役割を担っているのでしょうか。処方箋により調剤をして、患者さんに渡して、必要な説明をして・・・う〜ん。疑義照会や副作用があれば問題だけど、「問題は無い方がいいんだよ。よし、問題無し!」あれ?そうかなあ・・何だかしっくりこない気がしますね。

 私は、薬剤師が医療の中で何を担当分野として、患者さんのケアに関わっていくのか、別の言い方をすれば、ファーマシューティカルケアとは何かを明確にしていないと、問題点は見つけられないと思います。つまり、POSをSOAP論としてではなく、医療の本質的な在り方の問題として捉えないと、薬剤師としてのプロブレムを見出すことは出来ないと思うのです。このあたりを大切にしながら、話を続けて行きたいと思います。どうぞ、皆さんも、議論に参加して、多いに「薬剤師にPOSを」盛り上げて行きたいと思います。よろしくお願いします。

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2.開局薬剤師と病院薬剤師

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2−1.薬剤師側の立場

 さて、もう一つ薬剤師がPOSに取り組んでいく上で問題となることがあります。それは、開局薬剤師と病院薬剤師とでは、同じPOSでも、取り組む立場に違いがあるということです。当然、内容も少し変化が出てきます。先月(平成8年9月)、薬業時報社より「演習形式で学ぶ『使いやすいPOS』POSがうまくいかない薬剤師さんへ」というタイトルの本が出ました。著者は、月刊薬事などでPOSについての連載をされている、旭川厚生病院の早川達先生です。もうご覧になった方も多いと思いますが、どうでしょうか?非常に素晴らしい本ですね。今まで薬剤師のためのPOSの参考書は一冊も無かったし、まして、実際に現場で悩んだとき、参考に出来るような実例も全くありませんでした。まさに待望の一冊が登場したわけです。ところが、その中で「薬剤師」という一言で表現されている立場は、病院薬剤師の立場なのです。これは、同じく薬業時報社から同時に出版された、中木高夫先生の「薬剤師のためのPOS」にも言える事です。
 さあそれでは、何が違うのか、何が同じなのか、そしてどう参考にすれば良いのか、あるいは参考には出来ないのか、そのあたりを少し考えてみたいと思います。

2−2.患者さんの立場

 まず第一に患者さんの立場が違います。病院薬剤師がPOSを論じるとき、対象は入院患者さんの病棟業務です。入院中の患者さんは、日常生活からは隔離された状態です。経口薬を自己管理している患者さんであっても、生活は病院に管理されています。それに対し、開局薬剤師の対象とする患者さんは、外来の患者さんです。当然服薬は日常生活の一環として行われますし、正しく服薬したかどうかを確認することすらむつかしい状態です。日常生活の中での服薬状況は、患者さんが服薬について、あるいは自分が病気であるという事についてどう思い、どう感じ、どうしようと考えているかで、大きく左右されます。つまり、薬識の在り方によって大きく違ってきます。すると、薬剤師がケアすべき問題点も、日常生活を基調としたものや、薬識の在り方に重点がおかれることになります。

2−3.医療の中での位置付け

 そして次に、医療の中で薬剤師が関われる場面が違ってきます。開局薬剤師が患者さんに接したときには、既に医師により処方せんが切られています。つまり診断が済み、治療方針が決定された後です。という事は、その後のケアが担当分野となってくるわけです。言い換えると、決定された治療方針や診断に対する(患者さんの)人間としての反応が、ケアの対象の中で大きな位置を占めることになります。しかし、病院薬剤師の場合、場合によっては医学診断へのサポートが出来たり、薬物治療の方針決定そのものに関われたり、薬物治療中の患者さんの状態観察を薬学的視野から行って、医師に助言したりすることも出来ます。また、何より看護婦さんが人間としての反応の部分を担当してくれますので、そのあたりは看護の専門家にお任せした方がよさそうです。つまり、薬剤師の担当分野ではなくなってきます。さあこれだけ条件が違ってくると、当然ながらケアすべき対象が違ってきますね。つまり、ファーマシューティカルケアの内容、もしくはファーマシューティカルケアが対象とする範囲が違ってくるわけです。

2−4.ファーマシューティカルケアと一言で言っても・・・

 前に、ファーマシューティカルケアとは何かを明確にしないと、問題点は見つけられないというお話をしました。これはそのとおりです。自分達が目の前の患者さんに対して、専門家として何をしようとしているのか、何が担当の範囲なのかがわからないと、プロブレムの立てようがありません。しかし、病院薬剤師と開局薬剤師では、ファーマシューティカルケアと一言で言っても、ケアの内容が違うわけですね。(このあたりはちょっとむつかしいところです。違うと言い切ってしまうのは、やはり少し無謀でしょうか?ケアの重点が異なっていると言う表現の方が実態に近いかも知れません。)
 と、言うことは、同じ薬剤師といっても病院薬剤師と開局薬剤師とでは、POSについて別々に議論して行かなくてはならないのでしょうか?

2−5.両者の協力が薬剤師のPOSを発展させるはずです。

 そうですよね。むしろ、それぞれの得意分野が違うと考えれば、お互いが得意とする分野の、例えば診断名の確立をはかって行けば、それを持ち寄ったときに、薬剤師としてのPOSが出来上がると思うのです。POSでは我々にとっては先輩にあたる看護婦さん達は、もう既に20年近くもPOSに取り組んでいます。病院薬剤師と開局薬剤師が協力しあってPOSに取り組んで行けば、少なくともかなりの早さで、我々薬剤師がPOSをモノにすることが出来ると思います。

2−6.何はともあれ、薬剤師にPOSを!

 とにかく、薬剤師がPOSを自由自在に使いこなすには、まだまだ工夫が必要です。しかし、他の医療者にとっても有効な医療システムだったように、薬剤師にとっても、きっと素晴らしい効果を現してくれると私は信じます。
 さて、それでは、POSについて余りよく知らない人も一緒に盛り上がってもらえるように、基本的なこともお話しながら、実践に即したPOSの有効な活用法を考えて行きましょう。

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3.あらためて、POSって何ですか?

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3−1.定義を見てみると・・・

 先ずはPOSの定義を見てみましょう。その創始者であるL.L.Weed先生の定義によると、以下のようになります。

さて皆さん、わかりましたか?ちょっとむづかしいですね。別の言い方をすると、「問題解決過程をプロブレムごとに行うこと」と言えるでしょう。ウーン。あまり変わらないですか?では、その意味を少しづつ考えて行きましょう。

3−2.問題解決過程とは

 まず、問題解決過程とは何でしょうね。これは実はとっても簡単なことなのです。いろいろな人がいろいろ定義しているようですが、次のような過程をたどって問題を解決していくことです。

何だかとってもややこしそうですが、よく考えてみて下さい。情報を集めて、何が問題かをはっきりさせて、どうしようか対策を考えて、それを実行する。あれ?何だかあたりまえのことを言ってるみたいですね。そうなんですよ。日常生活の中でもあたりまえにやっていることなのです。「問題解決過程」なんて名前を付けてしまうとむづかしそうに感じますが、常日頃やっている問題解決のためのプロセスを箇条書きにしただけのことなのです。

 じゃあPOSって何よと言うことになりますね。だって、問題を解決しようとしているだけなら、それも普段やっていることと変わりがないのなら、なにもPOSでなくてもいいわけですよね。じゃあ一体どこがPOSなのか・・・それは「プロブレムごとに」の部分なのです。

3−3.「プロブレムごとに」の御利益は何でしょう。

 日常の業務で考えてみましょう。患者さんのおっしゃることは、当然のことながらまとまっていません。患者さんは思い付くままにいろいろなことをおっしゃいます。その中から、薬剤師としてケアすべきこと、あるいはケアできることを選び取っていくことになります。その時、患者さんの訴えや薬剤師としてケアすべきと考えたことを、その解決方法が違うものごとのグループに分け、一つ一つ解決して行くのです。患者さんの状態を、解決方法の違う問題点ごとに分け、それぞれに対して解決方法を考え、実施し、記録していくわけです。

 そんなの当たり前のことじゃないかとおっしゃる方もいるかと思います。そのとおりです。POSのリクツそのものは当たり前のことなのです。ただ、POSの考え方を取り入れていない場合、薬歴にはその時気がついたこと、患者さんから伺ったこと、そして患者さんに対して実施したことなどを書いているはずです。もちろん次に見る人のことを考えたり、読みやすいように大事なことから要約したり、それなりの工夫はしているでしょう。しかし、どうでしょう。解決方法の違うことも、まとめて一つの文章になっていませんか?それに対して行ったケアも、やったことをただ羅列しているだけではありませんか?どの問題点に対してどんな対策を取ったのかがわかるように書いてありますか?「ちゃんと書いているよ!」と言う方は、次のときにその薬歴を見て、一目で何をしたかを読み取れますか?すべてOKという薬歴は少ないのが現実ではないでしょうか。

 これらをすべていっきに解決してしまうのが、POSなのです。「プロブレムごと」に問題解決過程をたどり、そのとおりに記録する。ただこれだけのことなのですが、これが御利益があるのですよ。

 なんとなく一つの方法では解決がつかないとわかっても、どう整理してどう取り組んだら良いのかはっきりしないときに、まとめてごちゃっと書いてしまいませんか?あるいは、いろいろ気がついた点だけは列挙したのだけれど、どこから手を付けていいかわからないときも、そうじゃありませんか?ところが、POSの考え方で、最初からプロブレムごとに見ていくようにすると、以外と迷わずにとりあえずの初期計画が立てられるはずです。あるいは、どこから手を付けていいかわからない状態でも、先ずはプロブレム立て、プロブレムごとに考えていくと、糸口がつかみやすくなっているはずです。

 どうですか?「そんなにうまく行くのかね。」とお疑いのあなた。それと、「POSなのに、あの有名なSOAPが出てこないじゃないか。」とお嘆きのあなた。もう少しおつき合いください。なぜなら、POSならではの御利益がまだあるのです。特に、開局薬剤師の方にはまるで魔法のような御利益が。SOAPの話はその後にしましょう。

 さて、その御利益とは・・・・・・・ 次回のお楽しみです。

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4.開局薬剤師のPOS

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4−1.保険調剤薬局に来る患者さんの特徴は?

 日野原先生の「POSの基礎と実践」の中の症例に、在宅療養者の看護記録があります。それによると、在宅療養において出会う患者さんは、多くの場合年齢が高く、経過が慢性的です。従って、

  1. あまり急激な症状の変化が少なく、
  2. 変化があってもあまり目立たず、
  3. 経過がきわめて長く、
  4. 疾病そのもの以外の、精神的、人間関係的、家族的、社会的、各種の問題が多く、
  5. それらの問題発見(また解決)に時間がかかり、
  6. 多くの問題は解決できないままに残っている、
という特徴が見られます。

 さあどうでしょう。この特徴は、保険調剤薬局にいらっしゃる大方の患者さんと似ていませんか?

 現代の医療は、社会構造の変化に伴う疾病構造の変化から、その中心的目標が救命救急からQOL(Quality Of Life)の向上へと移って来ています。簡単に言うと「なかなか死なないが、なかなか治らない。」状態と言えます。特に外来の患者さんは、そのほとんどが慢性的な生活習慣病の方で占められており、まさにここで上げられている特徴と一致すると思います。

4−2.保険調剤薬局でのPOSのメリット

 それでは、前述の「POSの基礎と実践」において日野原先生は、このような特徴を持つ患者さんに対して、POSを導入することによりどんなメリットがあるとおっしゃっているでしょうか。それは、

  1. 症状や各種の問題点の変化を把握しやすい。
  2. 情報が整理され、患者さんが今思っていること、働きかけを必要とする問題が一目で分かる。
  3. 一つの記録を見ることにより、関係者すべてが共通認識を持つことが出来る。
  4. 記録するという行為そのものの中で、当面している問題状況の整理・分析、さらに次の行動計画が準備できる。
  5. 医療行為の評価が記録の中で明らかにされる。
 さあどうですか?何だか魔法のように良いことずくめではありませんか?在宅療養の患者さんに対してこのようなメリットがあるのなら、特徴の似ている慢性的症状の外来患者さんにも、同じようなメリットがあるということになりますよね。

 開局薬剤師の皆さん。今までプロブレムを見出すことが、入院患者より外来患者の方がむづかしいと思っていませんでしたか?つまり、急性で症状が明らかに変化していく患者さんの方が、そして、入院していていつも自分の手の届くところにいる患者さんの方が、プロブレムもSOAPも立てやすいと思っていませんでしたか?でも実際は、慢性で一見問題点を発見しにくい患者さんの方が、POSを導入した結果のメリットがあるということなのです。つまり情報が整理され、通常では発見しにくい問題点の変化を、把握しやすくなるのです。

 何だかうれしくなりますね。どうやら開局薬剤師の皆さんも、いや、開局薬剤師だからこそ、POSを有効に活用出来るような気がしてきませんか?こんなにも素晴らしい御利益があるんですね。

4−3.開局薬剤師のプロブレム

 前に同じファーマシューティカルケアでも、病院薬剤師と開局薬剤師の立場の違いによって、その内容は少し違うというお話をしました。その結果取り上げるプロブレムも、多少変わってきます。そのあたりを少し考えてみましょう。

 前にもお話しましたが、外来の患者さんは、服薬自体も日常生活も自己管理の元に薬物治療に取り組んでいます。ここが入院患者さんとの大きな違いでしたね。さてそれでは、コンプライアンスが良い患者さんとあまりよくない患者さんとの違いはどこにあるでしょう。夕食は接待が多くてなかなか飲めないとか、朝ご飯は食べないから飲めないとか、飲み忘れる理由はいろいろあると思います。しかし、本人が本当に「飲まなくてはならない。」あるいは「病気を早く治したい。病気を治すために薬を飲みたい。」と思っていれば、何とか工夫をして自分で飲み忘れを防ぐように努力するはずです。やはりちょくちょく飲み忘れてしまう患者さんは、本当の意味で「薬を飲もう。」あるいは「薬を飲みたい。」とは思っていないのだと思います。

 なぜでしょう?

   そんな患者さんでも面と向かって話を聞けば、きっと「飲まなきゃいけないことはわかっているよ。」とおっしゃるはずです。飲まなくてはいけないことは理解できているのに忘れてしまう。わかっているのに出来ない。むづかしいですね。でもこれは、実際の現場ではよく出会う場面ではありませんか?

 その原因は、一言で言うと病識、薬識の形成が不充分であるからだと思います。つまり単に知識の問題ではなく、患者さんの認識や意志の問題が大きく影響してくるわけです。これらは患者さんがどう考え、どう思い、どう認識しているかの問題であり、患者さんの心の中にある問題です。その具体的解決方法は、このホームページのもう一つの柱である、「ヘルスカウンセリング」の方に詳しく載っていますのでそちらに譲ることにしますが、ここでお話しておきたいことは、心の問題に目を向けないとプロブレムは見つけにくくなるということです。言い換えると、開局薬剤師のプロブレムでは、感情への着目が不可欠であるということになります。

4−4.感情への着目

 感情への着目が不可欠であるという理由はまだあります。

 医療の目的はQOLの向上でしたよね。そして、そもそもQOLとは「その患者さんにとっての人生の質」ですよね。QOLの向上を目指すためには、当然のことながらQOLの最終目的地(患者さんがどうなりたいのか)がわからなければ、ケアの方向性すら見つけることは出来ません。つまり、QOLのゴールは患者さんの心の中にあるのです。先ずは、患者さんがどうなりたいと思っているのか、患者さんの心に聞いてみなくてはならないわけです。感情に着目し、患者さんの心にインタビューしてみてください。

 そして、もう一つあります。疾病構造の変化によって、生活習慣病の患者さんがほとんどであることには既に触れました。慢性的な症状の生活習慣病の患者さんは、死ぬまで病気とつき合っていくことが必要となります。薬を飲みながら何十年も日常生活を続けていくわけです。そんな患者さんの場合、薬物治療を続けながら生活改善を同時にして行くことが、絶対必要なことになります。この生活改善も、患者さん自身が自分の意志で行うものです。これも、成功の鍵は患者さんの心の中にあると言えるでしょう。やはり、感情への着目が必要となります。

4−5.薬識の差がプロブレム

 もう一度開局薬剤師のプロブレムを考えてみます。QOLのゴールを医療者から押し付けることは出来ません。それは、患者さんの心の中にあることだからです。でも、患者さんからQOLのゴールを教えて戴ければ、そこにたどり着くためにはどうしたらいいかは、医療者の側から提案することが出来るはずです。そして、その患者さんが目指すQOLのゴールへたどり着くために必要な、理想的な薬識があるはずですし、それを見つけることは可能なはずです。今現在の患者さんの薬識と、その患者さんにとって理想的な薬識との差がプロブレムというわけです。

 これはありがたいことになりました。何がありがたいって?だって、薬識はその時々で毎回違うものです。ということは、プロブレムが全く無いということは有り得ないわけです。感情へ着目し、薬識を指標にしてケアをして行けば、「何もすることがない。何も言うことがない。」ということは無くなるわけです。処方はDo。症状も変化無し。必要な説明は全部してしまった。患者さんも理解できている。「お変りありませんか?」と聞いても返事は「変わり無い。」さあ言うことが何もない。どうしよう。な〜んてことがこれまで多くありませんでしたか?それがなくなるのです。これはありがたいですね。そうです。感情に着目してください!

 さて、今回は少し長くなりました。そして、全国のSOAPファンの皆様(そんな人いないか・・)お待たせ致しました。次回はSOAPについて考えてみましょう。乞う、ご期待。

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5.SOAP形式を考える(1)

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5−1.基本的形式

 POSといえばSOAPとお待ちかねの皆さん。お待たせ致しました。いよいよSOAPの登場です。先ずは、どの本を見ても載っているこの表を見てみましょう。

 さて、ここまではわかるんですよね。ここから先、実際の薬歴を前に、「で、どうすればいいんだ?」というのが良くあるパターンだと思うのです。
 では、それぞれについて、もう少し詳しく考えて行きましょう。

5−2.しつこいようですが、SOAPはプロブレムごとに書いていきます。

 「そんなのわかってるよ」なんて冷たいことを言わないでくださいね。実際に取り組んでいらっしゃる方は良くおわかりだと思いますが、話を聞いてサッとプロブレムが書き出せれば、なんの苦労もないのです。患者さんの方から「私の今の問題点はこれと、これと、これです。」なんて整理して話してくれることなど、絶対にありません。(あたりまえか・・・)患者さんは、言いたいことを順序立てもせず、思い付いたままにおっしゃいます。それを全部一つの(S)に書いてしまうと、その後大変な思いをすることになります。だれもが経験があることだと思いますが、いくら考えてもプロブレムが思いつかないんですよ。プロブレムが書けないと言って悩んでいる方の薬歴を見せてもらうと、大抵(S)にいろいろな問題が混ざっていて、一言で問題点を言い表せないことが多いようです。詳しくは後程、分析の仕方について考えてみるつもりでいますが、先ずは「プロブレムごとに(S)を書く。」ということを、なんとかの一つ覚えして下さい。

 それではSOAPについて、一つづつ見て行きましょう。

5−3.S(Subjective)情報について

 (S)は主観的情報です。これが一番わかりやすいですね。患者さんがおっしゃったことをそのまま書けばいいわけです。ただ、お話好きな方の場合、ものすごく長くなってしまうこともあるかも知れません。そんなときは要点をまとめてもかまわないでしょう。しかし、痛みなどの訴えや感情表現などの言葉は、なるべく患者さんの言葉通り書いた方が後で読んだときにニュアンスが伝わります。出来るだけ短い言葉で、かつニュアンスがうまく伝わるように書く練習をしてみてください。

5−4.O(Objective)情報について

 (O)は客観的事実です。これもまあわかると思います。なぜ”まあ”がついたかというと、ここのところは病院薬剤師と開局薬剤師で少し視点が違ってくるからです。

 では、主な(O)情報は何か考えてみましょう。通常この(O)で連想されるのは、臨床検査値などの検査データではないでしょうか。そのとおりです。検査データは重要な(O)情報です。しかし、薬剤師向けのPOSの勉強会などで必ず質問などの話題に登ることが、「病院の薬剤師は検査データを見ることが出来るので(O)情報を書けるけど、開局の立場ではデータを見ることが出来ないので、(O)が書けない。」という意見です。さて、本当でしょうか?検査データを見ることが出来ないのは確かです。患者さんがわざわざ検査報告書を見せてくれない限り、通常開局薬剤師は検査データにはお目にかかれません。

う〜ん。なるほど。やっぱり(O)は書けないな。・・・・ちょっ、ちょっと待ってください。検査データは重要な(O)情報ではありますが、検査データだけが(O)情報なのでしょうか?

5−5.開局薬剤師にとってのO(Objective)情報

 前に、病院薬剤師と開局薬剤師とではファーマシューティカルケアの重点が少し違うというお話をしました。そのときの話を思い出して戴きたいのですが、既に診断が終わり治療方針が決定された後であり、また、患者さんの生活から服薬行動までを、患者さん御自身が管理している外来患者さんの場合(つまり開局薬剤師の関わる患者さんの場合)、薬を飲むということに関わる人間としての反応がケアの中心になるのでしたよね。今、新しいケアの概念として、こういったケアを「服薬ケア」と呼ぶ考えがあります。(服薬ケアについては後程詳しくふれることにします。)服薬ケアを行おうとするときに、その成功の鍵は患者さんの薬識の状態にあります。

 さあ、ここで考えてみて欲しいのですが、患者さん自身がその数値の意味するところを理解できない検査値の羅列を、(O)情報として扱ってみたところで、患者さんの薬識に大きな変化はあるでしょうか?もちろん、その意味を患者さんに理解して戴けるようにガイダンスするのも服薬ケアの内でしょうが、重要度としては低いと言えると思います。

 それよりも、「今ここ」の患者さんがどういう状態にあるのか、つまり、顔色が悪いとか、熱っぽいとか、だるそうとか、気持ち悪いとか、患者さんが体感できる体の状態と、それに対してどう反応しているかの方が薬識に与える影響は大きいでしょう。

 従って、開局薬剤師の場合は、薬剤師の目から見た客観的な患者さんの様子が(O)情報のメインとなるはずです。このとき、体温だとか、血圧だとか、血糖値だとか、患者さんが日頃親しんでいて、意味も理解できているバイタルサイン等の数値は、大きく薬識に影響を与えますから、患者さんの心理状態を左右する因子として重要になってきます。

5−6.病院薬剤師の(O)情報

 それに対して、病院薬剤師の場合は、通常思い浮ぶ(O)そのもので間違いはないと思います。医師には医師の(O)情報があり、看護婦には看護婦の(O)情報があるように、医療チームの中で薬剤師が担当している分野の(O)情報を挙げれば良いと思います。薬物の効果や副作用のモニタリングのためには、種々のバイタルサインが重要な因子となるでしょう。しかしこの場合も、これからのファーマシューティカルケアを考えたとき、ぜひ服薬ケアの視点を持って行って欲しいものだと思います。薬学ケアがファーマシューティカルケアのすべてではないと考えるからです。

 それでは(A)、(P)については次回に考えてみることにしましょう。

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