Alternative Views》 2001年3月15日、10月20日

各図形文字のデータを“部品”方式でフォントファイルに記録し改刻作業を容易にする

内田明 <uchida@happy.email.ne.jp>

多くのTrueTypeフォントは、個々の図形文字のデータを、いわば“切り絵”のような状態で持っています。つまり、“田”の字を例にすれば、《まず外側の四角が一筆描きで記述され、次に内側の4つの四角が繰りぬかれていく》という状態です。

“田”の字ならば、高度な錯視補正等の点を除けば、素人の手によっても始めから“切り絵”を描くことが可能です。けれども、より複雑な字形の文字になると、漢字の書き順に沿って一筆ごとに仕上げていく方が圧倒的にカンタンです。つまり、例えば“女”の字を「く」「ノ」「一」という筆画単位ごとにアウトライン化するような方法であれば、日本語の読み書きが出来る人の日常的な能力の範囲内で、ほどほどに字形のバランスを取ることが可能です。

筆画単位でアウトラインを作っていく方式には、斜めの筆画が縦や横の線と交わるようなケースにおいて、より少ない制御点で当該図形文字を表現でき、しかもFUnitが粗い状態で賄える――従ってデータ容量を軽くできる――、という利点もあります。

また、既存の字形の偏や旁を組み合せて必要な字形を得ようとする場合や、もっと小さな部分の組み合せで作字しようという場合、あるいは点画の位置・形状を修正するといった場合でも、個々のグリフデータが“部品”を組み合わせた状態で貯えられている方が、“切り絵”方式よりも、効率がいいはずです。例えば《部分字体に“月”を含む文字において、“月”の字の第3画と第4画の横線を、第2画に接触させている状態から非接触のデザインに変更したい》というような場合、“切り絵”方式ではゼロから作り直しとなってしまいますが、“部品”方式ならば第3画と第4画の横線をチョイと縮めれば望んだ結果が得られます。

この“部品”方式を洗練させた手法を和文フォント作成の基礎としていることを公表しているフォントベンダーに、フォントワークスがあります。“2×2”あるいは“ストローク方式”と名づけられている同社のフォント作成方式の紹介記事からは、“部品”方式には非常に多くの派生的メリットがありそうであることが想像されます。また、その手法を取り入れたと思われる外字制作ソフトウエアで、“部品”方式の使い勝手の良さが実際に体感できます。こうした“部品”方式の外字制作ソフトウエアには、ダイナラブの製品(Macintosh版/Windows版)もあります。一度この便利さを認識すると、“常に改刻者に対して開かれているフォント”と言うべき Public Domain フォントにおいては、部品方式を貫くことが必須とすら思えてしまいます。

さて、では、個々の図形文字のデータを“部品の集合体”の状態でフォントファイルに記録し使用してもよいのでしょうか。TrueTypeの仕様は、塗りつぶす図形が重なり合うことを許しているのでしょうか。

TrueTypeフォントの原仕様を開発したApple社のサイトにあるリファレンスマニュアルの第1章『DIGITIZING LETTERFORM DESIGNS』には、塗りつぶし図形が重なり合ってもよいと明示してあります。このマニュアルは、第6章としてTrueType仕様書そのものを含み、その他の章で仕様の解説をしている文書ですから、信用して間違いのないところでしょう。

一方で、Microsoft社がウェブで公開しているMS拡張のTrueType仕様書 (ver.1.66)を眺めた限りでは、塗りつぶし図形が重なり合っていいとも、重なり合ってはいけないとも書いていないように見えます。けれどもグリフデータを格納している「glyf」テーブルの仕様をApple仕様と比較すると、複合グリフ(Compound/Composit Glyph)におけるAppleの“GX拡張”部分を除き、両者の違いはないようです。ですから、MS拡張仕様においても塗りつぶし図形が重なることは許されると考えていいでしょう。

このような訳で、新作グリフデータについては、基本的に“部品単位のアウトライン化”でもって生成し、そのままTrueTypeフォントファイルに記録・公開していきます。


10月20日追記

2001年10月10日にリリースした「拡張Watanabe明朝-L」のグリフデータを一覧してみたところ、一部の文字で余分なところが広範囲にわたって塗りつぶされていたり、必要な点画が消滅していたり――という現象が生じていることに気づきました。恐らく、Kandata補完計画の頃にリリースしていた《重なっているパスを閉じた》バージョンでも、おかしなデータになっていた文字が多数あったことでしょう。

現在用いているフォントエディタTTEditの説明書を良く読み返してみたところ、複雑な形状のパスを閉じようとする際に不具合があり得るという注意が記されておりました。

この都合により、今後の「拡張Watanabe明朝」ファイルには、“点画単位ではない部品の組み合わせ”の状態でグリフデータが記録される場合があります。