「飛ばない鳥」

じょばんに(giovanni@mt.cs.keio.ac.jp)
Illustrated by たけしのたけし


 あれはもう半年ほど前のことになりますが...僕はいつものように行きつけの定食屋で夕食をとっていました。その店のTVでは「ビートたけしの万物創世紀」なる番組が流れていて、その週はちょうどオーストラリアやニュージーランドに生息する固有種の生き物たちの特集をしていました。

 そのときはさして気にも留めずにいたのですが、突然、聞き覚えのある音楽が耳に入ってきたのです。それは映画「風の谷のナウシカ」に使われたBGMでした。「おやっ」と思って画面をみると、ちょうどキウィという鳥の話をしているところでした。この鳥は羽が退化して、いつしか飛ぶことをやめてしまった珍しい鳥なのです。「飛ばない鳥なんておもしろいですね」と、やがて番組は何事もなかったように次へと進んでいきました。
 でも僕は「ナウシカ」のBGMと飛ばない鳥のことで頭がいっぱいになってしまったのです。飛ばなくなった鳥の姿。この番組のスタッフが、どうしてこのシーンに「ナウシカ」のBGMを使ったのか、僕には推し量る術はありません。でも偶然にしてはあまりにも出来すぎたその組み合わせ「飛ばなくなった鳥」の姿とナウシカの姿が、痛いほど似ているようで...怖いほど似ているようで...ちょっと身震いがする思いでした。

 ナウシカといえば《颯爽とメーヴェに乗り風と戯れ空を舞う》そんなイメージがぴったりきます。風の谷の族長の娘、風使い、鳥の人...彼女が空を翔けることで「風の谷のナウシカ」という物語は進んでいた、と言っても間違いではないでしょう。そして僕等はそのナウシカの姿をみているだけで、とても気持ち良くなれた。それは一人の少女の快活さから来るものであり、また人間が本来持っている空への憧れの充足感からくるかもしれません。

 でも...その番組を見てから思ったのです。結局ナウシカは飛ばない鳥になったんだなぁと。自ら飛ぶことをやめたんだと。

 王蟲の心の深淵から帰ってきてからのナウシカは変わってしまった、という感想を耳にします。民衆の前で「憎しみより友愛を」と説き、オーマとともに墓所を破壊した...今までは心の中にすべてを取り込んできたナウシカが、現実と激しくぶつかり否を唱えた。その姿に違和感を覚えるのは無理もないことでしょう。
 でも敢えて彼女はそれを選んだ。僕は思うんです。ナウシカは飛ばない鳥になろうとしたんだと。その象徴とも言えるのが、土鬼の男たちと一緒に走ってシュワへ向かうナウシカの姿です。今までであれば、メーヴェに乗って飛び立っていった``鳥の人ナウシカ''が、地面を走っているのです。きっと彼女は思ったのでしょう。空を飛んでいるだけではわからないこと、できないことがたくさんあるんだと。そしてそれがまた自分の生きる道であることも。

 あのエンディングのあと、ナウシカにまたメーヴェで空を舞って欲しいとも思いますが、そうでなくてもきっと笑顔で走り回ってる、僕はそんな気がするんです(で、ナウシカの幸せはどうなるの?...え?(^^;)。


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